オバマを驚愕させたプーチンのシリア撤退 軍事巧者に世界は脱帽、しかし市民に甚大な被害 2016.3.22(火) 渡部 悦和 プーチン大統領、シリアからのロシア軍撤退開始を命令 シリア・ラタキアにロシアが設けた空軍基地に駐機するロシア軍の戦闘機(2016年2月16日撮影)〔AFPBB News〕 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、3月14日、「我々の主要な任務は達成された」として、シリアに派遣したロシア軍の主要部隊を3月15日以降撤退させることを命じた。 そして、プーチン大統領の命令に従い、ロシア軍の航空機「Su-24」、「Su-25」、「Su-34」が3月15日に逐次撤退を開始し、その迅速さは世界を驚かせた。 昨年9月末に突然ロシア軍をシリアに投入し世界を驚かせたのだが、空爆作戦の終了と主力部隊の撤退の鮮やかさに世界は驚いたのである。その撤退のタイミングの良さは見事であると評価せざるを得ない。 なお、ロシアの空爆による戦果は、出撃回数9000回、破壊した石油精製施設・輸送施設209か所、奪還した地域400か所、奪還した面積10000平方キロである。ロシア軍の空爆目標については、下図を参照してもらいたい、青い点で示されている。 一方、米国政府は、ロシア軍の撤退を予想していなかったようで、驚きをもってこの撤退を受け止めた。昨年9月にプーチン大統領がシリアに空軍を投入した時に驚愕したバラク・オバマ大統領やジョン・ケリー国務長官は、プーチン大統領の果断な決断に驚かされ続けている。 図「シリアにおける各勢力分布図・空爆のターゲット」(出典:BBC) シリア問題の主導権を握ったのは明らかにプーチン大統領であり、オバマ政権の対シリア外交は、プーチン氏の果断な行動に対する後手後手の対応になっていると評価せざるを得ない。 筆者にとってプーチン大統領は比較的理解しやすい指導者である。なぜならば、彼の実施する作戦はある程度の軍事的合理性を持っているからである。その作戦を計画・実行するロシア軍の実力も認めざるを得ず、我が国もロシア軍には心して対処せざるを得ない。 しかし、二正面(ウクライナとシリア)作戦という愚を犯したために、ロシア軍の継戦能力の限界が半年程度だと分かったし、ISIL(いわゆる「イスラム国」)によりロシア民航機を爆破され、トルコ空軍の「F-16」により領空侵犯したSu-24を撃墜されるという失態を演じてしまった。 プーチン大統領のシリアでの軍事作戦は高く評価する点もあれば、低く評価せざるを得ない点もあり、この論考では客観的な分析に留意する。 我が国で公開されている資料を読むと、外交的な視点での分析が多く、その視点のみではロシア軍の軍事作戦を理解することはできない。本稿においては、軍事と政治(外交)の関係に焦点を当てながら筆者の意見を記述したいと思う。 キーワードとして、カール・フォン・クラウゼヴィッツの「戦争論」の一節を使用する。 例えば、「戦争とは他の手段をもってする政治の継続にほかならない」「政治的交渉の方針は戦争におけるあらゆる事象を支配し、結びつけ、戦争間から講和に至るまで一貫して維持される」「戦争は相手に我が意志を強要するために行う力の行使である」などである。 1 今回の撤退の状況をいかに認識するか? プーチン大統領は、シリアに派遣したロシア軍の主要部隊を3月15日以降撤退させることを命じた。 しかし、その後のロシア政府の発表では、ロシア軍部隊が完全に撤退するのではなく、ロシアが使用している基地(フメイミム空軍基地、タルトゥース海軍基地)を防衛するために2個大隊(約800人)が残留し、最新の地対空ミサイル S-400も基地防空のために残留する。 そして、少数の航空機が残り、必要な空爆を継続すると報道*1されていて、本当に撤退するのかという懸念を示す者もいる。この撤退がいかなるものなのかを、3月16日時点での情報で分析すると、以下のようになる。 ●ロシア軍の撤退は、空爆に参加した主要な航空機の撤退であり、ロシア軍すべての撤退ではない。しかし、ロシア軍が半年間実施してきた空爆作戦は終了したと判断する。 ただ、必要な空爆のための必要最小限の航空機を残すという情報があるが、「バッシャール・アル-アサド政権軍を支援する空爆が完全にゼロになるのではない」というアサド大統領に対する配慮、そして何よりも残留するロシア軍自体を防護するための航空機は残すという意味であろう。 ●駐留を継続する地上部隊および地対空ミサイル(S-400)部隊は、フメイミム空軍基地およびタルトゥース海軍基地を防護することになる。 両基地は、ロシアが中東で確保している唯一の基地であり、両基地を保持することは将来のロシア軍の中東での作戦や影響力の保持に必要だと判断している。基地さえ確保していれば、航空機は機動力があるので、いつでも帰って来て空爆を継続することは可能である。 基地を防護する部隊は、再展開可能な航空戦力と相まって、反アサド国家(米国とサウジアラビア)に対する抑止力になるという説もある*2。 *1=BBC, Syria conflict: Russia to continue air strikes after withdrawal, 2016 March 15 *2=http://www.vox.com/2016/3/14/11224544/putin-syria-russia-withdraw 2 なぜシリアで軍事介入したのか? プーチン大統領は何故このタイミングで撤退を決断したのかに答えるためには、なぜシリアで軍事介入したのか、つまりシリアにおける軍事作戦の目的を明らかにしなければいけない。 ●シリアにおける作戦目的 ・プーチン大統領は、シリアでの空爆の目的について、「アサド政権を安定させ、政治的な妥協が可能な状況を作ることだ」と述べている*3。彼にとっては作戦目的が限定され明確なものであったことが理解できる。 実際に、ロシア軍の空爆により、アサド政権に有利な戦況になり、反アサド勢力を含めた和平協議が開催されることになり、その目的は達成された。この点を理解すれば、今回のロシア軍撤退の決断も理解できる。限定された目的が達成されたから撤退するというのは筋が通っている。 ・中東における諸問題解決におけるロシアの重要性を世界に認識させること。同時に、「強い指導者」としてのプーチン大統領を国内外にアピールし、その結果としてのロシア国内での支持率の維持・向上を図ること*4。まさに「戦争とは他の手段をもってする政治の継続にほかならない」のである。 ・シリアにおけるロシアの影響力の拡大特に軍事基地の確保である。 ・ロシアのクリミア併合やウクライナ東部への介入に反発した欧米の対ロ制裁の緩和を期待する。 ●ロシア軍のシリア派兵は海外派兵の諸原則に合致するか? 米国では、海外での軍事行動を決定する際には、コリン・パウエル元統合参謀本部議長・元国務長官の意思決定の8原則を満たしているか否かが問われる。 8原則の中でも特に次の4原則が重要である。 「死活的に重要な国家安全保障上の利益が脅威を受けているか?」 「明確で達成可能な目標を持っているか?」 「リスクとコストは十分かつ率直に分析されたか?」 「終わりなき介入を避けるために妥当な出口戦略はあるか?」 この4原則をロシア軍のシリア派兵に適用し分析してみる。 ・「死活的に重要な国家安全保障上の利益が脅威を受けているか?」 「死活的」とは、国家が生きるか死ぬかということであり、シリアのアサド大統領を延命させることが、ロシアの国家安全保障上の死活的に重要な利益だとは思えない。この点に関してはかなり無理がある。中東におけるロシアの重要性を世界に認識させるという強い感情が勝ったと思われる。 ・「明確で達成可能な目標を持っているか?」 この点に関しては、「アサド政権を安定させ、政治的な妥協が可能な状況を作ること」という明確で達成可能な目標を持っていて、合格である。 ・「リスクとコストは十分かつ率直に分析されたか?」 ロシアの軍事作戦の最悪の事態を十分に分析したとは言えない。その結果として、ロシア民航機がテロリストの攻撃目標になってしまったし、領空侵犯によりロシア軍のSu-24が撃墜されるという結果になってしまった。 ・「終わりなき介入を避けるために妥当な出口戦略はあるか?」 この点に関しては、妥当な出口戦略があったことが、3月14日の撤退命令で明らかになっている。 以上を総合評価すると、「パウエルの基準に完全には合致しない、かなりリスクのあるロシア軍のシリア派遣であった」という結論になる。 *3=ロシア国営テレビ「ロシア1」の10月11日、プーチン大統領に対するインタビュー放送 *4=Elizabeth A. Wood, “Roots of Russia’s War in Ukraine”, Woodrow Wilson Center 3 なぜ、このタイミングで撤退するのか? 世界中で、「なぜこの時期にプーチン大統領は空軍の主要部隊の撤退を決断したのか」という議論がなされている。 筆者は、今回のロシア軍のシリア撤退は、プーチン大統領の2正面(ウクライナ正面とシリア正面)同時作戦による作戦経費上の制約が直接の原因であると分析している。 財政上の制約により、米国が陥っているような作戦の長期化、泥沼化を避ける思いが強く、作戦期間半年での撤退につながったと推測している。財政上の理由で撤退するとは言えないので、「シリアでの軍事作戦の任務を達成した。 今後は14日に再開された和平協議に積極的に外交活動により貢献する」という大義名分が成立する3月14日を利用した撤退宣言であったと思う。 先に結論を述べてしまったが、プーチン大統領がなぜこの時期に撤退を決意したかについては、次の4点が可能性として考えられるが、相互に密接に絡み合っている。 ●継戦能力が限界にきていた。 そもそも、ロシアにはウクライナとシリアの二正面において長期的に作戦する能力(継戦能力)はない*5。 特に2014年のクリミア併合以降における原油価格の大幅下落および欧米諸国による経済制裁により、聖域だった国防費さえ削減(2015年の当初国防費を5%削減)せざるを得ない厳しい財政状況にある*6。 シリア空爆作戦においては、空爆用の弾薬(ミサイルなど)の在庫が残り少なくなっていると予想するが、緊急生産による調達も難しい。当初搬入した航空機等の武器に対する燃料や部品の補給および整備も困難になったと予想する。 米軍サイドの情報として、継続的な空爆作戦をするためには航空機などの交代をしなければいけないが、その兆候はなかったという分析がある。 最新鋭の戦闘爆撃機Su-34が典型的で、ロシア中から作戦機をかき集めてきたものの、第2弾の航空機が欠乏している可能性もある。つまり、継戦能力が限界に来ていた可能性がある。 なお、ロシア軍の戦費は1日当たり500万〜750万ドル(約5億6500万〜8億4750万円)で、米軍の戦費の6分の1だという*7。 ●作戦目的を達成した。 つまり、ジリ貧状態にあったアサド政権の勢力圏を拡大し、政権の延命を達成した。また、2月末に一時停戦を達成し、3月14日に再開したシリアのアサド政権と反体制勢力による和平協議の環境作りにも成功した。 これ以上シリアで作戦を継続すると、メリットよりも負担が大きくなる。作戦目的達成後は速やかに撤退するのが正しい選択である。 ●最初からシリアでの作戦期間を短期間と限定していた。 当初予定の作戦期間が経過したので、予定通りに作戦を終了する。この予定通りの作戦終了であるとすれば、プーチン大統領およびロシア軍の出口戦略はしっかりしていると評価できる。 ●アサド大統領に和平協議を受け入れさせるため。 ロシア軍の空爆開始以前からアサド政権内におけるロシアの影響力はイランの影響力よりも弱かった。 空爆によりロシアの影響力は上昇したが、最近は再びロシアの影響力は低下し、アサド大統領に対する統制が効かなくなった。和平協議に頑固な姿勢を崩さないアサド大統領に圧力をかけるために航空機主力を撤退させたという説もある*8。 実際には、上記の理由は相互に関連していて、それぞれが撤退の理由であったかもしれないが、最も重要な要因は「継戦能力が限界にきていた」ことであろう。 *5=Lydia Tomkiw,“ Can Russia Afford To Fight Two Wars In Syria And Ukraine?”, IBT *6=http://thediplomat.com/2015/11/russias-military-spending-to-increase-modestly-in-2016/ *7=Lydia Tomkiw,“ Can Russia Afford To Fight Two Wars In Syria And Ukraine?”,IBT *8=http://www.vox.com/2016/3/14/11224544/putin-syria-russia-withdraw 4 プーチン大統領およびロシア軍の軍事作戦に対する評価 ●肯定的評価:作戦目的と能力の一致 プーチン大統領は、軍事作戦の本質をかなり理解し、果断な決心ができる指導者である。彼は、作戦目的をロシアの能力に合致させている。ロシアの能力をはるかに超えた作戦目的を設定してはいない。 例えば、彼のウクライナにおける作戦目的は、ウクライナがロシアのクローンになることではなくて、ウクライナがEUに接近することやNATO(北大西洋条約機構)に加盟することを防ぐことであった。 クリミア併合作戦は、ロシアの能力に合致したシンプルで達成可能な目標に限定し、迅速に決断し行動をしたのである。 プーチン大統領の作戦は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領が、米軍の能力を超えるイラクやアフガニスタン全土の民主化を作戦目的として行った軍事作戦とは一線を画するものである。目的を能力に合致させることは良き戦略家の証明である*9。 プーチン大統領のシリアにおける作戦目的が、崩壊の瀬戸際にあったアサド大統領を支援し、その政権を延命させることであったとすれば、その目的はかなり達成された。そして、今回の撤退命令の下達も、シンプルで現実的でロシアの限定した能力に合致している。 以上を総合すると、戦争論の一節である「政治的交渉の方針(戦争目的*10)は戦争におけるあらゆる事象を支配し、結びつけ、戦争間から講和に至るまで一貫して維持される」がおおむね達成されていると評価できる。 ●否定的評価:プーチンが受けた打撃など しかし彼のシリアでの作戦は、筆者がJBpress掲載の論考*11で予想したように手痛い打撃を受けてしまった。 まず、ロシア自身がISIL(「イスラム国」)のテロの洗礼を受けてしまった。つまり、ロシアの民航機がISILのテロ行為のために爆発・墜落し、多くの犠牲が出たが、これはプーチン氏にとって大きな打撃であった。 また、ロシア軍のSu-24がトルコ軍のF-16に撃墜されてしまった。これは、トルコの度重なる警告にもかかわらず、ロシア軍のSu-24がトルコ領空を侵犯したために発生したが、国際的な面目が丸つぶれで、しかもトルコとの関係を極度に悪化させてしまった。 さらに、あまりにも乱暴な空爆(民間人と反政府勢力の区分をしないで実施する空爆、ロシア軍が使用したのは安価ではあるが無誘導の弾薬が主体の精度が悪い空爆)は、ロシア軍の意志を反アサド勢力に強要する効果はあったが、一方で多くの民間人を犠牲にし、国際的な非難を浴びている。 また、ロシア軍の空爆は、多くの難民を発生させてしまい、世界各国から非難を浴びている。ロシアの空爆は、ロシアの世界における孤立を促進してしまった側面がある。 また、ウクライナ正面での紛争が終了していないにもかかわらず、また欧米諸国の経済制裁および低迷する原油価格による経済危機の状況において、新たな戦端を中東シリアにおいて開いてしまった。 経済危機状況下における2正面作戦が長期間継続できるわけはない。シリアでの戦費は膨らみ、併合したクリミアを維持管理する経費は増大し、ウクライナ東部では親ロシア勢力の支援のために負担をせざるを得ない。 この2正面作戦は確実にロシアの国家財政に大きな影響を及ぼしてしまった。決定していた2015年の国防費を5%削減しなければいけなかったのがその証左である。 また、今回の撤退により、今まで支援してきたアサド大統領との関係も悪化する可能性がある。支援される側は、支援する国に対してずっと支援してもらいたいものであるが、和平交渉を直前にして撤退されると、アサド政権側の交渉能力は低下せざるを得ない。 今回のロシア軍の撤退は、アサド大統領にとって打撃になったと思うし、プーチン大統領の思惑通りに和平協議がすんなりと成功するとも思えない。 肯定的評価と否定的評価を総合すると、ロシア軍の空爆作戦は、作戦的には一定の成果をもたらしたが、戦略的には失敗であったと分析する。 *9=Stephen M. Walt、“Who Is a Better Strategist: Obama or Putin ?”、Foreign Policy、October 9,2015 *10=「戦争目的」は、筆者が理解を容易にするために付加した。 *11=米国の最優先課題は中国、ロシアの挑発に乗るな!プーチン大統領のシリア空爆は派手だが長続きはしない、JBpress, 2015.10.19(月) 5 プーチン大統領に主導権を握られた米国の対シリア外交 オバマ政権は、今回のプーチン大統領のシリア撤退命令に対して、「予測していなかった。突然だった」と驚きを隠していない。 ロシア軍のシリア介入開始に驚き、撤退にも驚いていたのでは米国の立場がない。米国は、対シリア外交については、プーチン大統領に主導権を握られたのは明らかである。 米国の対シリア外交の問題点と指摘されるのは、アサド大統領に対する処遇をどうするかという点である。 ロシアが主張する、「アサド大統領を最初から除外したシリアの将来像に関する議論ではなく、アサド大統領を含めた将来像の議論をすべきだ」という意見は米国内のリアリスト派の意見でもある。 オバマ政権があまりにもアサド大統領の即時退陣にこだわったために現実的な外交ができず、有効な解決策を提示できなかったという指摘は傾聴に値する。 米国の対シリア政策は、矛盾し達成困難なものであった。「アサドは出ていけ」と言いながら、アサド後継がジハーディストになることを拒否し、穏健な反アサド勢力が後継になることを望んだが、そのようなアサド後継になる穏健なグループなどは存在しないのである。 そのために穏健なグループを養成しようとして見事なまでの失敗をしてしまった*12。 *12=Stephen M. Walt、“Who Is a Better Strategist: Obama or Putin ?”、Foreign Policy、October 9,2015 6 ロシア軍の作戦開始から撤退までの教訓 ●ロシアの国力の実態は、長期間の2正面作戦が困難であることは明白である。ことさらロシア軍の脅威に怯える必要はない。ロシア軍の実力をあるがままに評価し、これに適切に対処すればよい。 ●プーチン大統領は、軍事力の活用が巧みであり、戦争とは他の手段をもってする政治の継続にほかならないことをよく理解している。 ただ、実際に軍事力をもって戦争する必要はない。軍事力を背景とした外交を巧みに行えばいいのである。この点で、世界最強の軍事力を保持しながらも、それを背景とした外交を効果的に展開できない米国の奮起を期待したい。 ●作戦の目的を能力に合致させることは極めて重要である。ジョージ・W・ブッシュ元大統領は、米国の能力を超えた作戦目的を設定して失敗した。オバマ大統領は、使用する能力を制限した作戦目的(例えば、空爆のみによるISILの撃破)を設定しがちである。 ●オバマ外交の特徴であるリベラルな価値観(自由、民主主義、基本的人権、国際法など)に基づく外交にはメリットもあれば、ディメリットもある。「国民を虐殺したアサド大統領は許容できない。彼を即座に排除し、彼を排除したシリアの将来像の議論をしなければいけない」という主張などはその典型である。より現実的な外交が求められている。 ●今回のロシア軍主力部隊のシリアからの撤退を受けて、ロシアに対する経済制裁を簡単に解除してはいけない。相変わらず、ロシア軍がウクライナ東部を占領する親ロシアグループを支援している。制裁解除は、ロシア軍の再建に手を貸すことになる。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46384
まさかのトランプ爆走に苦悩する米国のインテリたち 白人ブルーカラーの怒りは止められない 2016.3.22(火) 老田 章彦 トランプ氏「暴動扇動」の可能性を捜査 集会での暴力事件に絡み 米ノースカロライナ州ヒッコリーで選挙集会に臨んだドナルド・トランプ氏(2016年3月14日撮影、資料写真)。(c)AFP/Getty Image/Sean Rayford〔AFPBB News〕 ?トランプ現象という、誰も経験したことない嵐がアメリカに吹き荒れている。
?メキシコに費用を負担させて国境に壁をつくるといった荒唐無稽な政策を掲げ、アメリカ最大のタブーである人種差別の姿勢すら隠そうとしない候補者が、多くの国民の喝采を浴びている。 ?アメリカ史上かつない異常事態ともいうべき状況にどう対応すればいいのか、トランプ氏の対立候補以外にも大いに困惑し悩んでいる人たちがいる。 トランプ政権入りを目論んでいるのは誰だ ?共和党の指名候補争いの序盤戦「スーパー・チューズデー」でトランプ氏が華々しい勝利をおさめた翌日、トランプ氏への反旗を高々と掲げた人たちがいた。 ?長年アメリカの外交・安全保障政策を支えてきた有識者60人が、トランプ氏の排外的な外交政策はアメリカの安全を危機にさらすものだとして公開書簡で厳しく批判したのだ。 ?注目すべきは、60人の有識者のすべてが共和党員または共和党の支持者だったこと。そして、右派・中道派・ネオコンまで幅広い人材がそこに含まれていたことだ。なかには、トランプ氏が共和党の候補に指名された場合は「本選で民主党クリントン氏に投票する」とまで発言した人もいる。「共和党良識派の反撃がついに始まった」「公開書簡に署名をしたのは誰か」とメディアは盛り上がった。 ?一方、首都ワシントンでは、この現象を逆の方向から見ている人が少なくなかった。彼らの間で話題になったのは、「誰が署名をしたのか」ではなく「誰がしなかったのか」だった。 ?背景にはアメリカの政界ならではの事情がある。アメリカの政策に強い影響を与える大統領特別補佐官や各省庁の要職には、官僚でもなく政治家でもない“第3の人材”がつくことが多い。その多くはシンクタンクの研究員や大学教授といった知的エリートで、政府での数年間の任期を終えると、再び研究や教育の世界へ戻っていく。そして外部からの政策提言が評価されると、再び政府に呼ばれて働く。このような官と民の間の人事サイクルが厚みのあるエリート層を育て、アメリカ政治を支えている。 ?今回の公開書簡に名をつらねた共和党系の60人は、「共和党トランプ政権」に参加したり外部から関与したりするチャンスを投げ捨ててしまったに等しい。 ?逆に、公開書簡に署名しなかった人は、もしもトランプ氏が大統領になった場合、政権入りする可能性が残されている。だからワシントンでは、署名をしなかった人に注目が集まったというわけだ。 ?たとえば、1990年代から政府機関と民間の往復を始め、ジョージ・W・ブッシュ大統領の外交ブレーンにもなった大手シンクタンクの研究員、スミス氏(仮名)がその1人だ。スミス氏は今回の選挙に向けて、共和党本流とされていたある候補者と連絡をとりながら、着々と自らの足場を固めていた。ところが選挙戦が始まってみると、頼みにしていた候補者はトランプ旋風に吹き飛ばされ撤退してしまった。スミス氏が公開書簡に署名しなかったのは、新政権への関与をまだ諦めていないからではないかという人もいる。 アメリカを分断させるトランプ氏 ?共和党系か民主党系かを問わず、アメリカのインテリ層はトランプ旋風という未曽有の混乱のなかで困惑し対応を決めかねている。 ?アメリカが指導力を失った「Gゼロ」後の世界についての著作で知られるイアン・ブレマー氏は、スタンフォード大学で博士号を取得後、わずか28歳でシンクタンク「ユーラシアグループ」を設立した気鋭の政治学者だ。ニューヨークに本拠を置くブレマー氏は、目下の選挙戦への困惑を次のようにツイートしている。 「ニューヨークとワシントンにはたくさんの知人がいるが、そのうちの誰ひとりとしてトランプ支持者に出会ったことがないという。これは大問題だと思う」 ?つまり、都会のホワイトカラーでトランプ候補を支持する人は極めて少ないということだ。 ?一方、トランプ支持者の中核となっているのは白人のブルーカラーである。彼らの多くは工場で働いているが、工場の海外移転や低賃金の移民労働者の増加などによって職を奪われ、不満を募らせていた。サービス業で働くブルーカラーも賃金の安い仕事を移民と奪い合わなければならない。白人ブルーカラーの怒りは高まる一方だった。 ?その怒りをたくみに利用して勢力を伸ばしたのがトランプ候補だった。「偉大なるアメリカの復活」を力強く約束し、「悪いのは中国や日本」「敵はメキシコ人」などと問題を単純化してみせるトランプ氏に彼らは熱狂した。 ?トランプ氏に煽られて熱狂するブルーカラーたちと、冷静な目を保とうとするホワイトカラー、インテリ層。両者のギャップはここ数カ月で急速に広がっている。ブレマー氏の目にはそれが大きな問題と映っているようだ。 「最悪の衝動」を呼び起こされた人々 ?ブレマー氏のトランプ氏への懸念はそれだけではない。キーワードは「差別」だ。 ?今回の選挙戦ではトランプ氏の人種差別的な姿勢が議論を呼んでいる。差別の撤廃はアメリカ社会最大の課題の1つであり、選挙での差別発言は「一発退場」につながることも多い。 ?だが、トランプ氏は白人ブルーカラーからの受けをねらってか、マイノリティーへの差別的な姿勢を強めている印象さえある。白人至上主義団体「KKK」の元幹部から支持表明を受けたことに対しトランプ氏がはっきりと拒否の言葉を述べなかったことは、多くのアメリカ人をあ然とさせた。 ?人種差別の姿勢を隠そうともしない候補者が選挙戦で生き残っているどころか、先頭を走っている。繰り返しになるが、これは異常事態というほかない。 ?スーパー・チューズデーの4日後、NBCテレビの人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」は、トランプ陣営のテレビコマーシャルの体裁をとったパロディー映像を放送した。穏やかな地域社会に暮らす勤勉で善良な白人がトランプ氏を支持する理由を語るという設定だ。 ?ある男性は「トランプは経済を、ここから、ここまで、引き上げてくれるだろうね」と言いながら腕を持ち上げるが、そこにはナチスの腕章が巻かれている。 ?また、白い服にアイロンをかけながら「トランプは大胆な政治家よ。私の本音を代弁してくれるわ」と語る女性が服を裏返すとKKKのマークが・・・という内容だ。 ?どぎつい冗談だと笑ってばかりもいられない。支持者のなかにはトランプ氏に同調して、心の奥底にあった差別感情を解き放ってしまった人が少なくない。トランプ氏の集会では、反トランプを叫ぶ人に暴力をふるう支持者が増えている。そういう人たちを相手にブレマー氏のような人が理性的に政治を語り合おうとしても話が噛み合うとは思えない。 ?ブレマー氏は、大衆をここまで引っ張ってきたトランプ氏について「人の心の奥底にある最悪の衝動を利用した低俗な人気取り」だと切り捨てた。研究者としての心のうずきが聞こえてくるようだ。 ?ほんの数カ月前まで、まさかこんな状況になるとはアメリカのインテリ層は誰も予想していなかった。彼らはどんな思いで新しい大統領の誕生を迎えることになるのだろうか。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46374
[32初期非表示理由]:担当:要点がまとまっていない長文
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