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ダーイッシュやトルコなどと同じように米英支配層の手先となってきた日本が切り捨てられる可能性
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201602290000/
2016.03.01 03:13:11 櫻井ジャーナル
アメリカの支配層は現在、傭兵を使って侵略を繰り返している。例えば、中東/北アフリカではワッハーブ派/サラフ主義者やムスリム同胞団、ウクライナではネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)が利用されていた。ロシアではチェチェン、中国では新疆ウイグル自治区の武装勢力がアメリカ支配層の手先として動いている。
現在、中東で最も注目されている国はシリア。地中海東岸の天然ガス田であり、パイプラインの通過地点としても重要な石油利権のポイント。サウジアラビアのライバルである産油国のイラン、石油と水(チグリス川やユーフラテス川)のイラク、そしてシリアはアメリカ支配層から自立、それも攻撃される大きな要因だ。
1991年にイラン、イラク、シリアの3カ国を5年以内に殲滅すると口にしたのがネオコンの大物で国防次官だったポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)。その年の12月にソ連が消滅、翌年の初めにはウォルフォウィッツが中心になって世界制覇プランを国防総省のDPGの草稿という形で作成した。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。
このドクトリンはアメリカが「唯一の超大国」なったという前提で書き上げられ、潜在的なライバル、つまり旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジアなどがライバルに成長することを防ぎ、膨大な資源を抱える西南アジアを支配するとしている。
まずアメリカはNATOを使い、1999年3月にユーゴスラビアを先制攻撃した。その前段階として、1991年にスロベニア、クロアチア、マケドニア、92年にボスニア・ヘルツェゴビナが相次いで独立を宣言、さらにセルビア・モンテネグロがユーゴスラビア連邦共和国を結成してユーゴスラビア社会主義連邦人民共和国は解体されている。さらにアメリカはコソボを奪ったが、その時に手先として使ったKLA(コソボ解放軍。UCKとも表記)は麻薬取引で資金を調達していた。こうした攻撃を正当化するため、西側の政府やメディアは「人道」や「人権」を掲げていたが、嘘だったことが判明している。(詳しくは拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を)
アメリカがイラクを先制攻撃する口実に使ったのが2001年9月11日の出来事。ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのだ。ジョージ・W・ブッシュ政権は本格的な調査をせず、即在に「アル・カイダ」の犯行だと断定、そのトップであるオサマ・ビン・ラディンを匿っているとしてアフガニスタンを攻撃、2003年3月にはアル・カイダ系武装集団を「人権無視」で弾圧していたイラクを先制攻撃した。
サダム・フセイン体制が倒されたイラクでアル・カイダ系の武装集団AQIが誕生する。2006年1月にAQIを中心としてISI(イラクのイスラム国)が編成され、活動範囲がしらに拡大するとIS(ISIS、ISIL、ダーイッシュとも表記)と呼ばれるようになった。
2012年8月にアメリカ軍の情報機関DIAが作成した報告書によると、反シリア政府軍の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI。このAQIはシリアでアル・ヌスラを名乗っている。つまりAQI、アル・ヌスラ、ダーイッシュの実態は同じであり、「穏健派」は存在しないに等しい。クラーク元欧州連合軍最高司令官はCNNの番組で、アメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと語っている。
アル・カイダ系武装勢力やダーイッシュを支える兵站線はトルコからシリアへ延び、この勢力が資金源にしている盗掘石油はシリアやイラクの油田からトルコへ運び込まれている。これらの輸送ルートを守ってきたのはトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン政権だ。このトルコとサウジアラビアは今でもシリアへ軍事侵攻する意思を示している。
年明け後、しばらくの間はアメリカもこうした動きに同調していた。例えば、1月22日にはアシュトン・カーター国防長官が陸軍第101空挺師団に所属する1800名をイラクのモスルやシリアのラッカへ派遣すると語り、翌23日にはジョー・バイデン米副大統領が訪問先のトルコでアメリカとトルコはシリアで続いている戦闘を軍事的に解決する用意があると口にしている。
2月にトルコ外相はサウジアラビアの軍用機や人員をトルコのインシルリク空軍基地へ派遣、シリアで地上戦を始めることもできると語り、サウジアラビア国防省の広報担当は、同国の地上部隊をシリアへ派遣する用意があると表明した。その直後にアメリカのカーター国防長官はサウジアラビアの表明を歓迎すると発言している。
アメリカの雰囲気が変化するのは、ヘンリー・キッシンジャーがウラジミル・プーチン大統領と会談するためにロシアを訪問した2月10日。アメリカ政府とロシア政府は2月22日、シリアで2月27日から停戦することで合意したと発表している。当初、アメリカは停戦をダーイッシュをはじめとする武装集団の体勢を立て直すために利用したと思われるのだが、ロシアはこうした武装集団に対する攻撃は継続すると言明している。その条件で合意は成立した。
トルコやサウジアラビア、特にトルコは梯子を外されたような状況。トルコのエルドアン大統領と親しいという安倍晋三政権も同じようなことになりかねない。アメリカという後ろ盾がついているつもりで中国と戦争を始めた後、気づいたら周りに誰もいなかったということはありえる。
世界の近代史を振り返ってみると、日本はアングロ・サクソンに操られてきたとしか思えない。19世紀にイギリスは中国(清)の富を盗もうとしていた。そこで始めたのがアヘン戦争(1840年から42年)とアロー戦争(1856年から60年)。
アヘン取引でイギリス人やアメリカ人は大儲けしたが、そうした会社のひとつがジャーディン・マセソン商会。儲けの大半はアヘンの取り引きによるものだった。この会社が1859年に長崎へ送り込んできた人物がトーマス・グラバー。ほどなくして彼はグラバー商会を設立、長崎のグラバー邸は武器取引に使われた。そこに坂本龍馬、後藤象二郎、岩崎弥太郎たちも出入りしていたことが知られている。
1865年にはイギリスが麻薬取引の拠点にしていた香港で香港上海銀行が創設され、66年に横浜へ進出、さらに大阪、神戸、長崎にも支店を開設している。1867年には「大政奉還」、長州藩と薩摩藩を中心とする新政府が誕生した。
この当時、イギリスの支配層は世界制覇を目論んでいたが、そのためには兵力が不足していた。ライバルのフランス、ドイツ、ロシアに対抗するために約14万人の兵士が必要だと見られていたが、実際の兵力は7万人。そこで目を付けられたのが日本で、1902年には「日英同盟協約」が結ばれる。1904年に日本は帝政ロシアと戦争を始めるが、戦費とし約2億ドルを融資したのはロスチャイルド系のクーン・ローブ。この金融機関を率いていたジェイコブ・シフと日銀副総裁だった高橋是清は親しかった。この日露戦争で棍棒外交のセオドア・ルーズベルト米大統領が乗り出した背景もシフと同じだ。
関東大震災の復興資金調達で日本政府が頼った相手がJPモルガン。ロスチャイルドがアメリカにおける代理人として使っていた金融機関で、その後日本に大きな影響力を持つようになる。1932年に駐日大使として赴任してくるジョセフ・グルーはいとこがジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガン総帥の妻。戦後、グルーは日本の民主化を止め、ファシズム化へ方向転換させたジャパン・ロビーで中心的な役割を果たすことになる。
簡単に言うと、日本の支配層はアングロ・サクソンが東アジアを侵略する手先として働いてきた。その代償として自分たちの富と地位が約束されてきたのだろうが、アングロ・サクソンの支配システムが揺らいでいる今、日本も梯子を外される可能性がある。
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