新時代に突入した米国・ロシア・中国新時代に突入した米国・ロシア・中国の軍事競争 米国防予算と第3次相殺戦略(オフセット戦略) 2016.2.25(木) 渡部 悦和 中国国防白書、空海の軍事力拡大を打ち出す 南シナ海の南沙諸島(英語名:スプラトリー諸島)に位置するミスチーフ礁で中国が進める埋め立ての空撮写真(2015年5月11日撮影)〔AFPBB News〕 米国防省は、2月9日にFY 2017(2017会計年度)の国防予算案を発表した。今回の国防予算案にはいくつかの特徴がある。 第1に、国防省予算案の中で、国外作戦予算は大幅に増額されたが、これを除いた基本予算(一般予算)はマイナス1.9%と抑制的である。 第2に、予算要求の背景となる国防省の脅威認識として5つのチャレンジ(ロシア、中国、北朝鮮、イラン、ISIL*1)を列挙しつつも、特に中国とロシアの脅威を強調し、大国間の競争(great power competition)を打ち出した点である。 第3に、その結果として、中国およびロシアに対する中長期的な軍事的・技術的優越を確保するための第3次相殺戦略(The Third Offset Strategy*2) 関連の研究開発予算を重視した点である。 第4に、中国やロシアとの大国間の競争の表明や第3次相殺戦略の重視は、国防省とバラク・オバマ大統領の意見の対立を背景として、国防省の強い意志の表明である。 本稿においては、今回の国防省予算案で特に注目された第3次相殺戦略に焦点を当てて記述する。この第3次相殺戦略は、特に中国の接近阻止/領域拒否(A2/AD: Anti- Access/Area Denial)に対抗するために登場した。 結論的に言えば、第3次相殺戦略は、2014年末に登場した時の革新的な内容をより現実的な内容に変化させつつも、FY 2017予算案の中で具体的な事業となっている。この相殺戦略は、我が国の安全保障を考える際に極めて重要な戦略であるために、本稿で取り上げることにした。 1 国防省予算要求の概要 図1は、FY(会計年度)2001からFY 2017までの国防予算の推移を示している。 図1「米国防予算の推移」 (出典:米国防省ホームページ) FY 2017の国防予算は図1の通り約5830億ドル(正確には5827億ドルで、基本予算と国外作戦予算の合計)であり、FY2016予算要求額比でマイナス0.4%である。 *1=いわゆるイスラム国(ISやISIS)のこと。米国政府はISIL(Islamic State in Iraq and the Levant)しか使用していないので、本稿ではイスラム国をISILと記載する。 *2=相殺戦略とは、「我の優位な技術分野を更に質的に発展させることにより、ライバル国(中国やロシアなど)の量的優位性を相殺(オフセット)しようとする戦略」である。 基本予算は5239億ドルで対前年度比マイナス1.9%と緊縮予算になっているが、国外作戦予算は588億ドルで対前年度比プラス15.5%と大幅な増額となっている。これは、イスラム過激主義組織ISILへの対処、欧州におけるロシア対処の予算が増額されたためである。 また、アシュトン・カーター国防長官が中国やロシアに対する軍事技術的の優越を確保するために重視した研究開発予算は、前年の690億ドルから718億ドル(この中で第3次相殺戦略予算は36億ドル)へと4%の増額であり、「今日を戦い、将来生起する戦争に勝利する予算を確保した」という説明になる。 また、緊縮予算の中でも給与は重視され、民間の給与上昇を考慮し、1.6%の上昇となっている。 一方で、軍の近代化には十分な予算を要求することができなかったとしている。特に、陸軍と海兵隊は、近代化予算を抑制せざるを得なかったという。 結論として、FY2017の国防予算ではバランス(給与、即応性、近代化、戦力の規模のバランス)を余儀なくされたと説明している*3。 図2「2017予算確保後の主要兵器および組織」(出典:米国防省ホームページ) 主要な兵器および組織については図2の通りであるが、爆撃機96機、ICBM450基、戦術戦闘飛行隊55個、海軍艦艇(空母11隻、弾道ミサイル原子力潜水艦14隻)287隻、陸軍旅団戦闘チーム56個である。 その他の予算では、海中作戦能力向上のための予算に81億ドル、サイバーセキュリティに67億ドル、弾薬・ミサイル関係に128億ドル、研究・開発費に718億ドルである。 なお、FY 2016と FY 2017は、予算の強制削減(sequestration*4)を免れたが、FY 2018以降4年間については特別な措置をしないと強制削減が復活する。 2 米国にとっての5つのチャレンジ (難題) 相殺戦略の基礎にあるのが中長期的な脅威認識であり、特に中国とロシアに対する脅威認識がカギとなる。統合参謀本部によると、将来を予測することが最も難しい時が今であるという*5。そして、「米軍にとって最早、簡単な勝利などない」時代に入っているという認識である。 米国は、2001年の9/11同時多発テロ以降、対テロ戦争を15年間実施してきた。イスラム過激主義組織ISILは現在対処している直近のチャレンジであり、北朝鮮とイランもチャレンジであるという。 *3=“Comptroller:FY2017 Defense Budget Request Seeks Balance”、DOD HP *4= Sequestrationは、連邦予算の赤字を削減するために、国防費を強制的に削減するために導入された削減案。 *5=Jim Garamone, “Budget Request Balances Resources, Capabilities, Vice Chairman says ”, Defense Media Activity しかし、最大のチャレンジは大国ロシアと中国であり、両国に本格的に対処する予算が必要であると宣言した。つまり国防省は、ロシア、中国、北朝鮮、イラン、ISILの5つを対処すべきチャレンジとしている。 なお、最近の米国防省の記述によるとロシア次いで中国の順番に記述されているが、実際にクリミアを併合しウクライナ東部での軍事活動に加担しているロシアを対処すべき対象の上位に位置づけているのであろう。 また、ロシアがクリミアを併合して以降、地中海東部におけるロシアによるA2/ADの脅威も話題になっている*6ことも付加しておく。 努めて多くの予算を獲得するためには国際情勢を厳しく評価するのが常態であり、中国とロシアのみならず、北朝鮮、イラン、ISILを含めて考えられるチャレンジのすべてを列挙している。 しかし、対処すべきチャレンジに関しては優先順位をつけなければいけない。米国にとってのバイタルな国益を危うくする最も危険な国はその経済力、軍事力および対外政策から判断して中国であり、次いでロシアであろう。 北朝鮮、イラン、ISILは、米国にとっての直接的な脅威ではない。カーター国防長官が重視した脅威は大国中国とロシアであり、この両国の軍事力に対抗するために案出されたのが第3次相殺戦略である。 3 アシュトン・カーター国防長官および国防省の孤独な戦い 今回の国防予算案は、カーター国防長官及び国防省の孤独な戦い*7を象徴している。この孤独な戦いは、軍の最高指揮官であるオバマ大統領との確執に大きな原因がある。 バラク・オバマ大統領と彼に仕えた全員の歴代国防長官(ロバート・ゲーツ、レオン・パネッタ、チャック・ヘーゲル)の関係は良好ではなかった。特にゲーツ氏とパネッタ氏は、国防長官辞任後に出版した回想録*8の中でオバマ大統領を厳しく批判している。 軍の最高指揮官としてのオバマ大統領の資質に対する批判がその根本にある。つまり、危機に際してのオバマ大統領の優柔不断さ、自らの戦略に対する自信の欠如、発言の背後にある意思の欠如、国防省に対するマイクロ・マネッジメント(本来ならば国防省に任せるべき部隊運用などに関し、細かいことにまで干渉すること)などがその原因である。 一方で、オバマ大統領には、円滑に進展しない軍事作戦に関し、国防省および軍首脳に対する不満があり、大統領の対外政策は外交主導で運営され、国防省は冷遇される傾向にある。 当然ながら、オバマ大統領とカーター国防長官との間にも意見の対立がある。特に、中国、ロシア、ISILに対する対処案ではしばしば意見が対立している。例えば、ロシアのクリミア併合とウクライナ東部での紛争に際し、カーター長官は、ウクライナへの武器の供与を進言しているが、大統領は拒否している。 カーター長官は、南シナ海における中国の人工島の建設に伴う「航行の自由作戦(FONOP)」の実施を2015年の5月の段階で進言しているが、大統領はその進言を受け入れることがなく時が過ぎ、2015年の10月27日にやっとFONOPは実施された。 *6=Jonathan Altman, “Russian A2/AD in the Eastern Mediterranean ”, NAVAL WAR COLLEGE REVIEW *7=Josh Rogin, “The Pentagon’s Lonely War Against Russia and China”、Bloomberg *8=Robert M Gates,“ Duty: Memoirs of a Secretary at War”, Vintage Leon Panetta, “Worthy Fights”, Penguin Press この半年の間に中国の人工島の建設はほぼ完成してしまった。この大統領の優柔不断さは米海軍の士気に悪影響を及ぼした。そしてイラクやシリアにおけるISILとの戦闘においても、地上戦力のより積極的な活用を進言する国防省とそれを拒否する大統領の意見の相違は明白である。 カーター国防長官および相殺戦略の主務であるロバート・ワーク国防副長官は、中国とロシアの脅威を強調し、大国間の競争を打ち出すことによって、両国に対する軍事的技術的優位を確保しようとした。 オバマ大統領は、声高に中国やロシアの脅威を強調することを好まない。中国とロシアに対する脅威認識の相違が事あるごとに大統領と国防省のぎくしゃくした関係を惹起させてしまっている。 オバマ大統領の任期は残すところ1年を切り、今回の予算案がオバマ氏の最後の予算となる。国防省は、大統領やスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官のマイクロ・マネッジメントを嫌い、2017年度予算の編成に際して、彼らの影響があまり及ばない中長期的な戦略である第3次相殺戦略を重視し、これを守り抜く意向であると報道されている*9。 4 第3次相殺戦略 この項では第3次相殺戦略について、2014年末に米国のシンクタンクである戦略・予算評価センター(CSBA: Center for Strategic and Budgetary Assessments)が発表した資料*10に基づいて説明する。 このCSBAの相殺戦略は、中長期的なスパンの中で理論的に考察された構想ではあるが、かなり大胆に大風呂敷を広げた構想であるとも言える。 実際に、FY2017予算案で明確になったことは、画期的・革新的であるCSBAの相殺戦略が、その後の国防省内の検討を経て、より現実的なものに変化している事実である。この変化は、短期的な軍事技術上の可能性や年度の予算的な制限によるところが大きいと思われる。 しかし、中長期的な構想としてのCSBA相殺戦略は、当時の国防省の構想と密接な関係があり、その価値は減じることがない。従って、CSBA相殺戦略をベースに相殺戦略を説明しつつも、現段階での国防省の検討結果に伴う変化事項も紹介する。 ●相殺戦略とは? 相殺戦略とは、「我の優位な技術分野を更に質的に発展させることにより、ライバル国(中国やロシアなど)の量的優位性を相殺(オフセット)しようとする戦略」である。つまり、相手の量に対して質で勝負しようという戦略である。 相殺戦略は、国防省のロバート・ワーク国防副長官が長として検討を進めている「国防イノベーション構想」(DII: Defense Innovation Initiative)と密接な関係がある。DIIは、米国がライバル国に対して長期的に軍事的優勢を維持、強化するための構想であり、DIIの重要な要素が相殺戦略である。 ●なぜ第3次なのか? 米国は、今まで第1次および第2次の相殺戦略を採用してきた。第1次相殺戦略は、1950年代、ドワイト・アイゼンハワー大統領が採用したニュー・ルック(New Look)国防政策であり、ソ連の膨大な通常戦力に対し、質的に優位に立つ核兵器(水爆、ICBM、SLBM)、長距離爆撃機(B52)とミサイル(ICBM、SLBM)で対抗した。 第2次相殺戦略は、冷戦時代の真っただ中だった1970年代、ハロルド・ブラウン国防長官が採用し、ソ連の量的に優勢な通常戦力に対し、質的に優位に立つステルス爆撃機(F-117、B-2)、精密攻撃兵器(ATACMS)、C4ISR(JSTARS、GPS)の改善で対抗した。 そして、2014年に公表された第3次相殺戦略によると、今回は中国やロシアのA2/ADなどの脅威に対抗しようとしているのである。 なお、当初のCSBA相殺戦略の対象は主に中国のA2/ADへの対抗の意味合いが強かったが、ロシアのクリミア併合以降の地中海東部でのロシアによるA2/AD、シリアでの航空攻撃などを分析しロシアの脅威も改めて認識されるに至った。そのため、相殺戦略の主たる対象は中国とロシアである。 *9= Josh Rogin, “The Pentagon’s Lonely War Against Russia and China”、Bloomberg *10=Robert Martinage, “TOWARD A NEW OFFSET STRATEGY ”, CSBA(Center for Strategic and Budgetary Assessments ) ●第3次相殺戦略が重視する5つの優越分野 中国人民解放軍(PLA)のA2/AD能力が今後さらに進化していく状況下において、米国が長期にわたり維持すべき5つの優越分野を明示している。「無人機作戦」「長距離航空作戦」「ステルス航空作戦」「海中作戦」「複合システム・エンジニアリングと統合」である。以下、各分野について説明する。 ・「無人機作戦(Unmanned Operations)」 米国は、無人機システムの開発と作戦、人工知能と自律化(autonomy)技術におけるリーダーである。 無人機システムは、有人航空機に比較してはるかに低いライフサイクル・コストを提供する。現行および計画中の無人機システムは、主として短・中距離の航空機であり、ほとんどすべてがステルス性に欠ける。 無人機部隊を以下の3つの新たな残存能力のある長距離システムを調達することにより最適化を図る。 @ステルス性を有する高高度長時間滞空(HALE: High-Altitude Long-Endurance)ISR無人機システム Aステルス性を有し、再給油可能な陸を基地とする無人戦闘航空システム(UCAS: Unmanned Combat Air Systems) Bステルス性を有し、再給油可能な海を基地とするUCAS ・限定されたSSN能力を拡張するために無人潜水機(UUV:Unmanned Undersea Vehicles)とペイロード・モジュールの調達 ・「長距離航空作戦(Extended-range Air Operations )」 爆撃機は、対応時間の短い侵略に対する迅速かつグローバルな対応を可能にする長距離の戦闘半径に優れるが、乗組員の疲労が長期間かつ長距離の作戦の制約事項である。 現行および計画中の航空機は、有人で短距離戦闘・攻撃機に重点を置き過ぎている。中国のA2/AD能力の向上により、米国の前方展開基地(例えば沖縄の嘉手納基地)が脆弱になり、米海軍の空母も対艦弾道ミサイルの脅威を受ける時代になり、より長距離からの作戦の重要性が認識されている。 ・「ステルス航空作戦(Low-observable Air Operations)」 米国は、ステルス航空機の設計・製造・作戦において大きな質的優位を保持している。ステルス機は、敵が侵入を拒否する空域において精密攻撃を可能にする。空軍の現行および将来の計画では、非ステルスな航空機に大きな重点が置かれている。 F-35とF-22は、第4世代戦闘機よりはステルス性が高いが戦闘半径が短い。F-35のステルス機能でさえ完全ではないと言われる状況で、さらにステルス性を高めた航空機、特に爆撃機などによる作戦の重要性が認識されている。 ・「海中作戦(Undersea Warfare)」 攻撃型原子力潜水艦(SSN)は、A2/AD環境下においても作戦可能であり、これへの対策は困難で、コストがかかり、時間もかかる。 海軍は、海中打撃能力を増強するべきだが、現行おいび将来的な海軍の計画では、潜水艦ではなくて水上艦艇に重点が置かれている。そのため、無人海洋システム(UMS: Unmanned Maritime Systems)例えば無人潜水艦、無人水上艇等を活用した作戦を重要視する。 ・「複合システム・エンジニアリングと統合(Complex Systems Engineering and Integration)」 広範囲に展開する兵器システム(航空機、爆撃機、空母等)とC4ISRを連結させる「グローバルな監視・打撃」(GSS: Global Surveillance Strike) ネットワークが典型であるが、多数のシステムを統合する技術の開発とその技術に基づくネットワークの構築が重要である。 ●第3次相殺戦略における具体的な技術・兵器 5つの優先分野における具体的な技術・兵器については、厳しい環境下でも相手の縦深深くに侵入できる高高度長期滞在無人航空機(RQ-4グローバル・ホーク後継のステルス機)と艦載無人攻撃機(N-UCAS:Navy-Unmanned Combat Air System、X-47Bが有名)、長距離爆撃機(LRS-B)、電磁レールガンと高出力レーザー兵器、バージニア・ペイロード・モジュールなどである。 これらの技術は、エアシーバトル(ASB)を遂行する際の難しい諸問題(中国本土の縦深深くの目標を打撃する能力とかPLAのミサイルの飽和攻撃に適切に対処できる能力)を解決するものであり、重大な意味を持つ。 これらの兵器、特に電磁レールガン、高出力レーザー兵器は、我が国の防衛にとっても極めて重要な分野であり、今後とも相殺戦略には注目する必要がある。 図3「長距離作戦」 (出典:CSBA) ●グローバルな監視・打撃(GSS: Global Surveillance Strike)ネットワーク 第3次相殺戦略の5つの優越分野が達成されると、それを連結することによってグローバルな監視・打撃(GSS)ネットワークが完成することになる。 米国のグローバルな戦力投射能力を以下の特色を持つGSSで強化する。 ・強靱である:敵に近接した基地に依存しない、防空の脅威に対する弱さを少なく、宇宙における能力の中断に耐えられる。 ・即応性がある:監視・打撃を決心して数時間以内にそれを実施できる。 ・拡張性がある(scalable):世界中の複数地点で同時に起こる事態に影響を及ぼすために拡張できる。 ・抑止が失敗したら、GSSネットワークは侵略者の戦争目的を拒否し、非対称的な懲罰を与え、そのA2/ADネットワークに損害を与えることができる。 図4「グローバル監視・打撃ネットワーク」(出典:CSBA) 5 FY2017国防予算案における第3次相殺戦略関連事業 以上は、CSBAが発表した第3次相殺戦略であるが、国防省内部での検討状況はどうなっているのであろうか。FY2017国防予算案を読み解くことにより解説してみたいが、この作業はなかなか厄介な作業となる。 なぜならば、第3次相殺戦略の多くの事業が単一の事業項目として予算要求されておらず、他の様々な事業の中に潜り込んでいるからである。以下の記述は、主にディフェンス・ニューズをはじめとする3つの資料*11を参考にして記述する。 ●CSBAの相殺戦略から変化した事項 ・CSBAの相殺戦略の目玉の1つであった無人の長距離爆撃機(LRS-B)ではなく、有人の長距離爆撃機を採用することは既に発表している。また、もう1つの目玉であった空母艦載無人攻撃機(N-UCAS:Navy-Unmanned Combat Air System)ではなく、無人空中給油機を空母に艦載し、F-35などの活動時間の延長、航続距離の延伸を図る計画である。 ・年度予算レベルではより現実的な事業を採用する傾向がある。例えば、革新的な技術を採用した兵器の開発だけではなく、既存の兵器の改善も相殺戦略として位置づけられている。 例えば、地対空ミサイルのSM-6を対艦ミサイルに改善する事業、既存のバージニア級攻撃潜水艦を改善しミサイル搭載量を3倍にする事業、トマホークを改善し対艦ミサイルとしての能力を付与する事業など、多額の予算を必要とせず、技術的にも達成容易で現実的な事業を重視している。 ・国防省の相殺戦略では、陸軍関係の誘導弾を発射可能なM109A7パラディンの様な従来型の兵器、ロボット兵器なども含まれている。 ・シリコンバレーの革新的技術や人材を獲得するために、カリホルニア州サニーベールにDIUx(Defense Innovation Unit Experimental)オフィスを開設し、予算4500万ドルを手当てしている。これはカーター国防長官のイニシアティブである。 ●国防省の相殺戦略の6つの主要事業 国防省の研究開発予算718億ドルの中で、第3次相殺戦略の予算として36億ドルが計上されている。また、第3次相殺戦略関連のその他の予算は、将来国防計画(FYDP: Future Years Defense Program) 予算180億ドルの中に包含されている。 今回のFY2017国防予算案で明らかになった第3次相殺戦略の6本の主要事業は以下の通りである。 ・接近阻止/領域拒否対処(A2/AD) ・海中戦(潜水艦及び海中脅威対処) ・人間-機械の連携・協力(human-machine collaboration and teaming) ・サイバー・電子戦 ・誘導弾対処 ・ウォーゲームおよび作戦構想作成 180億ドルの中で、A2/AD技術研究用として30億ドル、潜水艦及び海中脅威対処用として30億ドル、人間-機械の連携・協力用として30億ドル、サイバー・電子戦用として17億ドル、誘導弾対処用として5億ドル、第3次相殺戦略のウォーゲーム及び作戦構想作成用として5億ドルなどである。 ロバート・ワーク国防副長官によると*12、国防省の分析能力向上のための自律ディープ・ラーニング(autonomous deep learning)能力を持つマシーンやシステム、意思決定を支援する人間-機械の連携、映画のアイアンマン(Iron Man)が着用しているスーツ(外骨格exoskeleton)のような新技術により、戦場における人間の活動を援助するための人間支援作戦、無人システムと共働する人間-機械の連携*13、準自律型の兵器システムが焦点である。 *11=Aaron Mehta, “Defense Department Budget:$18B Over FYDP for Third Offset”, Defense News Franz-Stefan Gady, “New US Defense Budget:$18 Billion for Third Offset Strategy”, THE DIPLOMAT Mackenzie Eaglen,“What is the Third Offset Strategy?”, realcleardefense.com *12= Deputy Defense Secretary Bob Work, “Work outlines Key Steps in Third Offset Tech Development” *13=有人システムと無人システムのチームについては、陸軍のアッパッチ攻撃ヘリと無人機グレイ・イーグルとのチーム、海軍のP-8ポセイドンと無人機MQ-4Cトリトンとのチームの例がある。 6 第3次相殺戦略についての若干のコメント ・CSBAの相殺戦略の内容が変化しつつも、第3次相殺戦略がより現実的な形で生き残っていることを評価したい。 CSBAの相殺戦略が強調する5つの優越分野(無人、長距離、ステルス、海中作戦、システム統合)に関しては、中国やロシアのA2/ADに対抗するためにはいずれ避けては通れない分野である。 軍事技術の進歩と予算の制約を克服して中長期的に実現していくのであろう。いずれにしろ、FY2017という単年度予算のみでは評価できないので、今後の動向を注視したい。 ・CSBAの相殺戦略の目玉装備品が採用されていない事実は、米海軍や米空軍の軍事力整備の方向性と必ずしも一致していないことを示している。 海軍にしてみれば、空母等の大型艦艇が中国の対艦弾道ミサイルなどに脆弱であることを理由に否定されることに異論があるであろう。確かに潜水艦等による海中作戦は重要であるが、水上艦艇による作戦と潜水艦等による海中作戦のバランスが大切なのであろう。 また、空母艦載無人攻撃機(N-UCAS:Navy-Unmanned Combat Air System)を採用しなかった点に、大きな変革ではなく漸進的かつ着実に軍事力の整備を進める意思が読み取れる。 空軍にとっても、無人機を強調され、F-35などの短距離の有人機を否定されると反論したくなるであろう。無人の長距離爆撃機(LRS-B)ではなく、有人の爆撃機を採用した事実により、現実的な兵器を追求する空軍の姿勢が明らかである。 ・相殺戦略には陸軍に関連する分野がほとんどないのが特徴であるが、問題である。 そもそも、第3次相殺戦略は、中国のA2/ADに対処する作戦構想としてのエアシーバトルを補完する戦略であるが、このエアシーバトルが海軍と空軍主体の構想であったから陸軍の影が薄い。 しかし、朝鮮半島での紛争や欧州での紛争を考えた場合に、米陸軍を抜きにした作戦は考えられない。従って、第3次相殺戦略の中でもしっかりと陸軍の研究開発上の優先分野も盛り込むことになろう。 ・国防省がDIUx(Defense Innovation Unit Experimental)オフィスをシリコンバレーに開設し、革新的技術や人材を獲得しようとする試みは評価できる。人工知能、ICT、無人機システムの開発などで最先端を行くシリコンバレーのイノベーションを相殺戦略に取り入れることを期待する。 我が国の防衛省も防衛省版DIUxを検討してみてはどうか。 ・相殺戦略を具体化するためには作戦構想を確立する必要がある。作戦構想と兵器の研究開発は密接不可分な関係にある。 その意味で、FY2017予算案に作戦構想確立のための予算が計上されたことには意味がある。今までの経緯から、エアシーバトル(現在はJAM-GC)的なものになると思うが、その成果に期待したい。 ・CSBA相殺戦略が推奨するAIを活用した無人機システム、指向性エネルギー兵器(電磁レールガン、高出力レーザー兵器など)は我が国の防衛にとって不可欠な装備品であり、米国の動向を参考にすべきであろう。 結言 日米同盟は、日本の防衛にとって不可欠であり、今後ともその強化に向けた努力を継続すべきである。特に新たな大国間の競争の時代において、日米が一致協力してアジア及び世界の平和と安定のために努力する機会は増えてくるであろう。 その観点で、米国が第3次相殺戦略により真剣に中国やロシアに対処しようとしていることの重大さを我が国は認識すべきである。特にアジア正面においては中国のA2/ADにいかに対処するかは米軍のみの課題ではなく我が国の課題でもある。 我が国も主体的に将来の作戦構想を構築し、それと連携する装備品の研究開発の在り方を真剣に検討すべきであろう。 また、第3次相殺戦略により日米共同の研究開発や共同生産が促進される可能性もあり、これにもしっかりと対応すべきである。しかし、一方で、研究開発の分野においては米国との競争も覚悟しなければいけない。 我が国の主要な装備品は基本的には国産が望ましい。 優秀な国産の装備品を生み出すためには我が国の高いレベルの科学技術力が問われる。すべて米国の装備品を導入すればいいという議論は極端すぎる。最近も政府高官が米国のTHAAD(終末高高度地域防衛:Terminal High Altitude Area Defense )ミサイルを日本も導入してはどうかという一部報道があったがこの報道には驚いた。 我が国の防衛産業においてTHAADに匹敵する対空ミサイルを開発することは可能であろう。我が国独自の防衛技術の育成なくして将来の日本の防衛は考えられない。 特に、航空宇宙、ICT、人工知能、無人機システムなどの今後の成長分野において日米が競争するのは当然であり、その切磋琢磨の中で日米同盟をより高いレベルで進化させることが重要である。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46146 中国の国営メディア、「米艦艇に発砲せよ」と息巻く ついに南シナ海にミサイルを配備、取り返しがつかない状態に 2016.2.25(木) 北村 淳 中国、西沙諸島への「兵器」配備認める 国営メディア 南シナ海の西沙諸島・永興島に中国が新設した三沙市(2012年7月27日撮影、資料写真)。(c)AFP〔AFPBB News〕 南沙諸島(スプラトリー諸島)で中国が建設を猛スピードで進めている7つの人工島の1つ、スービ礁周辺海域に、2015年10月、アメリカ海軍が駆逐艦と哨戒機を派遣して「FONOP」(公海航行自由原則維持のための作戦)を実施した(本コラム「遅すぎた米国『FONOP』がもたらした副作用」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45163)。 その後、しばらくFONOPが繰り返されることはなかったが、2016年1月30日に、すでに30年以上も中国が実効支配を続けている西沙諸島(パラセル諸島)の中建島(トリトン島)周辺海域でアメリカ駆逐艦によるFONOPが実施された。 中国側はこのようなアメリカの姿勢に対応して、西沙諸島の政治軍事的中心である永興島(ウッディー島)に地対空ミサイル部隊を展開させた。 それに対してアメリカ政府は、南シナ海の軍事的緊張を一方的に高める動きであると非難した。すると中国国営メディアは、「中国の主権的海域に軍艦を送り込むアメリカの行動こそが、南シナ海の平和的安定を損なう元凶である」と反論し、「アメリカ軍艦に発砲、あるいは体当たりして、アメリカに教訓を与えなければならない」と中国共産党政府に注文をつけた。 初めて南シナ海の島に地対空ミサイルを設置 永興島をはじめとする西沙諸島は、ベトナム戦争で混乱している1974年に中国人民解放軍が南ベトナム軍との戦闘を経て占領した。それ以来、今日に至るまで中国が名実ともに支配を続けている。 中国は永興島を拠点にして西沙諸島の支配を維持してきた。そして永興島には、南シナ海に点在している西沙諸島、中沙諸島、南沙諸島を管轄する三沙市の政府機関が設置されている。また永興島には大型ジェット旅客機だけでなく戦闘機や輸送機や爆撃機などが発着できる2700メートル滑走路を有する航空施設と、フリゲートや多くの駆逐艦を含んだ5000トン級の艦船が接岸できる港湾施設も整っている。さらに、人民解放軍守備隊も常駐している。 これまで永興島には、しばしば戦闘機が配備されることはあったが、地対空ミサイル部隊や地対艦ミサイル部隊が配備されることはなかった。2月16日に確認された地対空ミサイル部隊の配備は、南シナ海の島嶼に人民解放軍が初めて展開した地対空ミサイル部隊である。 (米海軍関係者によると、かつて中国とベトナムの軍事的緊張が続いていた時期には、人民解放軍は永興島に高射砲部隊を配備していたという。しかし近代的地対空ミサイルが持ち込まれたのは今回が初めてである。) ちなみに、今回配備されたのは紅旗9型(HQ-9)地対空ミサイルで、発射装置はじめ火器管制装置や制御装置などはすべてトレーラーに積載され、地上を自由に動き回ることができる。そのため、敵の攻撃を受けにくいミサイルシステムである。HQ-9の最大射程距離は200キロメートルで、高度3万メートルまでの各種航空機や巡航ミサイルを迎撃することができるとされている。 HQ-9 発射装置(TEL) 多数の“シビリアン”を居住させる理由 人民解放軍は、アメリカ海軍が先ごろFONOPを実施した中建島ではなく、また今後もFONOPが実施されるであろう南沙諸島のスービ礁をはじめとする人工島でもなく、永興島に地対空ミサイル部隊を展開させた。 それには理由がある。すなわち、政府機関や航空施設そして港湾施設や漁業関連設備もある永興島には多数のシビリアン(非戦闘員)が居住しているからである。 「シビリアンが居住しているがゆえに、ミサイル部隊を配置した」というのは、何もシビリアンを守るためという意味ではない。多くのシビリアンが居住している島嶼は、各種ピンポイント攻撃兵器を有しているアメリカ軍といえども、そう簡単には攻撃することができないからである。 したがって、南沙諸島で建設が急ピッチで進められている7つの人工島にも、3000メートル級滑走路や港湾施設などとともに気象観測所、海洋研究所、漁業設備、観光施設などの“民間施設”が次から次へと誕生するはずだ。そうやって多数の“シビリアン”(南シナ海で操業する漁民の多くは本格的軍事訓練を受け小火器を携行する海上武装民兵である)を居住させて、「アメリカ軍の軍事的強迫から中国市民を守るため」という理由で地対艦ミサイル部隊や地対空ミサイル部隊を配備するであろうことには疑いの余地がない。 巡視船を攻撃することはできない 国営メディアは「アメリカに教訓を与える」ために「米艦に発砲し、体当たりせよ」と息巻いている。だが、永興島に配備されたのは地対空ミサイル部隊である。よって、このような威勢の良いプロパガンダは、南シナ海や東シナ海での侵攻主義的海洋戦略の主役と位置付けられている海警局巡視船を想定してのものと思われる。 「発砲せよ」というのは、海警局巡視船によるFONOPを実施する米駆逐艦に向けての警告射撃を意味している。そして「体当たりせよ」とは、海警局も人民解放軍海軍も公言し、現に実施している米艦艇への体当たり作戦のことである。 海警局巡視船の中には、海軍フリゲートから移籍した比較的強力な火砲を搭載した巡視船や、体当たり戦法によって大型駆逐艦をも撃沈させられる超大型巡視船もある。そのため、「ただのこけ脅しの掛け声に過ぎないとは見なせない」と米海軍関係者たちは危惧している。 もちろん、いくら強力な機関砲を数門搭載していようが、体当たり戦法によって駆逐艦を沈めるだけの巨体であろうが、海警局巡視船はあくまで巡視船である。対艦ミサイルや魚雷それに多数の火砲を搭載している駆逐艦が本気で立ち向かえば、たちどころに巡視船など撃沈してしまう。 しかし、巡視船は軍艦でないゆえに、軍艦にとっては「ミサイルや魚雷で攻撃することができない」というジレンマを抱える最大の難敵なのだ。 「中国の巡視船が退去警告を発しながら我艦に突貫してきた場合、いくら我々が中国の領海とは認めていない公海上とは言っても、中国巡視船を攻撃することはできない。あらゆる手段を駆使して衝突を回避し、現場から退避することになる。南シナ海をパトロールする米海軍艦艇の指揮官たちは、神経をすり減らす日々が続くことになるだろう」と米海軍関係者たちは嘆いている。 それだけではない、これまでの人工島建設のスピードから判断すると、南沙諸島の人工島に多数の“シビリアン”が居住し、地対艦ミサイル部隊や地対空ミサイル部隊が配備される日はそれほど遠くはない。その暁には、それら人工島周辺200キロメートル空域を“侵犯”した航空機は撃墜される可能性が生じる。また、同じく人工島周辺海域を航行するアメリカやその仲間の軍艦は、常に対艦ミサイルの餌食となる覚悟をしなければならなくなる。 やがて青円内は飛行・航行危険域になるかもしれない 拡大画像表示 取り返しがつかない状態になりつつある それらの島嶼から人民解放軍ミサイル部隊を排除するには、中国共産党政府を説得して「お引き取り願う」か、軍事的に叩き潰してしまうかのいずれかしか方法はない。しかし、非戦闘員が多数居住する島に展開した地上移動式ミサイル部隊を、精密攻撃によって壊滅させることは神業に近い。 まさに米海軍戦略家が言うように、「アメリカ政府が、中国共産党政府に対して波風を立てないように、腫れ物に触るような態度を取り続けてきたことが、悪夢のような状況を生み出しつつあるのだ」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46138
尖閣諸島防衛、やってはいけないこと、やるべきこと 安易な自衛隊投入は国の破滅、まずは海保の強化を 2016.2.24(水) 織田 邦男 「中国沿岸警備隊が武装強奪」、フィリピン当局が非難 南シナ海で接近する中国の沿岸警備隊の船舶(上)とフィリピンの補給船(2014年3月29日撮影、資料写真)〔AFPBB News〕 2015年9月、可決成立した安全保障関連法案が3月に施行される。政府・与党は昨年、この法案を第189回通常国会の最重要法案と位置づけ、95日間という戦後最長の会期延長をしてこれに臨んだ。だが、大山鳴動のわりに本質的議論は最後まで盛り上がらなかった。
特に奇異に感じられたのは、我が国の取り巻く安全保障情勢の議論なく、憲法論議に終始したことだ。国際情勢の議論なく、安全保障を論議する国は、世界広しといえど、日本だけだろう。また憲法論議から安全保障法制に入るのも順序が間違っている。 最近の南シナ海における岩礁埋め立て、軍事基地化などでも明らかなように、「力による現状変更」を企てる中国に対し、我が国がどのように認識し、どう対応すればいいのか。北朝鮮の独裁政権と核、ミサイル開発に対し、いかにすれば東アジアの平和と安定は保たれるのか。このような根本的な議論はほとんど行われなかった。 安全保障の前提となる国際情勢の議論を欠いたまま、法案が提出されても、国会の論議は深まらないし、国民の理解は得られない。まるで空腹を覚えていない人に、フランス料理のフルコースを勧めるようなもので、満腹感(拒否感)だけが先に立つ。 野党法案の大きな勘違い その結果が「戦争法案」「徴兵制」といった「レッテル張り」と「揚げ足取り」低劣な議論だった。 2月19日、民主党や共産党など野党5党は、来月施行される安全保障関連法について、憲法違反であり認められないとして、法律廃止の法案を衆議院に共同で提出した。これも「国際情勢の議論なき安保法制」の後遺症に違いない。 今回の安全保障法案を廃案にし、代替法案を提示しないということは、理屈的には、現下の国際情勢にあって、現行法制が最善と云うことになる。だが、本当にそうか。 中国の台頭と傍若無人化、そして北朝鮮の核武装と朝鮮半島の不安定化への対応は、まさに21世紀の国際社会の課題とも言われる。最も影響を受けるのは日本である。こういう現実を直視せず、現行法制が最善とはブラックジョークとしか思えない。 今からでも遅くはない。「廃止法案」提出を好機として、是非、国際情勢の議論を国会で一から始めてもらいたい。 2月18日、民主党と維新の党は、領域警備法案、そして周辺事態法改正案、国連平和維持活動(PKO)協力法改正案の三法を共同提出した。メディアは「昨年9月に成立した安全保障関連法の対案と位置付ける三法案」と報じている。だが、中身を一瞥する限り、断片的であり包括的な安保関連法案の「対案」とはなり得ない。 とはいえ、安倍内閣が現行法制の「運用でカバーする」として、手をつけなかった「グレーゾーン事態」について、「領域警備法案」として法案化したことの意義は積極的に認めたい。 この法案について、ウエブサイトで概要を次のように説明している。 「領域警備法案は、離島などわが国の領域で武力攻撃に至らない、いわゆる『グレーゾーン事態』が生じたとき、警察機関や自衛隊が適切な役割分担のもとで迅速な対応を可能とするためのもの。海上保安庁が平素から行う警備を補完する必要がある場合に自衛隊が海上警備準備行動を行うことや、領域警備区域を定めた上で、その区域内で治安出動や海上警備行動等に該当する事態が発生した場合には、あらためて個別の閣議決定を要せずに、迅速にこれらの行動が下令できるようにすること等を定めている」 この法案を読んで2つの懸念が浮んだ。 先に自衛隊投入は中国の思う壺 1つ目は、グレーゾーン事態における自衛隊の投入を安易に考えているのではないかという懸念である。 グレーゾーン事態とは、例えば漁民に扮した武装民兵が尖閣諸島周辺の領海を侵犯したり、上陸を企て占拠したような事態だ。つまり、「警察事態か防衛事態か」「犯罪か侵略か」が明確でなく、「法執行か自衛権行使か」「武器の使用か、武力行使か」に迷う事態である。 このような事態に対し領域警備法案では、まずは法執行機関として海上保安庁や警察が対応する。それで対応できない場合、自衛隊が海上警備行動、あるいは治安出動を根拠に投入されるという構想である。この考え方は、基本的には安倍政権の考え方と同じである。 だが筆者は、与野党問わず、自衛隊の投入自体の考え方が、そもそも安易すぎるのではと懸念している。自衛隊は国際的には軍隊である。軍隊は最後の手段であり、軽々に投入すべきではない。しかも、海上警備行動、治安出動は「警察権」の行使であり、法執行の補完である。従って投入される自衛隊の権限も警察権行使に縛られる。 米国の連邦軍も領域内での法執行は米国憲法で禁止されているように、最後の手段としての自衛隊は、基本的には法執行には投入すべきではない。軍とは国内法が及ばないところで活動する武力組織なのだ。 ギリギリまで、つまり相手が正規の軍隊を投入し、自衛権行使の必要性が出てくるまでは自衛隊は出動させるべきではないし、またしてはならない。まして警察権行使に限定という手足を縛ったまま自衛隊を投入することなぞ、百害あって一利なしである。 尖閣諸島をめぐる小競り合いで、先に自衛隊を出すことは中国に口実を与えるだけであり、中国の思う壺でもある。中国の戦略の基本は「不戦屈敵」、つまり「戦わずして勝つ」である。「三戦」(心理戦、世論戦、法律戦)を巧みに駆使し、徐々に既成事実化を狙う「サラミ・スライス戦略」を採っている。 中国は実力を行使する場合でも、相手が軍を投入しない限り、軍の投入は控え、海警局の公船や漁船員を装った武装民兵などを使う。軍隊を使わない準軍事的作戦であるため、米国ではこれをPOSOW(Paramilitary Operations Short of War)と呼んでいる。 今のところ中国は、米国とは戦っても負けるため、米国とだけはことを構えようとはしない。米国が「尖閣は安保条約5条の対象」と言う限り、中国は海警局の公船や武装民兵を投入することはあっても、先に人民解放軍を投入することはしない。 海警や民兵の挑発行為に対し、仮に海上保安庁では手に負えないからといって、先に自衛隊を投入すれば、この時とばかりに「世論戦」を行使するに違いない。「日本軍の先制攻撃に対する自衛のため、やむを得ず人民解放軍を投入」という「世論戦」には、国際社会でシンパシーを生むかもしれない。 まずは海保の強化を これに同情する米国世論が高まれば、日米同盟が機能しなくなることも十分あり得る。中国の高官は「我々にとって最良の日米同盟は、ここぞという絶妙の瞬間に機能しないことだ」といっている。そうなれば中国の思う壺である。米軍なしの「ガチンコ勝負」では日本に勝ち目はない。当然、中国はその機会を狙っている。 では、海警や民兵の行動が、海保の能力を超える場合はどうするのだ。自衛隊を投入しないで「海保を見殺しにするのか」というのが2つ目の懸念事項だ。筆者の主張は、まずは海保の強化を図るべきということだ。だが、今回の領域警備法では海保の任務や能力強化については全く触れられていない。 中国はPOSOW遂行のため、海警局の公船を充実、増強している。公船とはいえ、ほとんど軍艦に近い。既に1万2000トンの公船を建造中であり、ドイツから既に8隻分のエンジンを調達しているという。公船とはいえ79ミリ機関砲で武装している。他方、海保の巡視艇の火力は20ミリと30ミリのみである。 海保はこれまで、少人数で事実上の「領域警備」任務を涙ぐましい努力で遂行してきた。国民の1人として心から感謝と敬意を表したい。だが、法的には「領域警備」は海保の任務ではないことを知る国民は少ない。 海保の任務は海上保安庁法第二条に次のように定められている。 「海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎖圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする」 このように海保の任務は「海上の安全」と「治安の維持」であり、主権防護の意味合いの強い「領域警備」の任務は厳密に言えば付与されていない。にもかかわらず、日夜涙ぐましい努力をしながら、事実上の「領域警備」にあたっているのだ。 2010年、中国漁船(民兵とも言わている)が海保巡視艇に体当たりした。船長を逮捕、拘束したものの、処分保留で送還という苦い体験をした。これ以降、海保は尖閣諸島専従部隊12隻、約600人体制という少数精鋭で日夜、「領域警備」にあたっている。 「領域警備」は最も蓋然性が高く、かつ必要性があるにもかかわらず、安保関連法案では触れられなかった。早急な整備が求められるところである。その際、自衛隊投入に関する規定より、まずは海保の任務を是正し、装備、能力ともに強化することを優先すべきである。 今回の「領域警備法案」には、この観点は全くない。せっかくの「領域警備法案」が画龍天晴を欠くものになっているのは極めて残念である。 世界標準とかけ離れた海保 世界の沿岸警備隊(コーストガード)は軍に次ぐ準軍事組織として位置づけられている。米国沿岸警備隊は国土安全保障省の傘下にあり、連邦の法執行機関である。同時に領域警備および捜索救難等を任務にし、米国の第5の軍として位置づけられる。 「海上の安全、治安の維持」はもちろんのこと、領域警備、臨検活動、船団護衛などの任務も遂行している。保有する船舶は76ミリ砲やCIWS(Close In Weapon System)などを装備し、船体構造も抗堪性の高い軍艦構造(海保の場合、商船構造)となっている。 日本の海上保安庁の場合、1943年、マッカーサー占領下で創設されたため、再軍備ととられぬよう、あえて、海上保安庁法第25条により軍隊としての活動を認めていない。従って準軍事組織として運営されている他国のコーストガードとは法制上は一線を画している。 海保の保安官も、あえて軍隊ではないことに誇りを感じている人もいるという。それはそれで結構であるが、事実上、任務の拡大解釈によって「領域警備」を涙ぐましい努力で実施しているのであれば、政治は現実を直視し、法律を整え、装備を充実させ、任務を完遂できるようにしなければならない。 自衛隊法80条により有事の際は、海保組織の全部または一部を防衛大臣の指揮下に置くことを認めている。だが、グレーゾーン事態は防衛出動前の「平時」の事態なのである。 海警局の公船や武装民兵を相手にしても、自衛隊を出動させず、独自で対応できるよう海保を強化することが喫緊の課題として求められている。切れ目なくグレーゾーン事態に対応するには、海保の任務遂行能力強化を前提とした「領域警備法案」こそ規定すべきなのだ。 誤解を避けるため、あえて言うが、グレーゾーン事態で自衛隊が行動できる法改正が必要でないと言っているわけではない。グレーゾーン事態のように武力攻撃事態ではないが、自衛権の行使が必要になる場合(これまで「マイナー自衛権」と言っていた)、状況によっては間髪を入れず自衛権を行使(警察権ではない)できるようにしておくことは欠かせない。 その態勢を整えたうえで、最後の最後まで自衛隊を投入しないことが重要なのだ。それこそが紛争を抑止し、事態の悪化や拡大防止の最善の策となる。 ちなみに「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告では、「マイナー自衛権」という言葉は「国際法上未確立。国連憲章51条の自衛権の観念を拡張させていたるとの批判を招きかねない」として使用しないとした。 その一方で「各種の事態に応じた均衡のとれた実力の行使も含む切れ目のない対応を可能とする法制度について、国際法上許容される範囲で、その中で充実させていく必要がある」と法整備の必要性を明記している。 海上警備行動に自衛隊は間違い この法整備をしないまま、「警察権」行使だからといって安易に自衛隊を出動させるのは避けるべきである。それこそ将来に禍根を残すことになりかねない。これは「運用でカバーする」とした安倍晋三政権の課題でもある。 菅義偉官房長官は12日の記者会見で、沖縄県・尖閣諸島周辺の領海に中国軍艦が侵入した場合、海上警備行動を発令して自衛隊の艦船を派遣する可能性があるとの認識を示した。政府は既にこうした方針を中国側に伝達したという。 「軍には軍を」ということは国際的な常識である。今回の措置は抑止力にもなるだろう。だが、「海上警備行動」を根拠にするのはいただけない。 「外国軍」に対し、国内の「警察権」は通用しない。手足を縛られて苦労するのは海上自衛隊である。だが、現実的には「海上警備行動」しか根拠がないのも事実である。まさに政治の怠慢がここにある。 民主党と維新の党の良識ある議員たちによって、「領域警備法案」が提出された。いまだ不十分な内容ではあるものの、与党はこれを無視するのではなく、これを奇貨として議論を進め、安保関連法案の穴を埋めてもらいたい。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46147 イラン市場を奪取せよ、ロシアが武器輸出攻勢 原油の協調減産問題も絡み、水面下では激しいやり取り 2016.2.25(木) 小泉 悠 ロシア機再び領空侵犯か、大使呼び出し抗議 トルコ政府 着陸する戦闘爆撃機「Su-34」。シリア・ラタキア県にあるロシア軍施設で(2015年12月16日撮影、資料写真)〔AFPBB News〕 ロシアがイランに対する武器輸出攻勢を強めている。 その背景には、イランが国際社会に復帰しようとする中でのロシアなりの思惑があるようだ。 2月16日、イランのホッセイン・デフガン国防相がモスクワを訪問し、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領やセルゲイ・ショイグ国防相と会談した。 会談ではシリア問題も話し合われたようだが、もう1つの重要テーマがイランによるロシア製兵器の購入だ。 2020年に武器禁輸処置解除 イランは長らく核開発疑惑に伴う武器禁輸措置を受けており、軍用装備の旧式化が進んでいる。しかし、昨年の核合意によってイランへの制裁措置は段階的に解除されていくことが決まり、2020年には武器禁輸措置も解ける見込みとなった。 イランは世界有数の産油国であり、経済封鎖が解ければ国防費の増加も見込める。 こうした中でイランが今後の武器供給元として期待を寄せているのがロシアで、モスクワでの記者会見に臨んだデフガン国防相は、ロシアとの「軍事技術面での協力」の拡大に意欲を示した。 ロシア側でも新たな大口顧客としてイランに期待を寄せており、気の早いメディアでは「イランは第2のインドになるか?」という見出しも踊った。 インドは現在、中国を抜いて世界最大のロシア製武器輸入国となっている。実際、2007年に国連安保理がイランへの武器禁輸措置を課すまで、イランは世界3位のロシア製兵器の購入国となっていたから、条件さえ整えばイランが再び大口顧客に復帰する可能性は高い。 その目玉と言えるのが「Su-30」戦闘機の供与だ。 現在、イラン空軍はソ連製の「MiG-29」に加え、王政時代に米国から導入した「F-4」戦闘機や「F-14」戦闘機を保有しているが、いずれも旧式化が著しい。 特にF-4やF-14の保守には苦労しているらしく、これらの戦闘機の予備部品をイランが密輸によって入手していることがたびたび指摘されている。また、ロシアも何かと協力していると言われるが、実態ははっきりしない。 これに対してSu-30シリーズはロシア空軍だけでなく、インドや中国をはじめ世界中に供与されている優秀な多用途戦闘機であり、生産ラインもできているから納入も早い。 ロシアの国営通信「スプートニク」がイラン国防相筋の話として伝えたところでは、Su-30の購入話はデフガン国防相の発案であるという。しかも、デフガン国防相はSu-30の購入だけでなく、イランでのライセンス生産にも関心を示していると伝えられる。 第2のインドとして熱い期待 これ以外には、最新鋭の「S-400」防空システム、バスチョン長距離地対艦ミサイルシステム、「T-90S」戦車、「Mi-8」ヘリコプターといったあたりが話題に上っており、ロシアの有力紙「コメルサント」によれば総額は80億ドルにも達するという。 ロシアの年間武器輸出額は150億ドルほどだから、「第2のインドか」と期待が集まるのもなるほど無理はない。 ロシアがインドへの武器輸出に期待するのは、経済的な利益ばかりではない。イランへの影響力確保という政治的効果も期待されているようだ。 ロシアが恐れているのは、国際社会に復帰したイランに対する影響力の低下である。例えばロシアの国際政治学者であるドミトリー・トレーニン氏は、核問題が解決されてイランの原油輸出が再開されれば、同国は中東の地域大国として今以上の存在感を持つだろうと指摘する。 ロシアにとっては弱く依存したイランが好都合であったが、そうした状況が失われかねない、というのがロシア側の危機感であると言えよう。 また、原油生産の調整問題でも明らかなように、産油国であるロシアはイランに対して顧客としての影響力を行使することもできず、むしろイランとは競合者の立場にもなりかねない。 こうした中で、今後もロシアがイランに影響力を残せそうな分野が原子力と武器である。特に武器については、2020年に禁輸措置が解けてもそう簡単に西側諸国の対イラン大規模輸出が始まるとは想定し難い。 そこで今のうちにイランに対する兵器供給国としての役割を(再)確立しておくことがロシアとしては重要になってくる。 例えばロシアはイラン核疑惑が持ち上がっていた2007年にS-300防空システムの対イラン輸出を凍結したが、核合意後、これを早々に撤回している。これなどはまさに、武器を通じた影響力確保策の典型と言えよう(武器禁輸は2020年に解けると書いたが、防空システムはもともと対象外であったため、ロシアの一存で再開することが可能)。 ただし、ロシアの目論見がどこまで成功するかはまだ未知数である。 タフ・ネゴシエーター 忘れてはならないのは、イランが非常なタフ・ネゴシエイターであるということだ。前述のS-300の輸出再開に関しても、両国間では、輸出停止に伴う補償や、どのタイプを引き渡すのかなどを巡って激しい駆け引きがあった。 また、諸条件が決まった後、今年1月中には始まると言われていた引き渡しは現在も始まっていない。 2月半ばには、デフガン国防相の訪露中にS-300の引き渡しが実施されるなどとも報じられたが、ロシア国防省筋は「イランがまだ代金を支払っていない」などとして報道を否定した。 これと並行してロシアはイランに原油の生産調整に応じるよう求めており、S-300の引き渡し問題がその交渉材料となっていたことも考えられる。 サウジアラビアがロシアに巨額の武器購入を持ちかけてシリア問題での翻意を促そうとしていることも関係しているかもしれない。いずれにせよ、両国関係が一筋縄でいかないことはこの経緯からも明らかであろう。 前述したSu-30戦闘機やT-90戦車についても、デフガン国防省の訪露中には具体的な合意は結べず終いであった。 そもそもイランの工業水準ではSu-30のような戦闘機をライセンス生産することには無理があるという観測も見られ、イラン側がロシアに相当の条件を吹っかけた可能性もある。T-90戦車についてもイランは購入かライセンス生産かで立場を二転三転させていた。 このように、イランへのロシア製武器輸出を巡っては両国の思惑が交錯しており、前評判ほどあっさりとは大口契約につながらない可能性も出てきた。 ただし、いずれイランへの武器禁輸は解除されること、イランが軍事力の近代化を必要としていること、経済危機に陥ったロシアも外貨を求めていることなどを考えるに、曲折を経ながらもロシアはイラン市場に復帰していくのではないだろうか。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46166
[32初期非表示理由]:担当:要点がまとまっていない長文
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