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侵略勢力の傭兵が露軍の空爆で壊滅的な打撃を受け、トルコやサウジは自分たちが戦争の最前線へ(櫻井ジャーナル)
http://www.asyura2.com/16/warb17/msg/160.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 2 月 14 日 21:45:16: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

侵略勢力の傭兵が露軍の空爆で壊滅的な打撃を受け、トルコやサウジは自分たちが戦争の最前線へ
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201602140000/
2016.02.14 17:49:05 櫻井ジャーナル


 トルコ軍がシリア領への激しい攻撃を始めた。シリア北西部のアザズで活動しているクルド系の部隊につづき、アレッポやラタキアのシリア政府軍がそのターゲット。アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)への支援にしか見えない。実際、トルコのアフメト・ダウトオール首相は「アレッポの兄弟」、つまりアル・ヌスラやダーイシュを助けるとしていた。

 こうした動きにアメリカ政府が反対してきたとは言えない。例えば、アメリカのアシュトン・カーター国防長官は1月22日、米陸軍第101空挺師団に所属する1800名をイラクのモスルやシリアのラッカへ派遣すると語り、その翌日にはジョー・バイデン米副大統領がアメリカとトルコはシリアで続いている戦闘を軍事的に解決する用意があると発言していた。また、サウジアラビア国防省の広報担当は、同国の地上部隊をシリアへ派遣する用意があると表明、カーター国防長官はそれを歓迎すると発言している。

 それだけでなく、アメリカの「関東軍」とも言うべきNATO軍はポーランドやバルト諸国へも部隊を展開しようとしている。1990年10月に東西ドイツが統一されるが、その交渉の中で、統一後にNATOを東へ拡大させないとジェームズ・ベイカー米国務長官はソ連のエドゥアルド・シュワルナゼ外務大臣に約束したことが記録に残っている。この約束をミハイル・ゴルバチョフは信じたのだが、約束は守られていない。シュワルナゼが外交の素人だったということもあるが、やはりアメリカ支配層が約束を守ると思ったゴルバチョフが愚かだったと言うべきだろう。

 1991年7月にゴルバチョフはロンドンで開かれたG7の首脳会談に出席、新自由主義的な経済政策を強要された。いわゆる「ピノチェト・オプション」で、巨大資本やその背後にいる富豪たちをさらに儲けさせる内容で、庶民を貧困化させることも明白だった。

 そこでゴルバチョフが難色を示すと、西側支配層はボリス・エリツィンに切り替える。その会議とほぼ同時にロシアの大統領に就任した人物で、その年の12月にウクライナのレオニード・クラフチュクやベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチとベロベーシの森で秘密会議を開き、ソ連からの離脱を決めてソ連を消滅へと導いた。

 ソ連を消滅させ、アメリカは「唯一の超大国」になったと考えたネオコン/シオニストはすぐ、国防総省の内部でDPGの草稿という形で世界制覇プラン(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)を書き上げる。旧ソ連圏は勿論、西ヨーロッパ、東アジアなどの潜在的なライバルを潰し、膨大な資源を抱える西南アジアを支配しようという計画だ。

 DPGが作成される少し前、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツはイラク、イラン、シリアを5年以内に殲滅すると口にしたが、1992年の大統領選挙でブッシュ・シニアは再選されず、ビル・クリントンが選ばれた。クリントン政権に対するネオコンの影響力は前政権ほど強くなく、予定通りに軍事侵略できなかった。そこで外部から働きかけると同時に、クリントン大統領をスキャンダル攻勢で追い詰めた。

 軍事関係で大きな節目になったのは国務長官の交代。1997年1月、戦争に消極的だったウォーレン・クリストファーが退任し、好戦的で嫌露派のマデリーン・オルブライトが新長官になったのだ。

 1998年にオルブライト長官はユーゴスラビア空爆の支持を表明し、1999年にNATO軍はユーゴスラビアに対する全面攻撃を開始、スロボダン・ミロシェビッチの自宅だけでなく、中国大使館も爆撃されている。

 そうした攻撃を実行する下地を作ったのは有力メディアとPR会社。ユーゴスラビアを解体するためにセルビア人を悪魔化する宣伝が展開されたが、その仕事を請け負っていたのがルダー・フィン・グローバル・コミュニケーション。1991年にクロアチア政府がこの会社と契約、「人権擁護団体」も宣伝に協力した。こうした種類の宣伝が旧ソ連圏を部隊にして繰り広げられ、西側では「リベラル派」や「革新勢力」もそうした話を信じた、あるいは信じた振りをしていた。同じ構図はウクライナや中東/北アフリカでも見られる。

 そうした宣伝のひとつがボスニアにおけるレイプ話。1992年8月にはボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたとニューズデーのロイ・ガットマンが報道したのだが、別のジャーナリストは現場とされた場所へ入って取材、事実でないことを確認している。ガットマンはボン支局長で現地を取材したわけでなく、クロアチアの宣伝機関の幹部から聞いた話を垂れ流しただけだった。

 この「功績」でガットマンには1993年にピューリッツァー賞が送られ、嘘が確認されたあともシゲリは人権問題のヒロインとして扱われ、1996年にはヒューマン・ライツ・ウォッチは彼女を主役にした映画を発表した。なお、ICRC(赤十字国際委員会)によると、戦争では全ての勢力が『不適切な行為』を行っているが、セルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はない。

 ユーゴスラビアを先制攻撃すべきだと主張したオルブライトはコロンビア大学で嫌露派のズビグネフ・ブレジンスキーの教え子だった。オルブライトが親しくしていたひとりがブルッキングス研究所の研究員ロイス・ライス。その娘、スーザン・ライスはバラク・オバマ政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官になっている。

 また、オルブライトの父親、ジョセフ・コーベルはチェコスロバキアの元外交官で、第2次世界大戦が終わって間もない1948年に国外へ脱出、アメリカのデンバー大学で教え始める。その時の教え子の中にコンドリーサ・ライスがいた。ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官を務めた人物だ。ソ連を嫌ってアメリカへ亡命したいう似た背景をオルブライトとブレジンスキーは持っている。

 その後、2000年に行われた疑惑の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュが大統領に選ばれ、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、アメリカは国内でファシズム化、国外で軍事侵攻が始まる。

 ブッシュ・ジュニア政権はアフガニスタンとイラクを先制攻撃するが、その口実にした話は嘘だった。その戦争は軍事侵略であり、抵抗にあう。軍事占領を正当化するために活躍しているのがアル・カイダ系武装勢力だったが、現地ではそうした勢力とアメリカとの関係は隠しきれない。

 そしてリビアでムアンマル・アル・カダフィ体制を転覆させた際、アル・カイダ系のLIFGがNATOと手を組んでいることが広く知られるようになってしまう。体制転覆後、反カダフィ勢力の拠点だったベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられ、その映像がYouTubeにアップロードされたほか、イギリスのデイリー・メイル紙も伝えていた。

 リビアで戦ったアル・カイダ系の戦闘員は武器/兵器と一緒にトルコ経由でシリアへ入るが、その拠点になったのはベンガジにあったCIAの施設で、アメリカの国務省は黙認していた。その際、マークを消したNATOの輸送機が武器をリビアからトルコの基地まで運んだとも伝えられている。

 ベンガジにはアメリカの領事館があるのだが、そこが2012年9月11日に襲撃され、クリストファー・スティーブンス大使も殺された。スティーブンスは戦闘が始まってから2カ月後の2011年4月に特使としてリビアへ入る。11月にリビアを離れるが、翌年の5月には大使として戻っていた。領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っていたという。

 この襲撃があった2012年8月にアメリカ軍の情報機関DIAはシリアの反政府軍に関する報告書を提出している。反シリア政府軍の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIであり、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとしている。その勢力はシリア東部にサラフ主義の支配地を作りあげると見通し、その通りになったのだが、それはアメリカ政府がそうした展開を臨んでいたからにほかならない。

 その支配地を支えていたのがトルコからの兵站線であり、シリアやイラクで盗掘した石油の密輸だった。その兵站線と密輸ルートをロシア軍が空爆で打撃を与え、アル・カイダ系武装勢力やダーイッシュは敗走している。サウジアラビアやトルコはその勢力を助けるだけでなく、シリアのアサド体制を自分たちの手で倒そうとしているようで、その背後にはネオコンが控えている。

 トルコ外相はサウジアラビアの軍用機や人員をトルコのインシルリク空軍基地へ派遣、シリアで地上戦を始めることもできると語っているが、この基地は2011年3月に侵略戦争が始まった直後から侵略軍の拠点として機能してきた。アメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員が戦闘員を軍事訓練しているとも伝えられていた。この基地には戦闘機や爆撃機に搭載できる核爆弾B61が80発ほどあり、それをトルコやサウジアラビアが押さえ、使う可能性もあり、懸念されている。

 核兵器を盗まれるということは十分にありえる。例えば、2007年の8月29日から30日にかけてアメリカでは核弾頭W80-1を搭載した6基の巡航ミサイルAGM-129が行方不明になるという事件が起こっているが、ミスとは考え難く、軍の幹部が介在した計画的な不正持ち出しだったとも言われている。イラン攻撃に使うつもりだったのではないかいう噂もある。この事件に関係のある複数の軍人が死亡しているのだが、そのひとりである空軍将校が関係していた団体はサウジアラビアとつながっていた。

 2006年にフォーリン・アフェアーズ誌に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文「未来のための変革と再編」では、ロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できると主張されていた。この御託宣をネオコン、サウジアラビア、トルコは信じている可能性があり、そうなると破滅的な結果が待っている。

 

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