そうだ、日本と一緒に核武装しよう嫌いだけど「風よけ」に使える日本 2016年2月4日(木)鈴置 高史 韓国で「日本に核武装を唱えさせよう」との声が上がる。「日本の核」で脅せば中国も「北朝鮮の核」を本気で阻止するはず、との計算からだ。もちろん、日本を風よけにして自分が核武装しようとの思惑もある。 「核武装権」を日韓で主張 鈴置:親米保守の指導者の1人、趙甲済(チョ・カプチェ)氏が1月25日「緊急提案・韓日が助けあい『朝鮮半島の核ゲーム』のルールを変えよう」(韓国語)を発表しました。 趙甲済氏は「世界が北の核武装を黙認するのなら、韓国も核武装するしかない」と呼び掛けてきました(「ついに『核武装』を訴えた韓国の最大手紙」参照)。 この記事では北朝鮮の核武装はもう、国際社会頼みでは阻止できず、自主的な戦略を練らねばならない――と主張しました。戦略の1つとして訴えたのが「中国を圧迫するための韓日共助」です。趙甲済氏の記事の日本関連部分は以下です。 北朝鮮の核の脅威に晒される韓国と日本が協力し「自衛的核武装」や「NPT(核拡散防止条約)脱退」といった果敢な対応策を打ち出すべきだ。(北の核の除去に乗り出さない)中国を変えるには、韓国が変わるしかない。 韓日がNPTの改正を通じ、条件付きの自衛的核武装の権利を主張するほか、台湾とも連携して「非核3カ国共同体」を作れば、中国も大きな脅威を感じるだろう。 日本や韓国など、NPTに加盟する非核兵器保有国は新たに核兵器を開発できません。そこで日韓が一緒に脱退して核保有に動くか、あるいは緊急時には核を持てるよう、両国でNPTを改正すべきだと訴えたのです。 台湾も加えて対中圧力をより強化 なぜ今になって、日本との共闘体制が語られるのですか? 鈴置:中国が北の核の除去に動かないことがはっきりしたからです。そこで「韓国がいくら核武装論を唱えても中国から無視されるだけだ。日本にも核武装を唱えさせよう」との判断に至ったと思われます。 韓国の一部の核武装論者は21世紀に入る頃から「米国の核の傘が信用できなくなった時には、同時に核武装に走ろうではないか」と日本の保守派に持ちかけていました。 これに耳を貸す日本人はいなかったのですが「北の核武装が現実のものとなった今なら、日本人も応じるかもしれない」と考えもしたのでしょう。 日本が「核武装論」に賛同すれば、効果が増すのでしょうか? 鈴置:「中国は仮想敵である日本の核武装を最も嫌がっている」と見られていますから、韓国だけで核武装を唱えるよりも効果が遥かに大きいと判断したと思います。 そして対中圧力をさらに増すため、これまた異なる意味で中国の嫌がる「台湾の核武装」も加えたということでしょう。 大好評シリーズ第7弾! 好評発売中 Amazon【韓国・北朝鮮の地理・地域研究】ランキング1位獲得! 『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』 2015年9月3日、朴槿恵大統領は中国・天安門の壇上にいた。米国の反対を振り切り、抗日戦勝70周年記念式典に出席した。 10月16日、オバマ大統領は、南シナ海の軍事基地化を進める中国をともに非難するよう朴大統領に求め、南シナ海に駆逐艦を送った。が、韓国は対中批判を避け、洞ヶ峠を決め込んだ。韓国は中国の「尻馬」にしがみつき、生きることを決意したのだ。 そんな中で浮上した「核武装」論。北朝鮮の核保有に備えつつ、米国の傘に頼れなくなる現実が、彼らを追い立てる。 静かに軋み始めた朝鮮半島を眼前に、日本はどうすべきか。目まぐるしい世界の構造変化を見据え、針路を定める時を迎えた。 『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』に続く待望のシリーズ第7弾。12月15日発行。 米国説得にも日本が要る 趙甲済氏の主宰するサイトで、匿名で外交を論じるヴァンダービルド氏も「日韓同時の核武装」を主張しました。「冷や水浴びせた中国、残るは自救策のみ」(1月28日、韓国語)です。 興味深いのは、日本の核武装論は対米圧力に使えると論じたことです。「日韓協調」の目的も、実現が難しい「北の核廃棄」よりも「韓国の核武装」に置いています。つまりブラフの要素は一切なく、日韓で一緒に核武装しようとの明快な主張です。以下です。 自衛的核開発のためには同盟国である米国の説得と、韓国同様に北朝鮮の核の被害者である日本との相互協力が重要だ。 技術的にはまず日本を説得して同じ舟に乗り、それから米国を説得するのが容易だろう。 日本は韓国単独の核開発に反対する可能性が高い。そこで「韓日共同開発」か「韓日がそれぞれに開発する」ことを日本に提案し、その支持を得れば両国はすぐさま同志となる。 国際社会での影響力が相対的に大きい日本が、韓国と協力して米国と国連など国際社会を説得し、北の脅威に晒されている特殊性を認めてもらえば意外と可能ではないか(第3国の支持を得るために日本が支援などを提供する方法もあり得る)。 韓国人は信用されない なるほど、本気の「日韓同時の核武装論」ですね。 鈴置:韓国の指導層には「我々は米国に信用されていない」との思いが根強い。例えば前回の「『在韓米軍撤収』を保守も主張し始めた」で紹介した、以下のニクソン(Richard Nixon)大統領の発言は韓国ではとても有名です。 朝鮮人は、北も南も感情的に衝動的な(emotionally impulsive)人たちです。私たちは、この衝動と闘争的態度が私たち(米中)両国を困らせるような事件を引き起こさないよう影響力を行使することが大切です。 1972年2月に訪中した際に周恩来首相に語ったものです。『ニクソン訪中機密会談録』の100ページに出てきます。原文は「Nixon's Trip to China」の「Document 2」の17ページですが、1994年に公開されてからというもの「韓国人が米国に信用されていない証拠」として韓国紙でしばしば引用されてきました。 日本の核は絶対許さない それにしてもなぜ、嫌いな日本と「核武装で共闘しよう」との意見が出るのでしょうか。 鈴置:韓国は1970年代に核武装計画を米国に潰されたからです。当時、それを率いたのは朴正煕(パク・チョンヒ)大統領。現在の朴槿恵(パク・クンヘ)大統領のお父さんです。 そのため、韓国人は日本人とは異なった形の核コンプレックスを持つようになりました。「核兵器を持とうとしても、どうせ米国に潰される」との思いです。 だから核武装を目指すには宿敵たる日本と組んで――もっとはっきり言えば、日本を風よけにして――との発想が生まれるのです。 もっとも、ニクソン訪中の地ならしをしたキッシンジャー(Henry Kissinger)大統領補佐官の周恩来首相に対する発言(1971年10月)を見れば、日本だって危険な存在と見なされていたことが分かります。 「NEGOTIATING U.S.-CHINESE RAPPROCHEMENT」のDocument13から要約して引用します。 日本人は文化的な均質性により、他者に対する配慮ができない。日本を強くすれば、われわれが望む方向に進むと考える人もいるが、とてもナイーヴな発想だ(23ページ)。 もし我々が日本を解き放ち、自らの足で立つようにすれば、日中間の緊張は高まるだろう。そうなれば中国も米国も共に被害を受けることになる(24ページ)。 我々は日本の核武装に反対している。仮に、こうしたことに権限のない役人が何を言おうともだ。もっとも、これまで誰かがそんなことは言ったわけではないが(24―25ページ)。 日本の復讐を恐れる 日本に核武装など絶対にさせない、との決意が伝わってきますね。 鈴置:これは45年も前の話ですし、キッシンジャー氏の対日警戒論には独特のものがあります。ただ、今でも米国人の「日本の核」に対する警戒心が強いのは変わりありません。 核兵器を持たせたら米国に復讐してくるとの恐れもあるでしょうし、核で自信を付けた日本が中国と紛争を起こし米国が巻き込まれるかもしれない、との懸念もあるでしょう。 だから、日本と一緒になって“核武装クラブ”に強引に入ろうとする韓国人の思惑が裏目に出る可能性もあります。そもそも日本が、韓国発の「日韓同時核武装論」に乗る可能性は極めて低いと思います。 3回目の「核社説」 「日韓が組んでの核武装論」に対する韓国人の評価は? 鈴置:それが予想外にいいのです。朝鮮日報が1月28日に社説「米中が北の核に異なる声、今や「核開発」の公論化を避けられない」(韓国語版)を載せました。 1月6日の北の核実験以降、核武装を訴えた社説はこれで3回目です(「やはり、韓国は核武装を言い出した」参照)。 3回目の「核社説」は1月27日の米中外相会談で北の核に関し、意味ある進展がなかったのに失望して書かれました。結論は以下です。 北朝鮮の核兵器による最大の被害者は米国でも中国でも日本でもなく、大韓民国と大韓民国の国民だ。何の根拠もなく核主権を放棄し、核武装論を禁断の金庫に封印するわけにはいかない。 朝鮮日報はこれまで以上に強い口調で核武装を呼びかけました。なお「日本との連携」には全く言及していません。というのに、結構多くの読者がこの社説の投稿欄に「日本と一緒に核武装しよう」と書き込んだのです。 編集者に削除されたものを含め、書き込み総数は1週間後の2月4日明け方の時点で113本。うち8本が「日本と、あるいは日・台とともに核武装しよう」との意見。また3本は「韓国が核武装すれば日本や台湾も付いてくる」との、日・台との結果的な連携論でした。 静かに広がる核武装論 趙甲済氏ら核武装論の影響が静かにですが、韓国社会に広がっていることがよく分かります。「趙甲済氏の記事を読め」との書き込みも、1本ですがありました。「核武装するかを国民投票にかけよう」といった趙甲済氏の持論と同じ主張も見られました。 1月31日、趙甲済氏は「核の日韓連携論」の新たなバージョンを打ち出しました。「米国の戦術核の韓・日による共同使用」です。米国の核の引き金を韓国と日本も握ろう、との意見です。 そんなことが可能なのですか? 鈴置:NATO(北大西洋条約機構)では実施しています。次回に説明します。 (次回に続く)=次回は2月5日に掲載予定 このコラムについて 早読み 深読み 朝鮮半島 朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/020200032/ あまりに稚拙な「日本が5日で敗北」シミュレーション冷戦時のデジャブ、「コミットメント・パラドクス」の罠にはまる? 2016.2.4(木) 織田 邦男 中国東北部・遼寧省大連港に係留された同国初の空母「遼寧」〔AFPBB News〕 1月15日、米国の外交専門誌「Foreign policy」は、ランド研究所が実施した尖閣諸島を巡る日中衝突のシミュレーション結果を公表した。その結果は「日本は5日で敗北」という衝撃的な結末だった。 冷戦時、筆者は現役自衛官だったが、「日本は極東ソ連軍に1週間で完敗する」とか、「航空自衛隊は開戦後15分で消滅する」とかよく言われたせいかデジャブ感を覚えた。 シミュレーションの詳細が不明なため(「Foreign Policy」はシナリオと結果のみ報道)、この評価は難しい。 「5日」の正否はともかく、日中が直接ガチンコ勝負になれば、結果は同じようになるかもしれない。さりとて、複雑な要因が入り乱れる国際社会の中で、こんなに単純にはいかないというのが率直な感想だ。 それより、ランド研究所は今、なぜこういう衝撃的な結果を発表したのだろう。筆者はその思惑の方に興味をそそられる。 次々発表される「コミットメント・パラドクス」 最近、米国では中国系シンクタンクが「コミットメント・パラドクス」を相次いで発表しているという。「コミットメント・パラドクス」を簡単に言うとこうだ。 米国は同盟国へのコミットメントとして、ジュニアパートナーにあまり肩入れし過ぎない方がいい。さもなければ軍事大国との全面戦争に巻き込まれることになる。それは決して人類にとって幸せなことではない。 つまり尖閣諸島と言った無人島の領有権を巡り、米国はあまりコミットすべきではない。米国にとって何の価値もない無人島にコミットし過ぎると、中国との紛争に巻き込まれる可能性がある。 日中間の紛争に巻き込まれたら、米中核戦争にエスカレートする蓋然性もゼロではない。それは米国の国益にとって決してプラスにはならないという助言を装った一種の警告である。 中国は台湾、南シナ海のみならず、尖閣諸島も「核心的利益」として位置づけ、領有権に関しては一歩も引く気配はない。だが、米国のバラク・オバマ大統領が「尖閣は安保条約5条の対象」と明言したことにより、身動きが取れないでいる。 27年間で41倍という驚異的な軍拡を図ってきた中国も、いまだ米軍だけには歯が立たない。だから中国は決して米国とは事を構えたくないと思っている。もし日中間で小競り合いが起こっても、何とか米軍が動かない方策を探し求めている。 人民解放軍の高官が語っている。「我々にとって最良の日米同盟は、ここぞという絶妙の瞬間に機能しないことだ」と。この言葉に中国の本音が透けて見える。中国にとっては、米国の宿痾とも言える「引きこもり症候群」を再発するのが一番好都合に違いない。 今回のランド研究所の公表内容は「コミットメント・パラドクス」そのものである。近年、米国の有名大学やシンクタンクに莫大な額のチャイナマネーが流れているのは公然たる事実である。 あるシンクタンク関係者が語っていた。公正中立を標榜する有力シンクタンクでも、莫大なファンドを寄付する顧客の意に沿わない報告書はなかなか出せないと。「ランドよ、お前もか」ともよぎるが、「天下のランドだから、そんな」との思いもある。 オバマ大統領は2013年9月、「米国はもはや世界の警察官ではない」と明言した。その後も同発言を繰り返している。これが今後の米国外交方針の潮流ならば、この流れに迎合する「時流迎合型」報告書なのかと考えたりもする。 ランド研究所の思惑とは ランド研究所がこれを公表した12日後、ハリス(ハリー・ビンクリー・ハリス・ジュニア)米太平洋軍司令官は、沖縄県尖閣諸島について「中国からの攻撃があれば、我々は必ず(日米安保条約に基づき)防衛する」と公開の席上で述べ、米軍の軍事介入を言明した。この発言を見る限り、潮流の方向性が定まっているとも思えない。 では、冷戦時によくあった、日本の防衛力増強を強要するための警鐘なのだろうか。 だが、オバマ政権はこれまで、日本に対し際立った防衛力増強の要求はしてこなかった。これを考えると、首をひねらざるを得ない。正直に言って今回のランドの思惑は筆者には分からない。 なぜ、思惑について興味を引いたかというと、シミュレーション内容がランド研究所にしては、あまりにも稚拙で、一方的だったからだ。(シミュレーションの詳細が不明なため、「Foreign policy」の記事からのみ判断していることをお断りしておく) シナリオは日本の右翼活動家が魚釣島に上陸したことから始まる。中国は直ちに海警を派遣し、これを逮捕、拘束する。2日目、日本政府は周辺海域に護衛艦や戦闘機を展開。米国も日本の要請に応じ、駆逐艦や攻撃型潜水艦を派遣する。中国側も海軍艦艇を展開したため、周辺海域は一触即発の緊張状態となる。 3日目、中国の海警が日本の漁船と衝突、沈没させたことにより事態はエスカレート。中国フリゲート艦が30ミリ対空機関砲で空自機に発砲したことで、日本側も応戦し、一気にテンションは高まり、交戦状態となって海自艦艇2隻が沈められる。 ここまでが交戦に至るまでのシナリオであるが、どうも素人っぽい。勉強不足の学生が書いた未熟な卒論の感が否めない。実態と乖離し過ぎると、シミュレーション自体の信頼性が失われる。 2日目に海自艦艇や空自戦闘機を展開したとあるが、根拠は何だろう。海警による上陸日本人の逮捕、拘束は、武力攻撃事態とは言えない。当然、防衛出動は下令されていないはずだ。 治安出動、海上警備行動がその根拠かもしれない。2日目だったら、時間的余裕なく、ひょっとしたら、海自、空自部隊の展開は「行動」ではなく、防衛省設置法の「調査研究」を根拠にしているかもしれない。 あり得ない前提条件 いずれにしろ、防衛出動が下令されない限り、展開した海自、空自は武力の行使はできない。仮に攻撃を受けた場合でも警察権に制約された武器の使用しかできない。だとしたら、海自指揮官は中国艦艇からは距離を置き、防護体制を整えて被攻撃を避け、行動の監視を命ずるだけだろう。 まして中国フリゲート艦の30ミリ対空機関砲の威力圏内に空自戦闘機を飛ばすことなど、まずあり得ない。また海上保安庁の巡視艇が中国海警に「放水」して対抗とあるが、日本の海上保安庁は法律上、他国の公船に対して放水はできないし、するはずもない。以上だけでも、シナリオの未熟さが分かる。 現実的には、米国が駆逐艦、攻撃型潜水艦を派遣した時点で、中国は矛を収めざるを得ないだろう。人民解放軍は近代化されたとはいえ、いまだ米軍には歯が立たないことは、人民解放軍自身が一番よく知っている。 1996年、初の台湾総統選挙を妨害するため、中国は台湾近海に4発のミサイルを撃ち込んだ。だが、ビル・クリントン大統領が即座に2隻の空母を派遣した途端、矛を収めざるを得なかった。 人民解放軍はこの屈辱をいまだに忘れてはいない。だが、中国軍にこの屈辱を覆せるだけの実力は今なお備わっていないのが現実だ。同じ屈辱を味わうようなバカなことはするはずはない。 中国の軍事行動の蓋然性は、国際政治の観点も考慮しなければならない。現在の中国の最優先課題、つまりコアな国益は、 (1)共産党一党独裁体制の存続 (2)国内社会秩序の維持(分離独立の排除、治安維持) (3)経済成長の持続 である。特に(3)は(1)と(2)支える必要条件であり、至上命題となっている。 グローバル経済に依存する中国にとって、(3)のためには、国際社会から糾弾されるような行動、つまり経済成長に悪影響を及ぼすような行動は慎まねばならない。 2014年、中国が西沙諸島で石油掘削作業を一方的に実施した時の対応が象徴的である。ベトナムは漁船にNHK、CNN、ABC各記者を乗船させ、警備にあたる中国船が、ベトナム漁船に衝突を繰り返す動画を全世界に配信させた。 中国の暴虐無道ぶりに対し国際社会で一斉に非難の声が上がった。途端、中国は掘削作業を取りやめた。ベトナムは中国が国際社会の非難には敏感だという弱みをうまく利用したわけだ。 だからこそ、中国は「核心的利益」であっても、国際社会から糾弾されるような通常戦や熱核戦は回避し、「不戦屈敵」を最善とする。これが「三戦」つまり「心理戦、世論戦、法律戦」を重視するゆえんであり、目立たないで実利をとる「サラミ・スライス戦略」を遂行するわけだ。 米本土が攻撃されても怒らない米国人? こういう中国が、先に空自戦闘機に攻撃を仕かけ、海自艦艇を沈めて、500人の犠牲者を出すようなシナリオにはかなり無理がある。 シナリオに戻ろう。3日目、海自艦艇撃沈を機に事態はエスカレートし、米海軍も中国艦艇2隻を撃沈する。 4日目、中国は米国に対しては、本格戦争へのエスカレーションを避けるため、サイバー戦に限定し、ロサンゼルス、サンフランシスコなど大都市を停電に追い込む。証券取引所にもシステム妨害を実施して莫大な損害を与える。大被害を受けた米国は日本に対するコミットを下げていくという。 このシナリオにも相当無理がある。 米本土の国民に被害が及んだ時点で、第2の「真珠湾攻撃」となり、米国民の怒りは頂点に達するだろう。さらにサイバー攻撃なら軍事的反撃は制約されるという前提そのものに誤謬がある。 サイバー攻撃については、米国は「サイバー空間国際戦略」( International Strategy for Cyberspace 2011)を公表し、方針を明確にしている。 「合衆国は、他の国々と共に、責任ある行動を促進し、ネットワークとシステムを破壊しようとする者に対し、悪意のある行為者を抑止・抑制すると同時に、国家の重大な財産を必要かつ適切な範囲で防衛する権利を留保する」とし、国家の固有の権利である自衛権はサイバー空間においても適用され、自衛のための軍事力を展開する権利を有すると明言している。 米国防総省が公表した「サイバー空間作戦戦略」(Department of Defense Strategy for Operating in Cyberspace 2011)でも、サイバー空間における敵対行為に対する自衛権及び軍事力行使の可能性を明示している。 米国民が激昂すれば、コミットを下げるどころか、本格的な対中戦争にエスカレートする確率が高いことは、中国が一番知っているはずだ。本格的な米中戦争で勝てる確信がないまま、米中戦争の誘因になる作戦を遂行するほど中国は愚かではあるまい。 同盟国に対する米国のコミットメントにより、米国が多大な損害を受けるという結論が先にあるために、荒唐無稽なシナリオを重ねているような感じがする。これで最終日を迎えるが、無理の上に無理を重ねているため、軍事的に見ても非常に奇妙なところが出てくる。 航空機優勢獲得の戦いはどこへ 5日目、尖閣周辺海域の海自艦艇は弾道ミサイルと巡航ミサイルの攻撃を受け、海自戦力の5分の1を喪失。中国はさらに日本への経済中枢へも攻撃を開始する。 日本政府は米国政府に策源地攻撃を要求するが、米国はこれを拒否。その代わり、潜水艦と戦闘機を増派して海自の撤退を支援する。これでゲームは終わり、中国が尖閣諸島を確保するというシナリオだ。 日本の軍事基地や政経中枢へのミサイル攻撃などというが、これでは明らかな日中全面戦争である。国連を含め国際社会の中国非難は高まり、中国のリスクは相当なものになる。 もしこのリスクを冒すとしたら、先述のコアな国益、つまり(1)共産党一党独裁体制の存続、または(2)国内社会秩序の維持が本当に危うくなった時だけであろう。 百歩譲って、こんなこともあり得ると仮定して軍事的に見てみよう。これは組織的、計画的な武力攻撃であり、当然防衛出動は下令されるだろう。であれば空自戦闘機も戦闘に参加しているはずだ。このシミュレーションでは航空優勢獲得の戦いが見えない。 シナリオは海上戦闘が主とはいえ、航空優勢の帰趨に大きく勝敗が左右される。周辺海域の制空権を握らずして、1〜2日で海自艦艇の20%を喪失させることは難しい。 もし対艦弾道弾ミサイル「DF-21D」だけで20%の破壊をカウントしていたとしたら、それはミサイルの過大評価である。まして中国海軍艦艇も空自の対艦攻撃で大きな損害を被っているはずだ。 数百発単位の弾道弾ミサイルを保有するとはいえ、ミサイル攻撃だけで制空権を獲得した近代戦史は存在しないし、今後もそう簡単にはいかないだろう。ミサイルだけで日本にある全滑走路を潰すことさえ不可能に近い。 日本には、戦闘機が活動できる2500メートル以上の滑走路は全国で約60本ある(民間空港含む)。これをすべて破壊しなければ事実上の完全航空優勢は取れない。だが、1〜2日で完全に破壊するのはまず不可能と言える。ランド研究所は弾道弾ミサイルを過大評価しているようにも思えるが詳細は不明である。 策源地攻撃の要請を米国は拒否したとある。(これは十分にあり得る)それでも、シナリオでは周辺海域で米海軍艦艇が行動している。艦艇が行動する限り、策源地攻撃はなくても、その海域の制空権を取るための防勢的対航空作戦(Defensive Counter Air)は実施されているはずだ。 となると、さらに完全な航空優勢獲得はあり得なくなる。つまり1日や2日で、海自艦艇の20%も喪失することは荒唐無稽に近い。 中国の仕かける罠には注意が必要 稚拙なシナリオに喧嘩してもしようがない。だが、冒頭述べたように、「5日」の正否は別として、日米同盟が機能しない場合、日中がガチンコ勝負すれば、最終的にはこのような悲惨な結果になることを否定するつもりはない。我が国の「弱さの自覚」は極めて重要である。だが必要以上に怖れることもない。 だからこそ、米国が「コミットメント・パラドクス」に安易に同意しないような対米外交、日米防衛協力などの日本の努力がさらに重要となる。こういう意味で、昨年の安全保障法制整備は一歩前進であったことは間違いない。 同時に、現実的には尖閣諸島で安保条約5条が発動されることはないだろうということも、覚悟しておかねばならない。中国は米国が「尖閣は5条の対象」と言っている限りは、軍隊を出さないだろう。その代わりに軍艦もどきの公船を出してくる可能性がある。 公船を出してくる限り、武力攻撃事態の認定が難しく、防衛出動も下令できない可能性は高い。その場合、安保条約5条の発動はないというわけだ。防衛出動も下令されず、自衛隊が戦っていないのに、米軍が出動するということはあり得ないからだ。 中国は今、大型で重武装の軍艦もどきの公船を続々建造中である。まもなく1万2000トン級の大型公船が完成するという。だが、公船である限り、たとえ大型で重装備であっても、安易に自衛隊を出してはならない。日本が先に軍を出したとして、日本を悪玉にしつつ人民解放軍を出す口実を中国は探っているからだ。 この対策としては、海上保安庁法と警察官職務執行法を改正して、海保と警察に領域警備の任務を付与すべきというのが筆者の自論なのだが、紙幅の関係上、細部は別の機会に譲ることにする。 詳細が不明なシミュレーション結果に一喜一憂する必要はない。だが、東シナ海の平和維持について、重要なパラメーターは日米同盟であることは間違いない。中国は何とか米軍が出てこない日中紛争の機会を伺っていることは確かだ。 今年末には米国の新大統領が決まる。誰がなろうが、「コミットメント・パラドクス」の罠に陥らないよう対米外交を進めなければならない。それには日本も相当な自助努力が必要である。 ロバート・ゲーツ元国防長官が離任時に述べた言葉を、もう一度思い出す必要がありそうだ。「国防に力を入れる気力も能力もない同盟国を支援するために、貴重な資源を割く意欲や忍耐は次第に減退していく」。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45950 世界情勢?中国 実態は?中国社会が抱える「格差」という爆弾 中国のビジネスリスク(2) 2016.2.4(木) 茂木 寿 経済成長で潤う北京にはこんな一角もある。都市部にも深刻な格差問題が存在する。(資料写真) ?中国におけるビジネス上のリスクについての2回目は、中国の経済問題を取り上げたい。
?2014年の中国の経済規模は、米国に次いで世界で2番目の経済規模を誇っている。しかしながら、中国の経済問題は広い範囲で大きな課題を抱えているのが実情である。 ?今回は産業構造、格差の問題、三農問題、知的財産権問題を中心に俯瞰してみたい。 地方政府による過剰投資問題 ?1978年12月の第11期三中全会で改革開放路線を採用して以降、中国政府は計画経済から市場指向型経済への改革を継続している。この経済体制は「中国的社会主義市場経済」と呼ばれており、中国の経済体制は資本主義と社会主義の混合経済であると言える。 ?2001年のWTO加盟以降、中国経済は高い経済成長を遂げているが、その大きな原動力となったのが投資であった。中国においては総資本形成(設備投資・公共投資・住宅投資等)がGDPの約半分を占めており、世界の中でも突出している。 ?この背景として、中国では社会主義体制のまま資本主義に移行したため計画経済と資本主義が混在した状態であり、計画経済を基とした地方政府・国営企業に過剰投資の体質があることが挙げられる。つまり、民間企業は経済状況が悪化すれば投資を停止するが、地方政府・国営企業は経済が悪化しても計画通り投資を実行する側面があるのだ。 ?なお、中国政府・共産党は、地方政府による過剰投資問題を十分に認識しており、今後、消費主導の成長経済に移行する方針を掲げている。だが、スムーズに移行できるかは予断を許さない状況である。 ?中国の産業構造の特徴は(GDPの構成比において)第2次(工業)、第3次産業(サービス業)が拡大する一方、従事者数においては依然として第1次産業(農業)が大きな割合を占めていることが挙げられる。そのため、1人あたりの生産額では第1次産業が低い水準にとどまっている。 ?産業別では第2次産業が半分近くを占め、経済成長を支えてきたが、第3次産業も着実に上昇し、2013年に初めて第2次産業を上回った。それでも、先進国に比べれば依然として第3次産業のシェアは低い。 社会を不安定化させる格差問題 ?人力資源・社会保険部の「人力資源・社会保障事業統計」によれば、2011年の都市部の非私営企業の年平均賃金は4万2452元、都市部の私営企業は2万4556元となっており、約1.7倍の格差となっている。この非私営企業と私営企業の平均賃金格差は、縮小する傾向があるとはいえ依然として大きな格差が存在している。 ?また、業種間にも大きな賃金格差が存在している。例えば、中国国家統計局が非私営企業・私営企業および業種別に発表している年平均賃金によれば、2010年の非私営企業の中で最も賃金の高い金融業(8万772元)と最も低い農林牧畜水産業(1万7345元)との間には約4.7倍の格差がある。また、製造業(3万700元)と比べても約2.6倍の格差が存在している。 ?中国国家統計局によれば、2011年の農村部の1人当たり純収入は6977元。都市部の1人当たり可処分所得は2万1810元となっており、その格差は3倍以上となっている。 ?また、直轄市・省レベルにおいては、最上位の上海市と最下位の貴州省の1人当たりGDPの格差は2000年の段階で10.9倍に達していた。格差は縮小傾向にあるが、2010年の段階でも5.8倍の格差が存在している状況である。 ?中国の所得格差の実態を把握するのは困難である。1つの指標としては「ジニ係数」があるが、2000年代初頭以降、中国政府は発表していなかった。 ?中国国家統計局は2013年1月18日、2012年の経済実績を発表する記者会見の席上、記者の質問に答える形で、ジニ係数を2003年に遡って公表した。2003年以降の数値は以下の通りである。 2003年:0.479 2004年:0.473 2005年:0.485 2006年:0.487 2007年:0.484 2008年:0.491 2009年:0.490 2010年:0.481 2011年:0.477 2012年:0.474 ?これによれば、ジニ係数は2008年にピーク(0.491)に達し、その後漸減している。一方、社会学的にはジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化するとされており、決して低い係数ではない。 ?また、2012年末、西南財経大学家庭金融研究中心が2010年のジニ係数は0.61であると発表したのに続き、北京師範大学管理学院・政府管理研究院が2012年は0.5以上と発表するなど、高い格差が存在することが指摘されている。 出稼ぎ農民の増加で農村が荒廃 「三農問題」とは、「農業」の立ち遅れ・低生産性、「農村」の疲弊・荒廃、「農民」の貧困化という問題の総称である。 ?1978年の改革開放路線への変更以降、中国は大きな経済発展を遂げた。その最大の原動力となったのが「農民工」である。農民工とは内陸を中心とした農村部から経済発展の中心となった沿岸都市部の工場等への出稼ぎ労働者の総称である。 ?元来、中国は戸籍を「農業戸籍(農民)」と「非農業(都市)戸籍(都市住民)」に分類しており、一般的に移動の自由を規制していた。しかしながら、改革開放後は経済発展が進み工業化が進展したことで、沿岸部の労働集約型産業では労働力不足が顕在化した。そこで、農民に対して臨時的に都市部での就労を許可した。これにより、数多くの農民が都市部に流入し、経済発展の原動力となったと言える。 ?一方、この農民工の増大は、農業に従事する農民の相対的な減少と、農村の荒廃を招く結果となった。また、都市部に流入した農民工は貧民層を形成することとなり、都市部での格差の顕在化をもたらすこととなった。 ?さらに、都市近郊の農村では急激な都市開発が進み、その過程で十分な補償もない強制収用が数多く発生し、農民の不満が鬱積するという社会問題も発生することとなった。 ?人口就業統計年鑑によれば、2011年の総人口13億4531万人の内、農業戸籍は65.8%、都市戸籍は34.2%となっている。一方、中国統計年鑑によれば、2011年の居住地別の人口は都市部が6億9079万人で全体の51.27%、農村部が6億5656万人で48.73%となっている。このことは、単純計算でも、2億人以上の農民工が都市部等で就労していることを物語っている。 ?中国政府・共産党は1990年代後半以降、この三農問題を政策の中心に据え、対策を急いでいる。近年では、これまで農民戸籍者が都市で働く際に発行されていた「暫住証」を廃止し、「居住証」という、当該都市に居住する権利をある程度認める取組もなされている。また、2003年以降は「農民の市民化」政策が進められており、農民にのみ課せられていた農業税・各種費用負担の撤廃、農業補助金等の予算措置の充実なども進められている。 知的財産権侵害が多発 ?中国は2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟し、知的財産権に関するTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定:Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)が適用され、対応する国内法の整備が進めらている。 ?しかしながら中国では、2001年のWTO加盟以降、製造業を中心に著しい経済成長をみせる過程で、著作権侵害、商標権侵害等の知的財産権侵害が多発し、国際的に問題となっている。 ?これに対して欧米各国が中国に改善を要請しているが、いまだ途上であると言える。 ?なお、米国通商代表部(USTR)は知的財産権侵害に関して、中国をスペシャル301条の優先監視国に指定しており、2007年4月には知的財産権保護が不充分でTRIPS協定に違反しているとの理由で中国をWTOに提訴した事例もある。 ?経済産業省が2012年4月に発表した「第6回?中国における知的財産権侵害実態調査」によれば、日本企業が中国で受けた知的財産権侵害の内訳としては、商標権侵害(2万709件)が突出しており、全体の62.4%を占めている。これに著作権侵害(8758件)、意匠専利権(意匠権)侵害(3450件)が続き、その他、製品品質法4違反(105件)、発明専利権(特許権)(81件)となっている。 ?ちなみに、業種別では発明専利権(特許権)侵害では「電子・電気」が48.1%、製品品質法違反では「自動車・二輪車(部品含む)」76.2%を占める結果となっている。 (本文中の意見に関する事項については筆者の私見であり、筆者の属する法人等の公式な見解ではありません) ismedia c 2008-2016 Japan Business Press Co.,Ltd. All Rights Reserved http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45901
それでも日本はアメリカべったりなのか? 中国に対して遠慮しまくるオバマ政権 2016.2.4(木) 北村 淳 アメリカ海軍駆逐艦「カーティス・ウィルバー」(出所:Wikipedia) ワシントンDCのシンクタンクで講演したアメリカ太平洋軍司令官ハリス海軍大将は、南シナ海での「FONOP」(公海航行自由原則維持のための作戦)を続けることを明言した。 同時に東シナ海での緊張状態にも言及し、個人的見解としながらも「もし尖閣諸島が中国によって侵攻されたならば、我々はそれらの島々を防衛することになる」とも発言した。 アメリカ軍は「自動的」に反撃するわけではない ハリス提督の発言を受けて、日本のメディアは「『中国に攻撃されれば尖閣守る』米軍司令官」「『中国が尖閣諸島を攻撃すれば日本を防衛』ハリス米太平洋軍司令官」「『中国から攻撃あれば尖閣を守る』米軍司令官が言及」などといった具合に、中国人民解放軍が尖閣諸島に侵攻してきた場合には、あたかも自動的にアメリカ軍が中国軍に対して反撃を実施するかのような印象を与える報道をしている。 本コラムでも何度も触れたように、ハリス司令官を筆頭とするアメリカ太平洋軍(太平洋艦隊、太平洋海兵隊、太平洋空軍、太平洋陸軍、太平洋特殊作戦軍など)関係者たちは、尖閣諸島に限らず日本の領土が外敵の侵攻を受けた場合、彼らのいずれかの部隊が救援に駆けつける可能性があることは十二分に想定している。そして、沖縄や横須賀をはじめ日本に赴任する将兵たちには、万一の場合には日本防衛戦に投入される覚悟が求められているのも事実である。 しかし、日本に駐留する米軍部隊やアメリカ太平洋軍の各部隊が、日本防衛戦に投入されるまでには、以下のようなステップが必要となる。 (1)外敵に対して自衛隊が防衛戦を実施して苦境に陥る。 (2)日本政府がアメリカ政府に軍事的支援を要請する。 (3)アメリカ国防当局(政府首脳・軍首脳)が、日本に対してどの程度の軍事的支援を実施するか(あるいは見送るか)を検討する。 (4)アメリカ政府が、日本に侵攻してきている国家との全面戦争の可能性を前提としながらも、日本救援のための本格的な援軍派遣の決定をする。 この段階になって、在日米軍をはじめとする日本救援のためのアメリカ軍部隊が日本防衛戦に投入されることになるのである。 もちろん日本政府とは違って、上記の意思決定は極めてスピーディーに実施される。また、アメリカの国益に重大な影響がある事案に関しての軍隊の使用は、議会の承認がなくても大統領権限だけで6カ月間までなら可能である。だが、日本での報道のニュアンスのように、尖閣諸島などに中国軍が侵攻してきた場合、すぐさまアメリカ軍が反撃する、といった状況は起こりえない。 おそらく横須賀を本拠地とするアメリカ第7艦隊が出動するためには、それ以前に中国海軍ならびに航空戦力と海上自衛隊・航空自衛隊の間で激戦が展開され、日本側が相当大きな損害を被っている状況に陥って“いなければならない”。そうでなければ、いくら同盟国とはいえ、アメリカの植民地ではなく独立国である日本の防衛のためにアメリカ軍を派遣する道理はない。同盟に基づくとはいえ、軍隊の派遣は慈善事業ではないのだ。 メディアだけではなく、日本の多くの政治家たちも、日米同盟のメカニズムを「日本にとって都合が良いように」考えている傾向が強いようだ。だからこそ、アメリカ政府高官や、米軍首脳などが「尖閣諸島は日米安全保障条約の範囲内にある」あるいは「日本が攻撃されたらアメリカは軍事的支援を実施する」といったニュアンスの発言をすると、胸をなでおろして上っ面な“安心”を国民に対して垂れ流しているのであろう。 西沙諸島でFONOPを実施 今回のハリス太平洋軍司令官の講演の主題は、東シナ海ではなく南シナ海であった。ハリス提督は「南シナ海のファイアリークロス礁に建設された滑走路は、明らかに軍事化を意味するものであり、中国の戦力強化を支えるものである・・・このような中国による一方的な人工島建設は、南シナ海の安定を危機に陥らせる」と強い懸念を表明するとともに、「南シナ海での(太平洋艦隊による)FONOPは今後も継続する」ことを強調した。 この講演の3日後の1月30日、アメリカ海軍駆逐艦カーティス・ウィルバー(DDG-54、第7艦隊に所属し母港は横須賀)は実際にハリス提督の言葉通りに南シナ海でのFONOPを実施した。 西沙諸島のトリトン島でFONOPを実施したカーティス・ウィルバー 2015年10月には駆逐艦ラッセンが中国人工島建設で注目されている南シナ海・南沙諸島でFONOPを実施している。それから3カ月を経て行われた今回のFONOPは、南沙諸島ではなく、西沙諸島のトリトン島(中国名:中建島、ベトナム名:ダオチートン)で実施された。 1974年1月、中国はベトナム戦争のどさくさに紛れてトリトン島を含む西沙諸島に軍事侵攻し、南ベトナム軍との間に西沙海戦が発生した。双方に多数の死傷者が出て、ベトナム軍艦1隻が沈没し、3隻が損害を受け、中国軍艦4隻も損害を受けるという本格的な戦闘であった。戦闘に勝利した中国は、西沙諸島全域を占領して軍事拠点などを設置し、現在に至っている。 中国による西沙諸島実効支配の中心である永興島(ウッディー島)には、海軍航空隊の戦闘機や爆撃機が使用できる2700メートル滑走路、さらには5000トン級の軍艦が着岸できる港湾施設などの軍事施設が設置されている。また、南シナ海の「中国海洋国土」を管理する三沙市政府機関も設置されている。 中国による西沙諸島実効支配の中心である永興島。滑走路、港湾、三沙市政府機関などが確認できる。 トリトン島は、その永興島から南西におよそ170キロメートル離れた西沙諸島の外れの最もベトナム寄りに位置している。中国はここに軍隊を駐屯させているが、ベトナムと台湾もこの島の領有権を主張している(といっても、1974年以降、30年以上にわたって中国が占領を続けている)。 トリトン島の位置 トリトン島。サンゴ礁を掘削して建設された港湾とヘリポートなどが確認できる。 アメリカ駆逐艦は無害通航権を行使しただけ たしかに、アメリカ海軍駆逐艦カーティス・ウィルバーは西沙諸島の外れのトリトン島周辺12海里内海域を通航した。そして、アメリカのメディアなどは「FONOPを実施した」と報道している。 しかし、ペンタゴンの公式声明では「カーティス・ウィルバーはトリトン島12海里内海域を無害通航権により通過した」としている。 そのため、アメリカ海軍関係者も含めて多くの戦略家たちなどから、「FONOPと称しているものの実際は腰が引けた“FONOPもどき”にすぎず、中国に対する軍事的警告などとは程遠い作戦だ」といった批判が噴出している。 というのは、ペンタゴンの声明のように「無害通航権に基づいた通過」というのは、軍艦がトリトン島12海里内海域を「軍事行動との疑いを持たれるような動きを何もせずに、ただただ平穏に航行して通り抜けた」ということを意味している。このような無害通航権は、国際海洋法条約によれば、いかなる国の領海においても原則として認められている。 南シナ海(南沙諸島にしろ西沙諸島にしろ)における国際海洋法を無視した中国の国際法を踏みにじった領土領海の主張を、軍事的に威嚇するための作戦という“真の意味”でのFONOPならば、トリトン島12海里内海域で火器管制レーダーを使用するとか、艦載ヘリコプターを飛ばすといった軍事行動を実施しなければ意味がないのである。 ところが、2015年10月にスービ礁周辺で実施したFONOPでも、今回のトリトン島のFONOPでも、アメリカ駆逐艦は無害通航権を行使しただけである(アメリカ国防当局自身がそう認めている)。 実際に、トリトン島の領有権を主張しているベトナムや台湾は、アメリカ軍艦の無害通航権の行使に対して何ら抗議はしていない。ただし、中国は“国連海洋法条約締結以前から存在する中国独特の歴史的権利”を振りかざして、アメリカ軍艦のスービ礁やトリトン島接近を非難している(もっとも中国の報道によると「中建島に接近を企てたアメリカ軍艦を駆逐した」としているのだが)。 それでも米軍の全面的救援を期待するのか? このように、かねてよりハリス提督が“繰り返して実施する必要性”を主張し続け、ようやく昨年秋にオバマ政権がゴーサインを与えた南シナ海のFONOPといえども、“真のFONOP”からは似て非なる作戦レベルにとどまっているのが、アメリカの中国に対する姿勢である。 オバマ政権下で大幅な軍事予算削減が実施され、実際に戦力低下が進んでいるアメリカ軍の作戦状況は、このような状態なのだ。 今や中国はカナダを抜いてアメリカ最大の貿易相手国である。ほとんどのアメリカ国民が知らない「チッポケな岩礁」を巡る紛争に、アメリカ政府(少なくとも現政権)が中国との全面戦争を覚悟して日本を助けるためにアメリカ軍を投入するだろうか。その決断をする状況ではないことは誰の目にも明らかといえよう。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45947
[32初期非表示理由]:担当:要点がまとまっていない長文
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