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情報戦の裏側
【第7回】 2016年12月29日 窪田順生 [ノンフィクションライター]
受動喫煙対策、中露も屈した「五輪前国際圧力」に日本も無力
10月に厚生労働省が出した「受動喫煙防止の強化案」が大論争を巻き起こしている。情報戦を丹念に読み解くと、これは、受動喫煙対策という「原則論」からではなく、IOCとWHOという2つの国際機関に日本政府が屈したから、という構図が見て取れる。(ノンフィクションライター 窪田順生)
厚労省案に猛反発する
飲食業界とパチンコ業界
2017年は日本中で「たばこ」をめぐる情報戦が激化していきそうだ。
既に論争になっているように、厚生労働省の受動喫煙防止対策強化検討チーム・ワーキンググループが10月、ホテルや飲食店などのサービス業などについて建物内は原則禁煙とし、壁などで完全に仕切られた「喫煙室」を設置した場合に限って喫煙を認めるという「受動喫煙防止の強化案(たたき台)」を示した。
長年、日本医師会が訴えてきても微動だにしなかった受動喫煙対策強化が、ここにきて大きく動き始めた。背景には、国際社会においてゴーイングマイウェイを貫く、あの中国とロシアも屈したIOCとWHOによる“国際圧力”がある
これに真っ向から反対しているのが飲食店・パチンコ業界の方たちだ。
小規模な事業者はスペースや資金面から「喫煙室」などつくれない。さりとて、「タバコは外でお願いします」なんてことを言ったら、客足が遠のいてしまうというのだ。
また、パチンコの場合、施設利用者の喫煙率が43%と圧倒的に高いことに加え、業態的に風営法に基づき、所轄警察から厳密に管理をされるため、喫煙室設置の改装をするとなると、許認可の手続きで営業を停止しなくてはいけない。商売あがったりだというのだ。
もちろん、ただ反対しているだけではない。厚労省案へのカウンターとして、「反対」姿勢を鮮明にしている産経新聞の記事内で「民業圧迫」の世論ムードの形成に余念がない。
「店を潰す気か!」(産経ニュース12月1日)
「完全禁煙にすることで小規模店はつぶれて家族が路頭に迷う」(SankeiBiz12月17日)
しかし、喫煙者が「大事なお客様」という業界には気の毒だが、この厚労省案に多少の譲歩はあっても、方針が大きく覆ることはないと個人的には見ている。
「たばこ」と「オリンピック」が
大いに関係している理由
受動喫煙が子どもや妊婦に深刻な健康被害をもたらすという医学的な見地や、吸わない人にとっては不愉快極まりないというマナー的な見地からではない。ごくシンプルに政治情勢から見て、圧倒的に分が悪いからだ。
受動喫煙防止条例が施行された神奈川県を調査した、産業医科大学の大和浩教授によると、条例施行後に飲食店は売上が落ちたというデータはなく、むしろファミリー層が増えて売上が上がった店もあるという。海外でも禁煙した飲食店は売上が上がったというデータがあるが、逆を示すエビデンスはない。
先進国でほとんど建物内禁煙が主流のなかで、「たばこ対策を進めると飲食店は死屍累々で景気が悪化」という主張は、感情的には理解できるが、それを裏付ける客観的なデータがないのだ。大和教授が「根拠のない通説だ」とバッサリやっているように、厚労省からもスルーされる可能性が高い。
それに加えて、なによりも筆者が「分が悪い」と感じるのは、東京オリンピックにおけるボート・カヌー、水泳、バレーボールの開催場所を巡っては、あれだけ大騒ぎをしたわりに、まるで予定していたかのように「元サヤ」に落ち着いた事実があるからだ。
「は?たばこ規制の話に、オリンピック会場なんて関係ないだろ」というツッコミが多く寄せられそうだが、実は大いに関係あるのだ。
それは、今回の厚労省案を出した10月14日、塩崎恭久厚労大臣が述べた言葉にすべて集約されている。
「WHO(世界保健機関)の報告では、日本の受動喫煙防止対策は世界でも最低レベルと言われているわけであります。また、罰則を伴う受動喫煙防止対策をオリンピック開催国はみんなやっているわけです。そういう諸外国の常識を考えて、スモークフリー社会に向けて歴史的な第一歩を日本も踏み出さないといけないという認識で、厚生労働省案を取りまとめたということであります」
角のとれた言い方ではあるが、「WHO」と「オリンピック」という、2つの「外圧」が厚労省案誕生に大きく寄与している、と受け取れなくもないのだ。
中国とロシアも屈した
IOCとWHOの“豪腕”
ここで世界の禁煙事情に詳しい方はピンとくるだろう。実はこの2つの「外圧」は、我々の想像以上に密に連携している。IOC(国際オリンピック委員会)とWHOは、タバコのないオリンピックを約束する覚書を締結している。そう聞くと、「はいはい、スポーツの祭典だから健康に気を遣いましょうってことでしょ」と思うかもしれないが、そういうスローガン的な話ではなく、実務レベルで「オリンピック開催」と「受動喫煙防止対策」をワンセットで進めてきたのである。
しかも、その剛腕ぶりはハンパではない。
タバコ消費量世界一、かつ喫煙率も急速に上がっている中国でも、北京五輪開催と引き換えに、飲食店を含む公共の空間はすべて全面禁煙を義務付け、違反者には罰金も課す受動喫煙防止条例が制定された。同じく消費量、喫煙率ともに高いロシアでも、ソチ五輪開催で同様の規制がされた。
国際社会においても頑なにゴーイングマイウェイを貫くこの2国が、IOCとWHOのタッグにいともあっさりと屈しているという事実がありながら、日本だけが「あ、ウチは禁煙席と喫煙席で分けてんで大丈夫っスよ」なんて突っぱねられるとは到底思えないのだ。
いや、JTのCMでやっているみたいに、日本は世界一進んだ分煙技術があるし、なんてたって「おもてなし」に象徴されるみたいに民度が高いから問題ないよ、と反論したくなる方もいると思うが、IOCとWHOはそのような開催国特有の事情などまったく考慮はしてくれない。
その根拠が先ほど申し上げた、ボート・カヌー、水泳、バレーボールの開催場騒動だ。
情報番組なんかでは生中継までして大騒ぎをしたので、いまさら細かい説明はしないが、小池百合子東京都知事が「長沼ボート場でやれば、コストも低く抑えられるし復興オリンピックにもなる」という提案に、国内世論は大いに盛り上がった。
「メリット、デメリットは?」「被災地の反応は?」なんて感じでマスコミも大騒ぎしたが、蓋を開けてみればあっさりと「元サヤ」に落ち着いた。もちろん、経費削減という大きな成果は生まれたが、これは開催費用を抑えて、招致辞退が相次ぐ「不人気」さに歯止めをかけたいIOCと利害が一致したからだ。
IOCは、開催場所という当初の方針は1ミリたりとも譲歩していないのだ。
日本医師会も首をかしげる
政府の唐突な方向転換
これについて、日本のメディアはどうしてもエンターテインメント化したがるので、「森喜朗組織委員会会長が悪い」みたいな論調になりがちだが、裏で糸を引いているのは、競技団体の意を汲んだIOCであるのは明らかだ。
「東京五輪で日本経済が復活」などという論調がいまだにあるように、日本人からすれば、「東京オリンピックなんだから当然、日本のメリットになるような大会にしよう」と思うが、実はそもそもオリンピックはそういうイベントではない。開催国は、IOCに承諾してもらった仕様書どおりに事を進めるということで、イニシアティブは完全にIOCにある。
そういう厳しい「現実」を踏まえると、厚労省案に反対する方たちが公開ヒアリングなどで訴えていた「東京五輪では日本の素晴らしい分煙技術を世界にアピール」「世界に誇る日本の喫煙マナーなら規制など必要はない」なんて主張も心情的には理解できるものの、戦時中の「いくぞ1億火の球だ」みたいな無謀さを感じてしまう。
「無謀」という厳しい表現を使ったのは、これまでの状況からすると、既に日本政府が、IOCとWHOの方針に屈している可能性が高いからだ。
今回の厚労省案を受けて、長年受動喫煙防止対策に尽力をされてきた羽鳥裕・日本医師会常任理事にインタビューをした時、興味深いことをおっしゃっていた。
「これまで日本医師会としても幾度となく建物内禁煙の重要性を訴えてきました。厚労省の担当者はお招きすると禁煙イベントなどは必ず参加してくれましたが、正直、そこまで積極的はありませんでした。それが2015年あたりからガラッと変わった。正林(督章)さんが健康課長となったことも大きいが、なぜ厚労省が急にやる気になったのかは、私たちも首をかしげています」
もはや受動喫煙対策は
官邸主導の「国策」に
つまり、今回厚労省が「建物内原則禁煙」という、かなりハレーションを生むたたき台を出したのは、健康被害を長年訴える医療界の声に押されて、ついに重い腰を上げたというわけではなく、「大きな力」が動いたのだ。
お分かりだろう、官邸だ。
ちなみに、正林健康局健康課長は、今回の厚労省案のキーマンとされる人物で、反対派から目の敵とされている。「禁煙学会」の総会で医師たちに「協力」を呼びかけたことが、「はなから公正を欠いている」(夕刊フジ11月11日)と批判されたほか、「週刊新潮」では、業界団体ヒアリングで喫煙車両が残る近鉄の担当者に「理由」を尋ねたことが「いじめ」だと叩かれた。
ただ、冷静に考えてみると、喫煙者だけではなく、さまざまな業界に激震が走るような厳しい規制を、課長1人の裁量で進められるほど厚労省は自由な組織ではない。先ほど紹介した、塩崎大臣の力強いメッセージからしても、これはもはや厚労省がどうのこうのというレベルの話ではなく、安倍政権が主導して推し進めている「国策」なのは明らかだ。
原発再稼働、沖縄の基地問題を見ても、「国策」というのは国家権力の最高峰によってビタッと敷き詰められたレールだ。それを転換させるのは、一部の猛烈な抗議や反対程度ではどうにもならないという現実がある。
喫煙者や飲食業界の方たちには気の毒だが、状況からすると「受動喫煙防止対策」はもはや完全にそのレールに乗っている、と言わざるをえない。
根拠は、今年の1月に出た「観測気球記事」だ。
政治家や官僚というのは、なにか大きな話を進めようとする時、どこかの1社だけにネタとして提供をして大きく書かせて、政治的な駆け引きに利用したり、世論の反応を見たりする。マスコミ業界では、「観測気球記事」と呼ばれる。
たとえば、最近世間で注目されたIR推進法。法案通過の経緯からもIRというのが「国策」であることに説明の必要はないだろう。この繊細なテーマを進めるためにも、政府は「観測気球記事」を多用した。わかりやすいのが、15年2月に読売新聞1面に出たスクープだ。
カジノ候補地 横浜・大阪 2020年開業目指す 政府方針(読売新聞2015年2月19日)
すでに1月には
観測気球記事が出ていた
まだ推進法すら通っていないのに「候補地」など決まっているわけがない。にもかかわらず、こういう記事を読売新聞が自信をもって報じるということは、「政府のそれなりの立場」の人間がしっかりとネタ元にいるということだ。
では、なぜ「政府のそれなりの立場」が読売だけにそういう情報を流すのか。とっても大事なお友達、なんてワケはない。当時はIR推進法を巡って慎重な姿勢をとっていた公明党と「調整」をしていた時期だ。なにかしらの「政治意図」があるリークだというのは、容易に想像できよう。
今回の受動喫煙防止対策強化でも、似たような「観測気球記事」が確認できる。
実は1月に、たばこ業界、医療業界、そして筆者のようにたばこを取材している人間が衝撃を受けるような「情報」が飛び出していたのである。
「公共施設 全面禁煙 政府 受動喫煙防止へ新法」(読売新聞2016年1月5日)
他紙にはそんな話は一切出ておらず、読売だけの特ダネである。当時、自民党の議連や超党派議連が連携して、受動喫煙防止を推進する法案を提出しようと調整をしていた。慌てて、議連の関係者に問い合わせをしたところ、「寝耳に水」という。
自民党議連も把握していない動きで、このような報道を仕掛けられる者は、永田町では「官邸」をおいて他にはない。1月にこういうネタを読売に“食わせている”ということは、裏を返せば、IR推進法同様に「国策」として推し進めていくという揺るぎない方針があるということだ。
もちろん、飲食業界やタバコ業界、そして愛煙家の方たちも、このまま黙ってやられるわけにはいかないだろう。
かつての「禁煙ファシズム」論争を持ち出したり、「日本は世界のルールなどにとらわれない特殊な国だ」という国民的な世論喚起をしたりして、第2次世界大戦前の日本のように、「国際連盟」から脱退すべきと主張する戦い方も、なくはない。
また、紙巻きタバコは諦める代わりに、煙の出ないiQOSなど「加熱式タバコ」のお目こぼしを狙うという「降参交渉」の道もあるだろう。
2017年は、「たばこ」をめぐる熾烈な情報戦が繰り広げられることだろう。
http://diamond.jp/articles/-/112749
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