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プーチンにやられた 12・15 安倍「北方領土交渉」無残な結末 「2島返還+α」から「0島返還」へ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50425
2016.12.12 週刊現代 :現代ビジネス
大山鳴動してネズミ一匹とはこのことか。「2島返還+α」と言っていたのが、いまや「0島返還」。加えて1兆円ものカネをロシアに掠め取られようとしている。「プーチン一本勝ち」の日ロ交渉を追う。
■「プーチン特需」に沸く山口
山口宇部空港から山間の国道316号線を車で走ること1時間10分余り、蛇行する音信川の川縁に、収容人数550名を誇る巨大な建造物が、その威容を現した。安倍晋三首相のお膝元、山口県が誇る天皇皇后も泊まった最高級旅館「大谷山荘」である。
安倍首相は12月15日、長門市湯本地区に聳えるこの創業62年の老舗旅館に、ロシアのプーチン大統領を案内する予定だ。
12月初旬、本誌記者がこの地を訪れると、国道沿いの4ヵ所に、「歓迎 日露首脳会談」と書かれた横断幕が掲げられ、異様な光景が広がっていた。ダンプカーやトラックなどがせわしげに行き交い、地元住民たちが「プーチン特需」と呼ぶ大型工事が、急ピッチで執り行われていたのだ。
国道の補修工事をしていた作業員が語る。
「自分たちは誰もロシア人なんか見たことありませんが、プーチン大統領が来るから道路の補修や塗装をやるようにと言われ、急遽、作業員を駆り集めました。ここは過疎化まっしぐらで、若者の就職先などない。それが安倍首相のおかげで、久々の大仕事ですよ」
行われているのは、道路工事だけではなかった。橋やトンネルの補修や塗装工事、道路沿いの樹木の伐採なども、大規模に行われていた。
また、湯本地区には引かれていない光ファイバーが敷かれることになったようで、ケーブル敷設工事も進められていた。
大谷山荘別邸の玄関近くでは、倒産した白木屋グランドホテルの跡地に、2階建てのプレハブ住居が建っていた。湯本地区の住人が、ホクホク顔で語る。
「このプレハブは、プーチン大統領の護衛たちの宿舎として使用されると聞いています。従業員寮の解体費用の約3300万円まで含めて、すべて特別地方交付税が支給されました」
当日にプーチン大統領が泊まるという大谷山荘の別邸「音信」を見学させてもらった。
3階建ての2階と3階部分が客室になっていて、計18部屋のみ。本館とは異なる専用玄関から入り、別邸専用のカードキーがないと、施設自体に入れない。
まずは、茶室で淹れられた抹茶をいただく。施設内の各所に、萩焼の工芸品や書画などが飾られている。
プーチン大統領が泊まるのは、3階のメゾネットタイプの部屋だという。和室10畳のリビングに、ツインベッド、テラス、露天風呂にバーカウンターまでついた139uの部屋である。
1階にはレストラン「瑞雲」があり、間接照明に照らされた廊下を進むと、壁面を覆う巨大なワインセラーが置かれていた。
レストランの床は、琥珀色に磨かれた重厚な木材や石材、ガラス材が使用されていた。間接照明がプライベート感溢れる「和の空間」を演出している。
15日晩に、ここで安倍首相とプーチン大統領に饗される料理は、地元産の食材を使った懐石のフルコースだ。食前酒に始まり、季節の前菜、お造り、和牛の朴葉焼き、フグの唐揚げにフグ刺しなどで、白米も地元産のコシヒカリである。
豪勢な食事の後は、安倍首相とプーチン大統領が、温泉露天風呂に浸かって「裸談義」が続く。その奥には、音信川の水を引いた雄大な日本庭園が広がっている。
温泉から上がると、天体望遠鏡が設置されたドームに移動。専用バーから運ばせたカクテルを片手に、降りしきる夜の星空を眺めながら、存分に北方領土について意見を交わすーー。
このように、2000人に上る山口県警の警備費用も含め、多額の血税を投入して、政権発足から丸4年になる安倍首相の一世一代の「北方領土外交」が、まもなく繰り広げられるのである。
■3ヵ月前はハシャいでたのに
だが、地元・山口の「檜舞台」は、着々と整えられつつあるというのに、実務を取り仕切る外務官僚たちの顔色は冴えない。外務省関係者が吐露する。
「そもそも北方領土交渉に関して、安倍総理が本気になったのは、'14年2月にソチ五輪の開会式に行って、プーチン大統領とランチ会談を行った時からです。
安倍総理はウォッカでほろ酔い気分になりながら、同行した世耕弘成官房副長官(当時)とともに、『プーチンはオバマよりずっと話の分かる男だ。北方領土は近く返ってくる』と自信ありげに語っていました。
その時、プーチン大統領に、『国賓として日本に招待したい』と申し出たのです」
それが、ソチ五輪が閉会するや、ウクライナ危機が勃発。同年3月に、ロシアが電撃的にクリミア半島を占拠したことで、欧米はロシアに対して厳しい経済制裁を科した。それまで、ロシアを加えてG8だった先進国サミットは、'14年からロシアを排除して、発足当初のG7となった。
日本も、形ばかりのロシアへの経済制裁を科し、先進国クラブとしての面目を保った。
そんな中で、安倍首相が夢見た「プーチン大統領訪日→北方領土返還」という青写真も延期せざるを得なかった。外務省関係者が続ける。
「ロシア側は日本に対して、『いつになったらプーチン大統領は訪日できるのか』とせっついてきましたが、そのたびに日本は『もう少し条件が整ったら』と、弁解しました。
実際、安倍総理はプーチン訪日を実現させようと、同盟国のオバマ大統領に、まずは自分が訪ロする許可を求めました。
しかしオバマ大統領は、2度もはっきりと、『プーチンとはつき合わないでくれ』と、安倍総理に通告。オバマ政権の幹部たちも、様々なルートを通して、日ロ接近を牽制したのです」
それでも、ロシアへの夢を絶ちきれない安倍首相は、今年5月、アメリカの反対を振り切って再びソチを訪問。プーチン大統領との13回目の首脳会談を実現させた。
「この頃、欧米の経済制裁と原油安に苦しんでいたプーチン大統領は、安倍総理を大歓迎。『領土問題を含めた全般的な問題を日本と話し合い、平和条約を締結したい』と、初めて領土問題に言及しました。
それまでは、『領土問題は決着済み』と発言していたので、安倍総理は俄然、ヤル気になったのです」(同・外務省関係者)
この時、安倍首相が用意したプレゼントが、「8項目の経済協力」だった。健康と寿命促進、都市作り、中小企業、エネルギー、産業多様化と生産性向上、極東の輸出基地化、先端技術、人的交流の8項目について、重点的に日本がロシアに経済協力を行うというものだ。
実はこの「8項目の経済協力」は、外務省ではなく、世耕副長官を中心とした首相官邸と経産省が主導したものだった。プーチン大統領はこれに歓喜し、そこから北方領土問題は外務省が担当し、経済協力問題は経産省が担当するという構図になった。
8月の内閣改造で、世耕氏は経産大臣に就任したが、これはいわば「ロシア担当大臣」と言えた。実際、9月からは、ロシア経済分野協力担当大臣も兼任することになる。
9月2日、ロシアはウラジオストクで経済フォーラムを開き、14回目となる安倍・プーチン会談が開かれた。この時の模様を、世耕経産相は、『日経ビジネス』(10月31日号)のインタビューで、こう回想している。
「会談終了後、部屋から出てきた直後の安倍首相とプーチン氏の二人の表情は一生忘れないでしょう。リーダーが真剣に魂をぶつけ合った後の高揚感、そして緊張と興奮が混ざり合った、何とも言葉で表現しようのない表情でしたね」
この会談で、安倍首相は勝負に出た。年末に北方領土を返還させるため、プーチン大統領を12月15日に、故郷・山口に招待することを申し出たのである。
前出の外務省関係者が語る。
「安倍首相としては、年末こそが、3つの好条件が重なる最大のチャンス到来と見たのです。それは、従来から言われていたプーチン大統領の高い支持率、欧米の経済制裁と原油安によるロシアの経済悪化に加え、アメリカ要因が入ってくるからでした。
11月にアメリカで大統領選挙が行われた後、翌年1月に新政権が発足するまでの2ヵ月間、日ロ接近を煙たく思っているアメリカに『政治空白』ができる。ロシアと北方領土問題を解決し、平和条約締結を決めるには、この『空白の2ヵ月』しかないと判断したのです」
ここから日本では、にわかに北方領土返還の気運が高まってきた。マスコミは連日、2島先行返還、共同統治、ロシア施設権、面積二等分など、12月の北方領土問題解決の方式について、様々な予測を報道した。
9月には「自分の夢とプーチンの夢は同じ」と言っていた安倍首相〔PHOTO〕gettyimages
■ロシアが「喰い逃げ」する
ところが、こうした日本での過熱報道ぶりが、ロシアでも報道されるにつれて、ロシア側が態度を硬化させていく。
セボードニャ通信社のコツバ・セルゲイ東京支局長が解説する。
「最大の問題は、ロシアとしては『山口会談』を、新たな両国の信頼関係を築く『入口』だと考えているのに対し、日本側はさも『出口』であるかのように錯覚したことです。
ロシアとしては現時点で、北方領土は絶対に返還できない。その理由は、いくらでも挙げられます。
そもそも日本は、1951年のサンフランシスコ平和条約で領土を放棄したわけだから、返還を求める根拠がない。'18年に大統領選を控えたプーチン大統領は、領土問題で譲歩できない。ロシア国内で強硬な軍と外務省を押さえられない。国内の政争の具となってしまう。蜜月関係を築いている中国を説得できない。極東に新たな火種を生むことになる……。
プーチン大統領はそもそも、安倍首相に対して、『2島を返還する』などと断言したことはない。プーチン大統領が要求したのは、『国賓として招待するという'14年2月の約束をまず果たしてほしい』ということです。国賓として東京へ行き、天皇に面会し、経済協力を決め、信頼関係を築くことが大事なのであって、領土問題など、まだまだ先の話なのです」
こうして日本国内で、北方領土返還の楽観論は、徐々に悲観論に変わっていった。
さらに潮目が変わったのが、11月8日に行われたアメリカ大統領選でドナルド・トランプが勝利したことだった。
「11月19日にペルーで行った15回目の両首脳の会談で、プーチン大統領の態度が、それまでとは急変し、強硬になりました。『プーチン大統領を尊敬している』と公言するトランプ新大統領の誕生によって、ロシアはアメリカとの関係回復が見えてきた。そのため、日本に譲歩する必要がなくなったのです」(同・外務省関係者)
この会談の翌日、プーチン大統領はわざわざ会見を開いて、日本にクギを刺した。
「南クリル諸島(北方領土)の主権はロシア側にある。今回、日本と協議したのは、南クリル諸島でどのような共同の経済及び人道分野での活動ができるかだ」
外務省関係者が続ける。
「北方領土での経済及び人道協力は、北方領土のロシアの主権を認めることを前提とするため、日本が最も警戒していることでした。それにあえて言及することで、日本を牽制したのでしょう。
ともあれ、『2島+α』と言われていた『山口会談』は、すっかり期待値が下がり、『0島+α』になってしまった。それどころか、経済協力ばかりが先に進んでいくことで、ロシアの『喰い逃げ』が危惧されるのです」
10月8日、共同通信が「8項目の対ロ経済協力は1兆円超」と報じた。以後、「1兆円の経済協力」が各メディアで報道されるようになった。
肝心の北方領土は返ってこないというのに、いったい何に1兆円も出すのか。経産省関係者に聞いた。
「ロシア側は例えば、モスクワと極東のウラジオストクを結ぶ全長9300qのシベリア鉄道が、開通してちょうど100周年だから、日本の経済協力で北海道までつなげてくれとか要求してきています。
しかしJR北海道は11月18日、全路線の約半分にあたる10路線約1200q分を『維持困難』と発表したばかり。稚内-サハリン間の定期フェリーも、赤字がかさんで昨シーズンで打ち切りとなりました。そんな中で、シベリア鉄道を北海道までなどというのは、あまりに非現実的です」
■北海道の企業は冷めている
日本側は12月16日、ホテル・ニューオータニで「日ロビジネス対話」を開き、両国の大手企業経営者を一堂に集めて、経済協力を推進するとしている。ここには安倍首相とプーチン大統領も参加し、ビジネス拡張を促すスピーチをする予定だ。
だが今回、ロシア進出に積極的と報じられている企業に問い合わせると、次のように答えた。
「モスクワの販売拠点を拡張すると報道されましたが、単に検討しようかというだけのことで、契約したわけでもありません。ロシアビジネスを拡大するかどうかも未定です」(ファナック広報部)
「ハバロフスクの野菜工場の生産を2倍にするなどと報道されましたが、意味不明です。そもそもこの事業は今年2月から始めていて、プーチン大統領の訪日とは無関係です」(日揮公報IR部)
「たしかに来年春にウラジオストクに居酒屋を出そうとはしていますが、たまたま時期が重なっただけで、プーチン大統領の訪日とは無関係です」(伸和ホールディングス本部)
このように、プーチン大統領の訪日を機に、ロシアビジネスを盛り上げようという日本政府と、日本企業との間には、相当な温度差があるのだ。
北海道を代表する企業の幹部が語る。
「日本政府は北海道に、ロシアとの経済協力の窓口になってほしいと要望していますが、北海道民の53%が、ロシアとの経済協力に反対しています。
そもそもロシアの極東地域には、北海道の540万人とほとんど変わらない600万人しか住んでいないので、生産拠点としても市場としても不適です。また、ロシアとのエネルギー協力と言うけれど、過疎化が進む北海道は、いま以上のエネルギーを必要としていない。
北海道の企業は、一様に冷めた目で、プーチン大統領の訪日を見守っています」
北方領土の返還はなく、経済協力も笛吹けど踊らず。プーチン大統領にやられるばかりの、無残な「安倍外交」に終わりそうである。
「週刊現代」2016年12月10日号より
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