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アメリカの「核の傘」がなくなったら…を想像できない困った人たち いま「日印原子力協定」が持つ意味
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50419
2016.12.09 川口 マーン 惠美作家 拓殖大学日本文化研究所 客員教授 現代ビジネス
■中国の核に狙われた国
1960年代、中国は核実験を繰り返し、日本に大きな不安を与えていた。
1970年、NPT(核不拡散条約)が発効し、現在では200近い国が加盟している。これは、文字通り核の拡散を防ぐ条約で、NPT加盟国はこれにより、「核兵器国」と「非核兵器国」の2種類に分けられた。
NPTの定める「核兵器国」の定義とは、「1967年1月1日以前に核兵器を製造し、爆発させた国」(条約第9条)である。アメリカ、ソ連(当時)、イギリス、フランス、中国がこれにあたり、この5ヵ国は未来永劫、核兵器を保有してもよいことになった。
一方、その他の国は、核は夢に見てもいけない。平和利用に関しても、厳しく監視される。
中国は1964年10月、初めての核実験を行い、ギリギリで「核兵器国」の仲間に滑り込んだ。その頃、日本人はちょうど東京オリンピックに熱狂していたこともあり、大した抗議もしなかった。
ただ、中国は核実験によって「核兵器国」の地位は手に入れたものの、なかなかNPTに加盟しようとはしなかった。それどころか、そのままの状態で30年間、黙々と核実験を重ね、核兵器を貯め、ついでにパキスタンの無謀な核開発も助けたということは、前回すでに書いた(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50347)。
1966年3月に行われた中国の核実験 〔PHOTO〕gettyimages
子供の頃、「黒い雨」という言葉を聞いたことを思い出す。「今日は、雨に当たるとハゲになる」などと言われた。日本人は、中国の核実験のたびに、放射性物質が日本に飛んできていることをもちろん知っていたのである。これはほぼ10年間続いた。そして、飛来した放射性物質の量は、決して軽微なものではなかった。
しかし一番深刻な問題は、日本が中国の核ミサイルの射程にすっぽりと入ってしまったという事実だった。丸腰の日本にとって、大いなる脅威である。しかも、中国の核開発がさらに進むことは想定済みだった。
そこで対抗策として、日本も核武装で防衛すべきだという意見が、当然、政府内で出てきた。
ところで当時、中国の核に脅威を感じていたのは日本だけだったか?
否。中国は、現在250から300発の核弾頭を持つと言われているが、彼らの仮想敵国の筆頭は、いまも昔も、日本とインドだ。しかもインドは、隣のパキスタンの核にも脅かされている。パキスタンはNPTに加盟しておらず、前述のように、中国のおかげで核兵器を手にした。
中国とパキスタンの核に狙われたインドに、多くの選択肢は残されていなかった。国家を守るためには、抑止力として、自らも核を持つしかない。つまり、インドと日本は、60年代、まさに同じ危機にさらされていたわけである。
だから、国連でNPT(核不拡散協定)が採択された1968年、インドも、そして、日本もすぐにはそれに署名をしていない。将来、核武装をするかもしれないなら、NPTに加盟して「非核兵器国」になるわけにはいかなかったのである。
■日本が陥った深いジレンマ
さてその頃、ヨーロッパはどうなっていたか。実は、冷戦下の西ヨーロッパでも同じようなことが起こっている。
元々は「米軍を引っ張り込み、ロシアを締め出し、ドイツを押さえ込むため」に作られたNATOであったが、脅威はまもなくドイツではなく、ソ連の核兵器となった。そこでNATOは方針を変え、核兵器どころか、通常の武装もしてはいけないはずだった西ドイツを仲間とし、核の最前線に据える。
冷戦は以後30年間、ドイツを軸に危険なバランスを保ったまま、ソ連の崩壊まで続いた。
それにしても、西ドイツと日本は同じ敗戦国といえども、アメリカの扱いはずいぶん違っていた。
西ドイツには軍隊を作らせ、ソ連の核の脅威に対抗するため、核まで持ち込んだアメリカだったが、日本に対しては自衛以外の一切の軍備を認めなかった。ましてや核武装に関しては、芽の出る前に摘むともいうべき厳しい妨害工作が施された。
なぜか?
第一の理由は地政上の違いで、アメリカは、少なくとも当時は、中国の核に脅威を感じていなかったこと。また、ひょっとすると、原発投下に対する日本からの報復を恐れる心理も働いていたのかもしれない。
いずれにしても、アメリカは日本に核を持たせる気はなかった。そこで、日本をNPTに加盟させるため、あらゆる圧力をかけた。
日本は、NPTに加盟しなければ、原発用のウランの供給を止められそうなところまで追い込まれた。経済成長の道を一直線に突き進んでいた日本にとって、原発の安価で安定した電気は生命線だ。アメリカにエネルギーの首根っこを抑えられ、王手を掛けられる光景は、第二次世界大戦前夜と何も変わっていなかった。中国の原爆の脅威を感じつつ、日本政府は深いジレンマに陥った。
結局、熾烈な交渉の末、アメリカは日本の核武装を諦めさせるために、日本を自らの「核の傘」で守ることを約束する。日本にとっては、抑止力という意味で効き目は絶大。他人のふんどしではあるが、反対する理由はなかった。
これを受けて、佐藤栄作内閣の下で「非核三原則」が決まった。核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」である。原爆の被災国日本の生き方としては良い選択であったかもしれないが、これこそが、その後、国防を人任せにして戦争反対を叫ぶという矛盾した空気が広がっていく端緒になったともいえる。
■「核の傘」を持たないインド
こうして1960年代末、アメリカの「核の傘」の下に入った日本は、1970年NPTに署名し、その後もまだすったもんだした挙句、ようやく76年に批准した。
繰り返すようだが、この決断は、被爆国であることとも憲法9条とも関係がなかった。平和国家のイメージに合うなどという理由でもない。
アメリカ政府による「核の傘」の約束がなされたからだ。これがなければ、日本は苦渋の決断を下し、NPTに加盟せず、あらゆる覚悟で核武装に向かったかもしれなかった(『日本の核・アジアの核』金子熊夫著より)。
一方、そんな有難い「核の傘」を持たなかったインドが、丸腰になれるわけはなかった。NPTに加盟しなかったのは、当然のことである。
1998年、インドが2回目の核実験を行った時、広島、長崎の被爆者や反核運動家たちが大挙してインドに行き、抗議活動を展開した。その時インドは、「日本は自らは核兵器を持っていないが、アメリカの核の傘に守られている。インドはどの国の核の傘にも守られていないので、自分で守る以外にない。そのような日本が一方的にインドを非難する資格があるのか」と反論され、グーの音も出なかったという。
ところが日本には、そういう経緯も国際情勢も、一切無視している人たちがいる。“NPT加盟国は平和を愛する国。中国が核を保有するのは、NPTで認められているから当然。NPTを拒否するインドは悪”という論理は、かなりピントが外れている。
勘違いの最大の原因は、中国の核を脅威とみなしていないからだろう。だから、インドが中国の核に脅威を覚えていることがわからない。国防の意味も理解できない。日本がアメリカの核に守られている認識もない。
インドが将来、核実験を絶対にしないかというと、もちろん、それはわからない。今回の日印原子力協定交渉では、日印両政府は、「インドが核実験を実施したら協力を停止する」という趣旨で合意したというが、協定文書には盛り込まれず、別文書の形となった。それは現実を見極めた外交の知恵であろう。
■日印原子力協定が持つ意味
いずれにしても、皆がNPTに加盟すれば核がなくなるというのは、間違った認識だ。そもそも、今回の日印原子力協定も、後進国インドに日本が原発を売り込み、金儲けをしようとしているけしからん話のように思われているが、これすら正しくない。
インドの原子力技術の研究は、世界でも際立っている。日本と同じく高速増殖炉の開発も進めている。できる限りエネルギーを有効に使うため、核燃料サイクルの研究にも余念がない。資源貧国、地震大国のための最高のテクノロジー「もんじゅ」をせっかく開発しておきながら、無謀にも葬り去ろうとしている日本とは大違いだ。インド人をバカにしてはいけない。
インドと日本の友好関係には長い歴史がある。東京裁判でただ一人、「日本は無罪だ」と主張したパール判事はインド人だった。そして戦後は、自分たちも極貧なのに、日本の国際社会への復帰に親身になって尽力してくれた。戦後まもなく、日本の子供たちのために象を送ってくれたのもインドだ。67年前の話である。
今だって、日本の生命線であるインド洋のシーレインの防衛で、日本はインドに大きく依存している。インドとの協調は、日本の安全保障に関わる問題でもある。中国の南シナ海での無法な活動に対抗するためにも、両国は手を組まなければならない。
「私たちは被爆国でです。平和を愛する国民です」と言って太鼓を叩いていても国は守れない。アメリカの核の傘の下にいる間はいいとして、もし、それがなくなった時はどうすればいいか、そろそろ真剣に考えるべき時期が来ている。
来年1月になったら、今回の日印原子力協定の国会での審議が始まる(協定は署名だけではダメで、双方の国会承認を得て批准されて初めて発効する)。根強い反対意見が跋扈することは予想できるが、政治を司る人々は感情的な意見に惑わされないでほしい。インドとの協調は、日本のアジア政策、特に、対中政策には不可欠である。
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