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「安倍政権がもう少し続けば自民党は「反日活動委員会」と政治警察の創設を言い出すでしょう:内田樹氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/21037.html
2016/11/3 晴耕雨読
https://twitter.com/levinassien
マッカーシズムの時代を描いた映画を続けて観てます。
Good night, and good luck, The Front, Guilty by suspicion 。
非米活動委員会とFBIが採用した「仲間を裏切らせて、自尊心を奪う」という戦略の有効性に恐怖を感じます。
今の日本が一番近いのはスターリンのソ連でも、ヒトラーのドイツでも、毛沢東の中国でもなく、マッカーシーとフーヴァーのアメリカでしょう。
安倍政権がもう少し続けばきっと自民党は「反日活動委員会」と政治警察の創設を言い出すでしょう。
19世紀後半、ロシアやドイツでの労働運動弾圧を逃れた活動家たちはフランスからイギリスに渡り、さらなる政治的自由を求めてアメリカに移民しました。
だから、20世紀はじめのアメリカで社会主義運動がきわめて活発だったのは当然です。
アメリカ共産党の成立は1921年。
中国共産党と同年です。
ロンドンで赤貧洗うが如きであったマルクスに仕事を提供したのは当時世界最大の発行部数を誇った英字紙NewYork Daily Tribuneでした。
マルクスはここに10年間で800本の記事を寄稿しました。
マルクスの記事は署名記事ではなくトリビューンの社説として掲げられたのです。
マルクスの記事はあまりに質が高かったので、社説に掲げられ、週刊誌に再録され、隔週誌にも再録されました。
だから、当時のアメリカのインテリたちはマルクスを通じて(それと知らずに)ヨーロッパの政治情勢や資本主義分析を学んだのです。
若い頃のマルクスはアメリカの政治状況に希望を持ち、「ライン新聞」が潰れたあとにアメリカへの移住書類を申請しています。
テキサス(!)に行きたかったそうです。
過去改変SF「テキサスのマルクス」誰か映画にしてくれないかな。
「アメリカにおけるマルクス主義の受容と衰微」というのは日本のアメリカ政治史の専門家にとってもきわめて興味深い主題だと思うんですけれど、ほとんど研究書は見当たりません。
マッカーシズムの追求を逃れるために、アメリカの知識人たちはマルクスへの関心を示す資料を廃棄したのでしょうか。
>山崎 雅弘 今週土曜日(5日)に発売される雑誌『歴史群像』(学研)に、日本の「レッドパージ」に関する原稿を寄稿しました。米国内のマッカーシズムについては、紙幅の関係で最後に少し触れただけですが、吉田茂が「非日活動委員会」の設立をGHQに提案した話なども書いています。
>山崎 雅弘 占領開始直後、マッカーサー/GHQと日本共産党の関係は悪くなく、東久邇内閣の外相だった吉田茂との関係は冷淡でしたが、米政府の方針が「反共」路線に転換したのに伴い、GHQと吉田は共同歩調をとるようになり、首相就任後はGHQとの合作のような形で「レッドパージ」を推進しました。その流れの中で、吉田茂は1949年3月28日付のウィロビー宛書簡で「米議会の非米活動委員会をモデルにした『非日活動委員会』の設置」を提案しました。この案は、実現には至りませんでしたが、吉田は国内の共産党員の「脅威」を著しく誇張し、弾圧を正当化する空気を創り出していました。
>山崎 雅弘 「レッドパージ」について調べると、日本の「対米従属」体制は、吉田茂の時代に筋道が造られ、岸信介の時代に完成したのかという気がします。岸の孫が安倍首相、吉田の孫が麻生副総理。日本会議の過去のアメリカについての悪口が止まる時期も、レッドパージの頃のようです。
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