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ハーバードの学生を感動させた被災地の人間力 なぜ私たちは「知識」を蓄えなければいけないか 社会は災害を乗越えて逞しくなる
http://www.asyura2.com/16/senkyo215/msg/182.html
投稿者 軽毛 日時 2016 年 10 月 28 日 20:27:51: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

ハーバードの学生を感動させた被災地の人間力
社会は災害を乗り越えて逞しくなる
2016.10.27(木) 矢原 徹一
【写真特集】今も残る爪あと、東日本大震災から3年
東日本大震災の被災地、宮城県名取市の旧閖上中学校校庭で行われた津波犠牲者の追悼式で空に放たれたハトの形の風船(2014年3月11日撮影)。(c)AFP/KAZUHIRO NOGI〔AFPBB News〕
 私たちヒトが進化した第4紀という地質時代は、気候変動や火山活動が活発に起きた時代だ。このためヒトは、過去約10万年の進化の歴史を通じて、多くの災害を経験してきた。おそらくその結果、災害のあとに絆を強め、困難に対して協力して立ち向かう性質を身につけてきた。

 災害は確かに不幸な出来事ではあるが、災害を通じて社会の絆が強まる面がある。災害の経験から学ぶことを通じて、私たちはよりよい社会を築く上でとても重要なヒントを得ることができる。

「教室から災害の現場へ」ハーバードビジネススクールの試み

『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか 世界トップのビジネススクールが伝えたいビジネスの本質』(山崎 繭加 著、ダイヤモンド社)──成田空港の書店で本書を見つけ、読んでみて驚いた。

『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』山崎繭加 著、竹内弘高 監修、ダイヤモンド社、税別1600円
 私たちが九州大学の「持続可能な社会を拓く決断科学大学院プログラム」で行っているリーダー養成のための現場教育とよく似たフィールドコースを、ハーバードビジネススクール (HBS) が実施しているのだ。しかも、私たちも実習で訪問している東日本大震災の被災地で。

 HBS の東北訪問は2012年以来すでに5回を数えているので、2014年にスタートした私たちよりも2年先輩である。上記の本には、HBSの学生たちによる東北での取り組みの経過と成果が生き生きと描かれている。

 ビジネスとは何か、リーダーはどうあるべきか、社会をどう変えていけばよいか、これらの問いに興味がある方には、必読の1冊だ。

 HBSは、世界でトップクラスの経営大学院(2年制修士課程)だ。大学卒業後にさまざまな企業や、軍隊、政府機関、NPOなどで実務経験を積んだ優秀な人材が、さらなる研鑽を積むために世界中から集まる。そのHBSの人材育成は、教科書を使わない「ケース・メソッド」で行われてきた。

「ケース」とは、ある組織の具体的な課題について書かれた十数ページの教材である。HBSは世界中の組織を調べ、「ケース」という教材にまとめている。その中には、トヨタ、京セラなどの日本企業も数多く含まれている。

 上掲書の著者である山崎繭加氏は、HBS日本リサーチセンターに所属するHBSのグローバルスタッフとして、2006年以来、約30のケースを教授と共著で書いてきたという。HBSは彼女のような約60名のグローバルスタッフを世界各地の13カ所に配置している。この体制から生み出される「ケース」という教材がHBSの教育を支えている。

 学生は事前にケースを読んだ上で授業に出席し、その組織のメンバーであることを想定して、課題をいかに解決するかについて討論する。教授は講義をするのではなく、ファシリテーターとして学生の議論をリードし、学生に徹底して考えさせる。

 著者によれば、「あまりにも多くのケースを読むため個別のケースの内容はほとんど忘れてしまうが、まるで筋力がトレーニングを通じて徐々に鍛えられていくかのように、不確実な状況の中での意思決定の力がついていく感覚がある」という。

 経営者が直面する事態には、ひとつとして同じものはない。教科書で教えられるような一般則だけでは、問題は解決できないことが多いので、経営者はその局面に応じて知恵をしぼり、事態を打開しなければならない。

 この能力を磨く上で、「ケース・メソッド」は確かに有効だ。この方法で、学生はさまざまな事態を仮想体験し、個別の困難に直面した経営者の「視点取得」を通じて、さまざまなノウハウを学ぶことができる。

仮想体験の限界を打破するには

 とはいえ、あくまでも机上の仮想体験である。このような仮想体験だけで、現場での決断力や実行力を身につけることは難しい。私が「決断科学大学院プログラム」を立案したときにまず考えたのは、従来型の教育が抱えるこの限界である。

 そこで私は、「プロジェクトZ」と名付けた問題解決型研究の現場で、学生たちをトレーニングする計画を練った。

 私は、屋久島世界自然遺産地域科学委員会委員長として、ヤクシカによる農業被害や生態系被害という社会的課題に関わっている(関連記事「屋久島の森が危ない!ヤクシカによる深刻な被害」)。

 屋久島の植物やヤクシカについての生態学的な基礎研究を行いながら、他方では行政機関(国・県・町)、猟友会、生物多様性保全団体などの関係者と議論を重ね、増えすぎたヤクシカの駆除を行い、ヤクシカの摂食によって減少を続けている絶滅危惧植物を保全するための対策に関わっている。

 この問題を解決するには、ヤクシカの駆除に批判的な意見を含むさまざまな価値観の間での合意形成を進め、駆除したヤクシカの有効利用(食肉としての利用促進)を図るなど、さまざまな課題に対応する必要がある。このような問題解決型研究の現場に継続的に関われば、学生たちは机の上では学べない現場での対応能力を身につけることができるだろう。

 HBSが「ケース・メソッド」に加えて2011年に新たに取り入れた「フィールド」(FIELD: Field Immersion Experiences in Leadership Development リーダーシップ養成において現場にどっぷりつかる経験)のコンセプトは、私たちの「プロジェクトZ」のそれと通じるものがある。

「ケース・メソッド」がknowing(知識)に依拠した教育方法であるのに対して、「フィールド」はdoing(実践)およびbeing(価値観、信念)に依拠した教育方法と位置付けられている。上掲書には以下のように説明されている。

 <実践(doing)のスキルがなければ、いくら知識(knowing)があっても役立たない。また自己の存在(being)からくる価値観や信念を反映した自己認識がなければ、doingのスキルも方針も定まらない中で有効に使うことはできない>

 HBSがこのコンセプトに基づくフィールドプログラムを開始しようとした2011年に、東日本大震災が起きた。その当時HBSに在学していた日本人学生数名が、HBS唯一の日本人教員である竹内弘高教授に東北でのフィールドプログラムを提案した。

 この提案が採択され、2012年に東北での初のフィールドプログラムが実現した。その後6年間にわたって継続されているのは、世界各地のプログラムの中で、この東北だけだという。学生から最高ランクの評価を受け、評判が広まり、5回目には30名の定員枠を超えて37名が参加した。

希望を生み出している被災地のリーダーの人間力

 なぜ東北でのフィールドプログラムがこれほど高い評価を受けているのか。その理由は、上掲書を読めばすぐに分かる。プログラムでの経験が感動的であり、参加者の人生を左右する力を持っているからだ。その感動を生み出しているのは、東北大震災という未曽有の災害に立ち向かい、新たな希望を生み出している被災地の人たちの人間力だ。

 例えば、仙台市郊外にある秋保温泉の耕作放棄地を開墾してワイナリーを開いた毛利親房さん。彼は仙台市の建設事務所のスタッフとして女川町の銭湯の設計に関わっていたときに、東北大震災を経験した。女川の街が津波に流されたことに衝撃を受け、ボランティア活動に携わる中で、ワインづくりによる地域振興のアイデアを思いついた。

 ワイナリーが地域づくりに大きな波及効果を持つことに注目した毛利さんは、ワインづくりの経験が全くないにもかかわらず、秋保ワイナリーの計画を立案し、三菱商事が開設した復興支援基金の支援を獲得し、ワインづくりから商品デザイン、マーケティングに至るまで一流のスタッフを集めた。著者は毛利さんについて「もの静かなたたずまいの裏に潜む本物の情熱と桁違いの実行力」を持つ人物だと紹介している。

 秋保ワイナリーを訪問することになったHBSの学生たちは、事前準備の過程で秋保ワインを国際的に販売する可能性を調べ、それは無理だという結論を下した。そして秋保ワイナリーを訪問した学生たちは、「秋保ワイナリーをどう成功させていくか」という問題設定がそもそも間違っていたことに気付かされた。

 毛利さんにとってワイナリーとは目的ではなく、あくまで地域振興のための手段なのだ。彼の目的は、ワインによって人と人、人と地域、地域と地域をつなぎ、東北を盛り上げていくことにある。彼のビジネスへの姿勢は、ノーベル平和賞を受賞したグラミン・グループの指導者、ムハマド・ユヌス博士が推進している「ソーシャル・ビジネス」(社会的問題の解決を目標とするビジネス)に通じるものだ。

 また、毛利さんが集めたスタッフは一流であり、ワイナリーの経営プランについて学生たちが入る隙間はなかった。そこで学生たちは考えを変え、「秋保ワイナリーはどうやったらもっと地域に貢献できるのか」について真剣に考えた。学生たちは、秋保ワイナリーに関わる10名を超える各分野の専門家と議論を重ね、秋保温泉郷を見て回り、温泉郷の観光戦略についても考えた。

 秋保温泉郷で開かれた最終発表会では、秋保ワイナリースタッフだけでなく、旅館組合のメンバー、仙台市職員、大学関係者、メディアなど総勢100名を超える参加者が彼らを待ち受けた。この参加者の前で、彼らは観光戦略の提案を行った。

 彼らの戦略は、「秋保温泉郷を訪れた人にとって、秋保ワイナリーを欠かせない場所にする」これが出発点だ。そのために、まずは地元での販売に集中し、そこでしか手に入らない「特別感」を醸成した上で、他地域へ流通を拡大する10年計画を提案した。

 このプログラムに参加したHBSの学生はこう語っている。

 <教室の中で座って「社会的なミッションを持つリーダーとは何か」について議論することはすごく簡単です。でもこうやって実際に毛利さんという社会的ミッションを持つリーダーと出会い、学べたことは、教室の議論とは大違いでした。それこそが、どっぷり浸かって学ぶプログラムの醍醐味だと思います>

 私たちの九州大学決断科学大学院プログラムでは、対馬市、長崎市、由布市、佐伯市、日南市と連携協定を結び、地域づくりの課題に取り組んでいる。

 例えば、カリキュラムの1つに「組織研修ワークショップ」がある。このカリキュラムに参加した学生たちは、これらの自治体において地域づくりに情熱を傾け、独自の成果を上げている行政・企業・NPOのスタッフや、住民・高校生にインタビューし、提案をまとめる。

 最終発表会には市長も参加されるので、大きな責任が伴う。情熱・戦略・実績を兼ね備えた一流の人物に出会うこと、そして彼らの前で責任をもって提案を行うこと、このような経験こそが人を育てる。

「社会的ジレンマ」をどう乗り越えるか

 決断科学大学院プログラムの学生はHBSの学生のように経営について学んではいないが、九大の大学院において自然科学・社会科学のいずれかの分野で博士課程の専門的研究に携わっている。専門分野が異なる意欲的な大学院生が真剣に討論して考え出す提案は、HBSの学生の提案と同様に、各自治体関係者に自信と指針、そして希望を与えていると思う。

 上掲書には、「首長らしからぬ若きリーダーとの出会い」と題して、女川町の須田善明町長が紹介されている。須田さんは、20年後も現役の若い世代が復興の指揮をとるべきだという声に推されて39歳で町長に選ばれた方だ。

 私たちも決断科学プログラムで、須田町長のリーダーシップについて学ぶ機会をいただいている。女川町は、被災地の中で最も早く復興を進めている自治体だが、被災地として直面している困難は並大抵ではない。

 決断科学プログラムでも災害モジュールを設けて、復興の問題に取り組んでいるが、復興にあたっては急いで解決しなければならない短期の課題と、長い将来を見据えた長期の課題を、両方解決しなければならない。

 しかも両者にはしばしばトレードオフ(一方を重視すれば他方が犠牲になるという関係)がある。

 女川町は、防潮堤を作らずに高台に移転する計画をいち早く決めた。この「決断」は、より長期の安定した町づくりを見据えたものだが、山を削って復興住宅を作るには時間がかかる。このため、町民はより長期に仮設住宅に住み続けなければならない。

 このように、長期的には利益があるが、短期的には住民に損を強いるという状況は、「社会的ジレンマ」と呼ばれる。社会的ジレンマを伴う課題について、長期的利益を優先した計画について合意形成を進め、それを実行する上では、リーダーである首長の役割が大きい。

 この点に関して、世界の沿岸漁業管理について調べた興味深い研究がある。漁業資源は短期的利益を追求して乱獲すると、長期的には漁獲が減り、漁民全員が損をする。しかし、短期的利益が減る計画には、常に反対がつきまとう。

 世界の沿岸漁業管理の成功例(漁獲量制限によって長期的に漁獲が維持された例)と失敗例(漁獲量制限に合意できず長期的に漁獲を減らした例)を比較し、どのような要因が成功・失敗を決めたかを調べた研究によれば、最も共通性の高い要因はリーダーシップである。「社会的ジレンマ」を解決するには、長期的利益を優先した計画を採用するようにリーダーが地域社会の合意をまとめることが重要なのだ。

 私は日南市・対馬市・佐伯市での組織研修ワークショップに参加し、これらの自治体の市長から直接お話を伺う機会を得たが、いずれの市長も長期的な視点をもって、優れたリーダーシップを発揮されている。これらの事例については、機会を改めて紹介したい。

 人口減少に直面している地方自治体が抱える課題は深刻だが、ピンチは人を育て、社会を逞しくする。地方にはさまざまな新しい芽が伸びている。これらをさらに伸ばすことが大切だ。

 その努力を通じて、日本は新しい時代を迎えるに違いない。上掲書に紹介されている東北大震災被災地でのさまざまな献身的取り組みは、日本社会の未来に大きな希望を抱かせるものだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48195


 
なぜ私たちは「知識」を蓄えなければいけないのか
社会は災害を乗り越えて逞しくなる(後編)
2016.10.28(金) 矢原 徹一
六本木ヒルズで震災訓練、住民ら900人が参加
六本木ヒルズで行われた震災訓練で応急手当ての練習をする住人ら(2016年3月11日撮影)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA〔AFPBB News〕
 災害対策に象徴されるように、社会的な問題の解決にあたっては、長期的な視野で社会を導くリーダーシップと、リーダーの下で献身的に働くメンバーの存在が欠かせない。

 今回は、このようなリーダーシップや献身性がどのように進化したかについて、有力な仮説を紹介しよう。そして、どうすれば私たちは理性の不完全さを乗り越えて、社会を変えることができるかについて考えてみよう。

◎前編「ハーバードの学生を感動させた被災地の人間力」はこちら。(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48195

リーダーシップと社会の絆の進化

 私の記事でたびたび紹介している社会心理学者のジョナサン・ハイトは、その著作『しあわせ仮説 古代の知恵と現代科学の知恵』や『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』の中で、私たちには大きな目的のために献身する性質があり、そのスイッチが入ると社会のための自己犠牲を厭わなくなることを紹介している。

 そしてこのスイッチを「ミツバチスイッチ」と名付けた。そして、この「ミツバチスイッチ」が集団選択(献身性が高い集団ほど生き残りやすいことによる集団レベルの選択)によって進化したという仮説を強く主張している。

 集団選択を促した要因としては、狩猟採集社会における部族間の戦争をあげている。私はハイトの道徳心理学から多くのことを学んだが、私たちの献身性の進化についてのこの説明は、個体レベルの自然選択を考慮していない点で、適切とは言えない。

 狩猟採集社会において部族間の争いが頻繁にあったことは確かだ。他の部族の男を襲って首を狩り、自分の力を誇示する行動は、配偶者を得る上で有利だったことを示す研究がある。

 また、部族の規模が大きくなり、ドングリなどの貯蔵食糧や、石器などの道具の蓄積が増えると、他の部族からの略奪のリスクは増えただろう。このような資源の略奪に対抗するために群れのメンバーが協力することは、自然選択上、有利だったはずだ。

 ただしこの有利さは、集団レベルだけでなく個体レベルでもあった。襲われたときに対抗する実力や、他個体と協力して資源を守る能力は、個体の適応度において有利である。また、部族の利益に献身する行動は、その個体の評判を高めることで、やはり個体の適応度を高めたと考えられる。

 献身性のような性質には、集団内の個体間で大きな変異があることが知られている。個体レベルの選択はこのような変異に作用するので、性質の進化に与える効果が大きい。これに対して、人間集団の間では、女性が他の部族に嫁ぎ、子孫を残す過程で遺伝子の交流があるので、集団の平均値の間の違いはそれほど大きくない。したがって、集団レベルでの選択の効果は、個体レベルの選択の効果に比べ、無視できる場合が多い。

 そのため、献身性の進化を説明する上で、ハイトのように集団レベルの選択を持ち出す必要はないのである。

自然の脅威という試練

 狩猟採集社会においては、部族間の争いに加えて、災害が大きな選択圧になったと考えられる。ヒトの祖先がアフリカを出て世界に広がった6万年間に、地球には氷河期が訪れ、気候は大きく寒冷化した。

 約2万年前の最も寒かった時代には、日本では4つの島が陸橋でつながり、さらに九州が朝鮮半島とほぼ地続きになった。このような気候変動の下で、私たちの祖先は冷害や干ばつの脅威に頻繁にさらされ続けた。約2万年前以後に気候が温暖化に向かったあとも、冷害や干ばつの脅威は続いた。縄文時代には、ドングリの生産量によって人口が変動したことがわかっている。

 また、火山活動も大きな脅威だ。日本では、地層の年代を決めるのに、広域火山灰層(テフラ)が重要な手がかりになる。大きな火山の噴火によって広域に降り積もった火山灰は、噴火ごとに組成が違う。したがって、火山灰層の組成を調べることで、いつの時代のものかを特定できる。

 例えば、約6000年前に屋久島の西方にある鬼界カルデラの噴火で降り積もった火山灰層は、西日本全域で確認されている。当時、九州南部に暮らしていた縄文人は、壊滅的な打撃を受けたに違いない。

 このような災害を生き延びる上では、長期的な判断力があり、部族の意見をまとめられるリーダーの役割が大きかったはずだ。例えば、限られた保存食糧を短期間に食べつくさずに、さまざまな創意工夫をしながら寒い冬を乗り切るには、リーダーの力と、リーダーの下で結束して協力するメンバーの能力が不可欠だ。

 災害のような社会の危機において私たちの献身性が高まる背景には、このような進化の歴史があると考えられる。

遺伝子と言語の共進化

 私たちの献身性を進化させたもう1つの要因に言語がある。集団における協力行動を営む上で、文法を伴う言語は画期的な発明である。私たちは日常的に言語を使って生活しているので、その高度な機能を意識していないことが多いが、人間と他の動物との間の最も大きな違いは、文法を伴う言語を使えるかどうかという点にある。

 言語は化石に残らないため、文法を伴う言語がいつ成立したかを決めることは難しいが、考古学や言語学の研究成果を総合すると、35〜15万年前(ほぼ中期旧石器時代の前半に相当)のアフリカで初歩的な言語が起源した可能性が最も有力である。

 また、ヨーロッパ系の言語に関しては、約8000年前に中近東で生まれ、農業技術を持った人の移動に伴って東西に広がり、多様化したことが分かっている。約8000年前の時点で、ヨーロッパ系の言語で使われている語彙はほぼ作り出されていた。

 中期旧石器時代以後の人類進化の過程で言語は次第に複雑化し、約8000年前には、現在の複雑さに到達していたと考えられる。なお、言語が文字として記録に残されるようになったのはもっと新しく、楔形文字が発明された紀元前3500年頃のことだ。

 文法を伴う複雑な言語によって、コミュニケーション能力が高まるとともに、社会の共有財産としての知識が増えた。そしてこれらの知識を次世代に伝える必要性が高まり、教育という高度な協力行動が発達した。

 文字もなく、紙という記録媒体もなかった狩猟採集時代には、すべての知識を誰かが記憶し、次世代へと伝達する必要があった。このような状況下では、増え続ける知識を覚え、次世代に伝達する能力が高い個体ほど、より多くの子孫を残せただろう。

 このような選択圧が、脳の進化を促した。そして、脳の進化によって記憶力や推論能力が高まり、より高度な言語や知識を共有・伝達する状況が生まれ、この状況がさらなる脳の機能に関わる遺伝子の進化を促したと考えられる。

 このような言語と遺伝子の共進化が、私たちの理性や直観を高度なものにし、より大きな規模での協力行動を可能にし、社会をより理性的な方向へと発展させ続けてきたと考えられる。

ハーバード東北プログラムの学問的土台

 前回の記事「ハーバードの学生を感動させた被災地の人間力」で紹介したように、東北大震災被災地でのハーバードビジネススクール(HBS)のフィールドプログラムは、現場経験を重視しているが、一方で言語によって蓄積された知識によって統合的思考の土台を築いている。

 東北でのフィールドプログラムの学問的土台になっているのは、HBS唯一の日本人教員である竹内弘高教授が一橋大学名誉教授の野中郁次郎博士と協力して発展させた経営学理論だ。

 竹内教授は『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか 世界トップのビジネススクールが伝えたいビジネスの本質』(山崎繭加著、竹内弘高監修、ダイヤモンド社)の監修者あとがきで次のように書いている。

<その土台は、次の3本の柱で構成されている。

●Inside-out approach to strategy(思いやミッションをベースに戦略を立案する考え方)
●Knowledge-Creating Company (知識創造企業)
●The Wise Leader(賢慮のリーダーシップ)

 これらのテーマについて、日本を訪問する前の4カ月間、月1回・毎回2時間の講義中に小生が書いた著作や論文を読ませて議論する。学生が提出する最終レポートには、暗黙知、SECI(暗黙知と形式知のスパイラルによって知識創造されるモデル)、場、ミドル・アップ・ダウン、フロネシスなどの専門用語が数多く登場する>

 私たちの九州大学の決断科学プログラムでは、プロジェクトZでの学生の学びを支える学問的土台として、「決断科学」の体系化を進めてきた。私の記事では、その成果をできるだけ分かりやすく紹介してきた。

 決断科学の体系は、人間の心理や行動についての生物学的・進化学的理解と、生態学的視点を加えた人類史の理解に依拠している。それは竹内教授や野中教授が構築された経営学の理論体系とは相補的だ。両者を関連づけることは、これからの私たちの重要な課題である。

 竹内教授らは、暗黙知(個人的経験にもとづく、言語による表現が難しい知識)と形式知(言語によって表現された、誰もが共有できる知識)の関係を重視し、「暗黙知と形式知のスパイラルによる知識創造」を4つのモードに分類している。

●共同化:経験を共有することによって、メンタルモデルや技能などの暗黙知を創造するプロセス
●表出化:暗黙知を明確なコンセプトに表し、形式知へと変換するプロセス
●連結化:コンセプトを組み合わせて1つの知識体系を創り出すプロセス
●内面化:形式知をメンタルモデルや技能という暗黙知へ変換するプロセス

 そして、このスパイラルを促進する上で、さまざまな知識・経験を持つ関係者が相互作用する「場」を重視し、また知識創造のマネジメント法として、トップダウンでもボトムアップでもない、ミドル・アップダウン(ミドル・マネージャーにトップと第一線社員を巻き込む要の役割を与える方法)を重視している。

 進化学的観点からすると、暗黙知にも形式知にも伝達される知識と、伝達されずに消えてしまう知識がある。知識の創造・活用を促すには、知識を伝達し、改良することが重要だ。

 災害に関して言えば、災害の教訓から学ぶためのテキストと、災害が起きたときに適切な決断・行動を可能にする防災訓練が決定的に重要だ。

津波から園児の命を救った「対応事例集」

 東北大震災において、宮城、岩手、福島の3県で被災した保育所は315に上り、このうち全壊や津波による流失など甚大な被害のあった保育所が28以上あった。一方で、保育中だった園児や職員で避難時に亡くなった例は山元町立東保育園だけだった。なぜ多くの保育所で、園児が助かったのか?

 その理由は、「東日本大震災被災保育園の対応に学ぶ〜子どもたちを災害から守るための対応事例集」にまとめられている。

 保育所で連携して、保育中のさまざまな状況、場面を想定した地震対応マニュアルを作成していた。このマニュアルを分かりやすく、見やすいものとするため、フローチャートと文章を組み合わせてできるだけビジュアル化していた。

 また、さまざまな災害に備えて、第4次避難場所まで想定して対応マニュアルを作成していた。そしてこのマニュアルにもとづいて園児をよく訓練していた。このため、園児たちが現場の判断でより高い位置に避難した例が多かった。

 さらに、自治体によってあらかじめ保育所に整備されていた「防災無線」を使って、自治体と連絡をとった。このような事前の周到な準備と、繰り返し実施された訓練によって、多くの園児が自らの判断で津波から逃れ、生き延びることができた。

 上記の「対応事例集」は、全国の保育関係者の間で共有されている。このようなテキストを通じて経験から学び、あらゆる事態を想定してよく訓練すること、これが防災の王道だ。

 経験から学び、事前によく準備しておけば、「想定外」という事態はそうそう起きるものではない。「想定外」という言葉は、実は想定されていた事態に対する準備不足への言い訳に使われていることが多い。

知識とビジョンが社会を変える

 私たちの理性は知識によって支えられている。理性にはさまざまな不完全さがあるが、知識にはそれを補う力がある。

 20世紀後半における心理学の発展は、理性(システム2*)の不完全さを次々に明らかにした。この点を考慮してハイトは、「象使い」(理性)ではなく「象」(直観)に語りかけることが重要だと強調した。

(*)認知システムには、日常的な判断を担当する「システム1」と、論理的に熟考する際に用いる「システム2」がある。詳しくはこちら「『リーダー脳』は手抜きしない!科学的思考の鍛え方」を参照されたい。

 一方、哲学者のジョセフ・ヒースは時間をかけて理性的判断を行うことを重視し、「スロー・ポリティクス」を提唱した。心理学者のスティーブン・ピンカーは、歴史を通じて暴力の減少に寄与した要因を調べ、理性こそが社会をより平和にする原動力だと主張した。

 生態学・進化学を専門とする私から見ると、これらの議論は実は重要な事実を考慮していない。それは私たち(象と象使い)が知識の中で生きており、そして知識は遺伝子と同様に次世代に伝達され、変化するという事実だ。

 そして知識は、紙という記録媒体が発明されて以後、豊富化・精緻化・体系化を続けてきた。最近ではPCという新たな記録媒体の普及がこのプロセスを加速している。私たちの理性や直観は遺伝子進化(ヒトの遺伝的性質の変化)だけでなく、言語による知識の進化(非遺伝的な知識の蓄積)によって発達したのである。

 この記事を書いている過程で、阪神・淡路大震災におけるNPO・NGOの活躍についてまとめた以下の報告を読んだ。1995年に都市型震災による被害を受けた神戸では、現場のリーダーに率いられた数多くの非営利法人が、後手にまわりがちな国や県の対応の穴を埋めた。彼らの活躍が、1998年にNPO法が施行されるきっかけとなった。

 私は阪神・淡路大震災後の復興に関わった経験がないが、このような報告を通じて、復興の経験を学ぶことができる。このような学びは、私たちの理性を高めてくれる。

・森田拓也『阪神・淡路大震災からのNPO・NGOの活躍と現在』

・渡辺元『NPO法の経 緯と意 義を振り返り、NPO の「いま」と「これから」を考える─法の成立・施行10年を経て─』

 言語には、「象使い」(理性)ではなく「象」(直観)に語りかける力もある。私たちは知識を学ぶことによって理性的な判断能力を高めると同時に、知識にもとづくビジョンを直観に訴えて人の心を動かし、協力性・献身性を引きだすことができる。

 最後にムアハド・ユヌス著『ソーシャルビジネス革命─世界の課題を解決する新たな経済システム』(早川書房)から未来社会への彼のビジョンを引用して本稿を終えよう。今私たちは、このようなビジョンが語られるすばらしい時代を生きているのだ。

<一見すると、世界の切迫した問題はあまりに複雑で、解決不能にさえ見える。しかし、考えてみてほしい。恐ろしい伝染病、蔓延する栄養不足、汚染された飲み水、医療不足や教育不足といった問題は、すべて世界のどこかで解決されてきた。今から20年後や50年後の世界はどうなっているだろうか? それを考えるのは確かに面白い。しかし、私はそれよりも大事な問いがあると思っている。今から20年後や50年後にどのようは世界を実現したいか? 私は、今こそ未来を受動的に受け入れるのをやめ、積極的に作り出していくべき時だと思っている。私たちは、実現したい未来を思い描くかわりに、未来予想にばかり時間や知恵を費やそうとする。・・・しかし、実世界の出来事は人々の空想によって突き動かされるものなのだ。したがって、2030年までに実現したい実現したい世界を「願い事リスト」に書きだせば、2030年の世界を描けるだろう。たとえば次のような世界だ。

・貧しい人がひとりもいない世界
・海、湖、河川、大気の汚染がない世界
・お腹を空かせたまま眠りにつく子どもがいない世界
・予防可能な病気で早く亡くなる人がいない世界
・戦争が過去の出来事になっている世界
・誰もが国境をこえて自由に移動できる世界
・誰もが奇跡の新技術を利用して教育を受けられ、読み書きができる世界
・世界の文化財を全員で共有できる世界

 幸いにも今ほど夢が実現しやすい時代はない。私たちに必要なのは、現在に未来の夢への入口を作ることだ。その入口を過去でふさいではいけない。・・・だから、この夢を信じよう。そして、不可能を可能にするために努力しよう。もし、あなたが私と同じ夢を抱いているなら・・・ぜひ一緒にこの胸躍る旅に出かけませんか>

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48243


 

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コメント
 
1. 2016年10月28日 21:24:24 : oCrAJL4UVg : BSkALVEdcgY[250]
「感動」に つけ込み弄る ハーバード 

2. 2016年10月28日 21:33:45 : 1SCwogXfyY : zoPjphQxoJE[1]
マスコミが報道する「美談」は基本的に怪しい。ほとんどが宣伝。

3. 2016年10月29日 10:58:45 : 1FBrlV2XpI : woNtHUlff20[1]
落ち目の大学ハーバードのボンボン共に何がわかるんだよ。

4. 2016年10月30日 10:12:06 : rGT9z24w76 : E1gnitVyu0E[441]
ハーバードが感動しても、私は感動しない

なぜなら、生まれ育った環境が違うし、高学歴崇拝者でもないから

それに、東北が復興しているとも思わないし、原発事故は進行中だと考えるから


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