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「こんなはずじゃなかった症候群」を防げ
「普通の人」がセカンドライフを成功させる条件
2016年10月4日(火)
河野 祥平
日経ビジネスが9月19日号でまとめた特集「サラリーマン終活 定年後30年時代の備え方」。取材班では今回の特集のために、30〜70代以上の約1800人を対象に、「退職後の生活に関するアンケート」と題したアンケートを実施した。際立ったのは、「あらゆることが不安」という生々しい声をはじめ、住宅ローンなど家計に関する不安、加齢とともに増す健康面への不安を抱える人の多さだ。30代半ばになる記者はこれまで定年退職後の自分の姿など想像したこともなかったが、30〜40代の働き盛りでもこうした不安を持つ人が少なくないことに驚いた。
定年退職後を見越した人生設計や具体的な準備の重要性は特集内でも繰り返し説いているが、実際には多くの人が漠然とした不安を抱えるだけで準備に着手できていないのが現実。だが、重要なのはしっかりした計画や準備だけではない。どのような態度でセカンドライフに臨み、何を生きる上での糧とするかという心のあり方も幸不幸を左右する。そうした意味で、記者が特に印象に残ったのが、シニア層の人材派遣を手掛けるマイスター60を通じて取材をした2人の男性だ。
1人は想定していなかった環境に置かれても柔軟に気持ちを切り替え、再就職先で活躍。もう1人は再就職によって生活にメリハリをつけながら、生涯の趣味で生き生きと汗を流していた。この2人の生き方とアンケートの結果を読み解くことで、セカンドライフの成功に必要な条件についてそのヒントを探ってみた。
「やりたいことすべて実現」は4人に1人
「起業しようと思ったが、できなかった」「思ったより早く健康を害してしまった」「思っていたより、資金のなくなるのが早い」――。これらは、今回実施したアンケートで「退職後の生活において想定と異なることがあるか」という問いに対しての自由回答の一部だ。こうした「こんなはずじゃなかった」という気持ちを抱える人が少なからずいることが浮き彫りになった。
希望をすべて実現できると考える人は少ない
質問「退職後にやりたいことが実現できると思うか」(母数=524人)
注:日経BPコンサルティングが「退職後の生活に関するアンケート」と題し、2016年8月31日〜9月5日の期間で実施。回答者の総数は1834人。男性92%、女性8%。30代2.3%、40代6.4%、50代20.7%、60代42.1%、70代以上28.7%。以下同じ
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質問「退職後にやりたいことが実現できているか」(母数=966人)
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アンケートに回答した30〜70代以上の全世代を対象にした「退職後にやりたいと考えていたことを実現できているか」という問いに、すべて実現できていると答えたのは25.1%。実現できていない理由としては資金やノウハウ、時間が不足しているというものが目立った。では、退職後にままならない現実に直面したとき、どのように身の振り方を考えればいいのだろうか。
マイスター60に登録し、現在はビルの設備管理などに従事する樋口貢一さん(67)。自動車の整備士、自衛隊、商社などを経てヤマト運輸に25年間務めた樋口さんの場合、この想定とのズレを素早い切り替えで前向きに乗り越えた。
樋口さんはヤマト運輸で営業所長などを務め、60歳でいったん定年退職。「最初は失業保険(雇用保険)をもらいながらやりたいことを考えるつもりだったのですが、給付期間の問題などから実際には難しいことが判明。そのため、すぐに次の勤め先を探し始めました」。新聞のチラシから自宅近くのコミュニティセンターを管理する企業を見つけ、再就職。「それまでの職歴とはまったくつながりのないビル管理という業務でしたが、新鮮で楽しかった」と充実した時間を過ごした。
樋口貢一さんは「前の仕事の経験を下手に持ち込まないことが良かった」と振り返る
さらに、65歳でこの会社を退職。マイスター60の存在を知り、5年間で得た経験を生かそうと設備管理の分野で働ける職場を探してもらい、現在は複合ビルの管理を任されている。「トラブルも少なく、気持ちよく仕事させてもらっている。仕事に行きたくないと思う日は1日もない」と強調する。
日々の生活費や、やりがいを求めて再就職を目指す人は多い。職場によっては自分の経験が生かせなかったり、望んでいたような処遇が与えられたりしないケースもあるだろう。だが、樋口さんは新たな職場で働く喜びを改めて見い出し、それを2度目の退職後も生かそうとしている。
再就職先で新たに資格
樋口さんは新職場に馴染もうとする努力にとどまらず、この期間を利用して設備管理に関する複数の資格も新たに取得。「元々資格マニアだったこともありますが、働くならしっかり貢献できる技能を身に着けることが必要だと考えた」と笑う。若い頃から複数の職種を経験してきたことも、思考の硬直化を防ぐことに生きているのかもしれない。
再びアンケート結果に戻ろう。セカンドライフの過ごし方として、圧倒的に多くの人が頭に思い浮かべるのが「趣味」だ。今回のアンケートでは現役世代による「退職後の生活でやりたいこと」(複数回答)、退職後世代による「退職後にやっていること」(同)で趣味を挙げた人の割合はそれぞれ67.2%、76.3%にも上った。
やりたいこと・やっていることは「趣味」が圧倒的
退職後の生活でやりたいこと(複数回答、上位5項目、母数=524人)
退職後の生活でやっていること(複数回答、上位5項目、母数=966人)
だが、これも満足できる過ごし方を実現できている人は多くはないだろう。特集にも登場した経済コラムニストの大江英樹、オフィス・リベルタス代表は「定年間際になって陶芸、登山、絵画を始める人は本当に多いが、たいていは長続きしない。5〜10年は続けたものでないと面白さは分からない」と手厳しい。
「趣味なのだから、自分のペースでやりたいことをやればいい」という意見もあるだろう。ただ、定年退職後、資金的な余裕がなかったり、親の介護などで十分な時間が使えなかったりと想定通りに趣味を満喫できるとは限らない。そこで重要になるのが、資金や時間、労力をどのように趣味とその他に振り分け、どのような「目標」を達成するかを明確にすることだ。
「今の目標は優勝することです」。こう語るのは小倉喜久男さん(67)。前述の樋口さんと同様、マイスター60を通じて再就職し、大手保険会社の研修センターで夜間受付を担当している。働き続けながら目指しているのは、漢詩や和歌を独特の節回しで吟ずる詩吟の全国大会での優勝だ。
タイで映画に出演
インキ大手の東洋インキで長年技術者として勤務した小倉さんは、米国やタイなど海外工場の工場長を務めるなど国内外の生産現場で活躍。再雇用を含めて65歳まで勤め上げた後、現在の新たな職に就いた。「若い頃から仕事とそれ以外の時間を徹底的に分けて、楽しもうと考えていた」という小倉さんは、忙しい合間を縫って詩吟や三味線といった趣味を見い出し腕を磨いてきた。
小倉喜久男さんは「海外での勤務経験を生かし、訪日外国人のおもてなしなどもやってみたい」と話す
海外での勤務が長かった小倉さんにとって、詩吟や三味線は「自分の日本人としてのアイデンティティーを支えてくれるものでもあった」。タイの工場に駐在していた時期には、同国で制作された映画「メナムの残照」の制作にも協力。同作品は太平洋戦争期のバンコクを舞台に日本海軍の大尉とタイ人女性の悲恋を描いた名作だが、小倉さんは主役の人気俳優が劇中で披露する三味線の演奏を指導、自身も出演を果たした。
この経験は小倉さんにとって、「与えられた環境に恵まれたことに感謝しつつ、自分も人生の主役として輝きたい」という気持ちを強く持つきっかけとなった。現在は週2日程度を仕事にあてつつ、使える時間を詩吟や三味線の練習に使って目標を達成すべく汗を流している。小倉さんは「体が元気なうちはもう一花咲かせようという思いを持ち続けることが大事」と話す。
若い頃から転職を経験し、柔軟に新しい職場に飛び込み努力できる樋口さん。仕事でも活躍しながら誇れる趣味を持ち続けてきた小倉さん。2人の経験や生き方は大きく異なるが、共通しているのは人生や与えられた環境を前向きに捉え、満足度を高めようとしている点だ。普通の人には真似できない特別な才能を持っているわけでもなければ、誰もが羨む金持ちというわけでもない。それでも、話を聞いた2人は本当に幸せそうだった。
大江氏と同様特集に登場した三菱総合研究所の松田智生・主席研究員は、「どこでも充実した生き方を実践できるアクティブ層に入ることがセカンドライフ成功のカギを握る」と説く。それは具体的な計画や準備に先立って、まず現在の自分の置かれた状況をプラス思考で捉え、行動するための精神的な土壌を作ることでもある。言うは易しだが、なかなか簡単なことではないのだ。
このコラムについて
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/100300320/
「65歳超えても働きたい」6割以上 16年厚労白書
http://www.asyura2.com/16/hasan113/msg/876.html
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