(耕論)若者の与党びいき 平野浩さん、安永彩華さん、山田昌弘さん 2016年9月30日05時00分 朝日新聞 1960年代や70年代、若者といえば、現状に飽きたらず、野党を応援するイメージが強かった。ところが最近は、どの世代よりも与党びいきの傾向が強まっている。何が起こっているのか。 ■記憶あるのは自民ばかり 平野浩さん(学習院大学法学部教授) 私が加わる研究者グループ「投票行動研究会」は、国政選挙ログイン前の続きでの投票行動を調査しています。先行研究と合わせ、40年以上の蓄積があります。 データでは、55年体制時代は年齢層が高いほど自民党支持率が高く、一方で若い層ほど低いという明確な関係がありました。例えば1976年には、50代の自民支持は4割を超えていたのに対し、20代は、どの世代よりも低い、2割弱にとどまっていました。 それが2009年には、20代の自民支持は3割弱に達します。50代は4割とさらに高いですが、支持する政党を答えた人に限ると、自民支持率は50代が57%、20代が58%と僅(わず)かに逆転が見られました。衆院比例区での自民党投票率も20代は34%と50代の27%を上回り、70代の38%に次いで高い率を示していました。 今年7月の参院選では、朝日新聞の出口調査で、比例区での自民への投票率は18、19歳は40%、20代は43%に達し、20代は他のどの世代よりも高くなりました。 私はよく学生たちに「君たちがものごころついたときの総理大臣はだれですか」と尋ねます。現在は、ほぼ小泉純一郎さんです。小泉政権の誕生は、いま20歳の人が4、5歳の時です。郵政選挙で大勝した人気者の小泉総理が彼らの記憶の原点なのです。 彼らが10代の時に民主党政権への交代がありましたが、その評価は、今に至るまで全くダメですよね。米国には、予期せぬサメの襲来による被害があった町では、現職大統領の支持率が低下したという研究があります。悪いことが起きると、その記憶が政権の評価に結びつくというわけです。民主党政権時には東日本大震災とそれに伴う原発事故がありました。地震は民主のせいではないし、原発を推進してきたのもむしろ自民ですが、有権者の頭の中では、悪い記憶が民主と結びついている。そう考えると、今の若い世代に自民支持が多いのも不思議ではありません。 また、昔から同じ名前の政党は自民、公明、共産ぐらいです。若い人には「保革対立」のリアルな記憶もない。この十数年、有権者への露出度は自民が高く、記憶の質も量も圧倒的に自民です。極端に言えば、若い有権者は自民を選んでいるというより、自民以外はよく知らないという状況なのだと思います。 55年体制時代は、自民支持が減った分は、野党支持には回らず、「支持政党なし」が増えていました。2000年代にだけ、自民支持が減ると、その分民主支持が増えていました。最近は再び、自民支持が減ると、民進支持には回らずに「支持政党なし」が増える状態で、55年体制時と同じ状況に戻りました。若い世代の意識をみると、この状態がしばらく続きそうです。(聞き手・吉沢龍彦) * ひらのひろし 59年生まれ。専攻は政治過程論。著書に「変容する日本の社会と投票行動」「有権者の選択」など。 ■事なかれ教育、追認あおる 安永彩華さん(高校3年生) フェイスブックの音声通話機能などで10代が意見を交わす「ぼくらの対話ネット」に参加しています。校則について議論したとき、「日本では規則に疑問を持たなくなる教育をやっていると思う」と発言しました。 中学の時、「前髪が長すぎる」と言われた子が「先生だって長いのに」と反論すると「何を言っているのか」と叱られたんです。「なんで?」と聞いても、理由は説明してもらえず「なんでも」と返される。最終的には、内申書に響くのが嫌で黙ってしまう。やがて、そういうものだと疑問を持たなくなります。 主権者教育にも同じように感じるところがあります。先生は特定の政党を取り上げるのはよくないと恐れすぎていて、何にも触れなくなっているように見えます。聞いている生徒はよく分からず、疑問を抱かなくなり、現状を追認することが多くなるのではないでしょうか。だから政治について問われると、現状の与党を支持する動きにつながるのではないかと思います。 今回、私は17歳なので7月の参院選では投票できませんでしたが、18歳になっていた同級生に「投票先をどう選んだの」と聞いてみました。 私のクラスだけで言うと、与党よりも民進党を選んだ人の方が多かったみたいです。民主党政権時代に高校教育が無償化されましたよね。私たちの一つ上の学年まで授業料は全員ただでした。ところが自民党政権で所得制限が設けられました。授業料を払うにしても払わないにしても書類を出す必要がある。面倒になったという理由で民進党を選んだ人が結構多かったです。 「親と話をしながら、どこに投票するかを考えた」という人もいました。 テレビなどでは、民主党政権の時代は東日本大震災もあってよくなかったよねと言う人をよく見ます。民主党の時代には戻りたくないと言う話も聞きます。それと安倍首相のリーダーシップはすごい。批判されても頑張っている。そんなところにひかれた人もいるのではないでしょうか。 情報がなくて苦労したと思います。受験勉強や部活、バイトが忙しくて、政見放送を見る時間はなかった。みな、ツイッターやフェイスブックはやっています。ツイッターには野党を過激に批判する意見が結構あり、「この話は絶対違うと思う。民進党が嫌いなだけだと思うんだけど、こんな情報しか入ってこない」と言っている人もいました。 新聞社やテレビ局のニュースサイトを見ると、携帯電話の通信量を使います。通信制限もあるので、まずはツイッターでチェックして気になるニュースだけを見るぐらいの人が多いことも、若い人たちの与党支持につながっているのではないでしょうか。(聞き手・吉沢龍彦) * やすながさやか 98年生まれ。北九州市の福岡県立小倉高校3年生。校内では生徒会活動に取り組み、図書委員長を務めた。 ■夢なきプチ満足、保守欲す 山田昌弘さん(中央大学文学部教授) 若者は現状を打破する政党を支持し、中高年は現状維持の保守を支持する、というのは1980年代までで、今は幻想です。生活満足度の調査では、いまの20代は8割が満足と答える。だから与党に投票するのです。 20代の満足度は、40、50代はおろか70代以上も上回り、全世代で最高です。70年ころまでは一番低かったのと比べると、大きな変化です。 なぜか。結婚するまで親と同居する「パラサイト」(寄生)が増え、今や独身者の8割。親が住居費を負担し収入の割に可処分所得は大きい。学卒後は別居するのが普通の欧米と決定的に違います。 将来について、日米独韓など7カ国の比較調査で、日本の若者は「将来に希望を持っている」が6割、「社会は変えられると思う」は3割で、いずれも最低です。少子高齢化で成長は望めず、年金も危ういとか不安なニュースばかり。他の政党も新しい社会のモデルを提示してくれない。若者に社会の将来に希望を持てというのは無理でしょう。 横軸に「現状に満足か不満か」、縦軸に「将来に希望があるか悲観的か」という4象限グラフを描きます。現状に不満で未来に希望を持つ人は「革新(ラジカル)」。貧しいが成長に期待が持てた80年代までの若者です。現状に満足で将来に希望がある人は「進歩(リベラル)」。昔の自民党支持者です。現状に満足だが将来に悲観的なのが「保守」。今の日本の若者です。最後が現状に不満で将来にも希望がない「反動」。トランプ現象など右傾化する欧米の若者がここに入ります。 足元を見れば、日本人に最も大切な、安定した人並みの生活への近道は「男性は正社員、女性はその妻になる」。正規雇用は3分の2、非正規が3分の1となり、高度成長期なら誰でもなれた正社員は今や既得権です。私は将来、日本に3分の2と3分の1の分断が起きると思います。 大学生の8割は一括採用で正社員になれる可能性があるから、懸命に就活する。女性の一部は正社員の夫を得ようと婚活に邁進(まいしん)する。みんなが3分の2に入りたい。既得権者の仲間入りという意味では両者は同じなのです。一度既得権の外に出ると、やり直しがきかないのも日本の特徴ですから、みんなしがみつく。 そして与党は既得権を体現している。現状を大きく変えず、経済を強化する政策を打ち出している。正社員への間口を少し広くする政策ですから若者が与党びいきになるのは何の不思議もありません。 学生が欲しいのは「プチ満足」。日々接して痛感します。大それた夢を持たず、正社員になってパラサイトし、将来は家庭を築いて親と同程度の暮らしを得るのが目標。この基本構造が変わらぬ限り若者の保守的傾向は続くと思います。(聞き手・畑川剛毅) * やまだまさひろ 57年生まれ。専門は家族社会学。2008年から現職。「パラサイト・シングル」「婚活」の命名者。著書に「家族難民」など。 http://www.asahi.com/articles/DA3S12584121.html
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