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またも、スワップで日中を天秤にかける韓国
早読み 深読み 朝鮮半島
「通貨の戦い」を真田幸光教授と読む(2)
2016年9月16日(金)
鈴置 高史
スワップ再開の「日韓合意」は、前に進むのか(写真:ロイター/アフロ)
(前回から読む)
通貨スワップで日本と中国を天秤にかける韓国。でも、今度はそんなに上手くいくのか――。愛知淑徳大学の真田幸光教授と検討した。
「反日条項」は効果的
真田:「5年前、韓国は通貨スワップを『食い逃げ』した」という記事を読みました。そこで鈴置さんが、日韓スワップの契約期間を短くする――韓国に頻繁にロールオーバー(乗り換え)を強いるというアイデアを語りました。
真田 幸光(さなだ・ゆきみつ) 愛知淑徳大学ビジネス学部・研究科教授(研究科長)/1957年東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒。81年、東京銀行入行。韓国・延世大学留学を経てソウル、香港に勤務。97年にドレスナー銀行、98年に愛知淑徳大学に移った。97年のアジア通貨危機当時はソウルと東京で活躍。2008年の韓国の通貨危機の際には、97年危機の経験と欧米金融界に豊富な人脈を生かし「米国のスワップだけでウォン売りは止まらない」といち早く見切った。
「期間を3カ月とか半年に限っておき、天皇陛下を侮辱するなど卑日・反日をしたらスワップは延長しない」というこの手法は極めて効果的だと思います。スワップの契約に「反日したら中断する」との停止条項を謳っておくのも大いに意味があります。
韓国が日本に寄ってきたのも「中国を怒らせたのでスワップが消滅する」との恐怖からです。これを見ても「短期契約」「反日条項」の効果が十二分にあることが分かります。
鈴置:日韓スワップはこれまで、自国通貨を貸し合う「円ウォンスワップ」が基本でした。しかし今回、韓国はドルを貸し合う「ドルスワップ」を結んでもらおうと必死になっているようです。なぜでしょうか。
「不平等だった」と不満
真田:韓国は今、とにかくドルが欲しい。日本円でもいいのだけれど、交換せずにそのまま使えるドルスワップの方がよりいい。
通貨危機が再燃するかもしれないのに、2国間のスワップは人民元含めローカルカレンシーばかり、という奇妙な構造だからです(「韓国のスワップ」参照)。
韓国の通貨スワップ(2016年9月15日現在)
相手国 規模 締結・延長日 満期日
中国 3600億元/64兆ウォン(約560億ドル) 2014年
10月11日 2017年
10月10日
UAE 200億ディルハム/5.8兆ウォン(約54億ドル) 2013年
10月13日 2016年
10月12日
マレーシア 150億リンギット/5兆ウォン(約47億ドル) 2013年
10月20日 2016年
10月19日
豪州 50億豪ドル/5兆ウォン(約45億ドル) 2014年
2月23日 2017年
2月22日
インドネシア 115兆ルピア/10.7兆ウォン(約100億ドル) 2014年
3月6日 2017年
3月5日
CMI<注> 384億ドル 2014年
7月17日
<注>CMI(チェンマイ・イニシアティブ)は多国間スワップ。IMF融資とリンクしない場合は30%まで。
資料:ソウル新聞「韓国の経済体力は十分」(2015年2月17日)
そこで韓国は「対等な形の新たな通貨協定」という名分を掲げ、ドルスワップを日本に要求しだしたのです。
でも、この言い方は日本の金融関係者を不快にさせました。従来の日韓スワップこそ、日本にとって不平等なものだったからです。
日本が通貨危機に陥る可能性はまあ、ないでしょう。が、仮にそうなった際、韓国から世界で使えないウォンを貰っても何の意味もない。
従来の円ウォンスワップは、日本から韓国への一方的な恩恵でした。それを「不均衡」つまり「不平等」と言い募るとは、不愉快千万。これだけははっきり言っておきたい。
日経に反撃した?朝鮮日報
鈴置:韓国政府は「頭を下げてまで日本にスワップは頼まない」と胸を張っていた。しかし、ついに頭を下げる羽目に陥ったので、メディアの批判を何とか避けなくてはならない。
そこで「これまでの不平等を是正するためにスワップを結ぶ」との言い訳を考え出したのでしょう。
「不愉快千万」と言えば、朝鮮日報の社説「韓・日通貨スワップ再開、危機への防波堤は高く積み上げるほどよい」(8月29日、韓国語版)に不快感を覚えた日本人もいました。
「今回の合意に対し、日本国内で『韓国がメンツを捨て実利を取った』との声が出るのは望ましくない」と日本を説教したのです。
この社説は日経の記事「韓国、メンツ捨て打診」(8月28日)を意識して書かれたと思われます。「韓国がメンツを捨てた」のは事実ですから、朝鮮日報から「望ましくない」と叱られても困ってしまいます。
真田:朝鮮日報の日本語版にもその社説は載りました。金融関係者を含め多くの日本人が読んだと思います。本当にがっくりしたというか、呆れたという感じです。あれはどういう神経なのですかねえ。
鈴置:ご存知のように韓国人はメンツを失った時、頭をかくのではなく肩をそびやかします。そのノリでしょう。「俺をなめるなよ」というわけです。
ことに朝鮮日報は「日韓スワップ不要論」を主導してきました。日韓の2国間のスワップが全て終了した時の社説の見出しが「韓日通貨スワップ、恋々とせずに米・EUチャネルを開け」(2015年2月18日、韓国語版)でした。
それだけに「なあんだ。結局、日本のスワップに恋々としているじゃないか」と日本人に笑われると恐れたのでしょう。
日中を競わせる
真田:2015年3月の対談「『人民元圏で生きる決意』を固めた韓国」でも、鈴置さんは「恋々とするな」社説に触れていましたね。
鈴置:「日本は無視して米国やEUとスワップを結べばいい」というのがこの社説の主張でした。
当時の対談で真田先生は「米欧からスワップを取り付けるのは、口で言うほど簡単ではない」と指摘されました。先生の予想通り、韓国は米国やEUから相手にされなかったわけです。
もう1つ質問です。今年8月27日に日韓スワップが合意された時、韓国政府は「詳細は年末までに決める」と言いました。悠長な話です。
やはり、中韓スワップをにらんでの発言と見ていいでしょうか。これは2017年10月10日に終了します。残りの期限が1年を切りかけたので、韓国は延長交渉に入りたいのでしょうが。
真田:そうだと思います。韓国はいざという時にスワップを中国が発動してくれないうえ、延長にも応じてくれないのではないか、と気を揉んでいます。
そこで、中国に対し「スワップを延長してくれなければ、あるいは悪い条件を持ち出すなら、日本だけと結んでしまう」と言える態勢を整えたのだと思います。
でも、日本とあまり早くスワップ再開を決めると「日本カード」の効果が薄れます。ものすごくいい条件で結んでもらえるならともかく。中国から「日本にスワップを結んでもらったのなら、ウチのスワップはもう、要らないだろう」と突き放されたら、まずいからです。
一方、日本に対しても「変な条件を付けるならスワップは要らない。中国に助けてもらうから」と言うつもりでしょう。韓国は同時並行的に日本、中国とスワップ交渉を進め、両国を操る作戦と思われます。
属国に舐められたら……
鈴置:韓国人は「スワップも二股が有効だ」と信じていますからね。2008年10月、韓国は米国から300億ドルのスワップを付けてもらいました。でもウォンの急落は止まらず、日本と中国に助けを求めました。
当時、東京特派員だった朝鮮日報の鮮于鉦(ソヌ・ジョン)論説委員が「中国支配論、日本支配論」(2008年12月7日、新聞は翌8日付、韓国語版)を書いています。主張は以下です。
• 中国が韓国を支配するのを日本人は恐れている。通貨危機にあたってもそれを利用し日中の間で賢く動けば、韓国はより多くの国益を引き出せる。
要は、日本に頭を下げなくとも「中国から人民元を借りるぞ」と脅せば、日本はスワップに応じると説いたのです。
2008年の通貨危機も2011年の危機も、日中を競わせ双方からスワップを得ることに成功した、と韓国人は自信を持っています。「2016年もまた同じ手口で」と考えているのは間違いありません。
真田:でも、中国を日本との天秤にかける韓国のこの態度こそが、中国の逆鱗に触れるのです。
鈴置:中国は韓国を明らかに朝貢国扱いするようになっています。属国から天秤にかけられたら、宗主国のメンツは丸つぶれです。この点が2011年までとは異なります。
「誠実な友」より「怖いボス」
真田:スワップに限らず、韓国は「コウモリ」外交をやり過ぎました。皆から嫌われる国になったのです。その結果「好きに1人で遊んでいろ」と無視されるようになってしまいました。
私は韓国の友人に言っています。「韓国の周りの国で、どこが一番誠実な対応をする国か考えるべきだ。それは日本ではないか」と。しかし、こうした声に耳を貸す人はまずいません。
韓国に国際金融の専門家は極めて少ない。もちろん、ごく少数の専門家は日本の重要性を理解しています。でも、彼らの意見は政権に入れられない。
鈴置:韓国人が求めているのは「誠実な友人」ではなく「力のあるボス」だと思います。怖い国だろうが自分を保護してくれればいい。核兵器も持たず経済の比較優位も衰える日本とは、いくら誠実だろうと組む気はしないのでしょうね。
韓国紙に「今回の日韓スワップにより中国を怒らせないか」との懸念を訴える記事が散見されます(「5年前、韓国は通貨スワップを『食い逃げ』した」参照)。
THAAD(=サード、地上配備型ミサイル迎撃システム)でおかしくなった中国との関係を何とか修復し、中韓スワップを恒常的な装置にすることがベスト、と考えている韓国人が多い証拠です。彼らにとって日本とのスワップは、そこへ至るまでの「つなぎ」に過ぎません。
真田:その意味でも、スワップ交渉で日本の出す条件を韓国がのむかどうかが、リトマス試験紙になります。世界のどこに位置したいのか、韓国の本音が分かります。韓国も、日本がどんな条件を出してくるか、見守っていることでしょう。
北リスクは「実戦配備」次第
鈴置:しかし韓国は「日韓スワップは年末までに決める」などと、のんきなことを言っていていいのでしょうか。先週末(9月9日)からマーケットが動揺しています。株とウォンが売られました。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/091200069/KOSPI.JPG
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/091200069/WON.JPG
9月9日の北朝鮮の5回目の核実験。韓進海運破綻の世界的な悪影響の広がり。サムスン電子のスマホの相次ぐ発火事件……。
米利上げと対中関係の悪化というこれまでの悪材料に加え、8月末から新たな不安要因が国内外で噴出しています。
真田:まず、北朝鮮問題。韓国の企画財政部が5回目の実験直後に「国内外の金融市場および実体経済に与える影響は大きくない」との認識を示しました。
国際金融市場で、韓国への貸し渋りなどの動揺は顕在化していません。今のところは「実体経済に与える影響は限定的」と見てよいと思います。
しかし、北朝鮮は核開発の進展と同時にミサイル発射能力の向上も具現化しています。北朝鮮の潜在的な脅威が増していることを見落としてはなりません。
鈴置:これまで、北朝鮮リスクが韓国の金融市場に及ぼす影響は短期的だった。でも、北の核武装が明確になったら話は異なる――ということですね。
ロシアを北包囲網に取り込め
真田:その通りです。留意すべきは、ミサイルや潜水艦などで北朝鮮の軍事力強化を技術面で支えているロシアです。
地政学的リスクの顕在化を阻むうえからも「日米中露と韓国」が連携した「平和を求める北朝鮮包囲網の構築」が不可欠です。とりわけ「米中連携」は重要です。
その米中連携を基に「ロシアの北朝鮮に対する関与」をしっかりと牽制しないと「北朝鮮の軍事力を含めた潜在的なリスクの上昇」は食い止められません。
米中が本当の「大国の威信」を示し、覇権主義ではなく大局的な視点からの国際連携を進化させることができればいいのですが……。
鈴置:もう1つ、韓国を揺らすのが8月31日に韓国の海運最大手、韓進海運が破綻したことです。債権団の傘下で経営再建を模索していた会社が「法廷管理」を申請――つまり見捨てられた以上、再建が容易に進むとは考えにくい。
韓進海運の庸船は世界の所有者によって続々と差し押さえられています。外国の海運関連企業への借金も抱えていて、自社船だろうと世界の港に入るのが難しくなった。荷揚げもできません。
荷主から莫大な賠償金を請求される可能性がある。そのうえ、韓国の輸出入にボディーブローのように悪い影響が及ぶと見られています。
唖然とした「韓進」処理
真田:韓国政府による韓進海運の破綻処理は、国際金融市場への余波を全く考えていないものでした。ハシゴを外すような破綻処理は、とうてい理解できません。
いったい何を考えているのか、首をひねったのは私だけではないでしょう。政権と韓進グループの間で何かトラブルがあったのではないかとの穿った見方すらあります。
鈴置:この破綻が、通貨危機の伏線になりませんか。
真田:もちろん、これに端を発する韓国リスクの顕在化の可能性は否定できません。国際金融市場は政府、韓進グループ、金融界の出方をもう少し見極めてから、評価を固めるでしょう。
鈴置:ある韓国の識者から「だんだん1997年に似てきた」と不安を打ち明けられました。国際通貨基金(IMF)に救済されるに至った激しい通貨危機にまた、襲われるとの恐怖です。
真田:1997年当時と比べ、韓国の国家全体の「外貨繰り」は相対的にいい状況にあります。だから「今回は大丈夫」と安心する韓国人が多いのも事実です。
欠如する指導力
鈴置:確かに、そこが1997年や2008年とは異なります。韓国の通貨危機は経常収支や貿易収支が赤字か、黒字であってもそれが急速に減る時に起きました。でも2012年頃から、経常・貿易収支の黒字体質が定着しました。
ただ、韓国人が1997年を思い出すのも無理ありません。当時の通貨危機は「内憂外患」の結果でした。中堅財閥の相次ぐ破綻で金融システムが不安視されたところに、国際的な投機資本がウォン売りを仕掛けました。
今も、海運・造船などゾンビ企業の延命措置が限界に達した。韓進海運の破綻はその象徴です。「内憂」はそれだけではありません。家計の不良債権も膨れ上がっている。景気てこ入れのため、不動産活性化策ばかり行った結果です。
労働人口がピークアウトするなど、韓国経済はこれから少子高齢化の下り坂に差し掛かります。昔とは異なり、不動産価格をつり上げることで景気は良くならず、むしろ危機のタネをまく形になっています。
最も1997年に似ているのは政権の無責任さです。韓進海運を破綻させれば、あちこちで問題が噴出することは明らかでした。でも、朴槿恵(パク・クンヘ)政権は指導力を全く発揮せず、破局に突っ込みました。
この政権はスタート当初から、青瓦台(大統領府)と官庁の間の意思疎通が極めて悪いと批判されてきました。2018年2月の任期終了が迫るほどに、それがますますひどくなった感じです。
国際金融に疎い朴政権
真田:1997年秋も同じでした。1998年2月に退任することが決まっていた金泳三(キム・ヨンサム)政権は、東南アジアで吹き荒れる通貨危機の暴風が韓国に迫るというのに、有効な通貨防衛策をとりませんでした。
鈴置:当時を知る人によると「国が危機にある」との情報を金泳三大統領に上げる人がいなかったのだそうです。二股外交や韓進海運など各方面の相次ぐ「破綻劇」を見るに、現在も「不快な情報」が大統領に上がっているとはとても思えません。
真田:まさにご指摘の通りです。国際金融市場でのドロドロとした駆け引きをきちんと理解したうえで、厳しいアドバイスができるプロが韓国政府に必要です。
先ほど申し上げたように、韓国にも国際金融のプロが少数ですがいる。今こそこうした人材を重用し鳥瞰的、複眼的に戦略を立てるべきと思います。
しかし、彼らを大事にする雰囲気が、韓国政府中枢には薄いように思われます。これから際どい局面に突入するというのに、そんな気配もないのです。
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『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』に続く待望のシリーズ第8弾。6月13日発行。
このコラムについて
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
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