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2016年は新聞が天国に旅立った年として記憶されるかもしれない。(写真はイメージ)
2016年は“新聞が死んだ年”になってしまうのか 「米国新聞協会」が改称、ついに消える「新聞」の文字
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47873
2016.9.14 古森 義久 JBpress
<「新聞って、何だったの?」 これから数十年後、あなたは孫にこんな質問をされるかもしれない>――。
こんなショッキングな書き出しの記事が「ニューヨーク・タイムズ」(9月5日付)に掲載された。
その記事はさらに以下のように続いていた。
<あなたはその孫に2016年9月7日という日付を教えてあげてもよいだろう。この日こそが、私たちがそれまで知っていた米国の新聞が集中治療室を出て、痛み止めだけの末期治療を施され、天国への旅路についた日となったかもしれないからだ>
■「新聞」という言葉の意味がなくなってきた
この記事は、「米国新聞協会」が9月7日をもってその名称を「ニュースメディア連合」に変えることを報じていた。
米国新聞協会は1887年の創設以来、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストなど世界的に著名な大手新聞から全米各地の中小の地方紙までが加わり、巨大な影響力を誇ってきた。
ところが米国新聞協会は130年近くの歴史を経て、ついに名称から「新聞」という言葉を外すことになった。この決定はもちろん全米の各メディアに報じられた。
理由はいうまでもなく、新聞の衰退、インターネットの成長である。2008年に約2700あった米国新聞協会の会員は、現在、約2000にまで減少しているという。
米国新聞協会のデービッド・チャバーン会長は名称変更の理由について次のように説明した。
「大手新聞をはじめ大多数の会員が、印刷した新聞だけではなくネットなどから多くの収入を得ている。そうした現状において、『新聞』という言葉の意味がなくなってきた。同時に、ニュース報道の業界を『新聞』という言葉でまとめることが難しくなってきた。紙の新聞を読む人よりも、ネット版のビューワー(見る人)の方が多くなってきたのだ」
■日本でも米国でも新聞は衰退の一途
これまで米国では、紙の新聞を持たないネットメディアは米国新聞協会への参加が認められなかった。だが、今やネットメディアの方が伝統的な新聞よりも読者を多く引きつけているという現実がある。
長年新聞記者として働いてきた者として、私はこの米国での動きにきわめて複雑な思いを抱く。
私は毎日新聞と産経新聞で半世紀ほど記者活動を続け、現在は産経新聞のワシントン駐在客員特派員を務めている。今も仕事は新聞記者である。だから、今回のニューヨーク・タイムズの記事のような「やがて新聞は消えてなくなる」とか「新聞というのが何かをも知らない世代が出てくる」という話を聞いて嬉しいはずがない。
日本でも米国でも新聞の衰退が叫ばれるようになって久しい。ワシントンと東京を往来する私は、両国で新聞の斜陽ぶりをさんざん目の当たりにし、実感させられてきた。
特に地方紙の数が多い米国では、ここ20年ほどの間に中小新聞が多数消えていった。大手の中には、いちはやくデジタル化に成功し、ネット版の利益を着実に上げて紙の本体も健在というウォール・ストリート・ジャーナルのような新聞もある。一方で、ワシントン・ポストなどは経営不振に悩み、売りに出されて、現在はアマゾンの会長がオーナーとなっている。
日本でも新聞の衰退や消滅が語られるようになってずいぶんと長い歳月が過ぎた。東京の電車の中で新聞を読む人がほぼ皆無になったのはいつの頃からだろうか。大手紙の販売部数の減少は目を覆うばかりである。
■新聞は今も「社会の木鐸」だが・・・
だが、それでも日本の新聞はニュースメディアの主軸として健在である。死にそうに見えて、決して死にはしない。私は最近、日本の新聞をそう捉えている。
前述のニューヨーク・タイムズの記事の筆者、ジム・ルーテンバーグ記者は、米国の新聞とネットメディアをこう比較する。
新聞が、政府の腐敗をニュースにするなど公益にかなう報道を続けるのに対して、ネットメディアは娯楽性が強く、情報に信憑性がない。ネットメディアにとっては、ニューヨーク市庁の汚職の追及よりも、タヌキとネコに似た珍動物の登場の方が価値が高いとされる──。
日本でも同様の傾向は指摘できるだろう。ネットメディアを運営する組織のほとんどは、ニュースメディアと名乗りながら、独自に取材をして情報を集める機能を有していない。情報を集めても、ニュースとしての価値を総合的に判断して論評するメカニズムもない。公益に資する「社会の木鐸」としての機能は、いまだに新聞にはかなわないと言ってよい。
とはいえ新聞は、社会の公器としての役割がいかに貴重であっても、経営収支が改善されなければ存続できない。だから、どうしてもネット事業に頼っていかざるをえない。
新聞は、これからますます暗くて寒い冬の季節に突入していく。米国での今回の動きは、まさにその現実を象徴する出来事であった。
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