繰り返した核の暴挙 廃絶の機運に冷や水 オバマ氏訪問の広島、憤り 北朝鮮核実験 2016年9月10日05時00分 朝日新聞 北朝鮮が9日に実施した5回目の核実験は、オバマ米大統領の被爆地・広島への訪問で盛り上がりを見せていた核廃絶への機運に、冷や水を浴びせる形となった。被爆者らは核兵器の悲惨さが伝わらないもどかしさを訴え、在日コリアンや拉致被害者家族も北朝鮮の相次ぐ挑発行為に怒りを見せた。 「許せん」。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の坪井直(すなお)さん(91)は9日、核実験への怒りをあらわにした。広島を初訪問したオバマ米大統領と握手を交わしてから3カ月余り。核兵器を広島・長崎に投下した超大国の首脳とふれ合い、核廃絶の機運が高まったと感じていた矢先だった。 「オバマ訪問」を受け、広島の被爆者7団体が初めて共同し、核廃絶を求める国際署名活動にも取り組んでいる。悔しさが募り、「はらわたが煮えくりかえる。こんちくしょーという思い」と声を絞り出した。 1999年には北朝鮮を訪れ、原爆の悲惨さを訴える写真展などを通じて現地の被爆者らと交流したこともある。「北朝鮮に日本政府からしっかり注意してほしい。国連を通してでも」 広島市中区の広島平和記念資料館(原爆資料館)では午後4時半、北朝鮮による4度目の核実験からの日数「247日」を表示していた地球平和監視時計の表示を「0」にした。ボタンを押した志賀賢治館長は「原爆がどのような結果をもたらすかわからないから繰り返される。ここに来て71年前の惨状を知ってほしい」と語った。 被爆者団体など12組織による「核兵器廃絶広島平和連絡会議」の85人は午後6時ごろから、広島市の平和記念公園で「ヒロシマからすべての核実験に強く抗議する!」と書かれた横断幕を掲げ、約30分間、無言の抗議をした。 長崎市の平和公園では毎月9日、被爆者らが座り込みをして核兵器廃絶を訴えている。この日は核実験に抗議する横断幕を急きょ掲げて行った。田中安次郎さん(74)=長崎市=は「もっと被爆の実態を知らしめるべきで、広島・長崎から発信していかないと」と話した。(高島曜介、山野健太郎) ■祖国統一の願い、裏切り 在日コリアン 核実験を受け、在日コリアンや拉致被害者の家族も憤りを見せた。東京都内の在日コリアン2世の男性(78)は「在日コリアンは一日も早い朝鮮半島の統一を願っているのに、また核実験を繰り返したことには怒りしかない。一向に統一に向かわない中での核実験は、さらに状況を悪化させるだけだ」と話した。 脱北者の支援団体「北朝鮮難民救援基金」(東京都)の加藤博理事長(71)は「日本国民は、北朝鮮の核実験やミサイル発射が続くほど反感や怒りを募らせる」と指摘。「核実験への反発で、外貨を稼ぐため外国で働く北朝鮮の人たちを受け入れない国が出てくる可能性もある。そうすれば北朝鮮の経済や体制が弱体化し、脱北者が増える可能性もある」 一方、拉致被害者の田口八重子さんの兄で、拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さん(78)は「拉致問題では、家族も精神的に我慢の限界を過ぎている。核実験が騒ぎになっている中でも、先行して取り組んでほしい」と話した。 拉致被害者、市川修一さんの兄健一さん(71)も「拉致問題の解決にも大きな影響が出るのではないかと懸念している。人の命に関わることなので最優先に取り組んでほしい」と述べた。 ■民間交流継続を・禁止条約が不可欠 識者 被爆地を拠点に「核なき世界」への道を探る研究者らは、今回の核実験がもたらす悪影響を懸念する。 「国際社会は核廃絶の取り組みを後退させず、粘り強く対応すべきだ」。広島市立大広島平和研究所副所長の水本和実教授は、北朝鮮や関係国との新たな交渉の場を模索すべきだと指摘する。 北朝鮮は「核弾頭の威力を判定する」実験だと発表したが、水本さんは「ミサイルに搭載できるまで実用化したかどうかは慎重に判断すべきだ」と述べ、「『ならず者国家』と侮ってはいけないし、踊らされてもならない。民間レベルでは、平和と信頼関係を保ち、交流を続けていくことが大切だ」と強調する。 長崎大核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授は、「時間がたてばたつほど北朝鮮の技術が向上し、状況が悪化することは目に見えていた」と指摘。北朝鮮が体制維持のために核を手放さず、米国なども北朝鮮の脅威を背景に核軍縮を進められない「負のサイクル」になっているとし、「核に依存する安全保障政策を変えていかないと、現状は変えられない」と話す。 国連の核軍縮作業部会は8月、核兵器禁止条約に向けた交渉を始めるよう国連総会に勧告。これを受けて、10月にも核保有国も加わる議論が始まろうとしている。中村さんは「核保有国や核の傘に頼る国々は、(北朝鮮の核実験を)条約に反対する根拠に使ってくる」と懸念しつつ、「先の長い話になるかもしれないが、禁止条約を作ることで北朝鮮の姿勢を変えるしかない」との見方を示す。(岡本玄、山野健太郎) ■ペンクラブも非難 日本ペンクラブ(浅田次郎会長)は9日、「北朝鮮の核実験を強く非難する」と題する声明を出した。「私たちは愚かな戦争の果てに二度の被爆を体験し、核兵器の非人道性を目の当たりにした。私たちはいかなる国や政府であれ、こうした破壊的兵器の開発と実験を行うことに反対する」などとしている。 http://www.asahi.com/articles/DA3S12552458.html
|