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絶望の日本刑事司法ー(植草一秀氏)
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9th Sep 2016 市村 悦延 · @hellotomhanks
日本の刑事司法は腐敗している。
刑事司法の第一の鉄則は
「冤罪の防止」
である。
しかし、これは教科書的な鉄則に過ぎず、現実にはこの原則は存在しない。
「冤罪の防止」
は
「無辜の不処罰」
とも言われる。
「無辜」
というのは
「罪のない者」
のことだ。
「無実の人間を処罰してはならない」
これが刑事司法の鉄則だが、現実は違う。
「たとえ10人の犯罪者を取り逃がしても、1人の無辜を処罰してはならない」
が「無辜の不処罰」だが、現実には
「たとえ10人の無辜を取り押さえても、1人の真犯人を取り逃がしてはならない」
というのが現実である。
犯罪者を一人残らず検挙するには、「疑わしきは罰す」の原則で、
無辜の者が処罰されることはやむを得ない。
これが現実と言われる。
これでも問題だが、日本の現実はさらに異なっている。
私は日本の刑事司法の根本的な問題を三つに整理して示している。
第一は、警察、検察に不当に巨大な裁量権が付与されていること、
第二は、日本の刑事司法において基本的人権が尊重されていないこと、
第三は、法の番人であり、人権を守る砦であるはずの裁判所が警察・検察と一体化し、
権力機関と化してしまっていること、
である。
刑事訴訟法は第1条に次の条文を置いている。
第一条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、
事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
ここにある
「個人の基本的人権の保障」
が全うされていない。
また、
「刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」
ことも実現していない。
現実は刑事訴訟法の目的を実現するものになっていない。
第一の問題点の「不当に巨大な裁量権」とは何か。
端的に言うなら、
「無実の人間を犯罪者に仕立て上げる裁量権」
と
「犯罪者を無罪放免する裁量権」
である。
この裁量権が「恣意的に」活用されている。
その目的は
「人物破壊」
と
「利権」
である。
この「裁量権」が警察、検察の最大の「利権の源泉」である。
一つの具体例は、多くの企業が警察、検察OBの天下りを受け入れていることだ。
この現実が厳然と存在している。
一般の事案に関しては通常の警察、検察の役割が果たされることが多いが、
「人物破壊」
と
「利権」
に絡む分野では、日本の刑事司法は完全に破綻している。
法治国家と言えぬほど破綻している。
「絶望の腐敗国家」
と言うほかはない。
無実の人間を犯罪者に仕立て上げることは簡単だ。
すべての取り調べが密室で行われる。
この密室で犯罪を「創作」してしまえばいいのである。
密室で「創作」された「犯罪」は「台本」によって法廷で演じられる。
法廷における「証言」は第一級の「証拠」とされるのだ。
「無」から「有」を生み出すことができる。
このねつ造された「証拠」に反する決定的な証拠が存在しても、それをもみ消すこともできる。
無実を証明する決定的な「証言」が法廷で示されても、それを無視して判決を書くこともできる。
こうして、無実の人間が犯罪者に仕立て上げられる。
こうした、人為的な犯罪捏造は、特殊な「人物破壊工作」として実行されるから、
事例としてはそれほど多く存在するものではない。
数が少ないから、闇のなかで平然と実行される。
オランダの政治学者カレル・ヴァン・ウォルフレン氏が
『誰が小沢一郎を殺すのか』(角川書店)
に
“Character Assassination”
という言葉を用いた。
「人物破壊工作」
の原語である。
欧米では政治的な敵対者を抹殺する手法として、物理的な暗殺と並び、
「人物破壊工作」
=“Character Assassination”
が用いられることが知られていることを紹介した。
この著書によって、日本においても人物破壊工作が行われていることが、少しずつ認識されるようになった。
小沢一郎氏や鳩山友紀夫氏が人物破壊工作の標的とされたわけだが、
私自身もまさに人物破壊工作の標的とされたのだと理解できる。
上述の密室における「犯罪の創作」は、
「取り調べ室の密室性」
によって支えられている。
「取り調べ室の密室性」
で問題になるのは被疑者の取り調べだけではない。
警察当局が犯罪を「創作」する際に、必要不可欠になるのが、
「被害者」の供述であり、
「目撃者」の供述であり、
現場に居合わせた「関係者」の供述であり、
さらに警察当局は
身内の「警察官」の供述を証拠として「創作」する。
これらがすべての辻褄が合うように、密室で「創作」される。
裁判で証言を行う際には、事前に綿密な「リハーサル」が行われる。
そして、「台本」を完全に「暗記」させ、さらに反対尋問で「ボロ」が出ぬように
十分な「練習」を繰り返して法廷に臨む。
こうして犯罪が「捏造」されるのである。
したがって、こうした「創作」を防ぐには、まず、「取調べ過程」を完全に「可視化」することが必要不可欠なのだ。
何よりも重要なことは、
可視化の対象を被疑者だけでなく、被害者、目撃者、その他すべての関係者に拡張することである。
そして、「可視化」の外側に「打ち合わせ」、「口裏合わせ」が介在しないように、
取調べ過程の「全面的な」可視化を実行する必要がある。
全国のNシステム構築をはじめ、警察に巨大な予算が付けられている。
これらの予算の優先順位を変えれば、取調べ過程の
「全面」
「完全」
可視化が実現するはずだ。
こんなこともやらずに、
「基本的人権の保障を全うする」
ことなどできるわけがない。
私が巻き込まれた冤罪事案では、決定的証拠である防犯カメラ映像を、
私が終始一貫して提出を要求したにもかかわらず、警察当局が提出を拒否し、破棄したのである。
二番目の問題として挙げた「基本的人権の無視」には、上記の問題も含まれるが、日本においては、
適法手続き
無罪推定原則、
罪刑法定主義
などの基本原則さえ無視されている。
そして、こうした憲法違反の捜査手法に対して、裁判所が何も文句をつけない。
被疑者護送の方法、被疑者のカメラ撮影の可否、家宅捜索の有無などのすべてにわたり、日本では
「法の下の平等」
も確保されていない。
すべて、警察、検察当局が「恣意的に」運用している。
私たちが住む日本は、部分的に見れば北朝鮮などとまったく違いがない。
暗黒の無法国家、人権弾圧国家の側面をふんだんに有しているのである。
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