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早読み 深読み 朝鮮半島
5年前、韓国は通貨スワップを「食い逃げ」した
日本は「偽装転向者」とどう付き合うのか
2016年9月9日(金)
鈴置 高史
2012年8月10日、李明博大統領は竹島に上陸。前年に日本のスワップ枠のお陰で通貨危機を乗り切った後の掌返しだった(写真:代表撮影/AP/アフロ)
(前回から読む)
日本と韓国が通貨スワップ再開に向け協議を始める。5年前のスワップは結んだ途端、韓国が掌返し。「慰安婦」を蒸し返したうえ大統領が竹島に上陸。さらには天皇陛下に謝罪まで要求したのだが……。
日本に実利なし
前回は中国との関係悪化に悩んだ韓国が、日本にスワップを頼んできたということでした。
鈴置:朴槿恵(パク・クンヘ)政権の二股外交が破綻、韓国は米中双方からにらまれた。そこで突然に態度を変えて、日本にすり寄って来たのです。
ウォンは弱い通貨なので、韓国からはしばしば資本が逃げ出します。韓国はいざという時に外貨を誰かから借りる仕組み――通貨スワップが必要です。
でも、関係の悪化した米国は容易には結んでくれそうにない。中国には通貨スワップを結んでもらっているけれど、発動してくれるか分からなくなった。
そこで日本にスワップ締結を頼んだのです。なお、日本が外貨不足に陥るとは当面、考えにくい。日本にとっては実利のないスワップです。
「傾中」の歯止めにならない
韓国を海洋勢力側に引き付けておくために、日本が通貨スワップを提供する必要がある、と言う人がいます。
鈴置:確かに、そう言う人が日韓双方にいます。韓国の中央日報も「韓日通貨スワップ、話を切り出してすぐに受け入れた日本」(8月29日、日本語版)でそう主張しました。文章を整えて引用します。
崇実(スンシル)大学のオン・ギウン教授(経済学)は「中国の影響力が過度に大きくなるのを牽制するために、日本も韓国との協力を強化する必要がある」と話した。
韓国が一方的に頭を下げているのではない。日本にも外交的な利益になる――との主張です。でも、韓国がこう考える以上「韓国を引き付けておく」スワップは、逆効果になる可能性が大きい。
この記事も書いている通り、韓国は「引き付けておく」意図を見透かします。すると「我が国が中国側に行くのを米国や日本は恐れている。それなら海洋勢力に対し、もっとわがままを言っても大丈夫」と強気になるからです。
THAAD騒動の発端になった、中央日報の金永煕(キム・ヨンヒ)国際問題大記者の記事を思い出して下さい。以下が肝心な部分です(「『南シナ海』が加速させる『韓国の離脱』」参照)。
・正解はTHAAD配備の放棄だ。韓米関係は若干の後退を容認するだけの余地がある。韓中関係にはそのようなマージンがない。
要は、THAADを拒否しても米国はそれほど怒らない。半面、中国は恐ろしい国だ。何をして来るか分からない。だから、中国の言うことを聞いて、米国の要請を拒否しよう――との主張でした。
「10億円」貰えるなら即、竹島へ
韓国は「より恐ろしい国」の言うことを聞くのですね。
鈴置:その通りです。好意を見せると「弱い国」と見なされます。すると好意が踏みにじられるのです。
ソウルの日本大使館前の慰安婦像に関しても、日本は韓国に誤解を与えています。「慰安婦合意」で「韓国政府は慰安婦像の撤去に努力する」と約束していました。
だから、政府も一部メディアも韓国側は「韓国の約束不履行を理由に、日本が元慰安婦を支援するための10億円の支払いを渋るのではないか」と懸念していました。
ところが、移転するメドが一切、立たない段階で日本が10億円を支払いました。胸をなでおろした韓国側は「日本は押せば引く」と自信を持ったのです。
「『慰安婦の10億円拠出合意』直後の動き」を見て下さい。日本が10億円支払うと分かった途端、韓国の国会議員団は竹島を訪問すると発表しました。裁判所も、途端に新日鉄住金など日本企業にカネを払えと判決を下しました。
●「慰安婦の10億円拠出合意」直後の動き(2016年8月)
12日 日韓両外相、慰安婦合意に基づく10億円拠出で合意
15日 韓国与野党の国会議員団10人、竹島に上陸
19日 ソウル中央地裁、元徴用工裁判で新日鉄住金に1億ウォンの支払いを命令
25日 ソウル中央地裁、元徴用工裁判で三菱重工業に14人の遺族に1人当たり9000万ウォンの支払いを命令
27日 日韓財務対話で、通貨スワップ再開に向けた協議開始で合意
慰安婦像に関しても韓国政府は「食い逃げ」コースに入りました。外交部の林聖男・第1次官は9月6日、国会答弁で「政府も国民世論を把握しながら動くため、今の段階では政府が前に出てこの問題を推進する考えはない」と述べています。
もう、何をやっても「韓国のせいで慰安婦合意が壊れた」とは言われない、と考えたのでしょう。いかにも韓国らしい。
李明博の食い逃げ
そう言えば、日本が2008年にスワップを付けた時も、韓国は「遅い」「少ない」と文句を付けてきましたね。
鈴置:それだけではありません。韓国は「食い逃げ」しました。2011年秋、欧州金融危機の再燃でウォンが急落。韓国は通貨危機に怯えました。
この時も日本に泣きつきました。30億ドルだったスワップ枠を2011年10月、一気に700億ドルに引き上げてもらいました。これは抗生物質のように劇的に効きました。ウォンも株も戻しました。
すると、当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領は直ちに掌返ししました。同年12月の日韓首脳会談で突然、「慰安婦に補償しろ」と言い出したのです。
翌2012年8月10日には竹島に上陸。さらに同月14日には「日王(天皇)が韓国に来たければ、独立運動家に謝罪せよ」とも発言しました(「韓国の主な『卑日』」参照)。
韓国の主な「卑日」
「従軍慰安婦」像設置
2011年12月14日、韓国挺身隊問題対策協議会がソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」像を設置。日本政府が抗議したが、ソウル市と韓国政府は無視。その後、韓国と米国の各地に相次ぎ設置された。「像」以外に「碑」も世界中で立てられている。2014年1月には仏アングレームの国際漫画祭で、韓国政府主導の慰安婦をテーマにした企画展が開催。
大統領の竹島上陸
2012年8月10日、李明博大統領が竹島に上陸。日本政府は抗議し駐韓日本大使を一時帰国させた。同月13日これに関連、李大統領は「日本の影響力も昔ほどではない」と発言。同月17日、野田佳彦首相がこの問題に関し親書を李大統領に送るが、同月23日に韓国政府は郵便で送り返した。
天皇謝罪要求
2012年8月14日、李大統領が天皇訪韓について「独立運動をした人に心から謝罪をするのならともかく(昭和天皇が使った)『痛惜の念』だとか、こんな言葉1つなら、来る必要はない」と発言。
対馬の仏像窃盗
2012年10月8日、韓国人が対馬の仏像と教典を盗んだ。2013年1月に韓国の警察が犯人の一部を逮捕、仏像2体を回収。しかし韓国・大田地裁は「韓国から盗まれた可能性がある」と日本に返さず。2015年7月18日に1体だけ日本に返還。
中国人放火犯の本国送還
2013年1月3日、ソウル高裁が靖国神社放火犯の中国人を政治犯と認定、日本に引き渡さない決定を下した。日本政府は日韓犯罪人引渡条約をたてに抗議。犯人は2011年12月26日の靖国放火の後、2012年1月8日にソウルの日本大使館に火炎瓶4本を投げ、逮捕されていた。
朴大統領の「告げ口外交」
2013年2月の就任似来、朴槿恵大統領は世界の首脳やメディアに会うたびに、安倍晋三首相の「歴史認識」など日本を批判。
産経元支局長起訴
2014年10月8日、ソウル中央地検が産経新聞の加藤達也元ソウル支局長を在宅起訴。容疑は「大統領に関し虚偽の事実を報じ、名誉を棄損した」。報道の元となった朝鮮日報の記事に関してはおとがめなし。同年8月7日からの加藤元支局長への出国禁止措置は2015年4月14日に解除。12月17日、1審で無罪判決、5日後に確定。
安倍首相の米議会演説阻止
2015年2月に聯合ニュースが「在米韓国人、演説阻止へ」と報道以降、韓国は大統領、外相、国会議長、学者らが世界の要人を対象に、同年4月の安倍首相の米議会演説を阻止する運動を展開した。阻止できないと判明後は、演説に慰安婦への謝罪を盛り込ませるよう米国に要求した。メディアも連日、阻止キャペーンを張った。韓国の国を挙げての筋違いで執拗な要求に、米政界では「韓国疲れ」という言葉が使われた。
日本から獲れるモノを獲ったら、態度をがらりと変えるのが韓国という国です。スワップを再開したら関係が良くなるとは限りません。むしろ悪化すると考えた方がいい。朴槿恵大統領の竹島訪問を後押しするかもしれません。
5年ごとの王朝交代
でも、そんなことをしていたら韓国は信用を失います。
鈴置:韓国社会は「信用を積む」という観念に乏しいのです。企業同士の取引でも契約は平気で無視される。びっくりした日本企業が文句を言っても「状況が変わった」と言い返されるだけ。
目先はともかくも、長期的な韓国の国益を毀損しませんか。
鈴置:損してもいいのです、政権にとっては。自分の時だけうまくやればいい。次の政権がうまくやれない方がむしろいいのです。
2018年に江原道・平昌(ピョンチャン)で冬季五輪が開かれます。問題が噴出し、韓国では日本との共催案――要は、面倒は日本に押し付けようとのアイデアまで浮かびました。でも、現政権は問題解決に本腰を入れません。
開会式は朴槿恵大統領の任期中に開かれます。しかし、2018年2月25日の閉会式は次期大統領が仕切ります。成功しても現政権の手柄にはならないのです。
神戸大学大学院の木村幹教授は「韓国の政権交代とは小さな王朝交代である」と喝破しておられます。韓国では5年ごとに王朝が替わるのです。至言と思います。
まかり通る半可通
通貨スワップによって日本も得する、との意見を聞いたことがあります。
鈴置:半可通の意見です。「韓国に通貨スワップを付ければ、ウォン安に歯止めをかけることができる。輸出市場で製品が競合する日本はウォン安を防いだ方が得だ」という説です。
ウォンはマーケットから攻撃されやすい通貨です。経済規模に比べ、韓国には大量のホットマネーが入り込んでいる。そのうえ、外貨準備の流動性が低い。いったん外貨が流れ出だすと歯止めがかからないという弱点があります。
韓国の金融当局が通貨安に誘導している最中に、世界的な金融危機が発生すると、ウォンのパニック売りが起こりやすい。実際、この現象は2008年に発生しました。
つまり、世界経済の雲行きが怪しくなった時、韓国は通貨安に誘導したくても、おいそれとはしにくいのです。
反対に、日本とスワップを結んでもらえれば、安心して通貨安に持っていけます。これが2009年以降の状況です。スワップがあればこそ、ウォン安にできるのです。
「反日」したらスワップ破棄
でも、1997年の通貨危機の際にはウォンが暴落しました。
鈴置:本格的な通貨危機になれば、確かにそうなります。でもその時は金融システムそのものが破壊されます。
通貨がいくら安かろうと、輸出ドライブをかけるはずの企業がバタバタと倒産してしまうのです。1998年にこの現象が起きました。
「日本の輸出を維持するために韓国とスワップを結ぶ」という理屈はかなり怪しいのですね。
鈴置:この理屈はマーケットを知らない役人や政治家がよく唱えます。誰かに吹き込まれたか、聞きかじりでしょう。
では、日本はどうすればいいのでしょうか。
鈴置:どうしても韓国にスワップを付けたければ「反日的な動きをしたら、スワップは破棄する」との条項を入れたうえ、公開しておく手があります。
告げ口外交など「卑日」に韓国が動いたら、マーケットは「日韓スワップは消滅する」と読みます。世界経済の状況が悪ければ、韓国から資本逃避が起きます。これへの恐怖から、韓国は「食い逃げ」しにくくなります。
あるいは、スワップの期間を半年とか3カ月に短縮する方法があります。韓国が「反日」「卑日」をしたら更新しないわけです。
1年以上に設定するから「自分の任期中はカバーされる」などと考え「食い逃げ」する大統領が出るのです。
スワップ協定に「卑日条項」を入れるなんて、先例はあるのですか?
鈴置:ないと思います。でも「慰安婦合意」には「韓国は蒸し返せない」との条項を入れました。これも異例のことです。
韓国相手には、普通のやり方ではうまくいかないのです。約束や契約が尊重される国ではない――法治国家ではないのです。中国と同じです。
日韓スワップは中国への裏切り
韓国は本心から海洋勢力側に戻ってはいない。偽装転向、ということですね。
鈴置:ざっくり言えば、そういうことです。今は中国とのスワップが信じられなくなって、日本にすり寄っている。でも韓国は少なくとも金融面では完全に中国ブロックに属しています。
通貨スワップも中国頼み。米国が入るなと言ったAIIB(アジアインフラ投資銀行)にも積極的に参加した。今回の日韓スワップを報じる韓国メディアに、彼らの本音が見え隠れしています。
中央日報の「韓日財務相会談…韓中関係の亀裂で韓日通貨スワップ再開か」(日本語版)をご覧下さい。関連する部分を文章を整えて引用します。
「通貨同盟」たるスワップを巡る韓日中の力学関係を勘案すると、韓国としては日本とのスワップ再開が中国との関係に及ぼす影響も考慮するほかない。
「日本とスワップを結ぶと『裏切った』と中国からにらまれるのではないか」と韓国人は恐れているのです。
聯合ニュースの「米利上げ可能性が高まり…韓日通貨スワップ電撃再開」(8月27日、韓国語版)も、その懸念を吐露しています。
ソン・テヨン延世大教授は、韓日通貨スワップ再開により韓中関係が影響を受けるとの一部の憂慮に対し「スワップは中国の経済的な側面に危害を与えるものではない」と述べた。
気分はもう「中国圏の一員」
韓国には「中国圏の一員」との意識がしっかりと根付いています。そこで日本とスワップを結べば「裏切り」と中国に叱責されると恐れた。それに対し、ソン・テヨン延世大教授は「実害がないから中国は怒らない。大丈夫だ」と説明しているわけです。
日本に揉み手をしながら近づいてきても韓国はもう、すっかり中国側の国なのです。中国との関係が改善すれば、またスワップを発動してもらえると安心して、日本には後ろ足で砂をかけるでしょう。
韓国に好意を示せばいい関係が生まれると期待してはいけません。次にスワップを食い逃げされたら「またも騙された」と日本人が不快になるのは確実です。それが嫌なら韓国とは間合いをとって付き合う方がいいのです。
(次回に続く)
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このコラムについて
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
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