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都内の赤坂御苑で開かれた春の園遊会に出席された天皇、皇后両陛下(2016年4月27日撮影)〔AFPBB News〕
天皇陛下の深い教養とノブレス・オブリージュ なぜ玉音放送を望まれたのか
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47662
2016.8.22 伊東 乾 JBpress
天皇の「お気持ち」放送以降、国内外で様々な反応がありますが、そうした場であまり触れられていない観点を1つ考えてみたいと思います。
ポイントは「普通の国民の気持ちと一つになって天皇という個人が祈る/心身ともに存在し、生きる」という点です。
■神話からの卒業
今回の「お気持ち」では、想像を超えて天皇という「個人」の行動と努力、そして加齢や健康によるその限界が詳細に論じられています。
被災地を訪問し、国民と同じ目線で労いいたわろう明仁天皇の努力は「憲法順守」ならびに「無私」という2点が従来から指摘されてきましたが、今回の放送を通じて「国民と一体化する」という天皇個人の思いを強く感じられた方は少なくないでしょう。
仮に加齢や病によって寝たきりになったような場合でも、摂政を立てたり、メッセージを発したりすることで「象徴としての務めを果たす」ことができるのではないか。
そのような意見や反問に、天皇は「そうではない、違う」と非常に強く反論、否定したといった消息も伝えられています。
では、明仁天皇が皇太子時代から真摯に考え続け、即位以来まさに「全身全霊」をもって考えてこられた「象徴」としての天皇のあり方とはどういうものなのか。
以下は幾人か関係される方から消息をうかがった私個人の考えに過ぎませんが、明仁天皇は西欧先進国の立憲君主制での王室のあり方を念頭に、キリスト教の倫理に深く影響を受けた判断と行動に努めておられるのではないかと思われます。
1つには、幼時からカトリックのミッションスクール(聖心女子学院)で学んだ美智子皇后が、3.11直後も、今回も「玉音放送」に(原稿推敲時から深く)サポートしているといった事情が考えられます。
また東宮参与として天皇、皇太子の憲法と象徴天皇制に関する相談相手であられ、のちにカトリックに入信し「トマス・アクウィナス」の洗礼名を持った團藤重光東京大学教授からうかがった「ネオ・トミズム」の背景を考えることができるでしょう。
「トミスム」などと言っても、今日の日本語の情報環境はピンとこないかもしれません。
これは「トマス・アクィナス主義」すなわちEUの統合にあたって、新旧両キリスト教圏にまたがる欧州を「成文法を超えて一体化させる」道徳律として旧約新約の両聖書を第一の規範とし、トマス・アクウィナスの神学を道徳律の参照点としようという考え方と、ここではざっくり述べておきたいと思います。
EUの心臓部は独仏両大国に挟まれたべネルクス、すなわちべルギー、ルクセンブルクとオランダの3カ国に集中していますが、べルギーはカトリック、オランダとルクセンブルクはプロテスタントで、ウエストファリア条約(1648)以来、新旧教勢力が国内に併存しつつ、各々の独立したコミュニティを維持し続けています。
第1次と第2次、20世紀の両世界大戦に至る経緯にも、こうした国内勢力の分断や対立が明確に影響を及ぼしている。
様々な反省に立って20世紀後半という半世紀を懸けて「欧州統合」を推し進めてきたEU中枢が共通の価値観として堅持してきた背骨、それが「ネオ・トミスム」新トマス・アクウィナス主義と言えます。
亡くなられた上智大学名誉教授、ホセ・ヨンパルト神父様から関連の話を多く教えていただきましたが、私自身は専門的にそれをここで論じることができません。
以下では、聖書に記された幾つかの事績を、明仁天皇の行動と対照してみたいと思います。
■苦しむ人と同じ場所で同じ思いを共有する
新約聖書「ヨハネによる福音書」5章には、イエス・キリストが、エルサレム「羊門」のそばにある池のほとりで、家族からも見放された重病や伝染疫に侵された人々の中に進んで入り、病気を快癒させていく様が描かれています。
聖書はイエスのなした奇跡としてとしてこれを紹介しますが、今日のキリスト教会では私たち現代人が災いのもと、苦しみのもとにある人びとの知らせを受け取った時、どのように行動すべきかの規範をここから読み取り、説教などに生かされることも多い。
地震や津波、火山災害などの被災地にボランティアとして出向き、現地の人々が直面する苦を我がものとして共有し、その痛みを痛み、苦しみを苦しむ・・・。
クリスチャン的な文脈で日本社会では苦手な方が多いかもしれませんが、こうした倫理観がEU指導部を貫いている。
そこから、シリアやレバントの紛争地域から亡命してくる「隣人」を受け入れ、難民指定を受けたものには住居と最低限の食を保証し、就労の機会も斡旋していくという政策が立案されます。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相がCDUすなわちキリスト教民主同盟の党首で、EU一体化に万策を尽くしているのは周知と思います。
その背景は新トマス主義の倫理と、新約聖書福音書の事績があり、こうした典拠に基づきつつ西欧立憲君主制国家の元首や王族たちは、自らの行動の道徳律、倫理規範の直接の参考となしている。
翻って、天皇の被災地訪問を考えてみましょう。
避難所でスリッパを進められても「皆さんが履いておられないなら私も履きません」と靴下のまま被災者のもとを訪れ、膝を折って被災者と同じ目線で会話し「共に困難を共有したい」と明言される明仁天皇の発言と行動は、日本の歴代天皇では初めてのことと言われ、天皇が皇太子時代に自ら創始され、今日の皇族に共有されていると聞き及びます。
ダイレクトにキリスト教の名を挙げると抵抗感を感じる方があるかもしれませんが、国連加盟国の先進立憲君主国で、ほぼすべての王族が道徳の範と見る新約聖書福音書の行動と深く響き合う姿勢であることは、私自身他で目にしたことはないのですが、指摘しておいてよいように思います。
「象徴天皇」 が「国民のために祈る」というのは、民衆から見えない高御座で、本当は天皇個人がどう思っているか正体不明のまま、元老や側近、あるいは摂政などが形式だけを踏襲し、その実ドーナッツの穴となって、1930〜40年代の戦争を防ぐごとができなかった「あの天皇制」を二度と繰り返すことなく、身の詰まった生身の個人としての天皇が、自ら足を運び、その場に身を置き、国民の誰一人ともその立場を入れ替えることができる視点に立って痛みを痛み、苦しみを苦しみ、その打開と超克を念じる。
意識と悟性、主体をもった象徴的個人としての天皇であり続けることが心身一如・全身全霊の「祈り」であると言っている。この基本姿勢 は、病と災いのただ中に自ら進んで歩み入る「池のほとりのイエス・キリスト」に通じるものであると言って構わないように思います。
少なくとも日本国内のキリスト教関係者は、ほぼ100%、こうした天皇の「象徴天皇としての行動」に、イエスの言行を想起するものと思います。
■天皇の福音
今回の「お気持ち」の中で、これにダイレクトに触れた部分があります。引用してみましょう
「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時にことにあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」
「何よりもまず国民の安寧と幸せを祈る」
「祈る」という言葉は難しい。実際にどのように「祈り」を実践すればよいのか。そういうお手本が存在しているわけではありません。
何より、宮中の伝統儀式には様々な「祈り」があり得るけれど、「皇祖皇宗」に祈るといったことはあっても、日本国憲法を順守して象徴天皇が「国民のために天皇が祈る」という行動を、どのように取ったらよいのか、どこにもお手本は存在しなかった。
そんな中で「全身象徴天皇」が、あるいは美智子皇后と相談し、あるいは團藤教授はじめブレインのアドバイスを受け、先進各国の立憲君主たちの行動や道徳律を知り、そこで常に参照される新旧約聖書をはじめとする聖典にも十分な配慮をもって、一つひとつ検討し、決意し、現実に行動に移してきたのが「スリッパを履かない」であり「膝を折って同じ目線で言葉に耳を傾ける」です。
こうした行動の一つひとつが、つまり「象徴天皇として国民のために祈る」こと、そのものなのではないかと考えられます。
国民の中に痛む人があれば、行って共に痛みを感じ、分かち合い、国民の中に喜びがあるなら、それもまた共に喜びを分かち合う。「その心に全身全霊を開く」ということが、明仁天皇が皇太子時代から半世紀余、身をもって探究し、創造し実践してきた「象徴天皇の祈り」ではないか。
天皇皇后が訪問した被災地で、彼らを悪く言う風評を私はほとんど知りません。言いたい放題の落書きのようなインターネットですらそうです。実はこれはすごいことで、多くの国で反王権の悪口は普通に聞かれる中、いかに考え抜かれ、徹底して行動されているかが分かるように思います。
周知のように明仁天皇は平成13年12月の天皇誕生日、日韓共催のワールドカップに触れ、祖先である桓武天皇の生母が百済武寧王由来の血筋との故事を引き合いに「韓国とのゆかり」に触れるという、大変勇気ある発言をしています。
それから15年を経た2016年の今日でも、日本国内では残念ながら卑劣なヘイトスピーチを目や耳にすることが珍しくない。
このような「差別」に対して、決然と「ゆかり」を宣言するという姿勢に、キリスト教関係者の中には「よきサマリア人のたとえ」を想起した人が少なくないのではないでしょうか?
「よきサマリア人のたとえ」というのは新約聖書ルカによる福音書10章25節以下に記された、生前のイエスが語ったとされる以下のような喩え話です
ある人がエルサレムからジェリコに向かって旅をしていたが、途中盗賊に襲われ、身ぐるみ剥がれて半死半生のまま道端に倒れていた。
この人の傍らをユダヤ教の祭司など神殿に関わる人々が通り過ぎたが、見て見ぬふりをして無視して行った。
しかしユダヤ教徒たちからいわれなく差別されていたサマリア人たちは、この重症の人を助け、傷口を手当てし、世話の費用まで負担した。
本当の意味の「隣人」とは誰か。根拠のない差別で排除するのではない、こういうサマリア人たちこそが本当の「隣人」ではないのか。
様々な負の歴史と、今に続く永続的な韓国朝鮮への差別を明仁天皇が知らないわけがありません。
そんな中で、W杯という大切なタイミングで「真の隣人」との「ゆかり」を典拠に基づきつつ果断に語る明仁天皇の姿勢。私はここに「戦後民主主義」といった比較的日の浅いレッテルではなく、2000年来世界各国で敲かれ、試されてきた、聖書由来の深い教養と「ノブレス・オブリージュ」を強く感じました。
国際社会に背を向け、独善的な「日本の伝統」を振り回すのではなく、内外の歴史と伝統に尊重と敬意の眼差しを向けながら、そこで「国民統合の象徴」という前代未聞の存在を、生身の人間として生きるとはいかなることか。
それを自ら厳しく問い、決然と実行してきた明仁天皇の、優に半世紀を上回る実践に裏打ちされた「真の国際的賢慮」を、ここに見ないわけにはいかないでしょう。
この発言の後、私は團藤重光教授から東宮参与として当時皇太子だった明仁親王ご一家と交わされた議論、その核心をうかがう巡り合わせとなりました。
(つづく)
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