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選挙に勝とうとしない野党は野党ではない
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20160801-00060630/
2016年8月1日 20時17分配信 田中良紹 | ジャーナリスト
東京都知事選挙は予想通り小池百合子氏が圧勝した。公示前は自公が推す増田寛也氏と野党4党が推す鳥越俊太郎氏の組織選挙に対しどこまで票を伸ばせるかと思っていたが、選挙が始まったとたん小池氏の選挙戦術が他を圧倒していると感じた。
小池氏が立候補を決意した動機は、猪瀬、舛添と二代にわたり「政治とカネ」の問題が浮上して都知事を辞めさせられた背景に東京オリンピックの「利権の闇」があることを感じたためだと思っている。
2013年9月にオリンピック東京招致が決定すると、招致活動の先頭に立っていた猪瀬元東京都知事は邪魔な存在と思われたらしく、政界引退後もスポーツ界に影響力を持つ森喜朗氏から批判の声が上がり、東京地検特捜部が医療法人徳洲会グループに絡む政治資金の摘発に動いた。
徳洲会グループの総師徳田虎雄氏は石原慎太郎氏と盟友関係にあり、石原氏から後継指名を受けた猪瀬氏と徳洲会との金の関係を捜査するのが目的ではないかと見ていると、案の定、猪瀬氏は選挙費用として5千万円を徳洲会から借り入れており、その事実が検察からメディアにリークされた。そして猪瀬氏と敵対してきた自民党東京都連を中心に都議会の追及によって猪瀬氏はオリンピック招致決定から3か月で辞任に追い込まれた。
翌14年1月に森氏は念願の東京オリンピック組織委会長に就任するが、就任の日にぶつけるように小泉元総理が細川元総理を担いで東京都知事選立候補の記者会見を開く。それを見て私は「森、小泉、安倍のバトル・ロイアル」というブログを書いた。今回の小池氏の都知事選出馬はそこに遠因を求めることができるかもしれない。
猪瀬氏の後任に自民党都連が担いだのは自民党を除名された舛添要一氏だった。選挙に勝てれば誰でもよい、そして都合が悪くなれば簡単に首を挿げ替える。おそらく舛添氏も官邸や森喜朗氏や東京都連にとって不必要な存在と思われたのだろう。「政治とカネ」の問題を週刊誌にリークされ辞任させられた。
小池氏は安倍官邸、森喜朗氏、自民党東京都連を敵に回す形で出馬に踏み切る。弱小な存在が権力と戦うやり方は関ヶ原ではなく桶狭間の戦い、つまり奇襲戦法しかない。それが6月29日の突然の出馬会見だったと思う。この時点ですべての準備はできていたはずだ。
応援に東京地検特捜部の副部長だった若狭勝衆議院議員が付いたことは「利権の闇」を暴く姿勢を鮮烈に見せつける。また小池氏の選挙戦法は、小沢一郎氏がよく使う田中角栄直伝の必勝法「川上から川下に攻める」やり方であった。離島や山深い地域から都心に向けて小池氏は選挙戦を展開したのである。
それでも大組織に勝つのは容易ではない。ところが増田寛也氏も鳥越俊太郎氏も勝つ選挙ではなく「敵に塩を送る」選挙をやった。そのため小池氏は自民支持者から5割、公明支持者から3割の票を食い、民進、共産からも票を奪う結果を得た。
増田氏の場合はそもそも知名度が低いうえ、応援する側が小池氏批判をするたびに票を逃がす過ちを繰り返す。そのため直近の参議院選挙で自公が獲得した東京での比例票284万票の6割しか獲得できず、小池氏に110万票の大差をつけられた。
より深刻なのは野党4党が推した鳥越俊太郎氏である。直近の参議院選挙で民進、共産、社民、生活の東京での比例獲得票248万票の54%にとどまり、票数は小池氏の半分以下の惨敗だった。
参議院選挙でもそうだが、自公には「何が何でも権力を手放さない」との迫力を感ずる。しかし野党には「何が何でも権力を奪い取る」という熱気を感じない。正しいことを主張すれば国民は分かってくれるという甘い幻想だけを感ずる。
正しいことを主張すれば国民が理解する世の中なら政治も政治家も必要ない。そうでないから政治が必要なのである。そして最も大事なことは自分たちが主張したい論理を磨くより、国民が何を求めているかを肌身で探ることである。それを野党政治家は分かっていないのではないか。
政治は国民の求めていることに応えることが第一で、自分たちの主張は後回しでもよいと考えなければ、選挙に勝つことなどできない。一方で選挙に勝って権力を握らなければ自分たちの主張を実現することもできない。国民の求めに応えて権力を握り、自分たちが政治を運営する中で自分たちの主張を国民に理解してもらう努力をする。それが政治だと思う。
参議院選挙の前に新聞社が行った世論調査によれば、選挙で何をポイントに投票するかと聞かれ、答えの1位は医療・年金、2位が景気・雇用、3位子育て、4位消費税延期、5位安保関連法、6位憲法だった。国民は現在と将来の生活を重視していることが分かる。
そして与党が設定した争点は「アベノミクスのエンジンをさらに吹かせるかどうか」である。国際社会は「アベノミクス」を失敗とみている。ところが野党は国民の関心度が6番目の「憲法改正阻止」を争点に掲げた。
そして「改憲勢力3分の2阻止」を叫んだために選挙結果は「3分の2が実現した」と報道されることになる。自らが争点にしたことで敗北したのだから誰か責任を取るのかと思ったら誰も責任を取らない。それでは野党は国民から信用されなくなる。
自分たちの「憲法改正阻止」がどれほど正しい主張であっても、それが国民に理解されなかったのであれば、謙虚にその事実を受け止め、国民の声に耳を傾け、その要求にこたえることから始めて信頼を取り戻し、それから国民に自分たちの主張を理解させる努力をすべきではないか。
今回の都知事選でも有権者には子育ての不安、老後の不安、東京オリンピックの不透明さ、政治とカネの問題などが関心事としてあった。ところが鳥越氏は参議院選挙で野党が争点化に失敗した「憲法改正阻止」を再び引きずる形で登場する。参院選で失敗した争点を復活させようとするのは国民に対する謙虚さが足りないと私は感じた。そのやり方では野党は絶対に選挙に勝てない。
選挙に勝とうとしない野党は野党ではない。55年体制下の野党はまさしく選挙に勝とうとしない野党であった。社会党は過半数を超える候補者を擁立せず、従って全員が当選しても政権は奪えない。ただ自民党はアメリカの言いなりに軍事的負担を増大させないため社会党の議席を3分の1以上にすることを心掛け、自民党の目に見えない協力もあって社会党は3分の1の議席を確保し続けた。それが護憲を強く主張させた原因でもある。
しかし社会党は本物の野党ではなかった。政権を奪わずに批判するだけなら評論家、学者、市民と同レベルで、与党からすれば権力を奪う野党が存在しない限り、政治の緊張感もなくなる。そのため政権交代を実現する政治が求められ、本物の野党を作るために苦労してきたのがこの20年余の日本政治である。
なりふり構わず権力を手放そうとしない与党が一方に存在し、それに対してなりふり構わず権力を奪おうとする野党が存在しないと、国民は不幸になるだけだ。与党が権力を手放そうとしないのは当たり前だが、選挙に勝とうとしない野党がまたぞろ現れてきたのでは話にならない。参議院選挙と東京都知事選挙の選挙結果を見て痛切に感じたのはそのことだ。
田中良紹
ジャーナリスト
1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC−SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰
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