http://www.asyura2.com/16/senkyo209/msg/954.html
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評者が言うように、1941年(昭和16年)12月に対米英蘭の戦争を始めた問題が、「政治的外交的にむしろ曖昧にされてきた」のが日本である。
評者の「今日の日本人には、太平洋戦争期とは比較にならないほど「自由」が与えられている。ゆえに、われわれ一人ひとりに指導層にたいする「責任」がある」という論も原理的には同意するが、民主政であっても、支配層によって巧妙に仕組まれたウソと秘匿される肝心な情報という状況で生活している“一般国民”に“責任”があるというのは錯誤でありご無体な話である。
対米開戦に至った理由(+投下された原爆の内実)を明らかにすることが、戦後の対米従属構造から抜け出す第一歩になると考えている。
日本が愚かにも対米開戦に至った理由については、
「「治安上の脅威」仏が直前にトルコで大使館など閉鎖:自作自演トルコクーデタ未遂に関して陰謀論を匂わせたNHKの報道」
http://www.asyura2.com/16/senkyo209/msg/585.html
で、
「戦争・革命・テロ・クーデタなど大きな事件には見えない“策謀”が渦巻いている。
日本でも、英米と通じている軍最高幹部が日本を対米戦に引きずり込み、最終的に300万人を超える同胞の犠牲をもたらしている。
1941年(昭和16年)秋の時点で対英蘭戦は必要だとしても、対米戦を仕掛けることはまったく不要(対英蘭戦後、米国から仕掛けられたら受けるしかないが)だったのに海軍上層部のそのような動きを止められなかった陸軍幹部や政治家さらには昭和天皇の無能さを考えると、悔しいし哀しい。
対米開戦のタイミングがあと1週間でも遅ければ、対米戦は始動されなかった可能性が高い。
なぜなら、真珠湾攻撃の前日ナチスドイツがモスクワ近郊から撤退を始め、対米英戦遂行と和平交渉で日本があてにしていたドイツの勝利が見通せなくなったからである。
(だからこそ、海軍首脳部は対米開戦を急がせたのだろうが)」
と書いたように、生々しい陰謀があることを踏まえて考察しなければ、1941年に「決意なき開戦」に至った理由はわからないと考えている。
※ 東南アジアの戦略的重要資源を抑えていたオランダ・英国との戦争は、米国との戦争も覚悟はしなければならないが、“合理的な判断”の範囲である。むろん、その手前で落とし前を付けるのがずっと利巧な国家である。
※ 対中戦争の責任論では陸軍悪玉論がはびこっているが(それはそれで正しいのだが)、北部中国の戦いをシナ事変として全土に拡大した最大の責任は海軍にある。
第二次上海事変当時海軍大臣であった米内光政氏は、閣議で断固膺懲(徹底的に中国を懲らしめる)論を唱えて陸軍の派兵を主張、不拡大主義は消え北支事変は支那事変になったとする全面戦争論を展開した。
そして、海軍航空隊による「渡洋作戦」で、南京・上海・揚州・蘇州・句容・浦口・南昌・九江を連日爆撃した。
これが、支那事変が中国各地に拡大した最大の要因なのである。
第二次上海事変から4ヶ月後の12月に南京を陥落させ“南京虐殺”が起きた。
米内光政氏を中心とする海軍首脳は、中国大陸でも戦争の泥沼化を画策したのである。
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1941決意なき開戦 堀田江理著
真珠湾攻撃までの道のり描く
欧州では、第1次世界大戦から100年ということもあり、20世紀の2つの世界大戦への関心は高い。近年のテロリズムや虐殺行為の「起源」として、一人ひとりに何ができるのか歴史に学ぼうとしている。
では、日本ではどうか。昨年の「戦後70周年」にくらべて、出版物もドキュメンタリーも低調だ。そもそも、「あの戦争」は、日本人にとって、長いあいだ「反省」し「悔悟」すべき歴史事件だった。とはいえ「あの戦争」はいったいいつ始まったのか――満州事変からなのか、日中戦争からか、あるいは近代日本の歴史そのものが「悔悟」すべき対象なのか――この問題は、政治的外交的にむしろ曖昧にされてきたといえよう。
この曖昧さは、1941年に日本が米英に挑んだ戦争について、とくに「ポイント・オブ・ノーリターン」「避戦」をめぐる議論にも影響を与えてきた。
本書の分析によれば、41年に米英に対して「日本の始めた戦争は、ほぼ勝ち目のない戦争」だった。日本の指導者もそれを「概(おおむ)ね正しく認識していた」。ひるがえって、開戦決意に至るまで、幾度となく「避戦」のチャンスは、政治的外交的にも、また軍事的にも存在したと、著者は明晰(めいせき)に指摘する。「開戦決意は、熟考された軍部の侵略的構想に沿って描かれた直線道路ではなかった」。むしろ、きわめて曖昧なものであった。
著者は米プリンストン大で歴史学を、英オックスフォード大で国際関係学を学び教える、気鋭の研究者だ。史料批判はもとより、歴史叙述の巧みさは圧倒的である。本書は、米国民向けに「日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか」を説明する目的で、まず英語で刊行された。ニューヨーク・タイムズをはじめ各紙が本書を称賛した。それを著者自身が日本語訳した作品である。
対米開戦から75周年。著者の思いは、「現代日本の起源」という副題に込められている。今日の日本人には、太平洋戦争期とは比較にならないほど「自由」が与えられている。ゆえに、われわれ一人ひとりに指導層にたいする「責任」がある。
たとえば、著者は、「福島原発事故や新国立競技場建設問題までに至る道のり、及びその事後処理における一連の経緯」について、指導層に「当事者意識や責任意識が著しく欠如」していると指摘する。
たしかに、41年とは異なり、今日の日本人が自ら選択肢を狭めたり、曖昧さと無責任に逃げ込んだりしてはならない。本書は「自由」を享受しうる現代の日本人への指南書である。
(人文書院・3500円)
ほった・えり 東京出身。03年英オックスフォード大で博士号取得。専門は国際関係学など。
《評》山梨学院大学教授
小菅 信子
[日経新聞7月17日朝刊P.21]
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