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多数決は本当に公平で民主的な「決め方」なのか? 〜『「決め方」の経済学』(坂井豊貴著)を読む 英国の国民投票は民意を正し
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 7 月 23 日 13:29:03: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

【第22回】 2016年7月23日 情報工場
多数決は本当に公平で民主的な「決め方」なのか?
〜『「決め方」の経済学』(坂井豊貴著)を読む
英国の国民投票は民意を正しく反映できたか


 2016年6月23日に行われたイギリスの欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票では、離脱支持票が残留支持票をわずかに上回ったため、多数決の原則に則り、イギリスのEU離脱の方針が決まった。得票率は、離脱支持が51.9%、残留支持が48.1%という僅差の結果だった。

 この結果を受けて、イギリス通貨のポンドは暴落。残留支持が多かったスコットランドでは、イギリスから独立しようとする機運が再燃するなど、イギリスは大混乱に陥っている。

 EU残留を訴えてきたキャメロン首相は国民投票の結果がでた時点で辞意を表明。7月13日にはテリーザ・メイ新首相が誕生し、今後EUとの離脱交渉に臨むことになる。イギリスのEU離脱をめぐる情勢が、今後どのように推移するのか、世界中がハラハラしながら見守っている状況だ。

 それにしても、これほどまでに深刻な結果を招く決定を、そもそも単純な多数決に委ねてしまってよかったのだろうか。しかも、今回の投票率は72.2%。離脱支持の得票率は51.9%なので、EU離脱に明示的に賛成したのは全国民の37.5%と半数に満たない。これがはたして民意を正しく反映する「決め方」といえるのだろうか。


『「決め方」の経済学』 坂井豊貴著
ダイヤモンド社 222p 1600円(税別)
 本書の著者、坂井豊貴氏は、米国ロチェスター大学で経済学Ph.D.(Doctor of Philosophy)を取得。その後横浜市立大学、横浜国立大学を経て、現在は慶応義塾大学経済学部教授を務める。メカニズムデザイン、マーケットデザイン、社会的選択理論を専攻し、人々の意思をよりよく反映させる選挙方式、物を高く売るオークション方式、人と組織をうまく結ぶマッチング方式といった制度設計の研究で、国際レベルの業績をあげている人物だ。

 坂井氏は本書で、集団の意思決定をするための民主的な方法だと考えられている多数決の限界を具体例を挙げながら客観的に示している。そして、多数決を正しく機能させる方法や、多数決以外の「ものの決め方」を、理論的、かつ解りやすく解説してくれている。

実は「正しく」使うのが難しい多数決

 坂井氏はまず、2000年のアメリカ大統領選挙を例に、「票の割れ」が起こることで多数決がまともに機能しなくなることを指摘する。この大統領選では、共和党候補のジョージ・W・ブッシュが、民主党候補のアル・ゴアを僅差で抑えて勝利した。

 坂井氏は、この時のブッシュの勝利は、緑の党から立候補した第三の候補、ラルフ・ネーダーがゴアの票の一部を奪ったおかげだと分析する。ネーダーとゴアの支持層はかぶっていた。一人を選ぶ多数決では、ネーダー・ゴア・ブッシュの順に支持する有権者は、ネーダーに投票する。しかしもし、ネーダーが立候補していなければ、その人はゴアに投票したはずだ。

 アメリカ大統領選挙は、有権者による一般投票の結果でまず州ごとに多数決をとる。そしてその州で勝利した候補者は、州の連邦上下両院の合計議席と同数の選挙人票を獲得する。そして全州での獲得選挙人票数の合計が多い方が最終的に当選する。坂井氏は、ブッシュとゴアの人気が拮抗した州では、ゴア支持票の一部がネーダーに流れてしまい、結果としてその州の選挙人票をブッシュが獲得したのではないかという。

 坂井氏は、このような場合の「決め方」には二つあると説く。上位2名で決選投票を行う、もしくは「ボルダルール」を適用する。ボルダルールとは、「1位ネーダー、2位ゴア、3位ブッシュ」のように支持する順番を含めて投票し、「1位3点、2位2点、3位1点」というルールで換算した合計点数で当否を決める多数決の方法だ。

 2000年の大統領選に当てはめると、ゴアとブッシュで決選投票を行ったとすれば、ネーダー支持者がゴアに投票するためゴアが勝利したはず。ボルダルールでも、ネーダー支持者はブッシュ(3位で1点)よりもゴア(2位で2点)に高い点数を与えるため、合計点でゴアが勝利したと考えるのが妥当だ。

 つまり多数決は、やり方次第でいくらでも結果が変わりうる「決め方」であり、本来は国家の行く末を左右するような選挙に用いるのは危険が大きすぎると言わざるを得ないのだ。

 坂井氏によれば、多数決が正しく機能するには条件がある。確率論的な多数決の性質を表わす「陪審定理」に基づくその条件とは、(1)多数決で決めようとしていることに関して、参加者の間に利害の対立がないこと、(2)個々の参加者の判断が正しい確率が50%を越えること、(3)参加者は誰か他の人の意見に影響されずに、自分の頭で考えて選ぶこと、のすべてが成り立つことだそうだ。

 たとえば、5階建てマンションで共有部分のエレベーターの改修費の費用分担を決める際に、5階住民が悪知恵を働かせて、「1階住民が全額負担するべき」と提案して多数決をとったとしよう。その結果、2階から5階までの住民が賛成し、全体の80%の賛成多数で可決されたらどうだろう。どう考えても正しい「決め方」ではない。この場合は投票参加者の利害が一致しておらず(1)が満たされない。それゆえ、多数決が機能していないのだ。だが、ビジネスの現場ではこのような関係者の利害が一致しない状態で何かを決めなくてはならないケースの方が多そうだ。

 それでは、多数決が機能しない場合、どのように物事を決めていけばよいのだろう?

安易に多数決に逃げずに地道で合理的な説得を

 坂井氏は、フェアな「決め方」の基本を、アリストテレスが唱えた公正の基準、「等しいものを等しく、等しくないものを等しくなく扱う」を用いて説明している。

 たとえば住宅地AとBの双方から管理を受託している企業Cに対して、AとBの管理組合間で管理費用をどのように按分すればよいかを考えてみよう。実はこれは私の住んでいる地で、実際に昨年発生した案件だ。

 住宅地Aと住宅地Bでは戸数が異なる。したがって単純に2等分するのでは折り合えない。二つの住宅地でフェアに費用を按分するためには、すべての人が納得できる合理的な案が必要になる。

 アリストテレスの公正基準の「等しいもの」に当たるのは、A、Bすべての住民がCの管理サービスを利用する権利を等しく有していることだ。それに関する費用は、管理事務所の家賃や電気代などCがサービスを提供するのに必要な基本的費用。これはAとBの戸数に応じて均等に割って分担額を決めればよい。

「等しくないもの」は、AとBの住民が個別にサービスを受ける際に発生する費用だ。サービス提供のための軽トラックの燃料費等は、稼働に応じて分担するべきだ。Cの管理事務所からA、 Bそれぞれへのサービス提供のために軽トラックを動かした走行距離を記録しておいて、月次で集計するなどして分担割合を決めればよいだろう。

 ちなみに先のマンションのエレベーターの改修費用分担の事例では、1階の住民はエレベーターをほとんど使用しないため、受益者負担の観点から改修費用を分担する必要はない、と一見思えるかもしれない。しかし、マンション全体の保全にエレベーターの整備は不可欠だ。エレベーターが壊れたままではマンションの資産価値は下がり、スラム化してしまう。したがって、エレベータの改修は全住民に取って等しい利益と考えられるため、1階住民であっても一定の割合の費用負担をするべきということになる。

 このようにフェアな考え方に基づく費用分担方式案を、あらかじめ理事会等でしっかり議論してまとめておくことができれば、住民全員による多数決で否決されることはまずない。

 民主的なプロセスを重視するならば、面倒でもこのような合理的で着実な手順を踏むことがきわめて重要なのだ。それは、たとえばビジネスでチーム内の意見が対立した時に解決を図る上で、重要な原則として心得ておくべきだろう。

(文/情報工場シニアエディター 浅羽登志也)

情報工場
2005年創業。厳選した書籍のハイライトを3000字にまとめて配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」を提供。国内の書籍だけではなく、まだ日本で出版されていない、欧米・アジアなどの海外で話題の書籍もいち早く日本語のダイジェストにして配信。上場企業の経営層・管理職を中心に約6万人のビジネスパーソンが利用中。 http://www.joho-kojo.com/top

http://diamond.jp/articles/-/96471  

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コメント
 
1. 2016年7月23日 13:35:45 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[2019]

>多数決が機能しない場合

利害関係、票の割れ、有権者の無知、候補者の虚偽・・

今回の都知事戦も、まさに、この好例だが

機能しなくても、他に選択の余地がないというのが現実だ

そして、こういう不毛なことを繰り返すうちに、民主主義が崩壊していくわけだなw


2. 佐助[3685] jbKPlQ 2016年7月23日 14:54:37 : 9zzRTyeBxk : 4eYUJw@wYHY[126]
またなんと戯けたことを
政治の基本対立要素の一つは「民主主義は理念でなくルール」なので、ルール(制度)の対立構造が変化するのだが、理念(政治的概念だと思い込んでいるために、その対立要素と周期が全く見えない。もう一つの政治の基本対立要素は「自由」「平等」という理念(政治的概念)なのだが、この理念は個人と集団(企業・国家)によって異なっているのに、全く同じ理念だと思い込んでいるため、その対立要素と周期が全く見えない。

「民主主義は理念でなくルール」
「民主主義の発祥の地はギリシャだと言われているが、当時奴隷は集会にも投票にも参加できなかった。その後、民主主義の多数決のルールは、王政でも独裁制でも採用されてきた。歴史をひも解くと、少数派の意見が時間と共に多数派の意見になり、政治のルールは変化してきた。だが、どんな少数派の意見が多数派になるのか、あらかじめ判定することは難しい。だから、少数意見はひとまず多数意見に従い、多数意見は少数意見に耳を傾けるルールが誕生したのだ。故に、多数意見は常に正義で絶対服従沈黙せよとの意見は典型的な抑圧排除になる,これは軍国時代と同じで、少数意見尊重こそ民主主義だ」

政治現象は、民主・民本主義政治体制と、そうでない体制とが対立していると信じられている。だが、民主主義はルールにスギないため、どんな政治体制も、多数決を集団の総意として利用してきた。だから、多数意見は正義・善であり、少数派の意見は間違っているので、転向しなければ抑圧排除してもよろしい、という常識は間違っている。

したがって、民主主義はルールではなく、自由・平等と同じような政治的理念だと仮定して観察すると、政治のルールの基本対立要素とその周期が、全く見えなくなる。

近代技術をとりいれ核武装することができる。だが、独裁国家は40 年目に自壊し、一党独裁の社会主義国家は、80 年目に自壊するために、核武装は国体の変革を防止することはできない。こうして中国の一党独裁は2025年までに自壊します。

鳩山政権は少数党に有利にする比例配分方式は、民主党政権を延命させる駆け引きに貢献するはずだつたが,野田政権と安倍政権は拒絶した。そのためにお化け民主党の崩壊によって自民党は圧倒的多数を背景にあぐらをかいてしまった。多数決原理を振り回し弱者や小数派を排除し好き勝手にやることは,軍国時代と同じで民主主義国家とは言えない。少数意見尊重こそ民主主義だ。


3. 2016年7月23日 15:08:34 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[2024]

>>02 民主主義は理念でなくルール

そうではない

民主主義、つまり「多数の意見に基づく意思決定が望ましい」という理念に基づいて、物事を決定するルールが多数決であり、多様なパターンがあるということだ

だから愚民が増えて行けば、多数決というルールによって、民主主義が崩壊し、衆愚政治や独裁政治にもなる



4. 2016年7月23日 15:43:44 : EYCSp0M8Tw : qnio2lBwNco[294]
最大多数の最大幸福に最も近い。
問題は「少数者の意見を尊重しろ」というヤツが出てくること。
これを必要以上に尊重するから可笑しくなる。

5. 2016年7月23日 15:53:50 : J90JtMhI0Y : wN8FSL1XyuQ[14]
ともかく、何を言ってもムサシがある限り、理念でもルールでも、日本に民主主義はない。
世論調査を捻じ曲げるマスコミも、民主主義のじゃまだ。

6. 2016年7月23日 17:03:13 : 4KDxdO8DtE : m_EjDprMHgE[1]
日本の師匠のアメリカ様の教え

民主主義の原則 – 概要:民主主義とは何か
「民主主義(デモクラシー)」の語源は、ギリシャ語の「デモス(人民)」である。民主主義国においては、立法者や政府ではなく、国民に主権がある。世界各地のさまざまな民主主義制度には微妙な違いがあるが、民主主義政府を他の形態の政府と区別する一定の原則と慣行が存在する。

民主主義とは、市民が直接、もしくは自由選挙で選ばれた代表を通じて、権限を行使し、市民としての義務を遂行する統治形態である。
民主主義とは、人間の自由を守る一連の原則と慣行である。つまり、自由を制度化したものと言ってもいい。
民主主義は、多数決原理の諸原則と、個人および少数派の権利を組み合わせたものを基盤としている。民主主義国はすべて、多数派の意思を尊重する一方で、個人および少数派集団の基本的な権利を熱心に擁護する。
民主主義国は、全権が集中する中央政府を警戒し、政府機能を地方や地域に分散させる。それは、地域レベルの政府・自治体が、市民にとって可能な限り身近で、対応が迅速でなければならないことを理解しているからである。
民主主義国は、言論や信教の自由、法の下で平等な保護を受ける権利、そして政治的・経済的・文化的な生活を組織し、これらに全面的に参加する機会などの基本的人権を擁護することが、国の最も重要な機能のひとつであることを理解している。
民主主義国は、すべての市民に対して開かれた、自由で公正な選挙を定期的に実施する。民主主義における選挙は、独裁者や単一政党の隠れみのとなる見せかけの選挙ではなく、国民の支持を競うための真の競争でなければならない。
民主主義は、政府を法の支配下に置き、すべての市民が法の下で平等な保護を受けること、そして市民の権利が法制度によって守られることを保障する。
民主主義諸国のあり方は多様であり、それぞれの国の独自の政治・社会・文化生活を反映している。民主主義諸国の基盤は、画一的な慣行ではなく、基本的な諸原則の上に置かれている。
民主主義国の市民は、権利を持つだけでなく、政治制度に参加する責任を持つ。その代わり、その政治制度は市民の権利と自由を保護する。
民主主義社会は、寛容と協力と譲歩といった価値を何よりも重視する。民主主義国は、全体的な合意に達するには譲歩が必要であること、また合意達成が常に可能だとは限らないことを認識している。マハトマ・ガンジーはこう述べている。「不寛容は、それ自体が暴力の一形態であり、真の民主主義精神の成長にとって障害となる。」


7. 2016年7月23日 20:34:43 : TEVfFbaXhU : x7OvJZsy7gs[17]
 多摩散人です。

 多数決という制度の欠点はよく分かるが、欠点があるからと言って多数決を否定した時、どういう決め方が多数決より優れた決め方なのか。それを教えてくれない限り、やはり多数決で行くしかないのではないか。

 お大名や幕府の決めたことに従うのがよいのか。まさか、少数決がよいとは言えないだろう。


8. 2016年7月23日 22:52:22 : eCkVyzTNOA : XFFN7imlNZU[155]

   多数決で決めてはいけないものがあるということだ。
  
   例えば憲法19条(思想及び良心の自由は、これを侵してはならない)に反する法律を国会の多数決で決めることは出来ない。これは無効である。



9. 2016年7月23日 23:36:53 : wcQRYC0FWs : 4kckZGb1R@0[3]
>9
 多摩散人です。

 憲法の条文で、その条文に反する法律を国会の多数決で決めることが出来る条文があるんでしょうか。


10. 2016年7月24日 00:32:39 : wcQRYC0FWs : 4kckZGb1R@0[5]
>9 追加です。
 多摩散人です。

 よく考えると、コメント8の意見は、法律(憲法も法律の一つです)に反することは多数決でも決めてはいけないと言う当たり前のことを言っているだけではないでしょうか。

 例えば、「この村の中では人を殺しても無罪にしよう」というようなことは、多数決でも決めてはいけないのだということです。


11. 人間になりたい[93] kGyK1ILJgsiC6IK9gqI 2016年7月24日 01:17:12 : vew34TeHNk : O3QpYgKaGX8[95]
>5階建てマンションで共有部分のエレベーターの改修費の費用分担を決める際に、5階住民が悪知恵を働かせて、「1階住民が全額負担するべき」と提案して多数決をとったとしよう。その結果、2階から5階までの住民が賛成し、全体の80%の賛成多数で可決されたらどうだろう。どう考えても正しい「決め方」ではない。

これは著しく1階の住民にとっては不利益を被るので、誰も受け入れないであろう。2階から5階の住民は、得をするので、賛成する人がいるかもしれない。アンフェアではあるがわからないこともない。しかし、もし1階の住民でこれに賛成する人がいたらとても理解できないだろう。ところがこの国の現状はどうだ。与党とその協力勢力のやりたいことは、立憲主義を逆転し、国民主権、平和主義、基本的人権を骨抜きにして国家権力が国民を縛るようにすることだ。カルトや似非右翼は別として、それによって不利益を被るだけの一般国民が投票して多数を与えている。多数決が正しく機能するためには陪審定理も重要かもしれないが、間接民主主義において、それ以上に重要なことは正しい判断をするための情報だ。今はネットによって多少はその可能性も出てきた。


12. 2016年7月24日 02:15:30 : wcQRYC0FWs : 4kckZGb1R@0[6]
>11
 多摩散人です。

>多数決が正しく機能するためには陪審定理も重要かもしれないが、間接民主主義において、それ以上に重要なことは正しい判断をするための情報だ。

 この意見は、多数決よりもよい決め方があるとは書いていない。多数決が正しく機能するためには一定の条件を満たす必要があると言っている。

 一般的にはその通りだ。

>故に、多数意見は常に正義で絶対服従沈黙せよとの意見は典型的な抑圧排除になる,これは軍国時代と同じで、少数意見尊重こそ民主主義だ(コメント2)

 これも一般論としてはその通りだが、民主主義は最後は多数決で決めるものであり、少数意見尊重も大切だが、少数意見が常に正義で多数の意見を服従沈黙させてよいなどと言うことではない。

 ただ、現実の政治の現場においては、個々人の価値観や利害関係が錯綜しており、議論は難しくなる。どんなに議論してもお互いが納得し合えない場合が大部分で、その場合は多数決で決めることになる。また、多数決で決めても、少数意見の側は、それは法律違反だとかその他の理由を挙げて、納得しないのが普通だ。世界政治の分野では、少数側、弱い側が、テロリズムという手段に出ることもある。

 具体的な問題には言及したくないが、国民の間で大きな争点になるような問題は、時間的には半世紀ぐらいしないと決着しない場合が多い。もう一つ、大きな社会的変化、つまり大事故とか戦争とか、そういうもので世論が大きく変わることもある。国際問題などは、何千年かかっても解決しない問題もある。

 マンションのエレベータの改修費用みたいな単純な問題でさえ、もめることがある。現実の政治問題はそんな単純なものはない。だから戦争が起きるのだろう。考えてみると、国際的なレベルの問題は、民主主義や多数決で解決しているわけではない。

 散漫な文章になってしまって、申し訳ない。



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