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「麻生の乱」を封じ込めた、安倍首相の巧みな人心掌握術
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48842
2016年06月07日(火) 田崎 史郎「ニュースの深層」 現代ビジネス
■「君子豹変」の理由
戦前の日本で最大の炭田と言われた筑豊地域で、石炭の輸送ルートだった遠賀川周辺に住む人たちを「川筋者」と呼ぶ。気性は荒いが、義理、人情を重んじる。この気風が育まれた福岡県直方市、飯塚市などを選挙区とする副総理兼財務相・麻生太郎が「筋が通らない」と話す時はかなり重みがあると言える。
「今の状況でわれわれとしてはもう一回消費税を延ばす延ばさないという話をするんであれば、(2014年11月の衆院解散で)延ばすということで信を問うているから、今回は必ず上げるとはっきり申し上げて選挙を当選してきたんだから、延ばすならもう一回選挙して信を問わないと筋が通らんのではないかというのが、私や谷垣さん(禎一自民党幹事長)の言い分だ」(5月29日、自民党富山県連政経文化セミナー)
首相・安倍晋三にこれほど厳しく注文を付けた麻生が翌30日夜、安倍と東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急内のレストラン「ORIGAMI」で約3時間会食すると、消費再増税延期も、衆院解散見送りもすんなりと受け入れた。麻生がいとも簡単に君子豹変したのはなぜか−。
■麻生氏を縛るトラウマ
麻生は財務官僚の期待を一身に背負って安倍や官房長官・菅義偉と対峙した。財務官僚は表だって動けなくなっていたからだ。
財務官僚は昨年12月、消費再増税の際の軽減税率導入案を決める際、生鮮食品のみにとどめようとして自民党幹事長・谷垣禎一を取り込んだが失敗。一昨年11月には消費増税を予定通り15年10月から実施しようと広範囲に根回しし、安倍や菅の逆鱗に触れた。
その轍を踏まずと、財務省は安倍官邸に情報が漏れそうな人物には説明せず、極力動きを控え、麻生の力を頼った。企業経営者だった麻生は社員に当たる財務官僚の声に耳を傾け、財務官僚の意見を実現しようとした。
もう一つ、麻生の行動を分析する上で重要なことは、麻生は首相時代に解散時機を逸した悔いが残っていることだ。08年9月に首相に就任した麻生はすぐに衆院解散に踏み切ろうとした。
しかし、当時自民党選対副委員長だった菅に、自民党が行った衆院選選挙情勢調査を基にいさめられ、解散を断念。その後は、漢字が読めないなど麻生自身のミスも重なって解散時期を逸し、結局、衆院議員の任期満了ぎりぎりの解散に追い込まれた。
このために、麻生は解散時期について人一倍敏感だ。麻生が「解散できる時機はそうない」と言って安倍に早期解散を迫ったのは、「首相時代に解散時機を逸したトラウマがあるからだろう」(安倍周辺)とみられている。
■安倍の巧みな人心掌握術
麻生は先月28日夜、首相公邸で行われた安倍、谷垣、菅との会談で、消費増税の予定通りの実施を求め、さらに延期する場合には衆院解散に踏み切るよう進言した。その内容を翌日の講演でひれきした。政権内部の協議内容を講演で大っぴらにするのは異例のこと。新聞は30日朝刊で「増税再延期 きしむ政権」(朝日)、「同日選巡り政権内に溝」(毎日)、「官邸・与党 際立つ対立」(産経)と報じた。
四者会談で、菅が公明党・創価学会との関係維持を優先するため同日選に反対し、麻生と対決する形となった。だが、麻生は同日夜、安倍と会談し、一転して再増税延期も衆院を解散しないことも受け入れた。約3時間行われたこの会談で、消費再増税や解散について話し合われたのは30分程度。残り2時間半は祖父の元首相・吉田茂や岸信介の話や党内情勢についてざっくばらんに話し合ったという。
なぜ、麻生がすんなりと降りたのか。ここに、安倍の巧みな人心掌握術がひそんでいる。
安倍は麻生に、再増税を延期する理由を丁寧に説明した後、こう言った。
「私たち二人の関係があって初めて、安倍政権は成り立っているんです。最初からそうじゃないですか。総裁選に出た時から」
12年9月上旬、安倍が総裁選に出馬するかどうかの相談を持ち掛けたのは麻生だった。麻生は安倍に全面的に協力することを約束した。安倍の殺し文句は総裁選当時を振り返り、「私たち二人」と強調した点にある。
■麻生・菅は留任濃厚か
安倍官邸を動かしているのは安倍と菅の二人であることは広く知られている。にもかかわらず、安倍は麻生との関係を政権運営の要と位置づけた。そして、別れ際、安倍は麻生にこう告げた。
「これからやるべきことをまだまだ私たち二人でやっていきましょう」
こうした安倍の言辞によって、麻生の自尊心は満たされた。しこりはそれほど残らなかった。「消費増税延期政局」できしんだかに見えた安倍、麻生、菅は再び手を握った。今年9月に行われる見通しの内閣改造でも、麻生、菅は留任するだろう。
異なる意見を持つ人たちをまとめていくのが安倍の政権運営術の一つだ。政治を動かしているのは政治家という人間なのだから、その能力を過小評価しない方が良い。(敬称略)
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