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政府内では大規模な景気対策も検討されている(写真:ロイター/Issei Kato)
「リーマン・ショック前夜」の薄弱すぎる根拠 いったい誰が分析資料を作ったのか?
http://toyokeizai.net/articles/-/120248
2016年05月28日 安積 明子 :ジャーナリスト 東洋経済
「世界経済は大きなリスクに直面しているという認識については、一致することができたわけであります」
5月26日と27日の2日間にわたって三重県志摩市で開かれたG7伊勢志摩サミット。初日に行われた首脳会談で安倍晋三首相は、世界経済の状況についてIMFのデータなどをとりまとめた資料を提示し、「2008年に起こったリーマン・ショック前の状況に似ている」との認識を示した。冒頭の発言はその後、安倍首相が記者団に述べたものだ。
■危機意識が安倍首相だけ突出
ところが26日の討議ではデヴィッド・キャメロン英首相が「危機とはいえない」と反論し、フランソワ・オランド仏大統領も記者会見で「私たちは危機の中にいない」と述べるなど、G7に参加した各国の首脳の見解は安倍首相が主張する内容で一致していたとは言い難い。
また安倍首相の経済に対する見解は、23日に公表された月例経済報告とも異なるのだ。同報告の評価は「世界の景気は弱さが見られるものの、全体としては緩やかに回復している。先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待される」というもの。同報告を決定した関係閣僚会議には安倍首相が直々に参加したが、この時には首相の口から異論は聞かれなかったという。
それなのにどうしてわずか数日のうちに、世界経済についての評価がかくも劇的に変化したのか。そもそも首脳会談で示された資料は、誰が作成したものなのか。
これについて驚愕すべき事実が判明した。
民進党が27日午前に開いた「“リーマン・ショック前夜”検証チーム」で、外務省経済局政策課の首席事務官が「作成責任者は誰かわからない。どういう経緯で作られたのかは説明できない」と述べたのである。
「サミットで経済政策を担当するのは外務省経済局。だから首相がサミットの討議に提出した資料について担当部局の首席事務官が『知らない』などと言うことはまずありえない」。同検証チームの世話人のひとりである玉木雄一郎衆院議員は訝しがる。
■根拠として示した4つの資料とは?
さらに驚嘆すべきは、首脳会談で安倍首相が「リーマン・ショック前夜」の根拠として提示した資料だ。この資料は、世界経済の需要動向を示す「コモディティ価格の推移」「新興国の経済指標」「新興国への資金流入」「2016年成長率の予測推移」の4点で構成されている。
「コモディティ価格の推移」によれば、2014年6月から2016年1月にかけてエネルギーや食料、素材などの商品価格は185.2から83.0へと55%下落しており、リーマン・ショック前後の2008年7月から2009年2月までの下落率(219.9から98.2の55%減)と一致する。よって安倍首相によればいま現在が「リーマン・ショック前夜」の根拠となるというのだが、これはかなり奇妙である。
というのも、リーマン・ショック時は7カ月かけてコモディティ価格が55%下落したのに対し、近々のコモディティ価格は55%下落するのに19カ月かかっている。同じ下落率でも期間が変われば、経済に与えるショックは異なるのは常識だ。
次に単なる商品価格の下落だけでは、景気のよしあしは測れない点だ。コモディティ価格は主に石油価格で決定されるが、石油価格の下落は必ずしも景気が悪いことが理由とは限らない。最近の下落はOPECが減産合意できなかったこと、米国との関係修復でイランが石油増産を開始したことなどが原因だ。さらにアメリカのシェールガス革命の影響も大きい。ISがシリアやイラクで略奪した油田から産出した石油も、価格下落の原因と考えられる。そもそも原材料の価格が下がると、必ず景気が悪くなるのだろうか。
原材料が安くなれば、企業はコストを減らすことができる。「景気が悪くなる」と主張するのであれば、要因分析が必要だ。しかもデータは2016年1月に底を打ち、4月にかけて反転しているが、もし1月までの下落を『リーマン・ショックの再来』と見るなら、反転はそれから脱して景気が良くなりつつあることになってしまうわけである。
民進党の岡田克也代表も27日の会見で、2016年4月にIMFが公表した世界経済見通しでは、米国、ユーロ圏、新興国ともに微増しており、日本だけが2017年に対前年比GDP成長率がマイナス0.1%に下落していることを示した。「(IMFの見解は)2016年よりも2017年は(経済は)成長する。ただひとつ下がっているのが日本で、2017年にマイナスが予想されているのは消費税(増税)の影響だ」。
IMFも反応した。クリスティーヌ・ラガルド専務理事は27日、「世界経済は2008年のような危機にはない」と安倍首相の意見をまっこうから否定。自民党の谷垣禎一幹事長も27日の記者会見で、安倍首相が示した資料は増税延期の理由・根拠になるかと聞かれ、「似ているというのはいろいろな『あの時に似ているね』というのがある」「それぞれ『似ている』の射程距離がある」と述べ、安倍首相と認識の相違があることを明らかにしている。
■消費税増税見送りの条件を演出?
もちろん、それぞれの立場と思惑によって、同じデータの解釈の仕方が異なるのは当然だ。焦点は、なぜここにきて、安倍首相が「リーマン・ショック」を持ち出し危機を強調したのか、である。それは消費税増税見送りの条件として、「東日本大震災級の大災害の発生」や「リーマン・ショック級の経済危機」を安倍首相自身が挙げてきたからだろう。
前回の衆院選前の2014年11月18日、安倍首相は官邸で会見して消費税増税を2017年4月まで1年半延期すると同時に、「再び延期することはない。景気判断条項を付すことなく、確実に実施する」と述べたために逃げられない。だが消費税をすぐに上げるわけにはいかない。ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授もポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大教授も、消費税率引き上げに反対している。2人の意見は、ホワイトハウスの思惑とも一致するものだ。米国は積極的な財政出動によって需要を創出するべき、と考えている。
世論も5月に行われたJNNによる調査では41%が消費税引き上げに賛成だが延期すべきで、41%が引き上げに反対など、多数がいま上げるべきではないという見解。そこで苦肉の策として考え出されたのが、「リーマン・ショック前夜論」だったのだ。
安倍首相は、そこまで消費増税による景気失速に恐怖感を持っているということなのだろう。ただ担当官庁の外務省も蚊帳の外に置くにわか仕立ての安普請では、世界のリーダーを納得させるどころか国民の理解も得られるはずはない。美しく神聖な伊勢神宮から始まったサミットだけに、目玉とすべき政策のお粗末ぶりがあまりにも目立ってしまったといえる。
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