>戦後70年経ってもなぜ日本は対米従属から抜けだせないのか。 これはインチキ本。 密約なんか関係ないよ
故意に本質を隠しているんだ 真実はこっち: 日本をアメリカの植民地にする事も 戦後の外交もすべて昭和天皇一人で決めていた:
マサチューセッツエ大教授のジョン・Dダワーは米国の公文書館で天皇ヒロヒトの発言を見出した。
@ 天皇は「日本人の心にはいまだに封建制の残澤がたくさん残っている。それも根こそぎにするには長い時間がかかるから占領は短かすぎない方がいい」といった。
A「神道を奉じる分子とその同調書は反米的だから警戒を要する」といった、というものである。 ヒロヒトの発言は決して日本国の象徴たるものにふさわしいといえない。まさに偽帝の言というべきである。 http://www.snsi-j.jp/boards/sirogane/152.html
昭和天皇はアメリカに文書を送り、在日米軍基地について「日本の側からの自発的なオファ」が必要である旨を述べています。「自発的なオファ」とはすなわち、日本側からお願いして米軍に駐留してもらうということです。 こうした昭和天皇の考えが、吉田の外交方針に大きな影響を与えた可能性があります。実際、吉田は日米交渉の節目節目で昭和天皇に内奏しており、あれほど嫌がっていた講和会議への参加を決めたのも昭和天皇に拝謁した後でした。 昭和天皇は沖縄についてもアメリカに自らの見解を伝えています。いわゆる「沖縄メッセージ」です。そこでは、米軍による沖縄占領が25年から50年、あるいはそれ以上継続されることを望む旨が述べられています。 http://www.asyura2.com/15/senkyo187/msg/352.html 昭和天皇はマッカーサーとの会見で、駐留米軍で日本を共産主義から守ってくれと頼み、戦力の不保持を謳った憲法9条と国連が日本を守るのだと逆にマッカーサーから諭されたと言われている。
その昭和天皇は、米国が沖縄および他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望し、そのことが米国の利益になり、日本を保護することになる、という考えを示した(いわゆる天皇メッセージ) この昭和天皇の安全保障観は、豊下楢彦教授の名著「日米安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交」(岩波新書)で書かれた吉田茂の天皇外交への恭順と見事に照合する。 吉田茂もまた芦田と同じく外務官僚だった。 もういいだろう。 この産経新聞の大スクープ記事がいわんとするところは、戦後の日本の安全保障体制は昭和天皇と外務官僚によってつくられ、米国にそれを要望してできた国策であるという事だ。 http://new-party-9.net/archives/2236 戦力を保持しない日本の安全保障は駐留米軍に委ねるべきだと戦後の日本政府が最初に打ち出したのが、占領期の昭和22年9月、芦田均外相下の外務省で作成された「芦田メモ」だ。 昭和天皇は講和後の安保体制にご関心
この時期、昭和天皇の最大のご関心も、講和後の日本の安保体制の行方にあった。22年5月のマッカーサー元帥との会見で、「日本ノ安全保障ヲ図ル為ニハ、アングロサクソンノ代表者デアル米国ガ其ノイニシアチブヲ執ルコトヲ要スルノデアリマシテ、此ノ為元帥ノ御支援ヲ期待シテ居リマス」と懇願された(児島襄「日本占領第3巻」)。 「芦田メモ」が作成された同じ同年9月には、寺崎英成・御用掛(天皇の通訳)がGHQのシーボルト外交局長を訪ね、天皇の「沖縄メッセージ」を伝えている。「米国が沖縄および他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望されており、その占領は米国の利益になり、日本を保護することになるとの考え」を示したもので、同局長から米国務省にも報告された(「昭和天皇実録」)。日本の安全保障を確保する手段として沖縄への米軍の長期駐留の意向を天皇自ら示されたものとされている。 http://www.sankei.com/life/news/150719/lif1507190017-n1.html 沖縄の米軍基地 ─「県外移設」を考える (集英社新書) – 2015/6/17 高橋 哲哉 (著) http://www.amazon.co.jp/%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%AE%E7%B1%B3%E8%BB%8D%E5%9F%BA%E5%9C%B0-%E2%94%80%E3%80%8C%E7%9C%8C%E5%A4%96%E7%A7%BB%E8%A8%AD%E3%80%8D%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E5%93%B2%E5%93%89/dp/4087207900
―本書でもうひとつ、非常に重要な意味を持つのが「天皇メッセージ」に関する部分です。
敗戦直後の1947年、昭和天皇がアメリカに対して沖縄の軍事占領を希望するというメッセージを送っていたものですね。 高橋 当時はすでに今の日本国憲法が施行されていますから、本来ならば天皇は政治的な権能を持っていませんでした。それにもかかわらず、昭和天皇は占領軍に対して、当時の吉田政権の頭越しに自らのメッセージを発しています。その内容は 「日本国天皇は沖縄に対する米国の軍事占領が25年ないし50年あるいはそれ以上にわたって続くことを希望する。それが日本の防衛に役立ち、かつアメリカの利益になるだろう」
というものです。 この極秘文書は1979年に筑波大学の進藤榮一さんが発見したのですが、いまだにその存在があまり広くは知られてないと思います。日本のメディアがこれを大々的に報道するのを自粛しているように感じます。
実際に、日本政府はその後の主権回復と引き換えに沖縄を米軍支配下に譲り渡し、本土復帰を経ても、米軍が沖縄を占領しているような状態が今も続いている。あたかも日本政府は、70年近く前に昭和天皇が希望したように振る舞い、戦後の歴史が展開してきているわけです。 http://www.asyura2.com/15/senkyo190/msg/113.html つまり、 日米安保と米軍駐留と日本の植民地化は昭和天皇のたっての願いでアメリカが仕方なくやっているもの そもそも米軍が東京の近くにいるのも革命から天皇一族を守る為
日本に軍隊が有るとクーデターや革命を起こして天皇一族を処刑する可能性があるので、昭和天皇は 日本が永遠に軍隊を持てなくなる様にしてくれ とマッカーサーに頼んだのさ それが第九条の背景 昭和天皇も今上天皇も軍人によるクーデターや革命を極度の恐れているから、日本軍を持たないで米軍に皇居の近くに駐留して天皇一族を守ってもらいたいという事さ
占領政策は昭和天皇とマッカーサーが何回も会談を重ねて決めた
戦前も戦後も日本の外交は昭和天皇がすべて決めていたよ 戦後総理になった幣原も吉田茂も昭和天皇の指示通りに動いていたしね
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