ビジネスライクに考えた日米同盟の経済コスト PRESIDENT 2015年9月14日号 著者 防衛大学校 総合安全保障研究科教授 武田康裕 構成=久保田正志 図版作成=大橋昭一 写真=共同通信社 http://president.jp/articles/-/16057自主防衛なら現在よりも23兆円かかる? 現在、単独で自らを守れる国家は、米国も含めて1つもないと言ってよい。どの国でも安全保障上、何かしら他国との協力関係が必要とされる。 日本も例外ではない。とりわけ平和憲法により、自助できる部分に制約がある。従って他国との協力関係でこれを補わざるをえない。 1951年、日本が米国など48カ国とサンフランシスコ講和条約を結んで独立を回復した際、同時に日米安全保障条約が締結された。この2つの条約がセットで締結されたのは偶然ではない。平和憲法の下で専守防衛に徹する日本は、米国との同盟によって初めて国家としての独立と安全を確保できるようになった。 わが国の防衛関連予算は90年代以降、一貫して対GDP比で1%を下回ってきた。これは米国の同3.5%(2014年度、以下同)はもちろん、英国の2.1%、フランスの2.2%、ドイツの同1.2%など他の先進諸国に比べても顕著に低い。この予算には、米軍の駐留に関わる経費負担も含まれている。また日米安全保障条約が発効した52年以来、わが国は自国の領土・領海においても、それ以外の地域においても、一度も武力紛争に巻き込まれることはなかった。こうした客観的事実は、日米同盟がわが国に、比較的低いコストで高い水準の安全保障をもたらしてきたことを示唆している。 しかし、現実に日米同盟を維持するためにどれだけのコストが費やされているのか、仮に日米同盟を解体し、日本が独自で国の防衛を行うとしたら、どれだけの費用が必要となり、どれだけの便益が失われるのか。これらを試算し、数量的に把握することは、安全保障政策の立案上、重要である。この試算で、日米同盟の便益とコストを明らかにできる。 自主防衛に転じたら、あといくらかかるか? ●日米同盟の経費(現状) 直接経費 接受国支援(HNS) 1867 SACO関係経費 86 米軍再編関係経費 599 その他(基地対策費)1822 @小計 4374 間接経費 自治体の税収 155 基地周辺の経済効果 11494 騒音と飛行場利用 1610 事件・事故 25 A小計 13284 計@+A 17658 ●自主防衛の経費 直接経費 島嶼部防衛 2993 空母機動部隊 17676 戦闘機 11200 情報収集衛星+無人偵察機 8000 民間防衛 2200 B小計 42069 間接経費 貿易 68250 株・国債・為替 120000 エネルギー 10000〜25000 C小計 198250〜213250 計B+C 240319〜255319 同盟解体のコスト=(B+C)ー(@+A)=222661〜237661 *単位:億円。武田康裕氏作成 2012年度の場合 私は武藤功・防衛大学校教授との共著『コストを試算! 日米同盟解体』(12年刊)で、「現在の日米同盟体制とできるだけ同じ安全保障の水準を保つ」という前提の下に、現行の日米同盟のコストと自主防衛に踏み切った際のコストの比較を試みた。その結果、自主防衛にかかるコストの総計が日米同盟下のそれを22兆2661億〜23兆7661億円上回るという結果が出た。 ただしこれは、現在の年間防衛費約5兆円と単純に比較する性格のものではない。数字の独り歩きを戒める意味でも、以下でその算出の経緯をたどっていく(特に断り書きのない数値は12年度のもの)。 計算上、在日米軍の人員や装備を維持するための費用、同盟を破棄して自衛隊に置き換えるのに必要な費用を「直接経費」と呼ぶ。直接経費には、日米地位協定で定められた施設・区域の提供およびその所有者への補償に加え、米軍基地従業員の労務費の負担などのいわゆる“思いやり予算”などが含まれる。また、自主防衛のための装備調達費がある。 加えて、現実には直接経費以外の目に見えない費用が存在する。これを「逸失利益(機会費用)」と呼ぶ。日米同盟維持の逸失利益には、基地のある土地を別な形で利用した場合の収益や、自治体が得たであろう固定資産税額や、住民税等の税収などがある。同盟解体の逸失利益は、日米同盟が存在することで得ていた安全保障以外の便益である。 今回の試算の特徴は、数値化が難しいこうしたコストについても、あえて間接経費としてカウントしたことにある。この前提の下での日米同盟解体のコストは、下記の通りだ。 (日米同盟を自主防衛で代替した場合に必要な直接経費+同盟解体に伴う逸失利益)−(日米同盟を維持していくための直接経費+同盟を維持していくための逸失利益)。 このうち同盟を維持していくための直接経費は、政府予算として計上されている。在日米軍の駐留に関する経費は、12年度の場合、3689億円。これに米軍再編関係経費599億円、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)関係経費86億円が加わり、その費用は約4374億円。15年度であれば約5200億円である。わが国は国内の米軍駐留経費のおよそ75%を負担しており、この割合は米国の全同盟国27カ国の中で最も高い。 同盟維持の間接経費には、自治体が失う税収、基地跡地の経済効果、基地関連の事件・事故処理の費用などが含まれ、12年度の場合で約1兆3284億円と試算した。これで、日米同盟維持のためのコストは直接経費・間接経費で計1兆7658億円となる。日米同盟を解体すれば必要なくなる費用である。 「同盟解体によって日経平均株価が25%下落」と試算 ちなみに、日米同盟を解体した場合、日本独自で補うべき在日米軍の役割とは何であろうか。それは日本に対する武力攻撃の未然防止と有事への対処である。特に、日本に対する攻撃を米国に対する攻撃と同等と見なすことで、日本への攻撃を思いとどまらせる能力(拡大抑止)である。 在日米軍による拡大抑止には3つの柱がある。 第1は、在日米軍基地を拠点とする米軍の前方展開部隊。日本は専守防衛原則の下で、攻勢作戦をすべて米軍の分担としている。同盟解体ならこの原則を改め、自衛権の範囲内で自衛隊が攻勢作戦も担う形にしなければ、わが国の安全を保障することができない。前方展開を担う在日米軍には、沖縄と岩国に駐留する海兵隊、横須賀を母港とする空母機動部隊、三沢や嘉手納を中心とする戦術空軍がある。これらは特に尖閣列島など島嶼部への侵攻に対する抑止力となっている。 第2は、敵国による核攻撃を抑止する、米軍の「核の傘」である。 第3は、敵国のミサイル攻撃からわが国を防衛するための、ミサイル防衛システムである。 第1の在沖縄米海兵隊のうち、有事即応部隊は2000名程度。兵員については陸上自衛隊の隊員で代替可能である。しかし現在の陸上自衛隊には、兵員を速やかに島嶼部に輸送する能力がない。島嶼部防衛のために、米軍海兵隊と同等の輸送力を備えようとすれば、「ひゅうが」型護衛艦1隻、「おおすみ」型輸送艦2隻、エアクッション型揚陸艇4隻、ヘリ24機等が新たに必要となる。その総費用は12年度の価格で2993億円となる。同様に、横須賀の空母機動部隊も、正規空母のほか護衛艦、補給艦、潜水艦、艦載機、巡航ミサイル等を含む標準編成費用は合計約1兆7676億円に、三沢・嘉手納の戦術空軍は、対地攻撃能力を持つF2と空対空戦闘能力を持つF15Jで代替して1兆1200億円となる。 第2の核攻撃抑止力だが、米軍の「核の傘」がなくなった際、日本が独自に核武装するという選択肢はありうるだろうか。結論からいえば否だ。日本が核武装を行えば、核不拡散条約(NPT)からの脱退は必然だ。すると、「非核兵器国に対しては核兵器を使用せず、核攻撃を受けた非核兵器国に必要な援助を行う」という、核兵器国による消極的・積極的安全保障が失われ、実際に核兵器を開発・装備するまでの間、核攻撃に対し無防備な状態に置かれることになる。この間、日本は経済制裁の対象となり、日本の核兵器開発を実力で阻止する動きが出てくる可能性もある。また日本が核武装すれば、周辺諸国もドミノ倒し的に核武装を始める可能性もあり、さらに米国が日本を友好国と見なさなくなる恐れもある。わが国は核武装することで、かえって安全保障のレベルが低下してしまうことは確実といえる。このため、「現在の安全保障水準を維持する」という試算の前提上、「米国の核の傘を失ったとしても、核武装の選択はすべきではない」と考えられ、今回の算出費用に核武装分は見込まないこととした。 第3のミサイル防衛システムについては、そもそも日本と米国で共同開発されたものであり、同盟を解体すれば現在のシステムは使用不能となる。同様のミサイル防衛システムを日本独自で一から開発・運用することは、現状ではほぼ不可能である。ミサイル防衛システムの代わりに、発射前に敵ミサイル基地を叩く戦略を採るとしても、敵ミサイルの位置を察知するには、16機以上の情報収集衛星を打ち上げ、高高度を飛行する滞空型無人偵察機を併用して24時間の監視体制を取る必要がある。さらに、実際にミサイルを撃ち込まれた場合に被害を最小化するための民間防衛体制の構築も欠かせない。これらミサイル防衛システムの代替費用は1兆200億円。しかし、これらの処置をもってしても、現在の水準の安全を維持することはできない。以上、自主防衛のための新たな装備品の調達等に必要な直接経費は、4兆2069億円となる。 次に、同盟解体の間接経費である。これは「貿易」「金融」「エネルギー」の3点に着目し、GDPへの影響を数値化した。 まず、同盟解体による日本の貿易への負の影響である。ここでは10年度の貿易額の数字を用い、日本から米国への輸出額10兆3740億円が完全にゼロとなると想定、GDPが米国からの年間輸入額相当分の6兆8250億円低下するとした。 次に、日経平均株価が210円下落するとGDPの1兆円減少につながると仮定。同盟解体によって日経平均が25%下落し(08年のリーマンショックを想定)、12兆円のGDP低下を引き起こすと試算した。 さらに同盟解体は海上輸送の危険度を増し、エネルギー資源の輸送コストを押し上げる。原油輸入価格が1バレル当たり10ドル上昇し、これがGDPの1兆〜2.5兆円の減少をもたらすとした。 これらの直接費用と間接費用を総計し、そこから現在の日米同盟の維持費用を差し引いた負担増加額は、22兆2661億〜23兆7661億円となる。これが日米同盟解体のコストである。しかもこれだけの費用を投じても、「核の傘」やミサイル防衛システムを失い、米国との関係も悪化することで、安全保障の水準は大きく下がることになる。 もっとも、ここでの間接費用の試算はかなり簡易的なものであり、冒頭で述べた通り「23兆円」という数字の独り歩きは問題なしとしない。 重要なのは、直接予算に計上される費用以外にも、日米同盟の維持や解体に必要なコストは多々あり、そうした間接費用をも考慮しなければ、同盟維持にかかる正確な国益は見えてこない、という事実である。より精度の高い試算については後進に期待したい。 これらの直接費用と間接費用を総計し、そこから現在の日米同盟の維持費用を差し引いた負担増加額は、22兆2661億〜23兆7661億円となる。これが日米同盟解体のコストである。しかもこれだけの費用を投じても、「核の傘」やミサイル防衛システムを失い、米国との関係も悪化することで、安全保障の水準は大きく下がることになる。 もっとも、ここでの間接費用の試算はかなり簡易的なものであり、冒頭で述べた通り「23兆円」という数字の独り歩きは問題なしとしない。 重要なのは、直接予算に計上される費用以外にも、日米同盟の維持や解体に必要なコストは多々あり、そうした間接費用をも考慮しなければ、同盟維持にかかる正確な国益は見えてこない、という事実である。より精度の高い試算については後進に期待したい。
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