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米スティグリッツ教授が安倍首相と黒田総裁に迫ったこと
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/180487
2016年5月3日 日刊ゲンダイ
問題の本質は消費増税の是非ではない(スティグリッツ教授=右と宇沢達氏)/(C)日刊ゲンダイ
【特別寄稿】名古屋大教授・宇沢達氏
消費税を上げるか上げないか、今議論がなされているところである。安倍首相はノーベル経済学者でコロンビア大学のスティグリッツ教授らから意見を聞き、スティグリッツ教授が「先送りを提言した」と新聞に大々的に報じられたのは記憶に新しいところだ。しかし、こうした「切り取り」報道は偏っている。教授の真意について書いてみたい。
スティグリッツ教授は私の父親(宇沢弘文東大名誉教授、2014年没)の教え子、研究仲間で、ともに経済成長の問題に取り組んだ。
その縁で、3月16日、国連大学で開かれた「宇沢弘文メモリアルシンポジウム」にも参加いただいた。安倍首相が教授に面会したのは、ちょうど、このタイミングである。教授は日銀でも講演し、黒田総裁とも話をした。私はずっとご一緒させていただいたので、教授が黒田総裁に何を語ったかも承知している。
それを紹介する前に、教授が「消費税増税に反対している」との新聞報道があふれた背景には、経済学に対する誤解があるように思う。
経済という現象は、いろいろな立場の参加者がいて初めて成立する。大きな船みたいなものである。全員が一方の側に移ったらその船は沈没するしかない。フリードマンをリーダーとする規制緩和、自由市場に任せろ、という議論は極端すぎるものであり、リーマン・ショックが起きたひとつの理由は、彼らの考えが無効であるからではなく、極端すぎて、さまざまな安全弁が外れたからだ。
経済学は増税に是か非かという○×クイズではないのである。市場万能主義者の主張は近似的には正しいが、それが成立するためには条件がある。その理論的解明に取り組んだのがアロー(1972年ノーベル経済学賞)らであり、その共同研究者である父であり、スティグリッツらなのである。
アロー、父親、アカロフ(2001年ノーベル経済学賞)、スティグリッツらは市場経済がどのように機能するかについて優れた研究成果を残した。こうした経済学者がフリードマンに代表される無差別な市場信奉に批判的なのは印象的である。
■問題視しているのは「格差」
市場の機能は人間の体に似ている。自然といろいろな調整をして健康な状態を保とうとする。そのような状態にある限り、介入の必要はない。しかし、病気やけがをすれば、介入が必要になる。
スティグリッツ教授は「現在の世界の経済状況は深刻な状態にある」という認識に立っている。とりわけ、問題視しているのが格差である。
彼は「格差が拡大していることにより、持てるものは消費を拡大せず、持たないものは消費を控えることにより、『需要』が冷えていることが問題である」と訴えた。そのうえで、「実体経済に対する投資を喚起するために消費税を現在上げるより『炭素税』といった『悪いもの』に課税し、法人税も減税せずに企業による研究開発投資に対し減税した方がいいだろう」と語った。この発想の原点は公益の視点に立ち、市場機能を通じて格差の問題を解決しようというものである。
「真のグローバル化とはGDPを信奉するのではなく、貧困、病、老い、といった人類に共通の問題に立ち向かう地球的な認識を持つことである」というのが彼の持論であり、私の父も同様だった。経済成長とは単に車やパソコン、テレビを増やすことではない。
スティグリッツ教授は黒田総裁に、「金融効果は限定的であり、必要なところ、特に中小企業に資金が回っているかどうかは疑問だ」と金融政策の限界について述べた。スティグリッツの次の質問は私の心に刺さった。
「80年代の日本の企業は雇用を保障し、そのことが人的資本への投資を可能にしていたはずである。現在では非正規雇用をアメリカでも例がないほど増やしている。何が変わったのか?」
黒田総裁は明確に答えなかったが、この30年間でいかに新自由主義的な考えにより日本が変化したかを実感させる質問だった。
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