習主席がオバマ氏に伝えた“脅し” THAADでも米中衝突 編集委員 中沢克二 2016/4/6 6:30日本経済新聞 3月31日、ワシントンで開かれた米中首脳会談。中国国家主席の習近平は、米大統領のオバマに予想を覆す厳しい言葉を伝えていた。 焦点の南シナ海問題ではない。米国と韓国両政府が真剣に協議している米軍の地上配備型、高高度ミサイル迎撃システム(THAAD)の韓国への配備問題である。北朝鮮の“核ミサイル”に備える防衛網の整備は、日本の安全保障にも大きく関わる。 「THAADの韓国配備に断固反対する。みんなの損害となり、迷惑だ。あなた自身(米国)のためにもならない」。100分もの長時間にわたった米中首脳会談の一つのクライマックスだった。米中対峙の舞台は、南シナ海ばかりではなく、朝鮮半島でもある。 あなた自身のためにもならない――。公式外交の場で中国トップがこの言葉を使うのは珍しい。中国人がこうした言葉を投げつけられた場合、軽蔑されたという印象を持ち、憤慨しかねないという。つまり、無礼な言い回しなのだ。 中国側が習の言葉を紹介しているのだから、実際の現場ではさらに鋭い舌鋒(ぜっぽう)だった可能性もある。「覚悟を持った米国への脅しの言葉と考えてよい」。中国の国際問題の専門家の指摘だ。 「みんなの損害となり、迷惑だ」のみんなとは、中国自身である。「米国のためにもならない」の意味は、韓国配備が現実化すれば、中国として米国や韓国に対抗措置をとる権利を留保する、ということだ。米国を脅している。習が自ら発言した以上、中国はTHAAD配備を容認しない。様々な手を使い阻止しようとするだろう。 ■中国空軍「開戦1時間でTHAAD殲滅」 北朝鮮は、核実験と長距離弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、ワシントンを“核ミサイル”で攻撃する宣伝映像まで公開した。映像公開は、米中会談があったワシントンでの核安全保障サミットの直前だった。「核なき世界」を掲げてノーベル平和賞を受賞したオバマをあざ笑ったのだ。 そのうえ、北朝鮮の国営メディアは1日、「血で結ばれた友誼(ゆうぎ)関係を捨て、あちこちの国と密室でつくったもので正義と真理を抑えつけようとしている」と、国連安保理の制裁強化に同調した中国まで暗に批判した。中国はまず、北朝鮮を抑えなければならないが、それができない。 こんな状況下では、THAADの韓国配備は簡単には止められないのは明らかだ。それなのに習はなぜ、こだわったのか。1、2カ月前からの中国内の動きに伏線がある。軍部である。 「THAADが韓国に配備されれば、中国と韓国の自由貿易区構想もぶち壊しになる」。これは中国空軍の少将が2月に語った激しい内容だ。中国依存度の高い韓国経済を人質にとる言い回しである。現役将校の発言だけに重い。 同じ頃、複数の中国系メディアが、(仮に開戦となれば)中国空軍の爆撃機が1時間以内に韓国などのTHAAD基地を殲滅(せんめつ)できる、という趣旨の衝撃的な見出しの文章を掲載した。 実力向上が著しい中国空軍の爆撃機編隊による遠距離爆撃訓練に関する記事だった。人民解放軍の機関紙、解放軍報の1面トップの内容を引いた中国内外の分析に関する記事という体裁をとっている。 万一の開戦の場合、中国空軍の第1目標が韓国のTHAADとなり、再び立ち上げるのが不可能なまでにたたける。そんな勇ましい内容だ。この手の記事には、必ず裏がある。韓国の反応などを見るアドバルーンの役割を担う例が多い。 米軍がTHAADを韓国に配備すれば、その高性能レーダーによって、中国の内陸部、奥地にある虎の子のミサイル基地の様子まで探知されてしまう。「中国軍が核ミサイルを発射しても無力化され、米国に対する核抑止力が損なわれかねない。そうなれば、南シナ海でも中国軍は不利になる。容認できない」。中国軍にはそんな危機感があった。 ■中国軍の動きと連動 軍の立場を代表する将校が口にした話、軍系を含む中国メディア報道と、習のオバマに対する発言は呼応していた。習は1月、軍の再編を華々しく発表した。「戦うことができる軍隊づくり」。これが習が掲げた伝統的な「7大軍区」を「5つの戦区」に組み直す一大改編の目的だ。 習は清華大学を出た後、中国軍を指揮する中枢、中央軍事委員会で働いた軍歴がある。長年の軍との関わりを最大限に活用し、その力を利用することで権力固めを進めてきた。 共産党内の一部では、習の強引な手法への反発がくすぶる。中国の国内経済、外交的な立場も厳しいなか、軍をひき付けておくことは習にとって極めて重要だ。軍の政治利用である。 その証拠に習は3月23日、中国軍の最高教育機関、国防大学を視察。軍再編の成果を強調してから、核安全保障サミット出席など一連の外国訪問に出発した。外遊中、後顧の憂いがないよう手を打ったのだ。 「共産党の指揮に従い、勝てる、清廉な人民の軍隊に。習近平」。全国の軍施設にこの習の言葉が掲げられつつある。党の指揮とは、中央軍事委員会主席である習の命に従うという意味だ。 「上海閥」を率いた元国家主席、江沢民のお膝元である上海。中心部にある由緒ある空軍系の教育施設、南京政治学院上海分院の建物の壁に掲げられていた揮毫(きごう)が昨年、突然、変わった。長年、皆が目にしてきた長老、江沢民の言葉の文字が消され、習の言葉に書き換えられたのだ。江沢民による「院政」の終わりと、軍内の力学の変化を皆、感じた。 習は、かつての政権と違い、空軍人脈も重用している。制服組トップの中央軍事委員会副主席、許其亮は空軍出身である。近代戦では、空軍、ロケット軍(旧第2砲兵)、海軍が重要な意味を持つ。中国も同じだ。習が進めたのも、その概念に沿った軍再編だった。南シナ海問題は、海軍の今後の権益にも大きく関わる。これも習の南シナ海での強硬姿勢につながっている。 注意を要するのは、中国軍は心情的には依然、北朝鮮よりの立場だという事実だ。当然だろう。韓国軍は、中国軍と南シナ海などで対峙する米軍の傘下にあると言ってよい。米韓同盟は、朝鮮戦争(1950〜53年)以来、中国と北朝鮮を敵としてきた。 92年の中韓国交樹立以来、経済を中心に両国関係は大きく進展したが、こと安全保障面での枠組みが根本的に変わったわけではない。それでも、韓国大統領の朴槿恵(パク・クネ)は、2015年9月、中国・北京で開かれた軍事パレードに参加した。その選択の是非が今、問われている。中国は結局、THAAD配備で韓国に理解を示すことはない。あくまで自国の安全保障を優先する。 ■米中100分の激論 THAADや南シナ海でやり合った米中首脳会談は2時間近くにもわたった。国際会議を利用した会談としては異例の長さだ。激論で会談が長引いたため、その後の中韓首脳会談は、当初予定より1時間も遅れた。 習は、THAADに関して、韓国の親分と見る米国にくぎを刺すことを優先した。朴槿恵には、もうすこし慎重な言い回しを使った。あくまで中国は、米国にらみだ。それが中国が、一方的に「新しい形の大国関係」と叫ぶ対米関係の考え方でもある。 オバマ政権下、最後の核安全保障サミットは、ベルギーの事件もあり、テロ対策などに重点があるはずだった。ところが、習の本当の関心事は、自国の核兵器の有効性と安全保障にあった。米中対峙の複雑化を象徴する長時間のオバマ・習会談だった。(敬称略) http://www.nikkei.com/article/DGXMZO99288610V00C16A4000000/
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