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札幌地裁「おとり捜査」再審開始決定が「画期的」であることの意味
https://nobuogohara.wordpress.com/2016/03/04/%e6%9c%ad%e5%b9%8c%e5%9c%b0%e8%a3%81%e3%80%8c%e3%81%8a%e3%81%a8%e3%82%8a%e6%8d%9c%e6%9f%bb%e3%80%8d%e5%86%8d%e5%af%a9%e9%96%8b%e5%a7%8b%e6%b1%ba%e5%ae%9a%e3%81%8c%e3%80%8c%e7%94%bb%e6%9c%9f%e7%9a%84/
2016年3月4日 郷原信郎が斬る
銃刀法違反(拳銃の所持)で実刑判決(懲役2年)が確定し、服役を終えていた元船員のロシア人男性が、「北海道警のおとり捜査は違法だった」として再審請求していた事件について、札幌地裁(佐伯恒治裁判長)は3日、再審開始を認める決定をした【毎日ネット記事http://mainichi.jp/articles/20160304/ddm/041/040/164000c】
上記記事の弁護人のコメントにもあるように、今回の再審開始決定は「極めて画期的」と言えるものだ。違法なおとり捜査を認めて再審開始を決定したのが初のケースで「画期的」というだけでなく、今回の再審決定は、そもそも、再審は、どのような事実が明らかになった場合に認められるべきかという一般論にも大きな影響を及ぼすものだ。
これまで、再審開始の事由とされてきたのは、有罪が確定した者について、「犯人ではなかったこと」、「犯意がなかったこと」など、犯罪が成立しないことが新証拠によって明らかになった場合である。
しかし、今回の事件では、再審を請求したロシア人男性は、「拳銃所持」という犯罪自体は否定していないし、再審開始決定でも、犯罪の成立自体は否定していない。
再審開始決定が「無罪を言い渡すべき」事由としたのは、その拳銃所持の犯罪の証拠である「拳銃」が、違法な「おとり捜査」によって収集されたもので、「違法収集証拠」として証拠とすることができないものだということが「新証拠(警察官の証言)」によって明らかになったということである。
これまで再審開始決定が出された事件と決定的に異なるのは、犯罪事実の有無・犯人性などの「実体判断」の問題ではなく、有罪の証拠とされた証拠が「違法収集証拠」だという訴訟手続法上の事実によって証拠とすることができない、だから、本人が犯罪の成立自体は否定していないとしても、「自白の補強証拠がない」として「無罪を言い渡すべき」だとされた点だ(憲法38条3項、刑訴法319条2項は、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には有罪とされないとしており、自白があっても、それを補強する証拠がなければ有罪とはできない。)。
三審制の下で、刑事裁判が行われ、その結果一度確定した判決が再審で覆されるのは、どのような証拠で、どのような事実が明らかになった場合なのかについて、これまで、様々な議論や裁判所の判断が積み重ねられてきた。再審開始の判断に関して、再審の扉を大きく開くことにつながったのが、最高裁白鳥事件決定での「『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則は再審制度にも適用されるべきであり、確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じれば再審を開始できる」という判断だった。しかし、この決定も、有罪が確定した請求人の犯罪の成否という「実体判断」について行われたものだ。
再審事由に訴訟法上の事実が含まれるか否かについて明確に判断した裁判例はなく、学説上は、「含まれない」という見解の方が有力だった。もし、有罪の根拠とされた証拠が違法収集証拠であったことなどの訴訟法上の事実が再審開始の事由にされるとすると、違法収集証拠の主張に関連する再審請求の余地が大きく拡大することになる。
例えば、覚せい剤使用で起訴され、弁護側が「採尿が無令状で本人の意思に反して強制的に行われたので違法だ」と主張したが、裁判で警察官が「任意に採尿に応じたもので違法ではない」と証言して有罪が確定した者について、その後、警察官の偽証が明らかになり、実は採尿が「違法」で、採尿に関する捜査書類が「違法収集証拠」で証拠にできないものだったことが明らかになった場合にも、再審開始の余地があるということになる。
今回の再審開始決定では、おとり捜査が、もともと犯罪を行う意思がある者に捜査機関側が犯罪を行う機会を与えたという「機会提供型」ではなく、もともと罪を犯す意思のなかった者に働きかけて積極的に犯罪を行わせる「犯意誘発型」だったこと、北海道警が、おとり捜査の事実を組織的に「隠ぺい」し、警察官が偽証まで行ったことが認定されており、本件の捜査が、公正な捜査を行うべき警察として許し難いものであったことが認定されている。
このような警察の違法捜査と組織的隠ぺいは、全く弁解の余地のないものであり、「犯罪を抑止すべき国家が自ら新たな銃器犯罪を作りだした」などと厳しく批判した裁判所の姿勢は極めて適切なものと言えよう。
しかし、その極めて当然の批判を行った裁判所が、「将来の違法捜査抑止の観点からも、証拠能力は認められない」との判断を示して再審開始を決定したことは、今後、「再審」という手続の刑事訴訟における位置づけ自体を大きく変える可能性をはらんでいる。
これまで、再審は、有罪判決が確定して刑に服すこととなった者、あるいは服した者について、「冤罪救済の最後の手段」として位置づけられてきた。「違法収集証拠」という訴訟法上の事実自体を再審事由に含めることになれば、再審が、有罪判決が確定するまでの経過に、国家が刑罰を科す手続として許容できないものがあったか否かを検証する新たな機能を果たすことになる。
刑事事件の公判で捜査の違法性が争われる事例は多いが、ほとんどの場合、警察・検察が公判で違法性を徹底して争い、警察官・検察官が捜査に違法がなかったことを証言するため、実際に裁判所が捜査の違法性を認定する例は極めて少ない。むしろ、有罪判決が確定した後になって、何らかの事由が契機となって、捜査の違法性を根拠づける事実が明らかになるということのほうが起こり得る。その場合に、「違法収集証拠」という判断を通じて、再審開始決定に至る可能性があるということになると、再審が刑事裁判において果たす機能が、「冤罪の救済」だけでなく、「捜査の適法性の検証」にも及ぶという意味で、大きく変わることになる。
この再審開始決定について、検察が即時抗告を行って上級審の判断を仰ぐのか、もし行った場合に、抗告審が再審事由の範囲についてどのような判断を行うのかが注目される。
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