終身雇用・年功序列という「差別的」な労働慣行を擁護する人たちが語らない不都合な真実[橘玲の日々刻々] 2016年2月15日 安倍首相が施政方針演説で「同一労働同一賃金の実現に踏み込む」と発言しました。同じ仕事をしているひとに同じ賃金を支払うのは当たり前に思えますが、驚くべきことに日本ではこれまで非常識とされてきました。労働者を「正規」と「非正規」の身分に分けて、正社員のみを会社共同体の正式なメンバーにしているからです。 人種によって異なる扱いをすることが人種差別(レイシズム)で、男女の性別で待遇を変えれば性差別です。それと同様に、正規と非正規(あるいは親会社からの出向とプロパーの社員)で異なる給与体系を押しつけることは身分差別以外のなにものでもありません。 さらに問題なのは、終身雇用・年功序列の日本的労働慣行が新卒一括採用や定年制という年齢差別を前提としていることです。これは日本国内だけで通用するガラパゴス化した制度なので、日本人(本社採用)と外国人(現地採用)で国籍差別までしています。これほどまで重層化した差別が社会の根幹にあることを日本は官民あげて必死に隠してきましたが、ILO(国際労働機関)の勧告など国際社会の圧力をいよいよ無視できなくなったということでしょう。 非正規を差別して正社員という特権階級をつくるのは、「日本人」「男性」「中高年」「高学歴」という属性を持つひとたち(いわゆるオヤジ)の既得権を守るためですが、残念なことにオヤジ予備軍の高学歴の若者や、オヤジに扶養されている家族の暗黙の支持があるのでなかなか変わりません。 自分たちが「差別主義者」であることは大企業の経営者や労働組合も気づいていて、「同一価値労働同一賃金」の実現を提唱しています。「同一労働」だとパートも正社員も労働時間以外は完全に平等という北欧型の労働制度になってしまうので、正規と非正規では労働の「価値」がちがうと強弁しているのです。 連合によれば、正社員の高い給与は「転勤や配置転換にともなう精神的苦痛」の代償とのことですが、自分たちが虐待されているという被害者意識丸出しです。経団連の主張は「労働者のキャリアや責任」で、こちらはサービス残業や長時間労働を厭わない便利な働き手を手放したくないという底意が見え透いています。 日本的労働慣行を擁護するひとたちは文化や伝統の素晴らしさを滔々と語りますが、彼らがぜったいに触れないことは、日本の労働者の労働生産性が先進7カ国で20年連続で最下位という不都合な事実です。一足早くリベラルな労働環境を整備した欧州はもちろん、“ネオリベの陰謀”で労働者が不幸なはずのアメリカですら、日本の労働者より5割以上も効率よく稼いでいます。 日本がどんどん貧しくなっているのは日銀がお金を刷らないからではなく、労働生産性が低いからで、それを埋め合わせるために長時間労働が必要になるのです。海外にはずっとうまくやっている国がいくらでもあるのですから、ふつうに考えれば、さっさとよりよい仕組みに乗り換えればいいだけです。 安倍首相が目指すのは「日本を世界に誇れる国にする」ことだそうです。それならなおのこと、この恥ずかしい前近代的な「差別制度」を廃止して、すべての労働者が平等に働ける当たり前の社会を実現してほしいものです。 『週刊プレイボーイ』2016年2月8日発売号に掲載 橘 玲(たちばな あきら) 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊は、『「読まなくてもいい本」の読書案内』(筑摩書房刊) 橘玲『世の中の仕組みと人生のデザイン』を毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) http://diamond.jp/articles/-/86374 【第6回】 2016年2月16日 吉田典史 [ジャーナリスト] 企業にはびこる「東大卒」至上主義に意味はあるのか? 企業の「東大卒」重視は いつまで続くのか? 企業では、依然として東大を中心とした高学歴な学生を重視する採用が行われている。実際のところ、「東大卒」重視の考え方は意味があるのだろうか 今回は、連載第1回で紹介した、 元東京大学地震研究所の都司嘉宣・准教授に、学歴と新卒採用の関係について話を聞いた。取材のポイントは、都司さんが連載第1回で語っていた、以下の話についてである。
「民間企業も、新卒のとき、たった一度の採用試験で内定を出そうとするから、学歴を重視した形にならざるを得ないのだと思います。多くの会社が、一定期間のインターンシップなどを設けて、その過程で学生を選ぶようにしたほうがいいと私は考えています。そのようにすると、東大を中心とした学生を重視する採用も、やがて変わっていくのではないかと思います」 この指摘は、筆者が2年前に取材した有名なベンチャー企業の副社長が話していたことと意味合いが似ていた。都司さんを取材すると、言わんとしていることが重なり合うのだ。今回は都司さんのインタビューとなるが、最後にべンチャー企業の副社長の言葉を盛り込み、筆者なりの提言をしたい。2人の主張が重なる部分はどこなのか、そこに企業や就活生が「学歴病」を克服するヒントがあると、筆者は思う。 ――企業の人事部、特に大企業の人事部が、新卒時に東大卒の学生を優先的に採用するのには、一定の理由があるはずです。たとえば東大卒の学生は、大学受験までに忍耐や競争心、目標に向けて邁進する力などを身に付けていて、それが相当に高いものだと考えられているのだと思います。実際はどうなのか。都司先生はどうお考えですか。 確かに、そのような力を兼ね備えた学生は多いのではないか、と思います。難易度の高い試験を受けて入学しているだけに、他の大学の学生よりも相対的に潜在的な能力が高いのかもしれません。しかし、18〜19歳の時点におけるたった1回の試験で、企業がその人の力を正確に判断するのは難しいと私は考えています。 まして、企業では、大学入試の学力とは、別の力が求められるものだと思います。学力や「東大卒」という学歴が、会社で仕事をする力と必ずしも比例しないことはあり得るではないでしょうか。たとえば私は、東海大で教えている時期がありました。そこに、勉強に熱心に取り組み、クラスのリーダーとして皆を引っ張る力を兼ね備えたある学生がいたのです。全体の状況を見据え、今自分は何をするべきかを考え、行動をとる使命感や責任感があったのです。それは、素晴らしいものでした。 大学受験のとき、英語や古文、漢文などで点数が低く、東大に入ることができなかったとしても、彼には企業人として将来、伸びていく可能性が十分にあると私には見えました。一方で、東大の学生がこうした資質を必ずしも身に付けているわけではないのです。東海大のこのような学生が、企業の採用試験の際、大学入学時の難易度で振り落とされているならば、その企業にとってやがて損失になっていくのです。こういう学生が増えると、国や社会としても損失です。 ――都司先生ご自身も東大生を教える立場にいましたが、研究室はどのようなところだったのでしょうか。 つじ・よしのぶ 68歳。元東京大学地震研究所・准教授。麻布高校から現役で東大(理科一類)に入学し、工学部土木学科を卒業。大学院の理学系研究科修士課程(地球物理学専攻)を修了。博士課程2年時から国立防災科学技術センターに研究員として勤務。35歳のとき博士号(東京大学)を取得。37歳から東京大学地震研究所に助教授として勤務。64歳で定年退官。現在、深田地質研究所(文京区)の客員研究員などとして、東北大学の研究者らと共に調査研究を続ける。2011年3月の東日本大震災時、多くの報道番組で津波の解説をした 私は大学院(地震研究所)で長年教えてきましたから、たくさんのお弟子さんがいます。5人に1人は天才肌です。たとえば、英語で書かれた論文で、しかも相当に難解で、最新の地球物理の知識がないと読解できないものを数時間で読み込んで、細かいところまで理解してしまう学生もいます。
それぞれが現在、気象庁や大学の教員、高校教師、シンクタンクや研究所、コンサルティング会社、企業などで活躍しています。難関国立大の医学部に入学し、医師になった者もいます。皆が優秀で、私も手応えがありました。たとえば、気象庁で予報官をする男性はめちゃくちゃに切れ者です。挙げ句にマージャンは強いし、(調査研究の)現場も強い。 個性的な学生を指導するには 一緒にカラオケを歌えないといけない 私は教育者として、個性的な学生たちに指導をする上で、1つの使命感を自分なりに持っていました。それは、学生たちと一緒にカラオケを歌えないといけない、というものです。研究を終えた午後9〜10時ごろから、朝方まで皆で歌い続け、70曲を超えるほどになったこともあります。 教え子たちから歌うようによくリクエストされたのが、AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』と、氣志團の『まぶだち』、そしてミニモニの『ミニモニ。テレフォン!リンリンリン』に、中島みゆきの『空と君のあいだに』……といった楽曲です。彼らは、サザンオールスターズ、SMAP、TRFなどを好んで歌っていました。私もやむなくつきあわざるを得ませんでした。 カラオケをする際に、私が意識して学生に伝えていた1つの条件があります。そのときまでの雰囲気や流れをいかにひっくり返すかをよく考えて、選曲をしてほしい、と伝えたのです。 たとえば、演歌が続いているならば、少々古いですが、ロックグループ・横浜銀蝿の曲などもいいでしょうね。その後にAKBの曲を歌うのも、いいセンスです。そういう意気込みで取り組んでほしい。全員がその場の空気に流され、1つになろうとするのはよくない。「俺ひとり、違うことをしてやろう!」「なんとか、人を出し抜いてやろう」といったひたむきさが大切だと思っていたのです。 20代の学生が、『あこがれのハワイ航路』を歌うことがありました。「なんで、こんな歌を知っているの?」とざわめきが起きます。それが、いいのです。私は、研究テーマを選ぶときも、特徴のあるもので、まだ他の人が試みていないこと、さらに試みることができないであろうことに挑むように指導してきました。そうしないと、(東大の地震研究所を始め、研究者には)天才が多いですから、埋没してしまいかねないと感じていました。 お弟子さんである彼らにも、次のようなことを教えていました。 「合理的なことを追求しなさい。つまらない見栄など取っ払い、あなたの能力が一番発揮されることをしなさい。義理とか、その場の空気を読まなくともいい。ただし、失礼にならない範囲で……。空気を読みすぎて、あなたのかけがえのない主体性を失わないように……。なびきすぎてはいけない。そして、自分が必要とされるところを嗅ぎ分けて、そこに進んで行きなさい」 青学から研究室に入った学生の 数学レベルは東大生顔負けだった ――そもそも、学歴は研究者の質と関係があるものなのでしょうか。 地震研究所には、東大以外の学部を卒業し、大学院に入ってきた人もいます。たとえば、青山学院卒の男性がいました。私とは別の教授の研究室にいましたが、数学のレベルは相当に高いものでした。私は、青学で週1回のペースで半期、教えたことがあります。その受講生の1人だったのです。最後の講義で、難解な問題を50問解く試験を行ったところ、彼は全問正解。すごい答案でした。東大の学生でも、このレベルは少ないのです。 男性は地震研究所を経て、現在東北大で教授をしています。ぐんぐんと力をつけ、伸びていきました。今では、素晴らしい研究者となっています。私が直接指導をしていたお弟子さんで、現在30代で公的な研究機関で研究者をしている男性もいます。抜群に優秀ですが、東大以外の大学を卒業しています。 大学院に進学する前の学歴は、関係ありません。地震研究所で、講師や准教授を雇うときも、その研究者の学歴について話し合われることはなかったと記憶しています。ただし、地震研究所に勤務する40人ほどの准教授や教授のほぼ全員が、その研究者の名前を知っているくらいでないと、採用されることはないと思います。 少なくとも、地震研究所では、教える側も学生の側も「実力一本」です。研究者としての実力だけで判断されます。その意味では、柔道や空手、碁、将棋などと似ています。年齢、性別も勝敗に関係ありません。研究者として、意味のあること、価値のあることを先取りしている研究を進め、多くの人が納得する業績を残した人が認められるようになっています。これは、歴然たる事実です。 ――では、企業が「実力一本」で人材を活用するためにはどうすればよいのでしょうか。 本来、企業社会でも「実力一本」であるべきなのです。しかし、新卒の採用試験では、そのようにはならないのかもしれませんね。大学入学時の難易度でふるいにかけて、数回の面接で採用するか否を決めているケースが多いと思います。私に言わせれば、大学院などの試験のとき、学生の力を面接だけで正確に判断することは相当に難しいと思います。 ある一定の課題を与え、それをどのように乗り越えるのか、というところを中心に観察すると、学生の力を正確に判断することができます。たとえば、津波の被害があった地域で3ヵ月にわたり、皆で共同研究をするとします。課題への取り組みなどを中心に見ると、研究テーマへの意欲、行動力なども判断できます。これらは、学生の間で歴然とした差がつくものなのです。言い換えると、研究者という職業への適性や、性格による差といえます。どこの大学を卒業したのか、ということではないと思います。 すぐ相談に来る学生が 社会に出て活躍し易い理由 今の大学のあり方や、企業の新卒採用の進め方などを踏まえると、こういう試みを行うのは難しいのかもしれません。しかし、たとえば、せめて数週間から1ヵ月、学生とその企業の社員らが何らかの形で一緒になって、課題に取り組むことはできないでしょうか。特に、課題に対しての意欲や姿勢、問題意識を確認することができます。これは、企業で仕事をしていくときに、大切なことだと思います。 私は、行く手を阻む壁にぶつかったときに、指導教員などにすぐに相談に行く学生は伸びていくと思います。これは解決しようとする意欲であり、責任感であり、使命感とも言えます。都司研究室で伸びる学生のタイプは、ある課題を与えたとき、壁にぶつかると、私に遠慮なくすぐに相談に来た人たちでした。「私に遠慮はしなくともいいから、何かあれば、相談にできるだけ早く来るように」と何度も話していたのです。 毎週金曜日の午後3時から、お弟子さんたちから報告を受けることになっていました。前の1週間で、課題について各自が調べたことをその場で報告し合います。伸びるタイプは、たとえば火曜日に壁にぶつかり、つまずいたとしたら、その日のうちに相談に来ます。中には、深夜の2〜3時に電話をかけてくる学生もいますから、その場で質問に答えます。怒ることはしません。学生でありながら、こんなに深夜になっても、課題を考えるなんて偉い! 彼は火、水、木という時間で、調べ直し、金に報告をします。私も教える側の盲点に気がつくことがあります。このほうが、双方にとって研究を効率よく進めることができます。研究のレベルも高くなるのです。 ――どのような学生が企業人になって伸びていく、と思われますか。 「壁にぶつかっている」と相談に素早く来ることができる人は、企業人としても、いい仕事ができるタイプではないでしょうか。私はお弟子さんたちに、こんなことも言っていました。 「企業などで働くとき、上司やその場の空気などに、必要以上に気を遣い過ぎてはいけない。ときには、声を挟んでいい。たとえば、『こちらのほうが合理的でいいのではないですか』くらいのことは言ってもいい」 上司はそれを汲み取ってあげてほしいし、その使命感や責任感に目を向けてほしい。そうでないと、人は伸びないし、組織が強くならないと思います。課題に果敢に取り組む姿勢や意欲などは、仕事への姿勢と言えますが、これらは学歴や学力と必ずしも比例していないのです。企業は、少なくとも採用時には、こういうところに目を向けてほしい。 明治維新で活躍した下級武士たちは、「俺がこの国を変える!」と強烈な責任感や使命感を持っていました。結局は、こんな思いを持つ人が大きな結果を残すのです。会社員も、社長と同格の思いで、「自分ならば、こうしていく」と、上に立って考える習慣を早くから身に付けてほしい。そんな人であるならば、学歴は関係なく、きっと成功していきます。 筆者はこの都司さんのインタビューを通じて、2年前の取材時に、ある有名なベンチャー企業の副社長が、企業の新卒採用の課題について話していたことを思い起こした。 「日本では、新卒時に学歴を判断基準にすると、採用としては60点を取ることはできます。ある意味で、甘いのだと思います。アメリカのように1人ひとりを丁寧に見ることができるといいのでしょうが、日本の新卒採用のシステムでは、ななかなか難しいことかもしれませんね」 彼はまた、新卒で企業に入る学生たちに対して、このように提言していた。 「100人いたら、100通りの基準があります。1つの基準で見るから、勝ち組や負け組となるのです。本来は、価値は無限にあるものでしょう。学生は、自分の価値をもっと高く評価してくれるところに進むべきです」 欲しいと言ってくれる人のところへ行き、欲しいものを与え、喜んでいただく。学歴社会にいて、大企業に進み、事務処理を繰り返していると、商売のそんな当たり前のことを見失うことがあります。自分のオリジナル、つまり、他人との違いをどのように売るか。会社員も、自分を売ることをもっと考えないといけないですね。どのタイミングで、何をどのように売るか。そのデザインをいかにするか。このようなことを考える力こそが、今求められているのだと思います」 都司さんとベンチャー企業の副社長が語ったことの共通項として挙げられるのは、以下のようなものだ。 (1)企業側は、学歴ではなく、その学生をもって丁寧に観察し、力を見極めるべき (2)学生に限らず、会社員は多くの強者が参加するフィールドで競い合うのではなく、他があまり参入しないところで、独自路線を進むことで自分をアピールすることが望ましい。 企業にとっても、新卒の学生にとっても、おそらくこうしたことが「学歴病」に侵されないための1つの方策なのだと思う。 自分が必要とされるところを 嗅ぎ分け、そこに進んで行くべし とりわけ、これから社会に出ようとする若者には、都司さんのこの言葉を考え直してほしい。 「自分が必要とされるところを嗅ぎ分けて、そこに進んで行きなさい」 なお、都司さんは、高校を卒業していない人が受ける「高認」(高卒認定試験)の試験対策の問題集を「しまりすの親方」というペンネームで執筆している。「高認理数系学習室」(学びリンク)などの問題集だ。高校を辞めたり、不登校などの人たちに教えたいのだという。 http://diamond.jp/articles/-/86329
[32初期非表示理由]:担当:関連が薄い長文
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