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〔PHOTO〕新宿区ホームページより
血税1兆円をドブに捨てた「住基ネット」〜元祖マイナンバー、あれはいったい何だったのか 【怒りのレポート】
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47571
2016年01月28日(木) 週刊現代 :現代ビジネス
カードの普及率は、わずか20人に1人。大半の人が使い道さえ知らないまま、住基ネットがフェードアウトする。ここで責任のありかを明らかにしておかなければ、マイナンバーも同じ道をたどる。
■何の役にも立たなかった
「私は'07年頃、総務省の住基ネット普及促進担当者に呼び出されたことがありました。一向に普及しない住基ネットについて、批判的な記事を書いたからです。
そこで先方が『頭ごなしに批判するのはどうかと思う』『住基ネットは国民の役に立つ』と言うので、『そんなにいい制度なら、当然あなたたちは全員、住基カードを持っているんでしょうね』と聞いたら、室長以下、その場にいた担当者が誰一人持っていなかった」
こう述懐するのは、行政とITの取材に長年携わってきた、ジャーナリストの佃均氏だ。
昨年12月22日、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)のカード更新手続きが、誰にも顧みられることなく終了した。
'02年8月の稼働開始から13年あまり。発行された住基カードは累計920万枚だが、紛失などを除く有効発行数は710万枚で、カードを持っているのは全国民のわずか5・5%にすぎない。発行済みの住基カードは、有効期限いっぱいは使えるが、随時マイナンバーカードに置き換えられてゆく。
ある総務官僚が言う。
「住基ネットに費やされた税金の額は、『公式発表』では、システム構築の初期費用に約400億円、毎年の運営維持費が約130億円。合算すると、13年間で2100億円ほどとされています。
しかし実際には、当時全国で約3000強あった各地方自治体でも、それぞれ1000万〜2000万円ほどの初期費用と、年間数百万円の維持費がかかっています。そうした費用を合計すれば、これまでに日本中で1兆円近い税金が、住基ネットに消えていったのです」
高市早苗総務大臣は、昨年末の会見で、住基ネットがもたらしていた経済効果を「年間510億円」と答えた。
だが、せいぜい身分証程度の使い道しかない住基カードが、それほどの経済効果を毎年コンスタントに生んでいたかどうかには疑問符が付く。またそもそも、13年間で計6630億円の経済効果が本当にあったとしても、これまでの1兆円の浪費を考えれば大赤字だ。
住基ネットは、ほとんどの国民にとって必要のない欠陥制度だった。それなのに、国民の血税は粛々と、この住基ネットという「ドブ」に放り込まれ続けていたのだ。いったい、なぜなのか。
大きな理由は2つある。
ひとつ目は、「国民を番号で管理し、税金の取りっぱぐれをなくしたい」という、官僚という生き物の「本能」だ。
「そもそも、住基ネットやマイナンバーの大元である『国民総背番号制』のルーツは、'70年代の末まで遡ることができます。'79年の政府税制調査会答申では、徴税のための『グリーンカード』という案が登場しています」(全国紙社会部記者)
この「グリーンカード」は、国民一人一人に「納税者番号」を振って銀行口座と紐付け、所得を把握するというマイナンバーとそっくりの制度で、一度は国会を通過して準備も始まっていた。だが当時の郵政省が「ゆうちょ口座が激減する」などと猛反発、郵政族議員らに働きかけ、お蔵入りになったとされる。
■でも間違いは認めない
その後、時が流れて'90年代後半になると、にわかに霞が関で国民総背番号制構想が復活してくる。背景には、猫も杓子も「IT革命」と叫ぶ、当時の時代の空気があった。誰もが目を輝かせる魔法の言葉「IT」に、官僚たちは目を付けたのだ。
もちろんこの時、彼らは内心で「この機会に住基ネットを構築しておいて、ゆくゆくは納税者番号とつなぎ、全国民の所得と納税額を把握しよう」と企んでいたが、正直にそう言えば反発をくらう。
「住基ネット導入はITで暮らしを便利にするためで、徴税のためなんかではありません」——こううそぶいて、国民の説得に成功したかに見えた。
「しかし、何とか法案成立に漕ぎ着けたものの、反対運動も根強く、住基ネットの利用には法律で厳しい制限がかけられました。当初、住基ネットは現在のマイナンバーのようにありとあらゆる用途に使うことが想定されていましたが、最終的には『行政サービスの提供に用途を限る』と決まってしまったのです」(前出・全国紙社会部記者)
真の目的を果たすことができなくなった住基ネットは、この時に、もはや無用の長物と化していた。しかし、動き出したら急には止まれず、「間違っていました」とは口が裂けても言わないのが、霞が関という怪物の常だ。
組織を作った。人も配置した。今さら、国民に「やっぱりやめます」なんて言えない——。「完璧な徴税」という野望が生み出した幽霊船・住基ネットは、こうして13年もの間、漂流を続けることになったのである。
■天下り組織は温存
住基ネットに巨額の税金が費やされてきた、もうひとつの大きな理由は、いわゆる「IT利権」だ。
これまで行政がらみの利権といえば、道路とハコモノばかり叩かれてきた。だが、この「IT利権」にも、負けず劣らず長い歴史がある。建物や高速道路のような「ブツ」が残らないために、注目されなかっただけなのだ。
「一般にはあまり知られていませんが、行政システムの発注先は、半世紀前から現在のマイナンバーシステムに至るまで、ずっと同じ数社の企業に絞られてきました。
'60年代に行政の電子化を進めることが決まったとき、IBMなどの海外製システムを輸入するのではなく、NECや日立、富士通などの日本企業にシステムを開発させ、育てることをいわば国策で決めた。この方針は、いまだに暗黙の了解として生きています」(前出・全国紙社会部記者)
事実上の「公共事業」で国内の産業を育てたことには、確かに意義もあっただろう。ただ時代が下って、住基ネットの実務を担う組織が生まれる頃には、その実態は端的に言って「天下りと癒着の巣窟」と化していた。
「住基ネットの管理は、全国9ブロックに1つずつ置かれた『地方自治情報センター』が担っていました。この組織では設立以来、ずっと自治事務次官・総務事務次官がトップに天下り、NECなどからの出向者が実務を担当してきたのです」(前出・全国紙社会部記者)
同センターの月々の役員報酬は、理事クラスで80万円以上と、決して安くはない。しかも、住基ネットが消えた今でも、同センターは「地方公共団体情報システム機構」と看板をかけかえ、マイナンバーの管理組織としてしっかり存続している。
つまり住基ネットとマイナンバーは、半世紀前から連綿と続く、官民一体となった「IT利権」の本流なのである。
かつて住基ネット導入に反対していた、弁護士の水永誠二氏が言う。
「住基ネットもマイナンバーも、究極的には、納税者を番号で追跡できるようにすることが主眼でしょう。ですからマイナンバーは、行政側にはメリットがあるかもしれませんが、国民のメリットは、政府が喧伝しているほどにはありません。
そもそも、『利便性』とは何なのか。『マイナンバーがあればコンビニで住民票が取れる』と言いますが、それは住基ネットでもできたことです」
では、なぜ国は住基ネットを再利用せず、新たにマイナンバーというシステムを作り直すことにしたのか——ここまでくれば、その答えも察しが付くだろう。ハコモノ行政が消えた今、マイナンバーこそが最大の「公共事業」ということだ。
現在、全国各地の公共施設や駅などには、住基カードで住民票・証明書の交付が自動で受けられる「証明書自動交付機」が設けられている。
前出の「地方公共団体情報システム機構」は「自動交付機が全国で何台あるかは把握していない」(担当者)とのことだが、少なく見積もって各自治体に3台ずつあるとしても、5000台を下らない。中には住基ネットの終了で使えなくなり、マイナンバーカード対応型に置き換えられるものも多く、当然カネがかかる。
「住基ネットは10年以上前に作られたシステムなので、関連機器は基本的に開発し直したり、改修する必要があります。
しかも今後は、マイナンバーカードに機能が追加されるたびに、システムを更新しなくてはなりません。およそ3000億円と言われるマイナンバー導入のための費用は、毎年数百億円単位で膨らんでゆくでしょう」(前出・佃氏)
決して政府と官僚は認めないが、住基ネットもマイナンバーも「利便性」は建前にすぎず、実際には「税金の取りっぱぐれをなくすこと」をめざした制度である。国民の税金をムダ使いした上に、さらに強力な徴税システムを作ろうとしているのだから、笑うに笑えない。
過去数十年、官僚たちは同じ野望に挑んでは失敗を繰り返してきた。その過程で、住基ネットという巨大なガラクタを生んだ。何度でも言うが、財源は血税なのだ。
■責任は誰も取らない
そして、このままでは間違いなく、マイナンバーも住基ネットの轍を踏むことになるだろう。ある内閣府官僚が、こんなことを口にした。
「にわかには信じがたいかもしれませんが、実は近い将来、マイナンバーカードは廃止になる可能性が濃厚です。国民のほぼ全員が携帯電話を持つようになった今、携帯のSIMカードに必要な情報を入れた方が、ICカードに情報を書き込むより安全で手軽ですから。
総務省では、すでにそのための実証実験も始まったと聞きます」
この年明けから鳴り物入りで配り始めたばかりのマイナンバーカードが、あと数年もすれば、すべてムダになるかもしれないというのだ。もっとも官僚たちにとっては、それで一向にかまわないのだろう。いくら税金を浪費しようと、誰一人クビにもならず、責任を取らされないことは、住基ネット失敗の前例が証明しているのだから。
元大蔵官僚で、経済学者の高橋洋一氏が言う。
「番号制そのものは、世界各国で導入されています。しかしマイナンバーのように、納税者番号や社会保障番号などのさまざまな分野を、一つの番号にいきなり集約するものは他に例がなく、懸念しています。例えば番号を交付したら、まずは社会保険に使い、それがうまくいったら年金、その次に納税というように、ゆっくり導入すればいい。
マイナンバーがもし失敗すれば、その費用面でのリスクは住基ネットよりはるかに大きくなってしまうでしょう」
すでに1兆円が浪費されている。官僚たちがこれから何をしようとしているのか、国民は目を光らせる必要がある。
「週刊現代」2016年1月31日号より
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