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宜野湾市長選の勝負を決めた、安倍官邸の狡猾な「争点隠し」と「物量作戦」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47544
2016年01月25日(月) 新垣洋 現代ビジネス
■とても静かな選挙だった
どちらの陣営にとっても落とすことのできない勝負だった。しかし、惜しむことなく人と知恵を宜野湾に投入した、安倍自民と公明党の与党タッグに軍配が上がった。「絶対に勝たねばならない」という気迫の差が、勝敗を分けたというべきだろう。
1月24日、安倍政権と翁長雄志・沖縄県知事の「代理戦争」と目された宜野湾市長選挙が投開票され、現職の佐喜真淳氏(51歳、無所属、自民・公明推薦)が、志村恵一郎氏(63歳、無所属)を約六千票の差で制した。
今回の宜野湾市長選に各メディアが注目したのは、そこに「世界一危険」といわれる米軍普天間飛行場が存在するからであり、目下、安倍政権と翁長知事が対立している普天間飛行場の辺野古移設問題に、選挙結果が直結するからだ。
しかしながら、現地を取材してみると、マスコミが期待するような激しい舌戦を両候補者がくりひろげたわけではなかった。警備を担当したある捜査関係者は「とても静かな選挙だった」と振り返る。この静けさの実態を、1月17日付の沖縄タイムス社説『争点がはっきりしない』が突いている。
両候補者の違いが分かりにくいと指摘した上で、<決定的な違いは、志村氏が新基地建設に反対する姿勢を鮮明に打ち出しているのに対し、佐喜真氏は「辺野古」の賛否に触れていないことだ。「辺野古」を争点化しないという佐喜真陣営の選挙戦術は徹底している>とし、<わかりにくい選挙である>と釘を刺した。
実のところ、この「わかりにくさ」を演出し、選挙戦を静かにのりきることこそが、官邸・自民党の戦略だったのだ。指揮をとったのは官邸の菅義偉官房長官であり、自民党の茂木敏充選対委員長である。
1月12日、宜野湾市内でぶら下がり取材を受けた茂木氏は、ある記者から「(自民党推薦の)佐喜真さんは辺野古移設について明確な態度をとっていない。自民党としては、辺野古移設の是非は争点になるのか」と問われて、「これは宜野湾の市長選です。宜野湾の市民のみなさんにとっては確実な基地の返還、これが大きな課題」と返した。
市民の安全を脅かす普天間飛行場の固定化はあってはならない。しかし、名護市辺野古への移設については「宜野湾市の市長選なのだから」と明言を避ける――。細い糸の上をバランスをとりながら歩くような名答に、してやられた市民は決して少なくないはずだ。筆者は選挙戦の終盤、「え? 佐喜真さんは辺野古移設に賛成の人なの?」と驚く市民の声をいくつも聞いている。
■菅官房長官の暗躍
また菅氏は告示前後、官邸詰めの記者たちに「オフレコ」を前提に、こう語ったという。
「自民党幹部らを佐喜真の応援に送り込むけど、マイクは握らせない。いまの沖縄で自民党幹部が話をしても、反発されるだけだからね。水面下で業者まわりをさせる」
沖縄では保革を問わず、辺野古の新基地建設を強行する官邸・自民党に対する風当たりは強い。そのリアルを、何度も沖縄を訪れ翁長氏と会談してきた菅氏は肌で感じている。だからこそ、「控えめの応援」を徹底し、移設問題を争点化しない戦略を採ったのだ。
事実、佐喜真氏の応援に入った自民党幹部らは、島尻安伊子沖縄担当大臣ら一部をのぞき、ほとんど応援のマイクを握らなかった。極力表にも出ず、商工会や建設業者などを地道にまわり、佐喜真氏への支援を呼びかけた。菅氏の指示は徹底していた。
官邸だけでなく、公明党の動きも見落とせない。公明党沖縄県本部は、普天間の辺野古移設には明確に反対している。しかし、官邸・自民党が「辺野古」を争点から外したことで、佐喜真氏の応援をスムーズにやれるようになった。公明党の東京都議らは、露骨にも大手ゼネコンの幹部を引き連れて宜野湾市内に入り、建設業者らに佐喜真氏の支援を要請していたとの情報もある。
「大手ゼネコンに頼まれれば、地元の中小零細業者は頭が上がらない」(宜野湾市の建設業者)。
他にも、選挙前に宜野湾市へディズニーリゾートを誘致する話を持ち上げたり、宜野湾とは直接関係のない政治団体「日本歯科医師連盟」(日歯連)会長を佐喜真氏の応援に送り込んだりと、菅・茂木の両氏はあらゆる手をつくし、佐喜真勝利の流れをつくりあげた。
この戦略がうまく機能したことは疑いようがない。官邸幹部たちは勝利の美酒に酔いしれていることだろう。
■「オール沖縄」の内部対立
志村氏の敗北で翁長氏を基軸とする基地移設反対派、すなわち「オール沖縄」勢力は大きな痛手を被ってしまった。選挙前、急遽持ち上がったディズニーリゾート誘致の話に、翁長氏は「話くわっちーを持ってきたな」と周囲につぶやいたという。
「話くわっちー」とは沖縄の方言で「美味しい話」という意味だ。
「選挙前に汚いぞ」という批判を浴びながらも、しっかり「美味しい話」をもってくる官邸に、翁長氏は舌を巻いたのだろう。自民党沖縄県連の幹事長まで経験した翁長氏は、選挙に勝つことのシビアさ、勝つことの重みを重々承知している。
ただ、「与党の戦略が巧みだった」で終わらせてはいけない。敗因は複合的だ。
外的要因で大きかったのは、下地幹郎おおさか維新の会政調会長の策略だろう。公の数字ではないが、2014年の沖縄県知事選で翁長氏、仲井眞弘多前知事、下地氏の三人が立候補した際、宜野湾市で翁長氏に入った票は約2万1千票、仲井眞氏に入ったのは約1万9千票、下地氏に入ったのは約4千票とされていた。
佐喜真氏が仲井眞氏支持だったことに鑑みると、今回の宜野湾市長選のキャスチングボードを握ったのは「下地票」だったといっても過言ではない。
選挙期間中の下地氏の動きについて、ある地元紙記者は「完全に寝ていた」と評したが、筆者は、下地氏の約4千票が佐喜真陣営に入ったことを複数の関係者から確認している。保守政治家である下地氏は、自民党にみずからの存在価値をアピールすることに余念がない。「寝たふり」をしつつ、自民党に大きな恩を売ったのだ。
もう一つ敗因を挙げるとすれば、「オール沖縄」勢力が抱えこむデリケートな内部対立だろう。
「オール沖縄」は14年の知事選前、保守も革新も辺野古新基地建設阻止のために「腹八分、腹六分でまとまろう」という翁長氏の呼びかけで成立したムーブメント。今回は、その翁長氏がもっとも危惧していた事態が起こってしまった。
■亀裂は深刻
志村氏が正式な候補に決まったのは10月末のこと。政治家経験のない人間が、わずか3〜4ヵ月で官邸・自民党がフルサポートする現職市長に対決をのぞむことになったわけだ。
なぜ直前まで候補者選びが難航したのか。当初、最有力候補のなかには「革新のエース」とされる元宜野湾市長の伊波洋一氏の名があがっていた。「革新の伊波さんと保守の翁長知事が一緒に宣伝カーに立てば、理想的なオール沖縄の形になる」(地元関係者)という声があったのだ。
しかし「オール沖縄」勢力の中には、革新カラーの強い伊波氏を推すことに抵抗感を覚える議員、経済人が少なくなかった。「伊波氏が前面に立てば、保守票が逃げていく。志村氏のほうがオール沖縄の形としていい」(別の地元関係者)という見立てだ。
結果的に市長選では後者の形に収まったが、「オール沖縄」の内部に亀裂が走ったことは間違いない。6月には県議選を控え、7月の参議院選挙では島尻大臣の対抗馬として伊波氏が出馬することになってはいる。しかし「オール沖縄」内部では、はやくも「伊波氏は選対本部長代行として、志村氏を勝たせきれなかった責任をとるべきだ」という声が強まっている。
翁長雄志というカリスマ政治家が基軸になって機能してきた「オール沖縄」ムーブメントに、今回、綻びが生じた。この事態を待ち望んでいた官邸や自民党幹部、防衛官僚たちは声を押し殺してガッツポーズしていよう。
辺野古の新基地建設をめぐって国と3つの裁判で争っている翁長氏にとって、今回の宜野湾市長選を落とすわけにはいかなかった。敗北のダメージは小さくない。法廷闘争で勝つのはハードルが高いが、沖縄の「民意」を一つひとつ示していけば道は拓ける――そう考えていたに違いないからだ。
保守から革新までが参画する「オール沖縄」で内部対立が起きるのは、ある意味で「宿命的」といえる。しかし対立点を残しながらも「辺野古移設反対」「イデオロギーよりアイデンティティ」でまとまれたからこそ翁長知事が誕生した。「オール沖縄」の真価が問われるのは、むしろこれからだろう。
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