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英離脱後のEUは経済とテロ次第――ビル・エモット&田所昌幸
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/12/eu-51.php
2016年12月28日(水)11時25分
ビル・エモット(国際ジャーナリスト)、田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン85より転載 ニューズウィーク
論壇誌「アステイオン」85号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、11月29日発行)から、国際ジャーナリストのビル・エモットと同誌編集委員長の田所昌幸・慶應義塾大学法学部教授による往復書簡「EU離脱後の英国とヨーロッパ」を2回に分けて転載する。
前編の最後で「イギリスの二大政党制は終わりの始まりの局面が始まったのかどうか、もしそうならこの次に来そうなものは、いったい何なのだろうか」と問うた田所氏。ふたりの対話は、イギリス政治からEUの将来へと広がっていく――。
※往復書簡・前編:英国の反EU感情は16世紀から――ビル・エモット&田所昌幸
■マサユキへ
イギリスの二大政党制は実はもう長期にわたって衰退し続けていると思う。国民投票の結果と総選挙の結果がここまで大幅に違うのも、それが一つの理由になっている。一九七〇年の総選挙では、保守党と労働党が総得票の八九・四%を集めた。二〇一五年の選挙ではこの数字は、たった六七・三%だ。これは依然として相当高い数字だが、得票数一位のものが選出されるという単純小選挙区制度のおかげで、議会選挙の結果はますます民意を代表しないものになっている。二〇一五年には保守党はたった六六・一%の投票率のそのまた三六・一%の得票率で、議席の過半数を獲得した。ということは、保守党は、全選挙民の五分の一から得た票で政府を構成して統治していることになる。ちなみにマーガレット・サッチャーが一九七九年に最初の総選挙に勝利して絶対多数を得たときには、投票率は七六%で得票率はそのうち四四%だった。
我々イギリス人は、連立政権ではなく、連立与党と長々と交渉をせずに迅速に決定が下せる単独政党で政府が構成される伝統の方を好んでいる。しかし、その結果、与党と国民の間の隔たりはますます大きくなっていて、国民投票の結果もある程度これで説明がつくだろう。二〇一〇年と二〇一五年の総選挙はいずれも、反EU政党に議会で意見を表明する実質的機会を与えるものではなかった。そして左翼政党である労働党からは、グローバリゼーションやリーマン・ショックなどの巨大な力のせいで、仕事を失ったり不安に苦しんでいる貧しい人々から票を獲得しようとするインセンティブが、失われてしまった。なぜなら各選挙区で最大票数を獲得した一人だけが当選する制度では、労働党も中産階級の票を狙い、労働者階級の票を争う必要がなかったからである。これはアメリカで共和党大統領候補の指名争いで、ドナルド・トランプが、自分たちの利害が蔑ろにされていると感じていた白人の労働者階級の支持を得て台頭したのと、似た部分がある。
というわけで、イギリスのEU離脱が決まった国民投票が終わって、最も混乱しているのは労働党だ。労働党は多分分裂するだろう。新たな親ヨーロッパ的な中道政党が形成されて、反移民的なイギリス独立党(UKIP)と労働者階級の票を取り合うようになるかもしれない。そして、イギリスの政党システムにおける分断状況は、ことによると一層深刻な意味があるかもしれない。どういうことかと言うと、イギリスの制度を比例代表制度に近いものにする、大幅な投票制度の改革論が力を増しつつある。もっとも短期的には保守党が非常に支配的なので、選挙制度改革は自分たちに不利と考えるだろう。だがこれが何時までも続くかどうかは疑問だ。イギリスのEU離脱は保守党にとっても非常に辛く党の分裂を招くものであることは同じだからだ。ということは、ここでも分裂が起こるかもしれないし、私の希望を言えば、やはり選挙制度改革が真剣に検討されるようになるかもしれない。
From ビル・エモット
■ビルへ
なるほどイギリスのEU離脱の影響はイギリス政治にとっても深刻だが、イギリス経済はEUから離れてもなんとか上手くやっていけるのではないかという気持ちがしている。離婚は確かに楽ではないけれど、不幸な結婚生活を続けるくらいなら、円満に離婚する方がいいのかもしれない。いずれにせよこれまでもイギリスはユーロやシェンゲン協定のメンバーではないのだしね。でもここにはジレンマがあるように思う。もしイギリスがEUを離脱しても上手くやってしまえば、大陸ヨーロッパ諸国内の反EU的勢力が力を増すかもしれないからだ。フランスでは「国民戦線(FN)」、ドイツでは「ドイツのための選択肢(AfD)」そしてイタリアの「五つ星運動(M5S)」などの勢いが強まるかもしれない。もちろん来年の選挙でFNのマリーヌ・ルペンがフランスの大統領になったり、ドイツでAfDが政権の座に着くことは考えにくいと思うけれど、イタリアがこの中でEUの結束の一番弱い部分のように思える。イギリスのEU離脱がEUの将来に対してどんな影響があるか、どう評価するのか。考えを訊かせてくれないか?
From 田所昌幸
【参考記事】ニューストピックス 歴史を変えるブレグジット国民投票
田所昌幸(左)、ビル・エモット(右、Photo: Justine Stoddart)の両氏
■マサユキへ
経済の動向とテロ次第ではないかと思う。イギリスのEU離脱がFNやAfDのような反EU政党にとって追い風となり自信となったことは間違いないだろうが、だからといってそれで彼らが政権の座に近づいたとは思わない。ただ、テロ攻撃やまた経済的ショックが起こって主流派の政党の信頼が一層揺らぐことになると、話は別だ。しかしイタリアは事情が違う。イタリア経済はヨーロッパ主要国の中で一番弱く、世論調査ではM5Sは、マッテオ・レンツィ首相の中道左派政党である民主党に肉薄している。イタリアも一〇月(*)に憲法改正に関する国民投票があり、レンツィ首相はもしそれで敗れれば辞任すると公言しているが、今の情勢ではどうやら彼の敗北はかなり可能性が高い。ということは、イタリアも二〇一七年初めに総選挙をやらざるを得なくなるかもしれない。M5Sはかなり混乱しているが、ことによると総選挙で勝つかもしれない。彼らは必ずしも反EUではないけれど、イタリアがユーロ圏に留まるかどうかについて国民投票を要求している。そうなると途方もない混乱を金融市場で招きそうだ。イタリアが目下のところEUの安定性に対する最大の脅威だという点では、マサユキ、君に賛成だよ。イギリスのEU離脱について言えば、ここ二─ 三年はイギリスは相当の痛みを経験するだろうけど、これについても君の言うとおりで、イギリス政府が貿易金融で開放的な姿勢を維持し続ける限りは、それから回復できるだろう。イギリス政府も実際そういう方針のようだが、EUの安定性については、それほど楽観してはいない。
From ビル・エモット
■ビルへ
正直に言うと、今回の国民投票はきわどい勝負なのは判っていたけれど、最終的には常識が勝利して残留派が多数になると思っていたよ。実は同様にトランプが米共和党の大統領候補になるとは、本気で思ってはいなかったけれど、ここでも予想を外した(**)。こういった「ポピュリズム」と一般に言われる現象が大西洋の両岸で同時に起こって、政治的にも知的にも既成勢力に反旗を翻していることを、我々はどう解釈すべきなのだろうか。こういった現象の底流には、何か共通するものはあると思うかな? 我々のこのやりとりが『アステイオン』に印刷されて日本の読者の目に触れるころまでには(翻訳やら校正やらで遅くなってごめんね)、アメリカの新大統領も決まっているだろう。もしトランプ大統領当選ということにでもなれば、その帰結はイギリスのEU離脱よりも遙かに深刻だろう。僕としてはまだそれは起こらない方にかけるけれど、今回の国民投票の例から見ても、何が起こるかも判らないからね。
From 田所昌幸
■マサユキへ
EU離脱とトランプ現象の共通項は、二〇〇八年の金融危機とその後の、一九三〇年代以来最悪かつ最長の不況だと思う。このせいで、一般市民の政治経済システムへの信頼が、大いに失われたし、そういった人々が新たな意見や、新たな約束、それに一見したところ新たな政治的魔術師の言うことに影響されやすくなったからね。これは英米のように、選挙の勝者が総取りしてしまうような政治制度をもっている国では、疎外されている少数派の声がちゃんと政治の場に反映されないから、とりわけ危険なものになる。どうやら我々は自分たちの政治制度が最も基本的な原則を今後も維持できるのかどうかを真剣に考えないといけないだろう。それは、政治的権利と発言権の平等という原則だ。
From ビル・エモット
*イタリア政府は9月、国民投票を12月4日に実施すると発表。そして実施された国民投票では、憲法改正案が否決され、レンツィ首相は辞意を表明した。(編集部注)
**トランプは11月の米大統領選本選で米民主党のヒラリー・クリントンに勝利した。2017年1月、第45代大統領に就任する。(編集部注)
(この両者のやりとりは、二〇一六年七月後半に行われた。なお、英語の原文はwww.suntory.com/sfnd/asteion/correspondence/index.htmlで公開している。)
ビル・エモット(Bill Emmott)
1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学卒業後、英エコノミスト入社。1983年から3年間東京支局長として日本と韓国を担当、1993年に同誌編集長。2006年にフリーとなり、現在、国際ジャーナリストとして活動している。主な著書に『日はまた沈む――ジャパン・パワーの限界』(草思社)、"Good Italy, Bad Italy"(Yale University Press)などがある。
田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
1956年生まれ。京都大学大学院法学研究科中退。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授を経て慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治学。著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(編著、有斐閣)など。
※当記事は「アステイオン85」からの転載記事です。
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