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トランプの「ウソ」に期待する理由
http://www.newsweekjapan.jp/pakkun/2016/11/post-19.php
2016年11月30日(水)13時00分 パックンのちょっとマジメな話 パックン(パトリック・ハーラン) ニューズウィーク
<普通の政治家なら選挙中の公約の実現を願うのがあたりまえだが、トランプの場合はむしろ公約を破棄して「常識的」な政策に変えて欲しいと願っている人がたくさんいる>(写真:就任当日にTPPから撤退すると宣言したトランプ)
さて、ここでクイズ!
「ウソ」は英語で何というでしょうか?
正解はcampaign promise(選挙中の約束)。いや、冗談じゃなくてれっきとした慣用句だ。もちろんlieやfalsehoodなどの言い方もあるが、「言っても、するつもりのないこと」を指すものとして、campaign promiseはよく使われる表現となっている。
考えてみると、これはかなり残念な慣用句。「選挙中の約束=ウソ」がすんなり通じるのは「政治家=ウソツキ」という常識に基づいているからなわけで。本当はcampaign promiseは「絶対守るもの」という意味であってほしい。
しかし、今、その「悲しい常識」から希望の種を見つけ出そうしている方々が多い。
「トランプは過激で非現実的な公約をいっぱい掲げてきたが、それらは選挙に勝つためにだけ発した、不本意なリップサービスに過ぎない! 当選したらそんなcampaign promiseを守らないで普通な大統領になるはず」――こういった楽観的な解説をする有識者は、アメリカでも日本でも最近よく見かけるね。
長さ3200キロもある、「メキシコとの国境に万里の長城を建てる」、と?
国内に1100万人もいる、「不法移民を強制送還する」、と?
世界に15億人もいる「イスラム教徒の入国を禁じる」、と?
【参考記事】TPPを潰すアメリカをアジアはもう信じない
確かに、こんな公約、どれをとっても、たいてい本気だと思えない。こんな言葉に惹かれて投票する人向けに言っていただけで、そもそもやるつもりはない。典型的なcampaign promiseだ。当選したら、当然姿勢を変えるだろう。
このような見込みが急増しているように思えるが、実はずいぶん前からあるもの。不思議なことに、選挙前から公約通りに動かないと信じてトランプに投票している方も少なくないのだ。「大丈夫だよ!大半ウソだから!」と、支持者まで言っているのは、本当に理解しがたい現象だけど。
しかし、極端なcampaign promiseを破るのは政治家の常識かもしれないが、トランプは政治家じゃない。本人も政治家じゃないと大きな声で言っている。その上、その事実を何度も見せつけている。
―自分の党の重鎮を敵に回した。
―有権者の半分を蔑視した。
―大統領らしからぬ言葉を吐きまくった。
―国民的英雄をけなした。
―国に命を捧げた戦没者の家族と喧嘩した。
・・・などなど枚挙にいとまがない。トランプの言動からは、政治家の常識を持っていないことがよくわかる。というか、一般人の常識すら持ち合わせていないのかも。
ということは、"常識的に"公約を破るのではなく、下手したら"非常識に"campaign promiseを守ってしまう可能性もある。皮肉にも、有言実行になることこそが心配されているのだ。
今回に限って、大統領はウソツキであってほしい。
公約だったとしても、それを破って姿勢を和らげる「常識人」なのか、それとも公約をしっかり守り、今まで通りの過激な姿勢を保つ「非常識人」なのか、推測するなら当選してからの行動を見てみるしかない。
いくつかの問題においては、選挙が終わってから中道に歩み寄る傾向が見える。国境の壁に関しては「部分的にフェンスでもいい」。不法移民に関しては「とりあえず犯罪歴のある人から強制送還だ」と、実はオバマ政権と同じ方針をとるという。また、イスラム教徒の全面入国禁止案に至っては、取り下げただけではない。以前は「イスラム教徒の登録データベースを作るべき」と発言していたというのに、今は「そんなこと、言っていないよ」と否定している。録音テープがあるのに、「言っていないよ」と言い張る。
完璧な証拠があるのに、その現実を否定するという非常識な行為は前から変わらないが、少なくともいくつかのcampaign promiseを曲げ、"常識"に近づいているように見える。さらに「イスラム国の創立者だ」と言っていたオバマ大統領と仲良くしているし、「投獄する」と脅していたヒラリー・クリントンの事を「いい人だ」と話している。
トランプが、選挙中と当選後とではまるで別人のようだと感じて喜んでいる人は多い。「二面性、最高!」とか「二枚舌万歳!」と言っているみたいなものだ。不思議だが、それが今や希望の種になっている。(正直、僕も常識人に変身することを期待している...とは言わないが、祈ってはいる。藁をもつかむ思いで・・・)
しかし「常識人」に近づいた気配もあるが、「CIAによる拷問を再開する」、「温暖化対策を取りやめる」、「保護貿易を徹底する」等々、一部の公約を守ろうとしている姿勢も見せている。つまり、ものによってcampaign promiseを破る"常識"がないかもしれない。
さらに、次期大統領の非常識っぷりは他の局面からも垣間見えている。
【参考記事】トランプ政権はキューバと再び断交するのか?
新政権移行チームは16人中、4人がトランプファミリーだ。就任後も連邦法で禁じられているのに、新政権の上位ポストに義理の息子を任命しようとしている。
さらに、しばらく政府のホームページに、自分の不動産の物件や奥さんの時計とジュエリーブランドを(テレビショッピングのチャンネル名付きで)紹介した。大統領の地位と国民の血税で自社ブランドの宣伝なんてしないのが「常識」。
また、任期中も会社は大統領が筆頭株主の家族経営のままにするつもりらしい。本来は、大統領の判断に影響がないように、持ち株などの資産を全部blind trustに預けて、「国益より自己利益を優先している」と思われないようにするのが常識。
トランプは当選後も公私混同に対する考え方も非常識っぽい。
では、内閣や補佐官の任命はどうだろうか?
昨今、丸腰の黒人が大勢警察に殺されていることが社会問題になっている。それなのに、黒人に対する差別がきつ過ぎて地方裁判官にもなれなかったJeff Simmonsを司法局長に任命した。
民族や人種の分裂を融合させるのが急務なのに、Alt-Right(白人至上主義のアメリカ版ネトウヨ)の中心であるニュースサイトのCEO、Stephan Bannonを首席戦略官に抜擢した。
イスラム圏との付き合いが外交上の最重要課題となっているのに、「イスラム教は悪性の癌」と主張するネオコンのMichael Flynnを国家安全保障問題担当大統領補佐官に選んだ。
人選も非常識っぽい。
では、日本人が一番気になる外交をみよう。選挙中、トランプは「金正恩と会おう!」や「プーチン好き!」といったり、アジアから米軍の撤退や日本、韓国の核保有化をほのめかしたりして、非常識っぽかったが、当選後はどうかな?
【参考記事】バルト3国発、第3次大戦を画策するプーチン──その時トランプは
まず、選挙後、最初に電話で対談した他国のリーダーはエジプトの大統領だった。イギリスやドイツを差し置いて、だ。
安倍首相との非正式な首脳会談もかなり異例な出来事。一番忙しいときに90分を割いてカジュアルに話し合うことは滅多にない。ネッ友のオフ会じゃないから。安倍さんは上手くトランプの無知さを利用して対談を仕掛けたと、僕は評価しているが、トランプにとっては失敗だ。他の首脳達も同じ待遇を期待しちゃうし、大統領との対談は外交の大事なカード。安易に使ってはいけないというのが常識。
まだ小さなことしかやっていないが、それでも当選後も外交においては非常識っぽい。
果たしてトランプは常識人なのか、非常識人なのか。これは冒頭の英語クイズよりはるかに難しい問題だ。いまのところ、僕はなんともいえない。というか、選挙の結果も見事に読み間違え、危うくテリー伊藤さんに頭を丸坊主にされそうになった僕は、もうトランプに関しては何も断言しないことにする。
極端な公約を破り、国益を追求する"常識人"になればありがたいが、非常識人のままになる可能性は十分ある。とにかく、念のためにであっても、そんな非常識なトランプに僕ら地球人はみんな備えておくべきだと思う。
<追伸>
そういえば、僕は「トランプが当選したら日本に亡命する」と、以前ここで公言したことが気になっている方もいるかもしれない。実は、選挙の翌日から本気で帰化する手続きを調べてみた。しかし、アメリカには「出口税」というものがあって、なんと国籍を放棄する場合、資産の20%を国に納めなきゃならないのだ。つまり、トランプに呆れて国籍を捨てしまったら、僕が持っている全財産の20%をトランプに渡すことになる。そんなの嫌だ!
残念ながら、ケチな僕は亡命しないとに決めた。すみませんね。
まあ、そもそも、あれもcampaign promiseだしね。
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