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中国・杭州で握手するバラク・オバマ米大統領(左)と習近平中国国家主席(右、2016年9月3日撮影)〔AFPBB News〕
「大国間競争」を否定するホワイトハウスの大問題 中国とロシアへの対処こそ最重要
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48219
2016.10.26 渡部 悦和 JBpress
■オバマ政権の国防省に対する「大国間の競争」使用禁止令
最近、米バラク・オバマ政権の対外政策の問題点が浮き彫りになる出来事があった。
ネイビー・タイムズ(Navy Times)によると*1、米国の国家安全保障会議(NSC)は、国防省に対して「大国間の競争(great power competition)」や「中国との競争」という言葉を使用しないようにという秘密指定の指示を出した。
NSC関係者は、「大国間の競争」という言葉は、「米国と中国を衝突の方向に規定し、台頭する大国(中国)との複雑な関係を極端に単純化する」と主張している。
この指示は、オバマ大統領とスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官が関与していると思われるが、オバマ政権の国防省と軍に対するマイクロマネジメントの典型例であり、オバマ政権の安全保障分野において8年間続いた重大な問題点である。
「大国間の競争」という言葉は、今年の2月9日にアシュトン・カーター国防長官が発表した2017会計年度の国防予算案で採用されているカーター国防長官の肝いりのキーワードである。
予算要求の背景となる国防省の脅威認識として5つのチャレンジ[ロシア、中国、北朝鮮、イラン、ISIL(いわゆるイスラム国)]を列挙しているが、特に中国とロシアの脅威を強調し、「大国間の競争」への対処重視を打ち出した点を私は高く評価している。中国とロシアへの対処は喫緊の課題だからである。
米国は、2001年の9/11同時多発テロ以降、対テロ戦争を15年間実施してきた。イスラム過激主義組織ISILは現在対処している直近のチャレンジであり、北朝鮮とイランもチャレンジである。
しかし、最大のチャレンジはロシアと中国であり、両国に本格的に対処する予算が必要であると宣言したのだ。
米国にとって、国益を危うくする最も危険な国はその経済力、軍事力および対外政策から判断して中国であり、次いでロシアである。
カーター国防長官の肝いりで進めている中長期的な技術戦略である第3次相殺戦略は、将来的な中国とロシアの脅威に対していかに技術的優位を保ちながらその脅威に対処するかを焦点にしている。
まさに、「大国間の競争」という言葉は、NSCのマイクロマネジメントを排除して、次期政権に国防省としてバトンタッチしようとした第3次相殺戦略のキーワードであった。そのキーワードの使用を、オバマ政権の終末期に禁じたNSCの今回の措置は問題である。
■オバマ政権の対外政策
●オバマ政権の対外政策の特色
オバマ大統領の対外政策を語る時には前任者であるジョージ・W・ブッシュ大統領の対外政策を語らざるを得ない。なぜなら、オバマ氏はブッシュ氏が始めたイラク戦争に反対し、イラクやアフガニスタンからの米軍撤退を訴えて大統領になったからである。
ブッシュ大統領の対外政策の特色は、米国の一国行動主義に基づいた極めて傲慢で、米国の卓越した軍事力に過度に頼る攻撃性にある。
ハーバード大学教授のスティーブン・ウォルト教授は、ブッシュ氏とその取り巻きであるネオコンが、米国を「世界秩序の擁護者」ではなく「世界秩序の破壊者」にしてしまったことを厳しく批判している。
一方、オバマ氏の対外政策は慎重であり、極力軍事力の使用を避ける、やむを得ざる場合には空軍戦力と海軍戦力を使用する。地上戦力の使用は最後の最後まで避けている。
オバマ大統領はしばしば弱い指導者と批判されるが、米国、特にその軍事力ができることとできないことを理解し、米国の一国行動主義を避け、努めて紛争の当事者や関係国と協力しながら紛争を解決しようとしている。彼は、少なくとも「世界秩序の破壊者」ではない。
そもそも、オバマ氏は、大統領就任以来、外交よりも主として内政に焦点を当ててきたが、彼の外交政策は、第1にジョージ・Wブッシュ氏が始めたイラク戦争とアフガニスタン戦争を終結させることであり、新たな戦争を始めないことである。
第2に世界経済を安定させるために多国間の努力をリードすることであり、米国の経済を復活させることであった*2。
*1=David B. Larter,“White House tells the Pentagon to quit talking about competition with China”
*2=Ian Bremmer, “SUPERPOWER”, P40
●軍事力を背景とした強い外交ができていない
私はオバマ氏の対外政策そのものは適切であると思っている。何よりも過半数以上の米国人が彼のイラクおよびアフガニスタンからの米軍撤退を支持している。
しかし、多くの批判者が主張するように、その政策を実行する際における断固たる態度・信念・情熱に欠ける点などは問題である。
また、「地上部隊を投入しない」、「米国の手段や能力を越えた資源の投入をしない」、「米国はパートナーなしには単独でやらない」と否定形で語り、かつあまりにも早く正直に「軍事力を使用しないこと」と宣言し、手の内を相手に見せてしまう点も批判されている。
過早に手の内を明かすことにより、相手(ロシア、中国、イスラム国)から見くびられ、その後の米国各省庁の仕事を困難にしてきた。
軍事力は戦争をする手段ではなく紛争抑止のための手段として活用すべきであり、軍事力を背景とした外交や通商政策を展開すべきであった。しかしながら、オバマ政権においては、軍事力を最初から使用しないと宣言してから、外交交渉に入るケースがあまりにも多かった。
この手法はあまりにもお粗末である。この傾向は特にシリア問題対処において顕著であり、ケリー国務長官でさえ、「シリア紛争を終わらせる外交努力の裏に、米軍が出動すると信じるに足る脅しがなかった」と悔やんでいる*3。
■オバマ政権の対ロシア政策の失敗
●米国との緊張をエスカレートさせるウラジーミル・プーチン大統領
最近のプーチン大統領の米国やその同盟国に対する敵愾心は凄まじく、特に米国に対する挑発はだんだんとエスカレートしている。
2014年のクリミア併合、ウクライナ東部の親ロシアグループへの軍事支援継続、シリアに軍事介入しアサド政権の延命に手を貸し、反政府勢力に対する攻撃を継続、地中海などにおける米国海軍艦艇に対する異常で危険な接近飛行、KGBの復活宣言、核兵器搭載可能な弾道ミサイル(イスカンデル)のカリーニングラード(ポーランドとリトアニアの飛び地)への配備、バルト3国に対する攻撃の示唆、2016米国大統領選挙に対するサイバー戦の実施など、最近のロシアの行動は異常である。
この異常なまでの米国に対する挑発にオバマ大統領は適切に対処できていない。
●オバマ政権の思い込みが対ロシア政策失敗の要因
多くの米国の安全保障の専門家が指摘するように、「ロシアは没落していく国」という側面はあるが、いまだに大量の核兵器を保有し、核戦力で唯一米国に対抗できる国であるだけに侮ってはいけない。真剣にロシアに対峙するという姿勢が必要である。
オバマ大統領は、「中国やロシアに対する関与政策により、全体主義的な国家を市場経済の民主主義国家に転換させ得る」という思い込みを捨てなければいけない。米国が友好的だと相手もいつかは友好的になるだろうという思い込みが致命傷になる。
中国もロシアも米国の様な民主主義国家にだけはならないと固く決意し、西側に統合されることを拒否し、米国に対し広範な分野で挑戦する決意をしている。
ロシアが米国に反対するのは、クレムリンの非民主主義的な政治のせいだけではない。
米国のロシア問題は、プーチン氏個人のみではなく、地政学的な要素に根本原因がある。プーチン大統領がいなくなっても、ロシアにおいて広範な政権交代があったとしても、ロシアの脅威(challenge)を解決できるわけではない*4。
地政学的理由による特定分野における競争は、国内における政治体制がいかなるものであったとしても、全世界における戦略的な利害関係を持つ主要大国間においては避けられないことを認識すべきである。つまり、大国間の競争は避けがたいものである。
プーチン大統領は、ロシアの戦略的思考の歴史の中に立っていて、彼の外交政策は、ロシアのエリートの圧倒的な支持を受け、国民にもその支持が広がっている。戦争をも辞さない強い決意を示すプーチン氏は、一見強いリーダーの様に評価されるが、彼の挑発的な言動の背後にはロシアの弱さがある。
また、彼の試みは、短期的で、ロシアの国力や地位を長期的に増進する長期的なものではなく、ロシアのグローバルな地位のそれ以上の悪化を防ぐための戦いを実施しているに過ぎないことも認識すべきだ。
●2016米国大統領選挙への干渉への強い対応の欠如
プーチン大統領は、2016年の米国大統領選挙に介入し、ロシアの操り人形になりそうなドナルド・トランプ氏を大統領にする工作を実施している。
民主党組織や同党関係者に対する大規模なサイバー情報活動を展開し、クリントン候補の落選を露骨に画策している。オバマ大統領は、露骨に介入されても、ロシアに対する報復を示唆する強い声明を発していない。「やられたらやり返す」という米国の原則に従っていないからプーチン氏になめられる。
*3=10月7日付のWSJ
*4=Thomas Graham, Matthew Rojansky,“America’s Russia Policy Has Failed”
■中国にいかに対処するか?ホワイトハウスと国防省の確執
オバマ大統領と国防省との関係は良くない。この背景には相互の不信感がある。
オバマ大統領には国防省や軍が過去何度も犯してきた作戦上の失敗に対する不信感がある。一方、国防省にはオバマ大統領およびその側近から不当な干渉を受けているという思いがあり、史上最低の両者の関係であると批判する者もいる。
●国防省に対するマイクロマネジメント
オバマ大統領と彼に仕えた全員の歴代国防長官(ロバート・ゲーツ、レオン・パネッタ、チャック・ヘーゲル)の関係は良好ではなかった。特にゲーツ氏とパネッタ氏は、国防長官辞任後に出版した回想録*5の中でオバマ大統領を厳しく批判している。
軍の最高指揮官としてのオバマ大統領の資質に対する批判がその根本にある。つまり、危機に際してのオバマ大統領の優柔不断さ、自らの戦略に対する自信の欠如、発言の背後にある意思の欠如、国防省に対するマイクロ・マネジメント(本来ならば国防省に任せるべき部隊運用などに関し、細かいことにまで干渉すること)などがその原因である。
一方で、オバマ大統領には、円滑に進展しない軍事作戦に関し、国防省および軍首脳に対する不満があり、大統領の対外政策は外交主導で運営され、国防省は冷遇される傾向にある。
当然ながら、オバマ大統領とカーター国防長官との間にも意見の対立がある。特に、中国、ロシア、ISILに対する対処案ではしばしば意見が対立している。
例えば、ロシアのクリミア併合とウクライナ東部での紛争に際し、カーター長官は、ウクライナへの武器の供与を進言したが、大統領は拒否した。
カーター長官は、南シナ海における中国の人工島の建設に伴う「航行の自由作戦(FONOP)」の実施を2015年の5月の段階で進言しているが、大統領はその進言を受け入れることがなく時が過ぎ、2015年の10月27日にやっとFONOPは実施された。この半年の間に中国の人工島の建設はほぼ完成してしまった。
この大統領の優柔不断さは米海軍の士気に悪影響を及ぼした。そしてイラクやシリアにおけるISILとの戦闘においても、地上戦力のより積極的な活用を進言する国防省とそれを拒否する大統領の意見の相違は明白である。
カーター国防長官および相殺戦略の主務であるロバート・ワーク国防副長官は前述のように、中国とロシアの脅威を強調し、大国間の競争を打ち出すことによって、両国に対する軍事的技術的優位を確保しようとした。
オバマ大統領は、声高に中国やロシアの脅威を強調することを好まない。中国とロシアに対する脅威認識の相違がことあるごとに大統領と国防省のぎくしゃくした関係を惹起させてしまっている。
●ハリス太平洋軍司令官の度重なる意見具申を却下するNSC
9月26日付のNavy Timesは*6、ハリー・ハリス太平洋軍司令官による中国の人工島建設に対処する太平洋軍の作戦に関する度重なる意見具申を、NSC特にスーザン・ライス大統領補佐官が拒否している状況を生々しく報じている。
ホワイトハウスとしては、他の案件で中国の協力が必要であることを理由に中国との関係を緊張させないことを優先している。
一方、太平洋軍は、もう既に南シナ海においては現状変更が行われていて、今後、スカボロー礁での人工島の建設や軍事基地化が懸念される状況に危機感を募らせている。
このような双方のやりとりが、「大国間の競争」「中国との競争」の表現をしないようにという指示につながったのであろう。
*5=Robert M Gates,“ Duty: Memoirs of a Secretary at War”, Vintage Leon Panetta, “Worthy Fights”, Penguin Press
*6=David B. Larter,“4-star admiral wants to confront China. The White House says not so fast. ”
■大国間の競争に乗り遅れた米陸軍
対テロ戦争を15年間も続けている米陸軍は、最近、「複数ドメイン戦闘」(The Multi-Domain Battle:MDB)という用語を使用し、大国の軍隊と対峙すべき陸軍の意識刷新を図ろうとしているらしい*7。
私は、陸軍が言い出した「複数ドメイン戦闘」を見て思わず苦笑してしまった。なぜなら、「複数ドメイン戦闘」は明らかに「クロス・ドメイン作戦(ドメイン越え作戦)」(Cross Domain Operation:CDO)を真似した用語だからである。
CDOは、既にエア・シー・バトル(Air Sea Battle)が出てきた2010年頃には認識されていた概念であり、統合参謀本部は数年前から、「クロス・ドメイン作戦」や「クロス・ドメイン・シナジー(ドメイン越えの相乗効果)」という言葉を使用してきたからである。
現代戦において、海軍や空軍に比して周回遅れの陸軍がやっと「クロス・ドメイン作戦」(CDO)の重要性を認識したか、「やれやれ」というのが私の感想である。
なぜ陸軍が海・空軍に比して周回遅れになったのか、主要な理由は2つあると思う。まず、陸軍が2001年から15年間も継続している対テロ戦争の悪影響である。
対テロ戦争の敵(ISILなど)は、ロシア軍や中国人民解放軍に比較して戦いやすい相手である。なぜなら、彼らは、現代戦を戦うために必要な兵器やドクトリンを持っていない。
例えば、彼らは、ジェット戦闘機、攻撃ヘリコプター、優秀な対空兵器を持っていないので、我が常に航空優勢を確保できる。宇宙戦に関する能力(人工衛星の妨害や破壊など)もなく、電子戦の能力もなく、サイバー戦に関する能力も低い。
ISILなどは、人民解放軍が保有するA2AD能力もないので米軍は戦場に自由にアクセスできる。つまり、米陸軍は、15年間、現代戦能力に欠ける敵と戦ってきたので、現代戦を戦う意識も能力も徐々になくしてきたのだ。
第2の理由は、米陸軍が対処すべき現実的な脅威は、アジア正面では中国の人民解放軍、欧州正面ではロシア軍であり、両軍とも現代戦を遂行する能力を保有している。
既に指摘した「大国間の競争」という言葉を使わせないというNSCの指示は、国防省にとって不可欠な脅威分析に圧力をかけて、それを不適切な方向に捻じ曲げる結果になる。
従来の米国の脅威分析の素晴らしさは、各組織によって別々の脅威分析結果があり、その多様性こそが米国のインテリジェンスの命であった。CIAはCIAの脅威分析があり、DIA(Defense Intelligence Agency)はDIAの脅威分析があり、陸・海・空軍にはそれぞれの脅威分析がある。その多様性こそが米国の強みであった。
今回の「大国間の競争」という言葉を使わせないというNSCの指示は、米陸軍の現状からも不適切である。
来年1月には、新大統領の下で新たな政権が発足する。安全保障分野で喫緊の中国とロシアへの対応が適切に実行されることを願ってやまない。
*7=“The Multi-Domain Battle”, Defense News
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