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絶望とドラッグに沈む者たちがトランプに賭ける
消去法のアメリカ
トランピズムの源流(4) ペンシルベニア州アリクィッパ&ブラドック
2016年10月17日(月)
篠原 匡
4年に一度の一大イベント、米大統領選は残り3週間を切った。民主党のヒラリー・クリントン候補と共和党のドナルド・トランプ候補の戦いは9月後半まで接戦が続いていたが、討論会の直接対決以降、過去のセクハラ発言テープの流出などトランプ氏が自滅している印象が強い。だが、米国民のクリントン嫌いも根深いものがある。まだ予断は許さない。
この連載では、中西部のラストベルトの町と住民をひもときつつ、トランプ氏が可視化した「トランピズム」の断片を見ていく。4回目はペンシルベニア州アリクィッパ&ブラドックへ。
(本文敬称略)
バージニア州に住む写真家、ピート・マロビッチは昨年以降、かつて繁栄を極めた"鉄鋼の町"の風景をフィルムに収めている。
彼の両親はペンシルベニア州ピッツバーグ近郊のアリクィッパという町の出身。マロビッチ自身そこで生まれ育ったわけではないが、子供の時に毎年のように祖父母を訪ねており、第2のふるさとのような場所だ。そのアリクィッパが1980年代以降、急速に廃れていく姿も目の当たりにしてきた。
「華麗な転換」は本当か
そして数年前、鉄鋼業の衰退に伴って住民が激減していたピッツバーグが再生、ヘルスケアや教育、IT(情報技術)など産業構造を華麗に転換させているという記事を目にした。だが、アリクィッパの惨状を知っているだけに、マロビッチには今ひとつしっくりこない。そこで、モノンガヒラ川やオハイオ川の周辺の古びた町に足を運ぶことにした。
現場に行き、改めて分かったのは、そういった川沿いの町がいまだに衰退から抜け出せていないという事実だった。かつてピッツバーグを全米有数の大都市に押し上げた小さな市町村は忘れ去られようとしている――。そう痛感したマロビッチは鉄鋼の町の今を撮ることに決めた。
アリクィッパのバーで住民と語るバーテンダー(写真:Peto Marovich)
例えば、彼のルーツとも言えるアリクィッパの現状を見てみよう。ここは第2回で述べたモネッセンと同様、地元の鉄鋼会社とともに発展した企業城下町だが、鉄鋼業の衰退で受けた打撃はモネッセンの比ではない。
アリクィッパは米鉄鋼会社、ジョーンズ・アンド・ラフリン(J&L)が従業員のために作った町だ。1909年、アリクィッパ周辺の土地を取得したJ&Lが一帯に世界最大の製鋼所を建設、その周辺に労働者のための住居や商業施設を建てたことが始まりだ。1940年代、町の人口は約2万7000人まで増加。そのうち9000人がJ&Lで働いていたという。
だが、アリクィッパとJ&Lの幸せな関係は1984年に終焉を迎える。J&Lが同業のパブリック・スチールと合併したのだ。そして誕生したLTVスチールは、アリクィッパにあった製鋼所や事業所の大半を閉鎖、およそ8000人の従業員を解雇した。
既に、周辺の自治体でも同様の事態が起きており、珍しいことでもなかった。だが、1980年時点でアリクィッパの人口は1万7000人である。全員がアリクィッパ在住ではないにせよ、8000人が一度に職を失うインパクトは地域のレジリエンスを超えている。しかも、LTVが税の減免を自治体に要請したことで、町の税収も激減した。結果的に、地域経済やコミュニティは破壊された。
ペンシルベニア州は1987年に窮乏自治体に対する支援プログラムを開始、アリクィッパもこのプログラムを活用した。そして、今も州の支援からは自立できずにいる。
鉄鋼業のグラウンドゼロ
経済的に自立できていないのはブラドックも同じだ。
「鉄鋼業のグラウンドゼロ」とマロビッチが表現するように、この街の惨状も目を覆うばかりだ。最盛期に2万人いた人口は2010年でわずか2000人余り。失業率は30%、貧困層に属する世帯は全体の3分の1を超える。教会や学校、映画館、レストラン、ビール醸造所などが集まっていた中心街を歩いても、大半の建物が出入り口や窓をトタン板で塞がれたままの状況だ。
エドガー・トムソン・ワークスを望む(写真:Peto Marovich)
アリクィッパとの違いを一つあげれば、まだ製鋼所が残っているということだ。この街の製鋼所、エドガー・トムソン・ワークスは"鉄鋼王"ことアンドリュー・カーネギーが造った初のベッセマー式製鋼所として歴史にその名を刻んでいる。だが、ここで働く従業員の大半はブラドック以外の地域から通っている。
残った人々は、町に再び火をともそうと懸命にもがいている。
ブラドックの町長、ジョン・フェッターマンと妻のジゼル・フェッターマンはコミュニティの再生に奔走している。荒廃した住宅を買い取り、住居を必要としている人に安価に提供したり、過剰在庫となった洋服や食料品を引き取り、無料で配る店を作ったり、若年層向けの雇用プログラムを立ち上げたり――。ブラドックを歩くと、空き地で農作業をしている人々が少なくない。それも雇用プログラムの一つだ。「今いる住民は人口の9割が去った後に残った人々。ほとんどの人々は町に誇りを持っている」とジゼルは言う。
住民が作るブラドックのガーデン(写真:Peto Marovich)
崩壊の隙間に忍び込むドラッグ
もっとも、限られた資金の中でのまちづくりには限界もある。「アリクィッパにも町を再生させようとしているグループはいくつもある。だが、どうしても資金の問題がつきまとう。老朽化した建物は危険なだけでなく、新規出店などの阻害要因になる。誰だって、廃墟の横で店は開きたくない。本来は壊すべきだが、その資金がない」とマロビッチは言う。
こういった地域が直面している問題は地域住民の減少や住民サービスの悪化にとどまらない。仕事の喪失や家族、コミュニティの崩壊に伴う精神的なダメージ、そこにドラッグが密接に絡み合う。
麻薬や鎮痛剤に手を出すきっかけは人それぞれだろう。長年、体を酷使したことに伴う痛みを抑えるために鎮痛剤を摂取、それが常用につながるケースがあれば、不安やストレスなどから麻薬に手を出す場合もあるに違いない。そして、雇用を喪失している地方の市町村では、ドラッグの常用が大きな社会問題になっている。
米疾病予防管理センター(CDC)によれば、ヘロインやほかのオピオイド系鎮痛剤を含む薬物中毒死はカリフォルニア州やワシントン州などの西海岸、ネバダ州の一部、アパラチア山脈の北部や北西部、南東部に集中している。ここで言うアパラチア山脈の北部や北西部にはアリクィッパやブラドックのような「ラストベルト(重工業で発展した中西部)」、南東部は炭鉱を産業の柱とする地域、そして対中貿易で打撃を受けた家具などの集積地を含む。
また、オハイオやインディアナ、ケンタッキー、イリノイ、ミズーリなどの中西部の各州では、当局に摘発された塩酸メタンフェミン(覚醒剤)の密造所が他地域よりも多い。「ドラッグビジネスに足を踏み入れている人々は少なくない。雇用の機会がない地域の人々にとって、ドラッグは日々の糧を得る手段になっている」。そうマロビッチは指摘する。
廃墟となった製鋼所(写真:Peto Marovich)
白人中年の「絶望による死」
昨年11月、2015年のノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大のアンガス・ディートン教授と、同僚であり妻でもあるアン・ケース教授が共同執筆した論文が話題になった。1999〜2013年で白人中年の死亡率が上昇しているという内容で、自殺やアルコール依存、薬物中毒、慢性肝疾患が死亡率を押し上げたという指摘である。
先進国の場合、医療の発展や公衆衛生の向上によって一般的に死亡率は低下する。実際、黒人やヒスパニック系の死亡率は減少している。その中で白人中年の死亡率が上昇しているのは異常だ。その要因は経済的な苦境やコミュニティの崩壊など複合的だと思われるが、労働は誇り、家族は希望、コミュニティが安心だと思えば、そういったものが奪われた喪失感もあるに違いない。ケース教授は「絶望による死」と表現する。
この種の喪失感を克服できる人間もいれば、もがき苦しむ人間もいる。グローバリズムのペースに適応できる人間もいれば、振り落とされる人間もいる。そして後者の人々が、トランピズムの岩盤の一部を構成している。これは保護主義には知って解決する問題ではない。社会として、国として、彼らに次の希望を提示できるかどうかという問題だ。
ここまで白人労働者層を被害者として描いてきたが、米国流に言えば、自己責任であり自業自得という面がないわけではない。米国は移民の国であり、白人も元をただせば移民だ。だが、現実を見れば白人自体が既存システムの既得権者であり、黒人やヒスパニックから見れば"特権階級"に映る。実際、働かずにドラッグに溺れる白人が没落するのは当然だと考えるマイノリティは少なくない。
また日本人にしてみれば、中西部の白人労働者層が感じている悲哀は既にどこかで聞いた話でもある。日本の地方都市を歩き回れば、似たような経験をした人々やコミュニティは数知れない。限界集落と呼ばれて消えゆく村々も現実にある。米国の製品や文化が世界を席巻した1960年代、その郷愁を胸にトランプに快哉を叫ぶ人々に共感するものは正直なところあまりない。
だが、そういう塊が米国の中に存在するという事実は忘れるべきではない。そして、絶望を上回る希望がなければ、トランピズムは何度でも首をもたげるということも。度重なる失言、失策を経て、トランプは自滅しつつある。が、次期政権はトランプが可視化した不満に向き合わなければならない。
このコラムについて
消去法のアメリカ
いよいよ米大統領選がラストスパートに入った。この連載では、次期大統領が決まるまでの過程を追っていく。民主党候補のクリントン氏と、共和党候補のトランプ氏が直接対決するテレビ討論会。副大統領候補による論戦。重要なイベントを随時、取り上げる。米大統領に誰になるかは米国民だけの問題ではない。日本を含む世界の将来に大きな影響を与える。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/092900073/101400008
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