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フィリピン麻薬戦争、死者の山に口閉ざす人々
[マニラ 5日 ロイター] - マニラ市内のスラム街では、22歳の輪タク運転手Eric Sisonさんの遺体が棺に横たわり、その近くをヒヨコが行き交っている。地元の伝統にのっとり、彼を殺害した者の良心をつついて責める象徴として放されたのだ。
ソーシャルメディアで先月拡散された携帯電話の動画は、Sisonさんが殺害された瞬間を捉えたものだと言われている。現地の当局者によれば、このとき警察は、マニラ首都圏のパサイ市で麻薬密売人を捜索していたという。
新聞の報道によれば、この動画は近隣の住民が撮影したもので、「撃たないでくれ。降伏する」と叫ぶ声に続き、銃の発砲音が聞こえる。
ボロボロの家屋のあいだを走る悪臭を放つ水路の脇に置かれた棺の近くには、「Eric Quintinita Sisonのために正義を」と訴えるポスターがあり、手書きで「過剰殺戮。Ericのために正義を」との文言が添えられている。
わずか2カ月前にロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピン大統領に就任し、麻薬密売業者に対する戦いと、広く蔓延する覚せい剤メタンフェタミンの乱用撲滅を宣言して以来、こうした殺害事件が急増している。しかし、このポスターのような抗議の印はめったに見られない。
ドゥテルテ大統領の血なまぐさい粛清作戦を阻む者はほとんどいない。
7月1日以降に殺害された人の数は、先週2400人に達した。約900人は警察による摘発作戦のなかで殺されたものであり、残りは「捜査中の死亡」だ。人権活動家によれば、これは自警団による超法規的な殺害を婉曲に表現した言葉だという。
今回の取材では、ドゥテルテ大統領の執務室からは直接のコメントを得られなかった。
<攻撃される反大統領派>
ロイターの取材で明らかになったのは、殺害事件が圧倒的に多いため、警察の内部監察局(IAS)と人権委員会(CHR)による調査もごく一部にしか及んでいないこと。そして、目撃者が恐怖のあまり進んで証言しようとしないため、多くの事件を不当な殺害であると立証する望みがほとんど無いことである。
他方、大統領の麻薬撲滅政策は広く支持されており、度重なる流血が恐怖感を煽っていることとあいまって、市民社会からの反発は抑えつけられている。超法規的な殺害に抗議するために先日マニラで行われたろうそくを灯して祈る集いには、ほとんど誰も参加しなかった。
死者数の増加にもかかわらず、パルス・アジアが7月に行った世論調査におけるドゥテルテ大統領の支持率は91%に達している。
事態を憂慮したカトリック教会が「汝、殺すなかれ」という戒律を思い起こすよう呼びかけているが、カトリック教徒が多数を占める国にもかかわらず、ほとんどニュースにもならない。新聞各紙は、最新の殺害事件についての息を呑むような報道を選好しているからだ。
ドゥテルテ大統領は、反大統領派の筆頭であるレイラ・デリマ上院議員に対する手厳しい攻撃を続けており、彼女が自ら麻薬取引に手を染め、運転手と不倫関係にあると批判している。
デリマ氏は先週ロイターの取材に対し、5歳の少女が頭部を撃たれる事件まで発生するという「狂気的」な状況を嘆きつつ、「このような事態を止めることができるのは大統領だけだ」と語った。
「いったいあと何件こうした巻き添え被害に耐えれば、われわれは本当にこの状況を嘆くことができるようになるのか」と訴える。
海外からの批判に関して、ドゥテルテ大統領は呪詛の言葉を織り交ぜつつ冷笑を浴びせている。
国連が殺害事件の急増を批判したことに対し、ドゥテルテ大統領は強い調子で反論し、今週ラオスで開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の際に潘基文・国連事務総長と会談することを断った。
ドゥテルテ大統領は6日にラオスでオバマ米大統領と会談する予定だったが、「米国では黒人が無抵抗の意志を示していても撃たれている」と述べ、その米国の大統領から人権に関する授業を受けるつもりはないと明言している。
<「誰もが恐がっている」>
ドゥテルテ大統領の地元であるダバオ州の市場で14人が死亡する爆弾テロが発生したことを受けて、大統領がさらに弾圧を強める可能性がある。
警察はこの爆弾テロについて、過激派組織「イスラム国」とのつながりのある過激派グループ「アブサヤフ」(これについてもドゥテルテ大統領は撲滅を誓っている)の犯行と見ているが、大統領は麻薬に対する戦争によって他の敵を作りつつあり、今回のテロによって、大統領暗殺計画についての噂が取り沙汰されるようになった。
ドゥテルテ大統領は爆弾テロを受けて、「無法状態」を国中に宣言した。これは、軍による検問やパトロールによって警察支援を認める措置だ。
同大統領は、22年間にわたりダバオ市長を務めるなかで築いてきた強引な犯罪撲滅モデルを、驚くほどのスピードで全国に広げていった。
人権団体はドゥテルテ市長時代のダバオにおいて数百件もの不審な殺害例を記録しており、ダバオ氏では暗殺部隊が何の刑事責任も負わずに活動していたと述べている。一部で「パニッシャー(仕置き人)」と呼ばれるドゥテルテ大統領は、超法規的な殺害を命じていることを否定するが、そうした行為を批判していないのは事実だ。
現在フィリピン国内では、麻薬密売人の容疑者リストが地域の有力者から警察に提出されており、コミュニティのなかに恐怖感・不信感が増している。
政治家は、タイプを問わず皆沈黙しており、デリマ氏が主導する上院による調査も、法案を提出できるだけで、現場で殺人を止めることはできない。
<監察官は手一杯>
IASを指揮するLeo Angelo Leuterio主任警視は、警察が関与した発砲事件の調査はすべてIASが担当していると話す。だが、監察官は全国でわずか170人程度しかおらず、IASが対処できるのは、日々報告される約30案件のうち、30%に過ぎない。「IASはボロボロの状態だ」とLeuterio氏は言う。
IASのトップは独立性を確保するために文官であることとされているが、Leuterio氏は、ドゥテルテ大統領の地元であるダバオで13年のキャリアを積んできた警察官だ。同氏は、自分は公明正大であり、これまでに不正行為を理由に何百人もの警察官を解雇してきた実績があるという。
一方CHR側では、7月1日以降に発生した2000件以上の殺害事件のうち、調査しているのはわずか259件である。14人で構成される法医学チームは手一杯であり、狭苦しいオフィスで、超法規的な殺害の容疑を調べている調査官は、わずか12件の調査書類しか処理していない。
CHRは、最大の障害は、証人を見つけることが難しい点だという。
警察は29日、マニラの人口稠密な極貧地区であるトンド地区で、麻薬密売の容疑者に対して発砲したと記者団に発表した。
ロイター記者が、1部屋しかない容疑者の家を調べたところ、マットレスに血痕が散っていた。記者は近隣の住民に「何発撃たれたのか」と質問した。その男性は「悪いね、君。私は銃声なんて一発も聞いていないよ」と答えて歩き去った。
(John Chalmers記者、Andrew R.C. Marshall記者、翻訳:エァクレーレン)
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