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米ネバダ州リノで行われた選挙集会で演説するクリントン前国務長官(2016年8月25日撮影)〔AFPBB News〕
権力者が英知を結集、SNS時代騙しのテクニック 今なお原爆投下を正当化する演説を信じる、扇動されやすい米国民
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47751
2016.9.1 高濱 賛 JBpress
■2016年は「米二大政党制の終焉」の年?
2016年の米大統領選挙を後世の史家たちはどう論じるのだろう。
ヒラリー・クリントン前国務長官が大統領に選ばれれば当然、女性初の大統領を誕生させたエポックメーキングな年としてその意義を論ずるだろう。
建て前では男女同権を謳歌している米国。とは言え、女性が「ガラスの天井」(Glass Ceiling=女性の昇進を拒む目に見えない障壁)を突き破るのは至難の業だった。ましてや、陸海空三軍の最高司令官たる大統領の座を射止めることなどこれまで想像もつかなかった。
後世の史家がこの新時代を画する出来事を大げさに騒ぎ立てたとしても決しておかしくはない。
黒人大統領の8年の後、今度は女性大統領がこの多民族・多文化の大国を率いる。「建国の祖」たちが想像だにしなかったことが実際に起こりそうなのである。
ジョージ・ワシントン初代大統領以来、ジョージ・W・ブッシュ第43代大統領まで続いてきたいわゆる「WASP大統領」(米社会の主流とされるアングロサクソン系白人新教徒の大統領、*ジョン・F・ケネディ第35代大統領はカトリック教徒だが)が途絶えて早8年。
さらにこれから4年、計12年は「非男性WASP大統領」がホワイトハウスの主になりそうだ。
史家たちは当然、その理由を説明せねばならないだろう。<米国は名実ともに男女同権国家となった。「人種のるつぼ」はその多様性を確実なものにした>などと御託を並べ立てるのだろうか。
もう1つ、後世の史家が取り上げねばならないのは「共和党の衰退」についてだ。「米二大政党制の終焉」と説くものも現れるかもしれない。
ドナルド・トランプ氏は、共和党エスタブリッシュメント(既得権益勢力)の上下両院議員、州知事、さらには大統領経験者や重鎮、党内外の保守主義を標榜する名だたる学者、ジャーナリストから総スカンを食いながらも共和党大統領候補になった。吹き荒れた「トランプ旋風」を史家たちはどうとらえるのか。
共和党は、これまで民主党と政治理念と政策で論争を繰り返しながら、超大国を動かしてきた「二大政党制」の1つ。トランプ氏に乗っ取られた共和党は今後どうなるのか。どう再生させるのか。2016年は共和党にとっての「終焉の年」になるのか。従来からの米二大政党制にピリオッドを打つのか。
■「トランプ性伝染病」に罹って死んだゾウ
正統派保守主義を標榜する歴史家のマックス・ブート氏は、ニューヨーク・タイムズ(2016年7月31日付)のコラムでこう嘆いている。
「共和党はいつからこんな愚かな党(Stupid Party)になってしまったのか。ここ何十年愚かな党のふりをしていた。挙句の果て、本当に愚かな党になってしまった」
保守系大衆紙ニューヨーク・ディリー・ニューズ(2016年5月4日付け)はタブロイド版の第1面全ページを使って、GOP(共和党)のマスコットであるゾウが息絶え、棺桶に入れられている風刺漫画を掲載した。
漫画の見出しにはこう書かれている。
「敬愛する諸君、『トランプ性伝染病』に患い、病死したる、偉大なる政党だった共和党の死を悼み、本日ここに集うものなり」
共和党はただ「愚かな党」な政党になり下がっただけではなく、息絶えてしまった。「なぜ、そんなことが起こってしまったのか」――後世の史家たちはその要因について侃々諤々論じることになるだろう。
■「情報を管理する側」vs「情報に振り回される側」
著名なジャーナリストのジュリア・クライン氏は、現代社会を「パブリック・リレーション・ソサエティ』(PR社会)と呼んでいる。
「大統領は言うに及ばず、権力の座にあるものは情報化する社会では政治理念や政策を一般大衆に説明するよりも『パブリック・リレーション(情報を操作すること)』をいかに効果的に行うかに腐心している。票を得たり、支持を得るにはその方が手っ取り早いからである」
ここで言う「パブリック・リレーション(PR)」とは、日本語では「広報」「PR」と訳されている、例えて言えば、市役所の広報、企業のPRとはニュアンスが違う。
読んで字のごとく「パブリック」(公共)との「リレーション」(関係)だ。
クライン氏によれば、PRとは権力の座にあるもの(大統領であり、大企業の経営者であるエスタブリッシュメント)と公共・一般大衆との関係であり、前者にとっては、自らに有利な情報をコントロールし、発信、さらに一歩進んでそれによって世論を操作するのがPRだというわけだ。
民主主義体制の下でPRは必要不可欠な存在と言える。その「PR社会」で米大統領、そして大統領を目指す候補者たちはどのような行動を取ってきたのだろうか。
■情報管理・操作に躍起となってきた歴代大統領たち
今回、紹介する本は、近代政治史に登場する歴代大統領の情報操作の手口を膨大な史料と生存する関係者とのインタビューを基に明らかにしている。
著者は、ジャーナリスト兼政治学者の二足の草鞋を履く当代指折りのメディア研究家、ディビッド・グリーンバーグ博士(ラトガーズ大学教授)だ。
名門イエール大学を経て、コロンビア大学大学院で政治学博士号を取得。大学時代には「ウォーターゲート事件」で名をはせたワシントン・ポストのボブ・ウッドワード氏の助手を務め、調査報道の極意を会得したという。
その後、高級誌「ニュー・リパブリック」記者を経て編集長を歴任、そのかたわらラトガーズ大学で教鞭を執っている。
2003年には出世作となった「ニクソンの化身」(Nixon's Image)を上梓、2006年には「クーリッジ第30代大統領についての落書き」(Presidential Doodle: Calvin Coolidge、2006年)を著している。
本書では、セオドア・ルーズベルト第26代大統領以降の歴代大統領たちがどのように情報を管理し、発信し、世論操作してきたか、その実態に迫っている。
大統領の世論操作活動は大統領やその側近たちだけで行われているわけではない。手足となって動く裏方の数は計り知れない。時として、部外のメディア関係者まで巻き込んで行われる。
「近代における歴代大統領は世論との間に暗渠(Channel)を構築し、距離を保つ。そのうえで自らに有利な情報を溝の向こう側へ発信する」
「メディアを媒体に国民に届いた情報により世論を誘導する。歴代大統領はこのことに腐心してきた。その背後には多くの裏方が蠢いていた」
大統領のスピーチ、記者会見での想定問答、メディアとのインタビューでの発言、プレスリリース(記者向け配布資料)はすべて裏方(補佐官やスピーチライター)によって草案が書かれ、大統領が読み上げる際には最大の効果を狙ってアレンジされ、振りつけられてきた。
■部外の記者が草稿したトルーマンの「広島原爆投下演説」
著者は日本人には特に関心のある広島原爆投下直後のハリー・トルーマン第33代大統領の演説(日本時間1945年8月6日)をめぐる以下のようなインサイド・ストーリーを書いている。
「ルーズベルト大統領の死を受けて急遽、副大統領から大統領に昇格したトルーマン氏がマンハッタン計画(原子爆弾開発計画)について知らされたのは就任直後だった」
「ルーズベルト大統領が陸軍長官に任命したヘンリー・スティムソン氏はトルーマン政権でも留任、原子爆弾に関する最高司令官を務めていた。スティムソン長官は側近のアーサー・ページ氏を陸軍省パブリック・リレーション局長に据えた」
「原爆投下後、原爆については全く知らない米国民と世界に大統領がどのように説明するか、最大のアジェンダに取り組ませるためだった」
「そのページ局長が、大統領の演説作成で白羽の矢を立てたのはニューヨーク・タイムズのウィリアム・ローレンス記者だった。ロスアラモスのトリニティ・サイトで極秘に行われた原爆実験を取材させた唯一の記者だった」
「ローレンス記者が書いた最初の草稿について、『冗長すぎる』と批判したのはマンハッタン計画チームのジェームズ・コナン・ハーバード大学長だった。ローレンス記者は書き直しを命じられた」
「ポツダム会談を終え帰路を急いでいたトルーマン大統領が米艦オーガスタのキャビン上で読み上げた広島演説は部外のジャーナリストの手によるものだった」
「我々が原子爆弾を使用した理由は、戦争の災禍を早く終わらせるためであり、幾千万もの若き米国人の生命を救うためである」
71年経った今も米国人の56%が原爆投下を正当化する論拠しているトルーマン演説。権力者が部外者に書かせた情報操作の賜物である。
歴代大統領は世論操作の一環として国民との心理的距離を縮める工作に力を入れた。
ドワイト・アイゼンハワー第34代大統領は閣議室にテレビカメラを入れ、そこでインタビューに応じた。閣議室が国民に公開されたのはこれが初めてだった。
ジョン・F・ケネディ第35代大統領は大統領執務室にカメラを入れさせた最初の大統領だった。
著者によれば、近年、こうした大統領による情報発信、世論操作の形式に大きな変化が生じたという。
これまで世論操作の手段として大統領が行ってきたスピーチや記者会見よりもSNSのツィッターやフェイスブックの方が手っ取り早くなってきたからだ。
バラク・オバマ氏の選挙戦略は明らかにネットを行使した新たなものだったし、2016年大統領選の民主党予備選でクリントン候補を追い詰めたバーニー・サンダース上院議員の武器はネットによる若年層への浸透だった。
■功を奏したトランプのツィッター戦術
スピーチライターも原稿草稿もいらない選挙戦を展開してきたのは、トランプ氏だった。トランプ氏にとってはツィッターは強力かつ唯一の情報発信手段だった。
トランプ氏が注目を集める発言はツィッターから発信された。元々トランプ氏は記者会見を最も嫌う。当初はインタビューすら避けた。演説などは数えただけで1、2回。つまり政治理念なり政策を理論だてて話せないのだ。
「メキシコ系不法移民はレイプ常習犯」「メキシコ国境の壁を作る」「イスラム教徒入国禁止」などなど――捨て台詞的発言はすべてツィッターから発信された。それをテレビと新聞が後追いした。「捨て台詞」はニュースになり、駆け巡った。こんな大統領候補はこれまでにいなかった。
極論だが、もしツィッターが存在しなければ、2016年の米大統領選は今とは異なる展開になっていたかもしれない。
共和党エスタブリッシュメントが推す候補者たちは、各州党支部や後援団体による旧態依然とした選挙戦略を踏襲していた。場所によっては候補者が一軒一軒個別訪問する「どぶ板作戦」を展開する候補者もいた。ツィッター力を過小評価していたのだ。
好例は、本命視されていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事だった。
共和党エスタブリッシュメントがブッシュ候補を諦め、乗り換えたマルコ・ルビオ、テッド・クルーズ両上院議員もトランプ氏のツィッター戦術を抑え込むことはできなかった。
本選を70日後に控え、盤石の構えを見せるクリントン氏の知力、行政力を前にトランプ氏のツィッター作戦はどこまで通用するのか。やや陰りが見え始めた。
ちなみに本書のタイトル、「Republic of Spin」のSpinは、元々「紡ぐ」という意味だが、そこから「回す」「急回転させる」、「混乱させる」「騙す」「欺く」といった意味合いを持つ言葉として使われてきた。
「情報操作する」というニュアンスで表現したのは著名な保守派コラムニストのウィリアム・サファイア記者だった。
時の施政者がスピン(Spin)しているのは何も米大統領や大統領候補だけではない。安定政権を謳歌する安倍晋三内閣総理大臣もその1人である。
一般大衆がリオ五輪に夢中になっている最中、その閉会式でコンピューターゲームの人気キャラクター「スーパー・マリオ」に扮して登場した。
「安倍首相の見事なPR作戦だった。米大統領は安倍さんの爪の垢でも煎じて飲むべきだ」(米主要シンクタンク研究員)という声すら聞いた。現にその直後の安倍政権の支持率は急上昇している。
情報の受け手は、「ジャーナリズムには限界がある」(鳥越俊太郎・都知事選候補)などとうそぶいている暇などないはず。警戒の上にも警戒を怠らぬ必要がある。
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