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[The Economist]謎めくプーチン氏の人事
ロシアのクレムリン(大統領府)で行われる政治は、その建物の物理的な構造と似ている。壁に囲まれ、外からは中側がうかがいしれない要塞のようなものだ。8月12日、プーチン大統領は側近のイワノフ大統領府長官を運輸・環境問題の大統領特別代表に事実上降格した。この人事に関し、クレムリンはプーチン氏がイワノフ氏の17年間の勤務をねぎらう映像を流しただけだった。人事の狙いを巡り、臆測が飛び交った。
クレムリンで12日、ロシアのプーチン大統領(中)と話すワイノ新大統領府長官(右)とイワノフ前大統領府長官=ロイター
この不可解さは偶然ではなく、クレムリンの基本原則だ。「ロシアでは一切の説明なしに何でもできると考えられていることがある」と元大統領政治顧問グレブ・パブロフスキー氏は言う。「我々にあるのはブラックボックスだけだ」
長年の側近を解任 若手の支持者を登用
プーチン氏と同様、サンクトペテルブルク出身で、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)に勤務していたイワノフ氏は、ロシアで最も影響力のある人物の一人で、大統領に次ぐナンバーツーの実力者とみられていた。そのイワノフ氏を大統領府副長官だった44歳のアントン・ワイノ氏に交代させる人事は、長年の側近を追いやり、代わりに自身に忠実な若手を登用するこれまでのプーチン氏のやり方と一致する。クレムリンの元幹部アレクセイ・チェスナコフ氏は「新たな目的の達成に向け、プーチン氏の考え方と合わない人間が職を解かれている」と話す。しかし「その新たな目的が何なのか、大統領以外は誰も知らない」。
大統領府長官の交代は微妙な時期に行われた。議会選挙が9月中旬に迫り、経済は低迷が続いている。ウクライナとの間では、ロシアが一方的に編入したクリミア半島で、ウクライナの工作員がロシアにテロを企てたと主張し、緊張が高まっている。8月中旬にはイランの空軍基地を使ってシリア領を空爆するなど、中東でもロシアの軍事的な存在感は増す一方だ。
クレムリン・ウオッチャーらはあれこれ思いを巡らせている。イワノフ氏の解任は、国民から新たな負託を得て必要な経済改革を実施するため、プーチン氏が来年、大統領選を前倒しでやりたいと思っていることの表れなのか。あるいは、2018年に自身が大統領を退くつもりなのか。そうだとすれば、08年にプーチン氏の後を継いだメドベージェフ首相が再び大統領職に就くのか。それとも、プーチン氏は他に後継者を探しているのか――。「結論から言えば、わかっていることはそう多くない」。ロシア情勢の専門家マーク・ガレオッティ氏は言う。
予算の削減により 汚職容認できず
もっとも、ある程度は察しがつく。プーチン氏と親交が深く、派手な生活スタイルで知られるヤクーニン氏は昨年、国営ロシア鉄道社長を解任された。今年は国家親衛隊の創設に伴い、麻薬取り締まり機関とロシア連邦移民局のトップを務めてきたプーチン氏の年来の盟友らが排除された。連邦保安局(FSB)では、強力な権限の下、経済犯罪を監視する部署を新顔が引き継いでいる。7月には「実入りのいい仕事」とされる連邦税関庁のベリャニノフ長官が辞任した。その直前、FSBの捜査官が同氏の自宅を家宅捜索し、現金の山が見つかった。予算が削減されるにつれ、こうした目に余る汚職は容認できなくなっているのだろうとアナリストはみる。
イワノフ氏について言えば、14年に息子が溺死し、気力がなえてしまったのかもしれない。同氏は強権を持つ安全保障会議のメンバーには残留したため、プーチン氏との不仲説が誇張されて伝えられている可能性もある。とはいえ、報道によると、イワノフ氏はしばらくの間、側近グループから除外されていたようだ。プーチン氏は自分と対等に話せる旧友らから、助言をもらおうとはしなくなっているという観測も出ている。
いずれにせよ、古参の側近を一掃すれば、エリート層の世代交代を進められ、同時に彼らへの威嚇効果もある。だが、プーチン流人事では、新たな幹部を効率的には育成できない。旧ソ連では、共産党という組織が指導者を養成し、上層部に引き上げる役割を担ったが、今のロシアではコネが幅をきかせているだけだ。
為政者として長く国のトップに君臨するうち、プーチン氏は次第に人材不足を懸念するようになった。政治アナリストのニコライ・ペトロフ氏によると、プーチン氏は12年に大統領に返り咲くと、新たな幹部採用ルートを設けたという。カーネギー財団モスクワセンターのアンドレイ・コレスニコフ氏は、与党・統一ロシアが今年実施した予備選挙が「新人発掘のためのインキュベーター(ふ化器)」になったとみている。プーチン氏は全国から優秀な子供たちを集め、ソチにある国家機関で将来人材として育成することにも重きを置いているようだ。
個人的つながり 人材抜てきで重視
ところが、抜てきに関してはプーチン氏は依然、個人的つながりを重視している。今年は3人の元ボディーガードを州知事に任命した。同じくボディーガードだったビクトル・ゾロトフ氏は、国家親衛隊のトップに据えた。多くの若い「プーチンチルドレン」のキャリア形成は、ひとえに大統領の手にかかっている。彼らは「忠実かつ有能でなければならず、特定の思想に染まっていてもいけない」と政治コンサルタントのエフゲニー・ミンチェンコ氏は言う。
新たな大統領府長官としてプーチン氏の右腕となったワイノ氏は、ボディーガード出身でこそないが、やはりプーチン氏のそばでキャリアを積んできた。クレムリンの儀典担当として、プーチン氏の予定を管理し、外遊に同行して雨が降れば傘を差し掛けた。クレムリンの元幹部、オレグ・マトベイチェフ氏によると、ワイノ氏について「厳格公正で身なりがいい」という評判を築いたという。
エストニア共産党の元第一書記を祖父に持つワイノ氏は、東京のロシア大使館勤務を振り出しに、外交官として社会人人生を歩み始めた。官僚の同氏はプーチン氏に盾突きそうもないため、政権が影響力を強めるというよりは、より実務型になっていくと考えられる。一方、ワイノ氏の今後のキャリアに関する選考も始まっている。歴代の大統領府長官にはナルイシキン氏やソビャーニン氏、メドベージェフ氏がいて、現在はそれぞれ下院議長、モスクワ市長、そして首相を務めている。
今回のワイノ氏の昇格は、もっと大きな変化の前兆かもしれない。議会選挙後には、内閣改造に伴う閣僚の交代がありそうだ。国営石油会社ロスネフチのセチン社長など、さらに多くの旧来の取り巻きが一掃されることも考えられる。だが、そうした人事が何を意味するのかは依然、霧の中だ。そこがまさにポイントといえる。政治アナリストのキリル・ロゴフ氏が説くように「クレムリンでは秘密主義こそ権力の源泉」なのだ。
(8月20日号)
[日経新聞8月23日朝刊P.6]
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