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好戦派に担がれたヒラリーの次期大統領就任が不確実になり、トルコ政府が米政府から離反の動き
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201607300000/
2016.07.30 15:33:49 櫻井ジャーナル
世論調査を見ると、民主党候補のヒラリー・クリントンと共和党候補のドナルド・トランプは並んでいる。7月下旬にトランプの比率が伸びたが、その一因はハッキングされたクリントンの電子メールが表に出たことにありそうだ。
ジェームズ・コミーFBI長官によると、機密情報の取り扱いに関する法規に批判した可能性があり、また、そうした情報をきわめて軽率に扱っていたことを認めた上でFBIは司法省に対し、ヒラリー・クリントンの不起訴を勧告したという。CIAなどの不正を内部告発した人びとが厳しい刑罰を言い渡されているのとは対照的であり、アメリカの支配層は自国が法治国家であることを装おうともしなくなったことを示している。
しかし、こうしたFBIの揉み消し工作で事態は沈静化していない。民主党幹部たちが昨年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールはすでに公表されていたが、7月22日にWikiLeaksが明らかにした電子メールでも民主党の幹部へサンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう求めるものがあったのだ。(例えばココ)
民主党の候補者争いに参加していたバーニー・サンダースは7月12日、クリントンを次期大統領にすることを支援すると表明したが、納得していないサンダース支持者は少なくない。そこへ党幹部の怪しげな動きが発覚、民主党全国大会が開幕する前日、7月24日に同党のデビー・ワッサーマン・シュルツ全国委員長が大会閉幕と同時に辞任すると表明して沈静化を図ったものの、サンダース支持者は緑の党へ流れるとも見られている。
そうした中、民主党はサーバーがロシアにハッキングされているとする情報をメディアへ流している。マジックの世界で「ミスディレクション」と呼ばれるテクニックを使ったのだろうが、人びとは騙されていないようだ。
欧米支配層の間では、昨年6月の時点でヒラリー・クリントンを次期大統領にすることが内定していたと言われている。昨年6月11日から14日かけてオーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合にヒラリーの旧友であるジム・メッシナが参加したことがひとつの根拠だった。
ビルダーバーグ・グループは欧米支配層の利害調整を目的として創設されたと言われ、第1回会議は1954年5月にオランダのビルダーバーグ・ホテルで開かれ、コミュニズムやソ連に関する問題などが討議された。グループの名称はこのホテル名に由来する。ホテルのオーナーはオランダのベルンハルト王子で、初代会長に就任しているが、実際の生みの親はユセフ・レッティンゲルだと考えられている。
レッティンゲルは戦前からヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと活動、大戦中はロンドンへ亡命していたポーランドのウラジスラフ・シコルスキー将軍の側近を務めた。シコルスキーはコミュニストを敵視、戦争中はイギリス政府の支援の下、亡命政府を名乗っていた。レッティンゲルはイギリスの情報機関MI6のエージェントでもあったと言われている。
カトリックの一派であるイエズス会とも関係するが、オットー・フォン・ハプスブルク大公が中心になり、ウィンストン・チャーチルも参加して1922年にブリュッセルで創設されたPEU(汎ヨーロッパ連合)もヨーロッパの制圧を考えていた。当時のローマ教皇庁がナチスと連携していた一因はこの辺にあるだろう。
ナチス時代のドイツは1939年9月にドイツ軍が「ポーランド回廊」の問題を解決するために越境攻撃、その2日後にイギリスとフランスは宣戦布告するが、本格的な戦争はそれから約半年の間、始まらなかった。ドイツは本格的な戦争を始める意思がなかったということだろう。
その後、ドイツは軍事侵攻を開始、1941年4月までにヨーロッパ大陸を制圧した。そして5月10日にナチスの副総統だったルドルフ・ヘスがスコットランドへ単独飛行、そこで拘束されてから1987年8月17日に獄中死するまでヘスの口から飛行の目的が語られることはなかった。ヘスがイギリスへ渡った翌月の22日にドイツ軍はソ連侵略を開始した。バルバロッサ作戦である。
1942年8月にドイツ軍はスターリングラード(現在のボルゴグラード)市内へ突入するが、11月からソ連軍が反撃に転じ、ドイツ軍25万人は包囲されてしまう。生き残ったドイツ軍9万1000名は1943年1月31日に降伏、2月2日に戦闘は終結した。この段階でドイツの敗北は決定的。ドイツが降伏すれば日本は戦争を続けられないと考えられていたわけで、日本の敗北も不可避だった。
その間、アメリカやイギリスは傍観している。フランクリン・ルーズベルト米大統領はソ連を支援するために西側から攻撃する意思があったと言われているが、反対が強く、実現していない。
ところが、負けると思われていたソ連軍がドイツ軍を壊滅させ、西に向かって進撃を始める。慌てたアメリカ軍はシチリア島へ上陸した。1943年9月にイタリアは無条件降伏、44年6月にはノルマンディーへ上陸する。「オーバーロード作戦」だ。この上陸作戦は1943年5月、ドイツ軍がソ連軍に降伏した3カ月後にワシントンDCで練られている。
ドイツがソ連制圧に失敗した後、ドイツ側はアレン・ダレスなどアメリカ側の大物と接触している。これを察知したソ連のヨシフ・スターリンはアメリカ政府に対し、ドイツにソ連を再攻撃させる動きだと抗議している。ルーズベルト大統領はそうした交渉はしていないと反論したが、実際にそうした動きは大統領の知らない場所で進んでいた。
そのルーズベルトは1945年4月に執務室で急死、5月にはドイツが降伏した。その直後にウィンストン・チャーチル英首相はJPS(合同作戦本部)に対し、ソ連への軍事侵攻作戦を作成するように命令、5月22日に提出されたのが「アンシンカブル作戦」だ。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。
この作戦が発動されなかったのは、参謀本部が計画を拒否したため。攻撃ではなく防衛に集中するべきだという判断だったが、日本が降伏する前にソ連と戦争を始めると、日本とソ連が手を組むかもしれないとも懸念したようだ。
第2次世界大戦後、レッティンゲルはヨーロッパ統一運動を進めるが、その活動資金の半分以上を出していたのはACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)」は1948年にアレン・ダレスやウィンストン・チャーチルを中心とする米英の支配層によって創設された。ビルダーバーグ・グループはACUEの下部組織だ。
EUはそうした運動の延長線上にあるのだが、勿論、NATOもこうしたヨーロッパ制圧プランを実現するために創設された。そのNATOが現在、大きく揺れている。
トルコではクーデター未遂があったが、武装蜂起した部隊はFBIやCIAの訓練を受けていたと検察当局は公言、ドイツでは昨年11月24日にロシア軍のSu-24戦闘機がトルコ軍のF-16に撃墜された際、NATOとサウジアラビアのAWACS(早期警戒管制)が支援していたとする情報が流れている。本ブログでも紹介したが、ギリシャを拠点とするアメリカ/NATOのAWACS(早期警戒管制)機やサウジアラビアもAWACS機がその当時、近くを飛行していることは知られていた。撃墜の様子を全て見ていたことは確実で、トルコ軍機を指揮管制していた可能性もあると見られていた。トルコ政府の反応に慌てたのか、アメリカのジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は7月31日に急遽、トルコを訪問することになったようだ。
もし、トルコがアメリカに反旗を翻したなら、中東やヨーロッパにおけるアメリカの作戦は壊滅的なダメージを受ける。しかも、アメリカ国内ではトランプが次期大統領になる可能性が出て来ている。そこで、クリントンが大統領になるのを待てないという雰囲気が出て来ているようだ。オリンピックのスキャンダルを引き起こしたのもそうした事情がありそうだ。
現在、アメリカの好戦派が最もコントロールできている火薬庫は東シナ海や南シナ海。そこには日本という忠実な僕がいる。夏から秋にかけて何らかの動きがあるかもしれない。軍事的な緊張を一気に高める偽旗作戦を仕掛けてくる可能性もある。そうした状況を考えると、東京都知事選は重要な意味を持つ。
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