『from 911/USAレポート』 第721回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 7月18日から22日の4日間には、オハイオ州クリーブランドで共和党大会が、 そして、25日から28日にはペンシルベニア州のフィラデルフィアで民主党大会が 行われました。そのどちらも、議論の質は異なるものの、党内に対立を抱える中で結 束を模索する大会であったと思います。 まず共和党大会の方ですが、結果的に、指名投票と受諾演説は支障なく行われたわ けで、3月頃に散々議論されていた「トランプ降ろしのガチンコ党大会」は現実のも のとはなりませんでした。では、運営はスムーズだったのかというと、全てが異例で した。 まず、地元の人気共和党知事であり、トランプ候補に対して予備選を戦った大統領 候補でもあるジョン・ケーシック知事が「不参加」を表明しただけでなく、ブッシュ 一族、そして前回2012年の統一候補だったミット・ロムニーなど、多くの「共和 党の本流政治家」が欠席したということがあります。 参加者の中でも、ティーパーティー系のテッド・クルーズ上院議員などは、演壇の 上から「独自投票の呼びかけ」に等しい演説を行い、事実上「トランプ候補への不支 持宣言」を行いました。おかげで、会場では怒号が飛び交うなどの混乱が起こるし、 リベラル系のメディアは盛り上がるという奇妙なことになりました。 結果的にトランプ一家など「内輪」の人間ばかりが目立った共和党大会に比べると、 民主党大会は、それこそ党の要人が勢揃いして、派手な「オールスター大会」になり ました。 まず初日の25日(月)には、大統領夫人のミシェル・オバマのスピーチが評判にな ると同時に、バーニー・サンダース上院議員が「団結してヒラリーへの支持を」と呼 びかけています。 また2日目にはビル・クリントン、3日目はオバマ大統領を筆頭に、バイデン副大 統領、ケイン副大統領候補などが勢揃いして、それぞれ40分以上の演説をしていま す。また、この日には、無所属のマイケル・ブルームバーク前NY市長が「ヒラリー 支持」と「トランプ批判」のために登壇していました。 そして、4日目にヒラリー自身が「指名受諾演説」を行うと、場内の興奮は最高潮 となりました。ヒラリーの演説はほぼ60分の重厚なもので、まずこのフィラデルフ ィアの地で「240年前」に独立宣言が起草された際のエピソードを取り上げていま した。「建国の父たち(ファウンディング・ファーザーズ)」は「敢えて独立の必要 なし」というグループとの対立を、対話と妥協による合意形成で乗り切って「独立革 命」へと進んだというのです。 つまり「対話と団結」が大事だというのですが、何よりもそれは党内にあって「ヒ ラリーの勝利」を認めない「サンダース派」に対する「一本化」へ向けての団結の呼 びかけであり、そしてその次には、トランプに対して疑念を持っている共和党支持者 への「こちらへ合流を」という呼びかけでもありました。 そんなわけで、ハプニング続きであった共和党大会と比較すると、民主党大会の方 は盛り上がったように見えますが、実際は「敗北を認めないサンダース派」の影がず っとチラチラしており、ヒラリー敗北の直後、直ちに「オバマへの一本化」ができた 2008年のようには行きませんでした。 サンダース派に関しては、まずはこの党大会の直前に発生した、党の全国委員会の 内部メール暴露事件というのが、尾を引く格好となっていました。他でもない「ウィ キリークス」に暴露されたメールの中では「党の全国委員会としてヒラリーに有利に なるような工作」とか「サンダースをユダヤ人の無神論者だと非難」するような内容 が入っていたのです。当然、「サンダース派」は激怒しましたし、サンダース候補自 身は全国委員会に「委員長の即時辞任」を要求してこれを呑ませています。 図らずも、党内の亀裂が「ハックされたメールのリーク」という形で浮かび上がっ た格好ですが、この「ハッキング」に関しては、FBIが「ロシア政府の関与」を示 唆していたり、これを受けてトランプが「ヒラリーが消去した個人メールもロシアに 復元してもらおう」などという暴言を吐いて物議を醸したり、奇々怪々な展開となっ ています。 それはともかく、党内の対立は続きました。実際の党大会になっても、サンダース 派は「軍関係者のスピーチ」に対しては「反戦野次」を飛ばし、時には「ノーTPP」 と叫ぶなど、やりたい放題でした。実際に2日目の指名投票が終わると、そのまま 「帰ってしまう」代議員もいたそうです。 とにかく、両党の党大会が終わった時点では、それぞれの党も「分裂」は回避され たものの、それに近い「亀裂を抱えた」ままで本選に突入する形となっています。こ の「亀裂を抱えている」というのは、別の言い方をすれば、従来の民主党と共和党が 持っていた「対立軸」が大きく揺さぶられているということが言えます。 この「対立軸の動揺」という問題を整理するために、改めて「トランプ、ヒラリー、 サンダース」の三名のポジショニング、あるいは相互の位置関係を確認してみること にしましょう。まず、一般的な見方としては、ヒラリーという「中道やや左派」の候 補を、「左派ポピュリスト」のサンダースと、「右派ポピュリスト」のトランプが、 左右から挟み撃ちにしているという構図があるわけです。 これを少しひねったものとして、サンダースとトランプは「格差社会を意識する中 で、自分が下の階層であるか、または下の階層になるのではという不安感を抱えた層」 であり、一方のヒラリーという人は「格差を生む現在の社会構造の代弁者」だという 見方が可能だ。もっと単純化して、富裕層を代表するのがヒラリーで、中の下から貧 困層を代表するのがサンダースとトランプだという評価もあるわけです。 階層別というとちょっと露骨な感じがするので、もう別の言い方をするのであれば、 「オバマの8年」について大きな不満のない層がヒラリー支持、大きな不満があるが カルチャー的には左派の層はサンダース、同じく大きな不満があって、更にカルチャ ーとしてもアンチ・エリート、アンチ知性といった「ノリ」の人はトランプ支持とい うことになるわけです。 更に、今回の党大会の中では顕在化はしませんでしたが、共和党の主流派という存 在があるわけです。これは非常に簡単にいえば、「ブッシュの8年」を認める立場と、 これに加えて、オバマの8年に対して「ティーパーティー」として「より小さな政府 論」という立場から批判をして来たグループです。 ということで、現在のアメリカには大きく分けて4つの「軸」があると言えます。 簡単に区分けをするのであれば、 「民主党のヒラリー派」・・・自由貿易、ITなど先端産業推進、国際協調だが人道 介入を辞さないタカ派的側面も、多様性には寛容、中ぐらいの再分配 「民主党のサンダース派」・・・保護貿易、製造業復権を夢見る、国際協調であり不 介入主義、多様性には寛容、若者を中心に非常に強い再分配政策 「共和党の主流派」・・・自由貿易、多国籍企業の利益の極大化、同時に起業家や中 小企業への支援、一国主義だが有志連合を作っての介入主義、ホンネはともかく建前 では多様性に寛容、財政規律に厳格、再分配には極めて消極的 「共和党のトランプ派」・・・保護貿易、製造業を中心に鎖国で国内雇用を浮揚でき ると夢見る、米国の安全のためなら他国の独裁者との協定も進める、徹底した不介入 主義であり極端な孤立主義、多様性などの建前論に徹底的に反対、一方で年金や退役 軍人福祉などのシルバー再分配には積極的 ということになると思います。今回の党大会は、改めてこのような「4つの対立軸」 の存在を浮かび上がらせたことになりますが、同時に、ではこの4つがバラバラにな って、例えば「ヒラリー派+共和党の主流派」が連合し、「サンダース派+トランプ 派」が連合するという格好になったかというと、部分的にはそうした現象は散見され たものの、全体としては、「民主党と共和党」という大きな枠組の中には収まったと いうことも言えると思います。 では、ズバリ、現在の情勢はどうなっているのでしょうか? 共和党大会の閉幕直後の世論調査では、トランプ先行というデータが出たりもしま したが、これは「一方の党大会が終わっただけ」という段階では、毎回の大統領選で 「よくある現象」ですので、あまり参考にはならないと思います。感触としては、や はり民主党大会が大きな盛り上がりだったのと、「ロシアに頼んでハッキング」とか 「NATOの集団的自衛権行使を否定」といった一連の「最新のトランプ暴言」の結 果が反映される、8月上旬の世論調査では、ヒラリーが数ポイントの差でリードする のではと思います。 その先ですが、今のうちにTV討論の日程を整理しておくことにしましょう。 (第1回大統領候補TV討論)9月26日(月) ホフストラ大学(ニューヨーク州) にて (副大統領候補TV討論) 10月4日(火) ロングウッド大学(ヴァージニア 州)にて (第2回大統領候補TV討論)10月9日(日) ワシントン大学セントルイス校 (ミズーリ州)にて (第3回大統領候補TV討論)10月19日(水)ネバダ大学(ネバダ州)にて ということで、大統領候補の対決が3回。副大統領候補の対決が1回あります。と りあえず来週からは、オリンピックが始まるわけで、オリンピック好きのアメリカ社 会の関心は一旦はそっちに行ってしまうでしょうから、大統領選は「夏休み」という 感じになると思います。ですが、9月の声を聞くと、もう待った無しで、様々なドラ マが起きるのだと思います。 その注目点ですが、とにかく「景気が大きく変動する」とか「大規模なテロや国際 間の緊張が起きる」といった外部要因が選挙戦に影響を与えるということはあると思 います。これに加えて、トランプ候補が「真面目な政策論」を出すのか、それとも現 在までの選挙戦で続けてきた「イデオロギーを訴えて敵をあぶり出すためだけの比喩 (喩え話)」を言い続けるのかという点が注目されます。 特に後者の点が気になります。トランプ陣営としては、責任ある政策をまとめて、 その上で、世論が「選択」ができるように、ヒラリーとの政策論争をしっかりやって 欲しいと思うのです。ですが、現時点までの動向を見ていますと、この点は望み薄な のかもしれません。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作 は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 ◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆ 「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中 詳しくはこちら ≫ http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8
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