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2016年07月28日(木) 佐藤丙午
オバマ大統領の退任が世界にもたらす地殻変動〜米国の「リバランス」政策はどこへ向かうのか
文/佐藤丙午(拓殖大学教授)
「アジア・ピボット」の重要性
21世紀の米国の経済的繁栄を支えるものはなにか?
地域の平和と安定が維持される限り、それがインド太平洋諸国との貿易や投資であることは、人口動態や市場規模、さらには今後の成長見込みを加味して考えてみると当然といえるであろう。
米国の貿易額を見ると、すでにインド太平洋との貿易額は欧州のそれを超えており、否応なしにこの地域の安定は、経済的にも死活的利益となっているのである。
このような状況の下で、オバマ大統領がアジア太平洋を重視し、そこに政治、経済、軍事資源を投入するのは当然の帰結といえる。
マクロな視点で見ると、米国のアジア重視はブッシュ政権の時代からの一貫した方針であり、対テロ戦争やイラク戦争などの影響を考慮したとしても、その姿勢に大きな変化は見られない。
オバマ大統領は、第一期目からアジアへの「ピボット(軸足移動)」や「リバランス(再均衡)」を強調し、2013年の防衛戦略ガイダンスでも、「アジア・ピボット」を改めて述べるなど、その重要性を再確認している。
オバマ大統領が発した「リバランス」の言説は、域内諸国からは期待で迎えられた。しかし同時に、失望も生む結果になった。
公平に見ると、米国のアジア重視には、実質が伴っていた。オバマ大統領は2011年11月に豪州議会でアジア政策の演説を行い、海兵隊のオーストラリア駐留を発表。その後シンガポールにLCS(沿岸戦闘艦船)の配備を進めるなど、「リバランス」には具体的な内容は伴っていた。2015年の日米安全保障ガイドラインの改訂も、その一部を構成する。
しかし、米国は軍の資源の過半数以上をアジアに配置しており、関与は強化されている。豪州への配備の規模の小ささ、LCSの戦術的意味合い、さらには米国債の世界最大の保有者である中国と、米国は対立関係を望まないであろうとう域内各国の予想などが、オバマ大統領個人の現実主義的な側面と相まって、米国は実体的に関与を後退させるのではないかという見方が補強している結果なのであろう。
2016年の大統領選挙における共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏の外交政策に関わる演説でも、米国がリベラル国際主義を推進する特別な国ではなく、国益を追求する普通の国へ転換するべきとの主張が明確に示されている。
オバマ政権の対中政策
しかし、インド太平洋諸国には、軍事的に影響力を高めつつある中国に対し、米国が軍事的に均衡(バランス)をとることへの期待がある。
国際関係論の古典的な議論にあるように、台頭するパワーに対する処方としては、軍事力を含めたパワーで均衡をとるか、周辺国が「相乗り(バンドワゴン)」して秩序変更を受け入れるか、という選択肢がある。
しかし、米国にはインド太平洋諸国との間に「距離」という戦略資産があるため、中国に直接対峙する国とは異なり、遠隔地からの関与の程度を操作(一般的に、「オフショア・バランシング」や「オフショア・コントロール」と呼ばれる)する余裕がある。
この事情から、オバマ大統領が「リバランス」は関与を強化すると主張しているにもかかわらず、その信頼性に懐疑的な視線が投げかけられたのである。
しかし、米国のアジア政策は、バランスとヘッジの二元論で語れるものではなく、まして政策単体も対中アピーズメントか否か、というものでもない。
それを理解する上で、クリントン国務長官(当時)が『フォーリン・アフェアーズ』誌寄稿した外交論文が参考になる。
クリントンは、米国の「ピボット」は同盟国への関与の強化、米国のアジアの国際機関における存在感の拡大、貿易の拡大、軍事的プレゼンスの拡大、人権問題での指導力の発揮、中国に加え、その支配力を懸念するアジア諸国との外交関係の強化を含むもの、としている。
我々は、米国の個別の政策を自らの安全保障政策に対するプラスとマイナスで評価しがちであるが、クリントンはそのようなものではないと示唆しているのである。
オバマ政権の「国家安全保障戦略(NSS)」も、米国のリバランスは各種政策手段を重層的に実施することで、中国を「責任あるステークホルダー」へと変化させる包括的な政策を意図しており、中国の「封じ込め(containment)」や「囲い込み(encirclement)」を目指すものではないとしている。
結局のところ、オバマ政権の対中政策はブッシュ政権のNSSで示された「諫止(dissuasion)」を実践したものと捉えることが可能なのではないか。実際に、中国を冷戦期のソ連のようにゼロサム関係を想定して「封じ込め」ることを目指すのは、すべての域内の関係国にとって利益にならない。
しかし、地域覇権を目指して米国の関与を無効化しようとする中国は、米国が構築してきた「リベラル国際主義」に挑戦を繰り返しており、それを放置することは事態を悪化させることに他ならなかった。同時に中国は米国にとっても、また国際秩序を維持する上でも不可欠な国へと成長を続けてきた。
たとえば、米国はリーマンショックの際に中国の金融政策に助けられ、米中貿易も相互依存は増進していた。さらに、ポスト京都議定書の温室効果ガスの削減問題では、米中の二国間合意が死活的に重要な意味を持つものとなった。
このため、米国にとって中国の台頭を穏健なものに導くと共に、域内各国の不安を掻き立てないように「安心供与(reassure)」することが必要であったのである。
日中が抱いた米国への感情
この政策の困難な点は、まず、中国との戦略的な協調関係の構築と、同盟国に対する安心供与を、同じ時間軸の下で、相互に干渉しないように推進する必要があったことである。
オバマ政権の第一期にベーダー安全保障担当補佐官等が構想したG2は、2009年から始まった米中経済安全保障戦略対話などにつながり、中国の大国意識を満足させ、米中関係の改善に貢献した。
しかし、日本は疎外感と屈辱感を感じることになり、米中関係と日米関係をゼロサムと捉えた自身の認識が生み出す幻影に怯えることになるのである。
これとは逆に、同盟国などへの安心供与や、米国自体の「リバランス」が米中関係に緊張をもたらす事例も見られ、中国も米国の対アジア政策にアンビバレントな感情を抱くようになる。
中国に対して協調を働きかけ、しかし域内の同盟国や友好国とは対中牽制を強化(「ヘッジ」)し、全体的には米国の関与を抑制しつつ秩序の維持を図る政策は、同盟管理にかかわる問題を生むことになる。
米国のアジア政策では、米国の二国間同盟を「ハブとスポーク」状に運用する安全保障関係が構築されていた。
しかし、米国は域内の安全保障協力を連動させて関与のレベルを変化させる、「連邦化された防衛(federated defense)」を志向しており、オバマ政権下では域内の安全保障協力が増加した。
たとえば、日米印は海軍協力を強化し、共同演習も実施するようになった。さらに、米国はフィリピン地位協定を復活させ、ベトナムに対する武器貿易も開始した。日本もフィリピン、豪州、インドなど、海洋アジア諸国との安全保障関係を強化していった。
そして、域内各国の軍同士の交流や教育訓練機会の増加などは、地域の一体化された防衛共同体の認識を補強することに貢献したのである。米国は、2020年までにインド太平洋地域に戦力の60%を配置する計画を進め、その戦力もF-35やズムワルド級駆逐艦を含むなど、地域における優越を維持する方策は講じている。
つまり、オバマ政権の8年間において、慎重かつ大胆に、米国はインド太平洋の国際関係に働きかけを行ってきたのである。
「リバランス」の評価はすぐには困難
現実には、政権終了時に「リバランス」を評価するのは困難である。
オバマ政権は北朝鮮の核開発を止めさせることはできず、中国の軍事的台頭を抑制することに成功しなかった。さらに、アジア太平洋に多国間主義機構を誕生させることはできず、TPPの合意に至ることはできたが、国内の反対派を説得する見通しも立っていない。次期大統領候補の二人(クリントンとトランプ)は、共に現行のTPPに対する反対を表明している。
このことが意味するのは、「リバランス」は中国の台頭に対する「均衡」や「ヘッジ」ではなく、長期にわたる競争関係を安定的に管理し、米国のみが関与の負担を被ることを避ける包括的な政策の総称なのであり、米国自体も関与の中断や後退を意図しているものではないということである。
しかし、その成果は個別の政策の成果というものではなく、中国の台頭の管理という、長期の対応が必要であり、なおかつ成果は秩序の現状維持という目に見えにくいものであるため、成否の評価を下すことが困難なのである。
「リバランス」を進める過程で、同盟国や友好国は米国の関与のレベルをめぐり、「期待のギャップ」に直面することになった。
この政策は、中国の台頭に対する抑止や均衡の維持を、米国が単独のアクターとして関係国を主導して実現するものではないため、米国の直接的関与を期待すると成果を得ることができず、米国の衰退や「見捨てられ」の恐怖を感じることになるのである。
米国にすると、関与の在り方の変化を同盟国や友好国を受け止めるまでの間、常に米国を求める個別の声の圧力に直面するものになった。
〔PHOTO〕gettyimages
地政学的な地殻変動が起こる可能性
完全ではないものの、オバマ政権の8年間を通じて、「リバランス」の下での新たな安全保障態勢が緩やかに出現していった。同盟国や友好国は、この態勢変革に順応する必要に迫られたが、同時にそれはそれぞれの国においても困難な政治過程を経ることになる。
2015年の日本の平和安全保障法制をめぐる議論や、韓国における日韓関係の改善に向けた一連の政治過程も、その一つといえるであろう。もちろん、同盟国や友好国は「連邦化された防衛」の構築に協力しないという選択肢もあった。
しかし、その選択肢の代わりに存在するのは、米国の個別の関与ではなく、アジアの多国間協力体制からの孤立を意味するため、優位な選択肢とはならない。そして、政権の8年間は、関係国がこの過程を反芻するものであったのである。
「リバランス」は完成したものではない。しかし、国際社会の流れは、大きく変化しつつある。特に、英国の「Brexit」の国民投票の結果、ユーラシア大陸全体を巻き込む地政学的な地殻変動が起こる可能性がある。
また、2016年の大統領選挙の結果、継続されてきた米国の外交・安全保障政策の基本方針が大きく転換する可能性もある。
その中で「リバランス」がどのような方向に向かうのか、注目していく必要があるのである。
佐藤丙午(さとう・へいご)
拓殖大学国際学部教授。1966年、岡山県生まれ。博士(法学/一橋大学)。防衛庁防衛研究所主任研究官、拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。この間、経済産業省産業構造審議会貿易経済協力分科会安全保障貿易管理小委員会委員、外務省参与等も務める。国際安全保障学会理事、日本安全保障貿易学会会長、一般社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員。専門は国際関係論、安全保障、アメリカ政治外交、軍備管理。共著に『日米同盟とは何か』(中央公論新社)、『21世紀の国際関係入門』(ミネルヴァ書房)。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49061
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