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[FINANCIAL TIMES]内憂外患 独首相の苦悩
ドイツ・チーフ・コレスポンデント ステファン・ワグスティル
権力の座に就いて11年、ドイツのメルケル首相にとって英国が6月23日に国民投票によって欧州連合(EU)から離脱を決めたことで、自身がEUで築き上げてきた成果が台無しになるかもしれない。しかし、独政府の閣僚やEU本部の幹部、他のEU加盟国首脳が英国への怒りをあらわにする一方、あまり感情を出さないメルケル氏の心の内を最も示したのは「非常に残念だ」とのコメントだ。
もっと怒りを見せても不思議はないが、複雑な心境なのだろう。慎重な姿勢で長年EUに関わってきた同氏は今、自らの政治生命を懸けた戦いに備えている。「残念だ」には様々な懸念が含まれている。EU内で自由経済を重視する同志を失うこと、さらなるEU離脱を招くリスク、EU内での自らの立場が危うくなる危険といった懸念だ。
難民危機影響 かげる支持率
メルケル氏が掲げる目標は欧州の結束だが、その実現は英離脱決定で難しくなった。今後は高まるポピュリズム(大衆迎合主義)を撃退し、英国と残るEU加盟27カ国との関係、中でもドイツとの緊密さを維持する必要がある。かねての高い支持率は昨年の欧州難民危機以降、落ちている。それだけに来年の総選挙に備えつつ、これらの課題を克服する必要がある。
メルケル氏は英国とEUの利害を調整する一方、ユンケル欧州委員長を筆頭に、フランスのオランド大統領、イタリアのレンツィ首相など、今後のEUについて異なる将来像を掲げる彼らの対立も調整しなければならない。「メルケル氏の(EUでの)統率力は弱まるし、英離脱はEUのさらなる分裂と論争を招くだろう」と、欧州外交評議会ベルリン事務所のヤニングス代表は言う。
金融危機からギリシャ債務危機、ウクライナ紛争、難民危機に至るまで、危機対応には慣れているメルケル氏にとっても、英離脱は次元の異なる難題だ。
これにはメルケル氏のレガシー(政治的遺産)がかかっている。旧東独出身者として欧州大陸の新たな分裂は見たくない。冷戦後、欧州再統合を主導したコール元首相の後継者として、首相在任中にEU解体を目にするわけにはいかない。
メルケル氏は昨年、ドイツに100万人超の難民を受け入れたが、その政策がEU内で支持を得ることはほぼなかった。その後、難民受け入れの分担案を作ったが、他の加盟国から支持を得られず、後退させざるを得なかった。難民流入を減らすため、自尊心を捨ててトルコと取引することも余儀なくされた。
移民政策に反発 EU本部が攻勢
メルケル氏は、移民政策を巡り政治論争を巻き起こしたと非難されている。英離脱決定もこの難民政策が一因だとする見方もある。
保守派のルクセンブルク人、ユンケル氏も変化を感じ取っている。英国民投票直後に、英離脱の決定はEU本部の失策が招いたとして出された辞任要求をはねつけて以来、メルケル氏の弱みに乗じてEU本部の権限を強めようと攻勢に出ている。
メルケル氏とは対照的に、ユンケル氏は英国に離脱交渉の早期開始を迫り、不透明な期間を短くしようとしている。来年3月に議会選を控えるオランダでは極右・自由党のウィルダース党首が、また来年5月に大統領選があるフランスでも同じく極右・国民戦線のルペン党首がEU離脱を巡る国民投票の実施を訴えており、英国との交渉の遅れは他の加盟国の離脱を促しかねないからだ。
ユンケル氏はシュルツ欧州議会議長と共に、英離脱後のEU再建にはEUの各機関が中心的役割を果たすべきだと主張する。
メルケル氏にとってさらなる懸念は、ユンケル氏がユーロ圏の緊縮策を骨抜きにしようとしている点だ。ユンケル氏は5月、今年の財政目標達成が困難とみられるフランスについて、「フランスだから」特例扱いされるべきだとの姿勢を示した。同氏はさらに、メルケル氏の怒りを買いそうな発言をした。「我々は経済、財政、社会の危機に対し、緊縮一本やりの対応を求めるドイツ一国主義に終止符を打つべきだ」
ユンケル氏は特に論争を呼んでいるEUとカナダの貿易協定は各国議会に諮らずに、EU機関のみで承認すべきだと提案してドイツをいら立たせた。これは加盟国からの権力の争奪だとドイツ議員から強い不満の声が上がり、同氏は提案を取り下げた。
メルケル氏は時間が味方してくれるかもしれないと考えている。英離脱決定が欧州の多くの人にショックを与え、政治的には現状維持派が増えたからだ。国民投票後の調査会社ユーガブの世論調査では、ドイツのほか、EUに懐疑的だったフィンランド、スウェーデン、デンマークの3カ国でも加盟継続への支持が拡大した。
連邦主義を掲げるユンケル、シュルツ両氏とは異なり、メルケル氏は個々の加盟国の役割を重視する。
緊縮策については、メルケル氏は多少譲歩するかもしれない。ユンケル氏はオランド氏、レンツィ氏ら中道左派の指導者から支持されている。メルケル氏は英離脱が決まって以降、若者の失業問題に対処すると語っている。若年失業率が25%近い南欧やフランスでは重要な問題だ。
英離脱決定はドイツの経済的影響力を弱める恐れがある。フランスやイタリアなどが大きな政府を訴えてきた中、英国は長年、ドイツと共に政府の干渉を最小限にする自由市場主義を推進してきた。ドイツ議会のある議員は「英離脱後は、経済面でフランス、イタリアと妥協する場面が増えるだろう」と話す。
英国の離脱協議についてメルケル氏は早期開始も望んでいないし、英国に対し「特に厳しくする」理由もないと話す。圧力のかけ方を誤れば、英国や他の欧州諸国、特にドイツに対する経済的コストが膨らむだけだと心配している。
来年の総選挙を控え、メルケル氏はドイツ企業の利益を大事にしている。だが企業は英国の混乱を不安視している。「英EU離脱は今後ずっとドイツ経済に打撃を与える」とドイツ商工会議所連合会のシュバイツァー会長は話す。
英の影響力喪失 対ロ政策に打撃
英国はドイツにとって米国、フランスに次ぐ第3の市場であり、ドイツの輸出額の7.5%を占める。
ドイツはEUで英国が果たしてきた重要な役割が失われることも恐れている。英国はフランス同様、世界で諜報(ちょうほう)活動を展開し、軍事的な影響力を誇り、国連安全保障理事会の常任理事国でもある。
だが、EUの世界における戦略的な役割が損なわれるかもしれない。とりわけウクライナ問題を巡る経済制裁で、英国がメルケル氏の強硬路線を支持した対ロシアにおいてはそうだ。
長期的には、英離脱でドイツの欧州での影響力が強まる可能性がある。とはいえ、短期的な問題はドイツの強さではなく、EUとしての弱さだ。英国が実際に離脱するまでは各国の政治とEUの官僚機構は膨大なエネルギーを奪われ、難民や多額の不良債権を抱えるイタリアの銀行、ギリシャなど他の危機に対応する余力がほとんどなくなる。
欧州が抱える問題がいかに困難でも、メルケル氏は国内の課題や来年の選挙に一段と精力を注ぐだろう。
ドイツのある有力議員は「何が起きても、英離脱で我々の来年の選挙運動が影響を受けることがあってはならない。メルケル首相は欧州の危機管理の実績を訴え、運動したがっている」と言う。前回選挙ではその実績は明白だった。英離脱の影響がまだはっきりとは表れていない今、もはやそれは自明とはいえない。
(13日付)
[日経新聞7月17日朝刊P.13]
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