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リオデジャネイロ・オリンピックは果たして無事に開催できるのか(写真はイメージ)
大統領は前代未聞の停職中、リオ五輪は大丈夫? 治安は最悪、政治も経済も大混乱状態
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47351
2016.7.20 茂木 寿 JBpress
ブラジルのリオデジャネイロで、2016年8月5日から8月21日にかけて南米大陸初のオリンピックが開催される。だが、現状のブラジルの政治、経済は混乱を極めており、さらに治安問題も取りざたされている。オリンピック期間中、大統領が停職中という前代未聞の状況の中、「リオデジャネイロ・オリンピックは大丈夫なのか?」という声が日本を含め世界中で聞かれる。
そこで今回は、特に懸念されることが多い現地の様子や治安を中心に、ブラジルの概観を見ていきたい。
(ブラジルへ進出している企業は、現地ビジネスにおいて数々のリスクを抱えている。その中で、治安問題、労務問題、税務等の各種手続の対応等に、多くの費用・労力を要することから、「ブラジルコスト」と呼ばれている。)
■政治は混乱、経済はマイナス成長
2011年1月、ルラ政権を引き継いだルセフ政権が発足した。2014年に入ると、世界的な商品価格の下落に伴い、景気後退が鮮明となった。これに対し政府は、金融緩和政策で対抗したが、逆に景気悪化、高いインフレ率をもたらす結果となった。
2014年6月には、ブラジルでのFIFAワールドカップ開催中にもかかわらず、教育・医療等の公共サービスの改善を求めるデモが全土で頻発した。それに伴い、ルセフ政権の支持率が大幅に下落する結果となった。
2014年10月26日に実施された大統領選挙の決戦投票では、ルセフ氏が僅差で勝利し、再選を果たした。だが、直後に石油会社のペトロブラスを舞台とした汚職問題が発覚し、2015年3月以降、大規模なデモが全国で頻発した。
さらに2015年10月には、政権側が、財政悪化を隠蔽する目的で政府支出の一部を政府系金融機関に肩代わりさせる等の粉飾会計操作疑惑が発覚。2016年3月には、300万人規模の反政府デモに発展した。
2016年5月12日には、ブラジル連邦上院本会議において、弾劾法廷設置が可決され、ルセフ大統領は最大180日間の停職が決定した。現在、弾劾法廷で審議中であり、テメル副大統領が大統領代行を務めている。
ちなみに、2015年の経済成長はマイナス成長となり、2016年および2017年もマイナス成長が予測されている。
特にオリンピックが開催されるリオデジャネイロ州は石油産業が集積していることから、石油価格の下落の影響で税収が大幅に減少している。そのため、警察官・教師等の公務員の給与の支払いが遅れている他、年金生活者が未払いの年金の支払いを求め、抗議デモが発生する事態ともなっている。
■世界的に突出している治安の悪さ
次に治安状況であるが、世界的に見てもブラジルの治安の悪さは突出している。
国連の統計では、殺人事件発生率(人口10万人当たり)は日本の約90倍に達している。ブラジルの都市部では、窃盗、ひったくり、スリなどは当然のこと、殺人・強盗・強姦などの凶悪犯罪、短時間誘拐(稲妻誘拐:Sequestro relampago:サンパウロ市内では1日平均12件発生)が日中でも発生している。これらの凶悪犯罪のほとんどで銃器が使用されることが大きな特徴となっている。
また、強盗といっても、歩行者を狙った路上等での強盗(歩行者強盗)、自動車を狙った強盗(自動車強盗)、住宅(含:集合住宅)での強盗(住宅強盗)など多岐にわたっており、日常茶飯に発生している。さらに、バス・鉄道・地下鉄などの公共交通機関での強盗事件も多発している状況である(リオデジャネイロ市では2016年1月だけで、バス車内で462件の強盗事件が発生したとされている)。
在ブラジル日本大使館のホームページには、連邦直轄区と日本との犯罪発生率(人口10万人当たり)の比較が掲載されている。それによれば、ブラジル連邦直轄区の犯罪発生率は日本と比べ、次の表のような数値となっている。
(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47351)
近年におけるブラジルでの犯罪傾向としては、歩行者強盗において、換金性の高いスマートフォン(特に高額で取引される「iPhone」)が狙われるケースが大幅に増加している。また、空港・観光地のATM使用時、買い物での使用時にカードの磁気情報を不正に読み取られ、偽造カードで口座の現金を引き出されるスキミング被害も多発している。
ブラジルでの高い犯罪発生率を助長しているものとして、都市部におけるファベーラ(スラム街)の存在がある。特に、リオデジャネイロ、サンパウロ等の大都市にあるファヴェーラ(スラム街)と呼ばれる地区については、警察もほとんど立ち入ることもできない場所も多いため、観光客が立ち入った際には、非常に高い確率で犯罪被害が発生している。また、ファヴェーラの周辺の犯罪発生率も一般地区と比べ、当然ながら高い状況となっている。
その中でも、リオデジャネイロのファヴェーラはブラジルでも最大規模とされ、市内各所に点在しており、1000カ所以上あるとも言われている(リオデジャネイロ市民の4人に1人はファヴェーラに住んでいるとも言われている)。
そのため、外国人が宿泊する高級ホテルにファヴェーラが隣接しているというケースも多く、オリンピックのメイン会場となるマラカナン・スタジアムのすぐ近くにもファヴェーラがあるなど、市内では高級ホテル、高級住宅街、オリンピック施設にファヴェーラが数多く隣接している状況である。
リオデジャネイロ州び殺人事件発生率は全国平均よりも若干低いが、在リオデジャネイロ総領事館のホームページでは「2015年中にリオ市で1205件(1日平均3.3件)の殺人事件、8万1740件(1日平均224件)の強盗事件が発生しています。人口10万人当たりの殺人件数は日本の25倍、強盗件数は660倍です」と注意を喚起している。
同市では、特に強盗件数が近年増加傾向にあり、その大半が路上等での歩行者強盗である。邦人の被害例では、旧市街地のセントロ地区、フラメンゴ地区の路上での強盗被害が多い。特に週末・夜間のセントロ地区で旅行者の被害が多発している。また、観光地でもあるコパカバーナ地区、イパネマ地区の海岸沿いでの被害も多い状況である。
■オリンピック開幕を前に問題が山積
2016年6月19日未明、リオデジャネイロ市がオリンピック期間中の旅行者等の救急搬送先に指定している病院を、武装グループ約25人が襲撃した。警官との間で銃撃戦になり、患者1人が巻き込まれて死亡、看護師ら2人が負傷した。
武装グループが病院を襲撃したのは、入院していた麻薬密売の容疑者を奪還するためだった。少なくとも犯人5人が建物内に侵入し、容疑者の男と共に逃走した。
治安状況以外を見ても、オリンピック開幕まで2カ月を切っている状況の中で問題が山積している。
2016年6月17日には、リオデジャネイロ州政府が財政難が深刻だとして、財政の緊急事態を宣言した。州政府は声明で「財政危機のため、治安、医療サービスなどが崩壊しかねない」としている。
その他にも、オリンピックではジカ熱の問題も取り沙汰されている。ジカ熱は蚊を媒介とする感染症で、妊婦が感染すると胎児に小頭症を引き起こす可能性が指摘されている。ブラジル保健省は2016年5月末、2016年1〜4月下旬までにジカ熱に感染した疑いがある人が約12万人に達したと発表している。
水質汚染の問題もある。リオデジャネイロ市では、建設予定であった下水処理施設の整備が大幅に遅れ、セーリング会場のグアナバラ湾、ボート会場のロドリゴ・デ・フレイタス潟湖の水質が悪化しており、選手等への健康被害も懸念されている。
■ワールドカップよりも治安維持は容易との声も
このように問題山積のオリンピックであるが、「成功する」と考える専門家も多い。その最大の理由が、2014年のブラジルでのFIFAワールドカップの成功である。このワールドカップはブラジル全土12都市で、約1カ月間にわたり行われたが、今回と同様に問題が山積している中での実施だった。
特に、治安維持と公共交通機関の運行・運航が懸念されていた。だが、実際には大きな治安上の問題は発生しなかった。
また、国内便の運航、鉄道・地下鉄・バス等の運行もほとんど問題がなかった。通常、航空機の国内便は遅延することが常態化しているが、この期間は定時運航がほとんどであった(政府は国内航空会社に遅延した場合に罰金を課す措置をとったため)。
2014年のブラジルでのFIFAワールドカップでは、警察官および軍人など計17万人が警備に動員された。17万人には全土から選ばれたエリート機動隊、特別訓練を受けた民間警備員が含まれ、空軍は最新鋭の無人機を投入し、競技場周辺を上空から監視した。また、港、高速道路の警備も強化し、開催地12都市には、治安情報を集約するコントロールセンターが設置された。
今回のオリンピックは、2014年のFIFAワールドカップよりもイベントとしての規模は小さい。ワールドカップでは開催都市が12都市であったが、オリンピックは1都市(市内4地区が主な開催地区)となる。また、開催期間がワールドカップは約1カ月間だったが、オリンピックは約2週間しかない。そのため、「治安維持は容易である」「今回も成功する」とする声は少なくない。
ただし、現状のブラジルでの政治状況、経済状況の混乱と治安状況を考えると、決して楽観視はできない状況である。
(本文中の意見に関する事項については筆者の私見であり、筆者の属する法人等の公式な見解ではありません)
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