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雷洋事件続々報、鑑定は窒息死、暴行に言及せず
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
暴行疑惑の警官2名の逮捕理由は職務怠慢罪
2016年7月15日(金)
北村 豊
6月30日、“北京市人民検察院第四分院”(以下「北京市検察第四分院」)は、5月7日に北京市“昌平区”で発生した「“雷洋”死亡事件」(以下「雷洋事件」)に関する検死鑑定の意見書を公表した。その内容は以下の通り。
検死鑑定、ようやく公表
検察機関は“北京明正司法鑑定中心”が作成した鑑定意見書に対して審査を行い、専門家を組織して論拠および関連文書の審査を行った結果、死者の雷洋は胃の内容物が気道に吸引されたことにより窒息して死亡したものと確定した。検察機関は継続して法に基づく調査を行い、法に基づき事実と証拠を判断した調査の結果を結合し、行為の性質と責任の軽重を正確に認定する。
事件に関与した警察要員には法の執行中に不当な行為が存在した。“北京市公安局昌平分局”傘下の“東小口派出所”副所長の“邢某某”、補助警官の“周某”は主体的に機能しただけでなく、事件後に捜査を妨害する行為があった。その行為の性質と事件処理の必要性に基づき、北京市検察院第四分院は強制措置の変更を承認し、邢某某と周某を職務怠慢罪の容疑により法に照らして逮捕することを決定した。
5月7日に発生した雷洋事件とは、中国の名門大学“中国人民大学”(以下「人民大学」)の修士号を持つ環境専門家の雷洋(当時29歳)が、私服警官に買春容疑で逮捕され、移送途中に体調の急変により医院へ搬送されたが、心臓病で死亡したとされる事件である。雷洋は5月7日の23時30分頃に北京国際空港へ到着する親類を出迎えようと、21時前に昌平区にある自宅を出たまま行方不明となり、4時間後の翌8日1時頃に東小口派出所の警官から呼び出しを受けた家族は「雷洋は買春容疑で逮捕された後に心臓病で死亡した」と知らされた。
5月7日は雷洋とその妻“呉文萃”にとって3回目の結婚記念日であり、彼らには2週間前に最初の子供が生まれたばかりだった。その雷洋が結婚記念日の当日に、しかも空港へ親類を出迎えに行く前に、自宅付近の“足療店(足裏マッサージ店)”で買春をするなどということが有り得ようか。夫の不慮の死に疑問を感じた妻の呉文萃は、北京市人民検察院に対して雷洋の検死を公安局系列ではない第三者機関が実施するよう要請して承認を受けた。検死は5月13日14時から14日早朝2時までの12時間にわたって北京市公安局の法医検査鑑定センターにおいて、北京市検察院と法医学専門家の立ち合いの下で行われた。当初検死結果は6月3日頃発表されるはずだったが、慎重な審査に時間を要するなどの理由で延期され、公正な検死結果の発表を待つ国民をいら立たせた。
ところで、本事件の発生から6月中旬までの経緯は、本リポートの2016年5月20日付「若き研究者は偽りの買春逮捕の末に殺されたのか」および6月17日付「雷洋事件続報、売春逮捕は警官による偽装が濃厚」を参照願いたい。上述した検死鑑定意見書は検死が行われてから47日目、雷洋が死亡してから53日目の6月30日にようやく公表されたのだった。また、検死鑑定意見書の後半に記されている北京市公安局昌平分局東小口派出所の副所長「邢某某」と補助警官の「周某」の2人は、雷洋事件を担当した北京市検察第四分院が雷洋を逮捕した当事者として立件調査の対象としていた警官5人のうちの2人である。また、「邢某某」の実名が“邢永瑞”であることは判明しているが、「周某」の実名は公表されていない。とにかく、北京市検察第四分院がこの2人を職務怠慢罪の容疑で逮捕すると決定したということは、残る3人の警官は何の罪も問われないことを意味する。
警官5人中2人を職務怠慢罪に
職務怠慢罪とは、国家機関の職員が責任を負わないことが甚だしく、自己の職責を履行しない、あるいは真面目に履行しないことにより、公共財産、国家と国民の利益に重大な損失を及ぼす行為を意味する。中国刑法の第9章“瀆職罪(汚職罪)”にある第397条には、「国家機関職員が職権濫用あるいは職務怠慢により公共財産、国家と国民の利益に重大な損失を被らせた時は、3年以下の有期懲役あるいは“拘役(拘禁して労役に服せしめる刑罰)”に処す。情状が特別に深刻な時は3年以上7年以下の有期懲役に処す」とある。
雷洋の妻である呉文萃の委任を受けた弁護士の“陳有西”が北京市人民検察院へ提出した訴状には、雷洋を買春容疑で逮捕した北京市公安局昌平分局の警官を“故意傷害致死罪”、職権濫用罪および証拠ねつ造幇助罪で告発しており、北京市検察第四分院が警官2人の逮捕を決定した職務怠慢罪の容疑とは大きな差がある。
検死鑑定意見書に記載されているように、雷洋の死因が「胃の内容物が気道に吸引されたことによる窒息死」であるならば、その原因は何なのか。雷洋が自ら進んで胃の内容物を気道に吸引することはありえない。医学専門家によれば、胃の内容物が逆流して気道へ入るケースで考えられるのは、生理的、病理的、外部的という3種類の要因で、生前は非常に健康であったという雷洋の場合で考えられるのは外部的要因しかない。事件の経緯から考えられるのは外部から激しい衝撃を受けた可能性であり、「雷洋の遺体は睾丸が大きく腫れ上がっていて、太腿には青あざと血痕が見られ、明らかに外部から強力な打撃を受けて死に至ったものと判断した」という雷洋の家族の証言が思い出される。
これは男性にしか分からない話だが、睾丸を何かの拍子に強打したり、誰かに蹴とばされたりした時の痛みと苦しみは拷問を受けるに等しい。雷洋のように睾丸が大きく腫れ上がるほどの強烈な打撃を受ければ、被害者は激痛にのたうち回り、呼吸することすらもままならなくなり、胃の内容物が逆流して気道へ入ることは十分に考えられる。恐らく、雷洋は彼を逮捕した私服警官たちに殴る蹴るの暴行を加えられたのだろう。その最中に警官たちのうちの誰かが面白半分に雷洋の股間に狙いを定めて強烈な蹴りを入れたところ、激痛に身をよじらせていた雷洋が突然死亡したというのが真相なのではないか。当事者たる私服警官たちは、雷洋の死因が胃の内容物が逆流して気道へ入ったことによる窒息死とは知らないから、「突然の心臓病で死亡した」と口裏を合わせることにしたのだろう。
口裏合わせに綻び
死因を心臓病にすれば、何とでも言い訳はできるが、問題は雷洋を逮捕した正当な理由である。雷洋を逮捕したのは、職務質問しようとしたら反抗的な態度を取ったためだったが、それだけの理由で逮捕した雷洋が取調べのための移送中に死亡したというのでは説明がつかず、大問題になりかねない。そこで考えたのが、死亡した雷洋を彼らがおとり捜査を行っていた足療店で買春した容疑者に仕立てることだった。死亡した雷洋を付近の“昌平区中西結合医院”へ搬送した後、部下の警官たちを引き連れた邢永瑞は足療店を急襲して売春の違法犯罪容疑で同店の男性従業員1人とマッサージ嬢4人を逮捕し、彼らに雷洋が同足療店でマッサージ嬢を相手に買春を行ったと証言することを強要したものと考えられる。
それが証拠に、5月11日に“中央電視台(中央テレビ)”がニュースの中で放映した雷洋の相手をしたマッサージ嬢へのインタビューで、同嬢は雷洋が着ていた服は黒色で、“打飛機(手コキ)”のサービスを行ったと述べた。しかし、実際に雷洋が着ていた服は白色であった。また、北京市公安局昌平分局の発表では、雷洋が200元(約3200円)を支払って“大保健(本番)”を行ったことは、現場から押収したコンドームのDNA検査で証明されたとしている。相手をした女性が雷洋に施したサービスは“打飛機”と言っているのに、肝心な警察側が“大保健”と言っていることは、大きな矛盾である。“打飛機”にコンドームは使わない。現場付近の監視カメラの映像から判明していることは、雷洋が足療店に立ち寄って買春したとしても、それに使える時間はわずか9分しかなく、買春が物理的に不可能なことは明白である。
5月8日、雷洋が買春容疑で逮捕された末に心臓病で不慮の死を遂げたと中国メディアが一斉に報じると、雷洋の人となりを知る多くの人々が疑問を投げかけた。その急先鋒となったのは雷洋の母校である人民大学の“校友(同窓生)”たちだった。雷洋は2005年に人民大学“環境学院(環境学部)”に入学し、2012年に修士課程を修了していた。彼らは5月11日に1988年入学組の同窓生グループが声明を出したのを皮切りに、1977・1978年入学組、1989年入学組、1990年入学組などの各同窓生グループが声明を出して、雷洋の冤罪を強調すると同時に、公安当局の不当な逮捕と雷洋を死に至らしめた不当な扱いを非難し、習近平が強調する“依法治国(法に照らして国を治める)”の必要性を提起した。彼らはその後も度々声明を出して、事件の早期解決を要望し、中国社会に雷洋事件の重要性を訴え、雷洋事件が他の事件に埋没して忘れ去られるのを防いだ。
うやむやには、させない
7月6日、人民大学の同窓生でハンドルネーム「@中国劉傑」という人物が、ポータルサイト“新浪網(sina.com)”の“微博(マイクロブログ)”に、人民大学同窓生だけを対象にした「人民大学同窓生雷洋のための募金」を立ち上げた。募金立ち上げの趣旨は、雷洋の家族が経済的理由で公安当局と安易な妥協をしないようにして、雷洋事件の原因究明をうやむやにさせないためであった。すると、この趣旨に賛同して募金に応じた同窓生がわずか1日で1400人近くに上り、その募金総額は43万元(約688万円)に達したのだった。
ところで、雷洋は湖北省北部の“常徳市”に属する“澧(れい)県”の貧しい農村から厳しい全国統一大学入試を突破して名門大学である人民大学へ入学した秀才だった。一方、事件の主犯として逮捕された東小口派出所副所長の邢永瑞は、甘粛省東部の“白銀市”に属する“会寧県”の貧しい農村から全国統一大学入試を突破して名門の“中国政法大学”に入学した秀才だった。邢永瑞は大学で法律を学び、卒業後は北京市公安局に入り、昌平区分局に配属された。公安局に就職してからは、少ない給与の中から2人の妹の学費を支援し、1人はすでに就職したが、残る1人はいまだに在学中という。また、邢永瑞にも雷洋と同様に妻子があり、雷洋と同様に年老いた両親がいる。
同じく貧しい農村から刻苦勉励の末に大学入試の狭き門をくぐって名門大学へ入学した2人だったが、雷洋は修士号を取得して環境専門家となり、1児の父となった幸せの絶頂時に命を落とした。これに対して邢永瑞は公安分局の副所長としてさらなる栄達を目指して活躍する中で、何ら罪のない雷洋を逮捕した後に死に至らしめたとして逮捕された。北京市検察第四分院が邢永瑞に科したのは職務怠慢罪であり、雷洋の家族が適用を強く求めた故意傷害致死罪ではなかったが、邢永瑞の公安警官としての人生は前途を固く閉ざされた。
6月28日の午前中に邢永瑞の母校である中国政法大学では、2016年の“畢業典礼(卒業式)”が挙行され、2002人の卒業生が参加した。教員代表として壇上に立った“民商経済法学院(民法・商法・経済法学部)”教授の“王涌”は祝辞の中で次のように述べた。
【1】中国政法大学の同窓生の中には、官職もなければ財産もない人がいます。但し、彼らは頑なに法治の理想のために戦い、広く敬愛されています。彼らは“公民”の英雄であり、母校の誇りであり、君たちの模範です。いつか君たちが彼らになれる日が来ると信じます。その時、戦う君たちに母校は注目するだろうし、君たちが冤罪を被ったら、国を挙げて支援に動くでしょう。光り輝く人生において、これに勝る物はありません。
【2】当然ながら、中国政法大学の同窓生の中には、汚濁にまみれた社会と国家機関の中で波や流れに身をまかせ、たちまちのうちに堕落した者もいます。権力を手にして、気ままに濫用し、法律の最低基準を無視して、人権を踏みにじれば、雷洋事件のような悲劇が生まれます。彼らは公民にとって共通の敵であり、母校の恥であり、君たちが相対すべき存在なのです。
王涌教授は、上記【1】で中国法政大学の卒業生が理想とすべき人間像を述べ、【2】で卒業生が唾棄すべき人間像を述べた。【2】の中で、王涌教授が敢えて雷洋事件に言及したことにより、その矛先が卒業生である邢永瑞を指し示していたことは明白な事実である。この発言は6月28日に行われたものであり、雷洋の検死鑑定意見書が公表されて邢永瑞の逮捕が確認された6月30日よりも2日早かった。これは王涌教授が、検死鑑定意見書の発表を待つことなく、雷洋事件の真相を読み解いていたことを意味するのか。
法治国家への一里塚に至らず
検死鑑定意見書が公表されたことで、雷洋事件は一つの区切りを迎えた。北京市検察第四分院は「継続して法に基づく調査を行う」と述べてはいるが、事件に関与した警官2人を職務怠慢罪の容疑で逮捕する決定を下したことは、世論に対する最大限の譲歩であり、恐らくこれ以上に譲歩してより重い罪に問うことは難しいと思われる。習近平が“依法治国”を提起して、その推進を働きかけていなければ、過去の類似の事件と同様に、関与した警官が罪に問われることはなかったはずである。但し、習近平は現在までのところ、2014年に失脚した元政治局常務委員で、長年にわたり中国共産党の“政法委員会”書記の地位に君臨していた“周永康”が押さえていた司法・警察分野を掌握できていないようだ。
先に筆者は、「中国の人々は、この雷洋事件が“依法治国”を推進する契機となり、中国を法治国家にする一里塚となることを期待している」と述べたが、上記の顛末から考えて本事件は一里塚には至らなかったが、その半分の半里塚にはなったと考える。しかし、中国が法治国家になる道程はまだまだ遠いと言わざるを得ない。
このコラムについて
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/071200057/
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