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バングラテロ〜呼び覚まされた平和なランチの記憶 旅の形、国の形(バングラデシュ・ダッカ) (JBpress)
http://www.asyura2.com/16/kokusai14/msg/468.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 7 月 05 日 00:19:10: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

           バングラデシュ・ダッカの喧騒(筆者撮影、以下同)


バングラテロ〜呼び覚まされた平和なランチの記憶 旅の形、国の形(バングラデシュ・ダッカ)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47255
2016.7.5 原口 侑子 JBpress


 私たちは芝生の上でコーヒーを飲みながら遠いアフリカの話をしていた。私はアフリカ旅行の話をし、友人はアフリカの仕事の話をした。狭くて埃っぽい乾季のダッカを憂いて、だだっ広いケニアのサバンナや、湿っぽくて重いタンザニアの海風を懐かしがった。


 それから私の持っていたトーベ・ヤンソンの本の話をした。「彼女は春が好きなんだね」と私が感想を言うと、「北欧の人たちは、極寒の冬にひとつの場所に閉じこもって、内側にあるものを充実させながら、彼ら特有の精神世界を作っていくんだ」と友人は言った。「内省的に春を待つ人々というか」


「なるほど。暑い国とは現実との距離感が違うのね。こっちの方が季節の変わり目も現実的にとらえてる気がする。まあ性格も外向的で、人と人の距離も近いしね」


「バングラは特にね、近いよね」


「一度会ったら友達だからね、道端のお茶屋さんでも靴磨き屋さんでも」


「で、もう一度会ったら家族だからね。うちでご飯食べてけ、ってすぐ始まるよ」


「ほんとそれ」


「ほんとそれ。日本人相手だと特にね、うざいくらいに距離近い」


「ねー、みんな親日的すぎて逆に困る」


 笑う友人の肩越しに、川のにおいがした。


■高級住宅街にオープンしたレストラン


 2015年2月頭の土曜日。乾季の終わりだった。ちょうど春一番の嵐が吹いたばかりで、嵐の音に目覚めると、街は短い春に切り替わろうとしている。バングラには6つの季節があることを思いだす。


 ちりんちりん。頭の上にレンガを載せる太ったおばさんを、鉄パイプを引きずる痩せぎすのおやじを、私を乗せたリキシャはゆっくり追い越していく。埃っぽい首都は工事ばかりだ。道路工事、マンション建設、湖の埋め立て。道じゅうに開いたでこぼこを避けて、裏通りに入る。


 通りの縁石に座るバングラ人に混じって、欧米や東アジアから来た在留外国人の姿も見える。グルシャン2、ここは外国人の多い高級住宅街。東京ならば六本木を越えて赤坂へ入るミッドタウン裏。


 79番通りに入り、小さな病院を通り過ぎて道を突き当たると、広い芝生の庭が見えた。ランチの約束をした日本人の友人が庭向こうのレストランで待っていた。私は20分遅刻していた。


「ごめん遅れた」


「大丈夫だよ。お腹空いてる?」


「空いてる! 何食べる?」


「んー、サンドイッチとか? ここ、隣がベーカリーだからいろいろあるよ」


 金曜・土曜が休日のバングラデシュ生活では、土曜の昼というものは日本で言う日曜の午後と同じ、最後のリフレッシュ時間だった。庭に置かれたテーブルに腰掛けて、何を食べようかと私たちは丹念にメニューをしらべる。


「メニューのラインアップが洒落てる。ここ、新しいレストラン?」 私は聞いた。


「そうそう、まだオープンしたてらしいよ。フランス人のルームメートに教えてもらったんだけど。パン焼くのにフランス人呼んだんだって。だからクロワッサンとかあるんだって」


「へーすごい、私こっち来てクロワッサンなんて食べたことない。ていうか、なにこれパエリアがあるんですけど!」 私は興奮する。


「いっとこう。パエリア」 友人は笑う。「何にする? チキン? シーフード?」


「なんでも! 私、バングラ来てパエリアなんて見たことない!」


 バングラデシュは米食のカレーの国で、ちょっと脂っぽいチキンやエビのカレー(トルカリという)を、野菜や小魚をマッシュしてマスタードオイルでボール状に固めたボッタと一緒に指先でぐるぐる、丸めて食べるのはわりと幸せな時間なのだが、毎日トルカリだとだんだん飽きてくる。そのころ開発コンサルタントの仕事をもらってダッカに暮らしていた私には、たまにはこういう、非・カレーの食材の並んだお洒落なレストランに来るという時間が必要だった。



レストランで出てきたパエリア


 それでなくても娯楽の少ないダッカ生活、イベントなんてないし、映画館に行くにも渋滞だ。大通りには排気ガスが充満し、緑のある公園も少ない。


 それにゆるいとはいえイスラム教の国なので、公衆の面前でお酒を飲むことはできない。お酒を飲める場所といえば、許認可を取っている外国人向けのレストランと、アンダーグラウンドなバーくらい。私たち在留外国人は免税店や卸売店でお酒を買い込み、レストランに持ち込むのが常だった。


■バングラの富裕層と外国人が集う場所


「ここ、いいね」と私はあたりを見回してレストランのオープンな雰囲気に素直に感激していた。「みんな、芝生の上にビニールシート敷いてピクニック気分だよね」


「ね、気持ちよさそう。あそこワイン開けてるね」 友人も目を細めている。どうやらこのレストランは珍しく、外飲みができる場所のようだ。


「うわほんと、うらやまし」 私は常に、外飲みに飢えていた。


「ここ飲めるんなら、次はお酒持ってこよう」 同業の友人も同じようだ。


「最近またお酒の規制が厳しくなってるみたいでさ、私が昨日行った中華はビールがお茶のポットに入って出てきたよ」


「ビールじゃないじゃん、それじゃあ」


「ね、困るよね、まあイスラムの国だからしょうがないけどさあ」


 芝生の上にじかに座ってワインを飲んでいるのはおそらくフランス人の一団だった。その隣には、身なりのいい地元バングラ人の家族が座っている。小さい女の子が赤いドレスを身に着けて、地元の彼らにとっても土曜日は大事なホリデーだ。


 独立してから40年と日が浅いバングラデシュの富裕層は、まだクローズドな財閥感を保っている。


 独立戦争の英雄たちは財閥を成し、独立後の国内で地位を築くと子女を欧米に留学に出す。独立後生まれのボンボンたちがちょうど30代〜40代、留学から帰ってきた後に地盤やコネを生かしてビジネスを始めている時期、というのが、今だ。彼らはたいてい知人同士で、世界は狭い。


 気のいいボンボンたちは青春時代を懐かしみ、帰国した後も在留外国人とつるんでいる。同世代ということもあって私もよく遊んだ。彼らの中にはお酒を飲む者もいるし、 豚肉を食べる者もいた。このレストランでも、在留外国人と金持ちバングラ人の混合グループをよく見かけた。ここはランチ1000円以上の高級空間、在留外国人と金持ちバングラ人のコミュニティが交差する場所なのだった。



レストランの芝生の広場。穏やかな土曜の午後


■芝生の上で過ごした穏やかな時間


 私も1000円を出して本場スペインで食べるのと遜色のないパエリアに舌鼓を打っていると、スキンヘッドの男がやってきて、「いらっしゃい」と言う。見知った顔だと思ったら、その大柄のバングラ人は、ダッカ随一の和食レストランのオーナーの1人だった。彼はこのレストランのオーナーでもあるらしい。素敵なレストランの経営総ざらい、やはり途上国の金持ちたちのビジネスは手広い。お金もアイデアもひとところに集まる。


「ここ、オープンおめでとうございます」


「ありがとう、まだ建物の中は試行錯誤段階なんだけどね。庭はオープン!」


「芝生、サイコー」


「はは。パンもご飯も美味しいよ。君らもパエリア食べ終わったらコーヒーでも飲んでピクニックして、くつろいでいってね」 彼はウィンクした。


 私たちはオーナーの言う通りパエリアを食べ終えると、コーヒーを頼んで芝生の上に座った。バングラの女性たちに倣って巻いていたスカーフ(オロナ)を広げると、即席シートの出来上がりだ。


 サンダルを脱いで足を伸ばすと草が裸足のかかとにチクチクと当たった。見渡すと庭のどん詰まりに柵があり、緑色のグルシャン湖が見える。湖の向こうには大使館ゾーンがある。


「ダッカに住んでると頭の中もごちゃごちゃするからさ。人多いし、町ごみごみしてるし、広いスペースもないし」と友人もまた足を投げ出して話し始める。「こういう場所って、大事だね」


「ほんと。こういう風の通る場所、大事」 私も同意する。


 穏やかな時間だった。庭の芝生を埋め尽くす土曜のざわめきは、休日らしい長閑さでやさしく私たちを包んでいた。子供たちは走り回り、酔っぱらった外国人はワインをこぼし、私はコーヒーの香りの向こうに湖を眺めた。藻で覆い尽くされた緑の湖は、午後の日差しに焼かれて明るく、湖から立ち上る風には、すいとした水のにおいが含まれている。湖のわきを連れ立って歩く若い地元のカップル、走り回る裸の子供たち。ぼーっと空を見て煙草をくゆらす老人。湖畔は老いも若きも金持ちも貧乏も、みんなに平等に開かれている。


 明日からまた仕事かぁという憂鬱すらも、湖からの風にまかれて心地よく、私はつい前の週に吹いたばかりの春一番のことを考えていた。もう少ししたら初夏に入って、バングラ新年のお祭りがある。短い春が好きなのは北欧人もバングラ人も、日本人も一緒だ。束の間ダッカに間借りしている私も、もうずっとここで生きているバングラの人たちも、庭に漂う風の端っこに、きっと春を待つ時間を共有している。


 日常は、このレストランの庭に足を投げ出す私たちの上に、等しく降り積もっていた。ここで凶事が起こる未来なんて予言もせずに、降り積もっていた。私たちはただそこにある日常に身を委ねているだけでよかった。


 それから1カ月後に私は日本へ帰り、1年と5カ月が経つまでこのときのランチのことなど思い出しもしなかった。今、ミッドタウン裏の檜町公園で、ホーリーというレストランの名前を聞き、テロは、日常の統べる場所に起こすから、テロになるのだ、と思う。


 

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