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米国の有力メディアに情報を頼ることは米系巨大資本のプロパガンダを受け入れることを意味する
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2016.07.01 22:04:04 櫻井ジャーナル
安倍晋三政権をはじめ、日本の「エリート」は現在、アメリカの支配層に従属することで自らの富を築き、地位を維持している。また、日本の「エリート」に従うことで収入と地位を手に入れようとしているのがマスコミや「権威」と呼ばれる学者たちで、その支配構造を維持するためにプロパガンダを続けてきた。
こうしたマスコミを批判するため、アメリカをはじめとする西側のメディアを持ち出す人たちが日本にはいる。アメリカのメディアと違って日本はだめだというわけだが、そのアメリカのメディアもプロパガンダ機関にすぎない。実態に関係なく、誰かを批判するために誰かを持ち上げるという姿勢は正しくない。結局、アメリカを中心とする支配システムから離れたくないのではないかと思われても仕方がない。
アメリカの支配層はユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、イラン、ロシア、中国など自分たちにとって目障りな体制を攻撃してきたが、その大半に言われた口実は正しくない。人道、民主化、独裁者の打倒、大量破壊兵器などをタグとして使ってきたが、いずれも嘘。その一端は本ブログでも紹介してきた。
日本やアメリカを含む西側のメディアが宣伝してきた「グローバル化」とは、アメリカを拠点とする巨大資本が国を支配するシステム。TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の3点セットはこのシステムを具体化するものである。ベニト・ムッソリーニやフランクリン・ルーズベルトの定義に従うならば、ファシズムだ。(注)
このシステムについてムッソリーニは肯定的に、ルーズベルトは否定的に考えているのだが、このふたりが語っているということは、1930年代にこの問題が出て来たことを意味している。そこで、ルーズベルトを中心とするニューディール派は巨大企業の活動を制限しようと考え、支配層と対立することになった。
第2次世界大戦後、ジョン・F・ケネディ大統領も巨大企業の活動を規制しようとしたものの、暗殺されて挫折。1970年代に入ると上院外交委員会に多国籍企業小委員会が設置され、フランク・チャーチ上院議員が委員長に就任した。この小委員会ではロッキード社による買収工作が問題になったことでも知られているが、この会社だけでなく、多国籍企業全般の活動が問題になっていたのだ。
日本ではこの多国籍企業小委員会を「チャーチ委員会」と呼ぶことが多いが、世界的には、1975年に設置された「情報活動に関する政府による作戦を調査する特別委員会」がそう呼ばれている。ここでCIA、NSA、FBIによる秘密工作にメスが入れられ、CIAの破壊工作部門が行っていた活動の一端が暴露された。1970年代に入るまで、NSAは存在自体が秘密にされていた。
CIAによる破壊活動を批判する声に答えるため、1975年にジェラルド・フォード大統領は「アメリカにおけるCIAの活動に関する委員会」を設置し、その委員長にネルソン・ロックフェラー副大統領を任命したのだが、この委員会は大きな問題を抱えていた。委員のひとりだったライマン・レムニッツァーは大戦中にアレン・ダレスの下で秘密工作に従事、統合参謀本部議長のときにはキューバ侵攻を正当化するために「ノースウッズ作戦」と名づけられた偽旗作戦を計画、1963年の後半にソ連を先制核攻撃するというプランも目論んでいた。それだけでなく、ネルソン・ロックフェラーはCIAの秘密工作を監督していた「工作調整会議」の議長として1954年から活動していた。ロックフェラー委員会の目的は秘密工作を隠蔽することにあったとしか考えられない。ケネディ大統領暗殺の後に設置されたウォーレン委員会と同じ役割だ。
多国籍企業の活動と情報機関の秘密工作を調べる委員会の委員長に同じ人物、つまりフランク・チャーチ上院議員が就任したのは必然だろう。本ブログでは何度か書いたが、戦時情報機関のOSSやCIAの幹部は当初、ウォール街の弁護士が名を連ねていた。例えば、OSSの長官だったウィリアム・ドノバン、その友人で戦後も情報活動を統括していたアレン・ダレス、ダレスの側近で破壊活動機関OPCの局長を務めたフランク・ウィズナーなどだ。後にケネディ大統領がCIAを解体しようとした根っこにはこうした事情があった。その代替機関として考えられていたのが1961年10月、アレン・ダレスがCIA長官を解任される前の月に創設されたDIA(国防情報局)だ。なお、この年の秋にはリチャード・ビッセルCIA計画局長(破壊活動担当)やチャールズ・キャベルCIA副長官(テキサス州ダラス市長の兄)もCIAから追い出されている。
ケネディ大統領は1963年11月22日にダラスで暗殺され、チャーチは1980年の選挙で敗れて84年4月7日に脾臓癌で死亡した。入院から3カ月後、59歳での死だ。
原因はともかく、巨大資本に立ち向かったふたりは若くしてこの世を去ることになった。その巨大資本が今、世界を制圧しようと軍事的な緊張を高め、それを西側メディアが支援している。勿論、その中にアメリカの有力メディアも含まれている。こうしたメディアを有り難がるということは、自分も巨大資本に従属することを意味する。
【注】
(1) ベニト・ムッソリーニは1933年11月に「資本主義と企業国家」という文章の中で、巨大資本が支配するシステムを「企業主義」と呼び、資本主義や社会主義を上回るものだと主張した。これが彼の考えたファシズムであり、全体主義だとも表現されている。
(2) 1938年4月29日にフランクリン・ルーズベルトはファシズムについて次のように定義した。「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」
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