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[今を読み解く]欧州テロ“常態化”の理由 社会の内側に危機抱える
北海道大学教授 吉田徹
昨年11月にパリを、今年3月にベルギーを襲ったテロは世界を揺るがした。犯人が重複する、この2つのテロに関わったとされる30人余の容疑者のほとんどは射殺ないし拘束され、ネットワークは解体されたかにみえる。もっとも、2015年1月のパリは「シャルリエブド」襲撃事件に始まり、昨年にはフランスだけでも11件ものテロ未遂事件があったと報告されているから、危機が過ぎ去ったとは到底いえない。
危機が常態化しているのは、テロが欧州の「外側」ではなく「内側」にあるからだ。三井美奈著『イスラム化するヨーロッパ』(新潮新書・15年)は、移民を出自とする、これらテロリストがどのような社会環境のもとで暮らしてきたのかを広範に取材、報告する。先のテロに加え、欧州の難民危機までをフォローするが、日本の現状にも言及しつつ、それが幾世代にもわたって蓄積されてきた不可逆的な問題であることに警鐘を鳴らす。一読すれば「イスラムVS西欧の価値」などという、解(わか)り易い二項対立では論じ切れないことが理解できる。
●宗教の力強まる
潜在的なテロリストとみなされる当事者たちの苦悩は深刻だ。ハニフ・クレイシ著『言葉と爆弾』(武田将明訳、法政大学出版局・15年)は、パキスタン人の父とイングランド人の母を持つ英国人作家が、双方の社会で差別された生々しい体験から、イスラムも西欧もそれぞれに欺瞞(ぎまん)があることを告発する。一方は他方を物質主義的で不道徳だとなじり、他方は一方を狂信的で無知だと論難する。原理主義に囚(とら)われていった彼の親しい友人や親戚は、格差、戦争、貧困、無関心、暴力、憎悪などの負の連鎖の矛盾に耐え切れなかった人々だ。実際、最近になって相次いで公表されるIS(イスラム国)の外国人ジハーディストのプロファイル分析では、彼らは高等教育を受けたイスラムの教義に明るくない若者であり、かつ不安定な社会的地位にあって犯罪に手を染めた者が多いとされている。
欧州社会の亀裂がテロの土壌となる「プッシュ要因」だとして、アンナ・エレル著『ジハーディストのベールをかぶった私』(本田沙世訳、日経BP社・15年)は、そのテロを実行に移させる「プル要因」たるISの実態を暴くルポルタージュだ。ジャーナリストの著者はイスラム系フランス人少女を演じ、ネットと携帯電話でIS戦闘員と1カ月もの間、会話をし続け、何とか理解しようとする。ただ、そこで露(あらわ)になるのはシャリーア(イスラム法)の教える愛や正義、忠誠心を弄して、若者を欧州から招きよせようとする、狡猾(こうかつ)なISの姿である。ストーカーとその被害者と見紛(みまご)うばかりのやりとりは手に汗握るほどだが、この女性ジャーナリストはISから死刑宣告を受けるに至った。
今月になって、フランス政府は1万人弱にのぼるとされる過激派の更生施設を各地に設けると発表した。それにしても、なぜ現代にあってここまで宗教の訴求力が強まっているのか。ウルリッヒ・ベック著『〈私〉だけの神』(鈴木直訳、岩波書店・11年)は、宗教がそもそもグローバルな性格を有しており、個の自己決定権が重んじられる現代で、個人が宗教を自在に操るようになったこと、すなわち「ホットラインで呼び出せる神」が出現したのが原理主義台頭の理由だとする。グローバルと個人の時代だからこそ、宗教的過激主義が台頭するのであれば、イスラム原理主義テロはやはり我々自身が作り出しているものということになる。それでもこの稀代(きだい)の社会学者は、宗教こそが寛容をもたらす源泉になると強調することを忘れない。この事実に、問題のさらなる根深さが横たわる。
●日常生活で対抗
ところで、レストランのテラス席も狙われた昨年11月の同時テロの後、パリ市民は「#私はテラスにいる」とのハッシュタグをツイッターに投稿した。確かに幾度ものテロに襲われつつ、パリ市民は何事もなかったかのように、街角で喧嘩(けんか)をし、カフェで議論し、広場でデモを決行している。思えば、パリとは内乱と戦争、そして共生の歴史でもあった。エリック・アザン著『パリ大全』(杉村昌昭訳、以文社・13年)を読めば、100人近くのテロ犠牲者を出したバタクラン劇場から1キロ離れたペールラシェーズ墓地で、パリコミューン崩壊時、ドイツ軍の協力を得た政府軍が数万人を殺傷したことが、また、お隣のベルヴィル街ではユダヤ人8千人余りがアウシュヴィッツ送りになったことが思い起こされる。「たゆたえども沈まず」││このパリ市の標語は、平凡な日常生活を送ることがテロとの最善の戦いであることも、また教えてくれる。
[日経新聞5月22日朝刊P.19]
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