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米ニュージャージー州ブラックウッドで開かれた選挙集会で演説するヒラリー・クリントン前国務長官(2016年5月11日撮影)〔AFPBB News〕
ヒラリー大統領誕生で日米関係はかつてない危機も ニューヨーク・タイムズ紙の辣腕記者が明かすヒラリーの本音
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46911
2016.5.24 高濱 賛
■オバマには「レガシー作り」しか頭にない
米民主党大統領候補指名争い終盤戦をよそにバラク・オバマ大統領は、あと6か月の任期をレガシー(遺産)作りに懸命だ。
とにかく大統領として歴史に名を残したくて仕方がないのだろう。
その手段は、ノーベル平和賞に輝いた「核廃絶」宣言の上塗りであり、旧敵対国との和解だ。歴代大統領がやろうとしてできなかったことを6か月の間に成し遂げようというのだ。
こう見ると、キューバ訪問にしてもベトナムや被爆地・広島訪問にしてもその狙いが手に取るように分かってくる。後世の史家は「ベトナムを訪問した最初の現職米大統領」「広島を訪れた最初の現職米大統領」としてオバマ氏の名前を未来永劫記録することだろう。
国内政策では、全米の公立学校区と大学に対し、心と体の性が異なる「トランスジェンダー」の生徒・学生が自身の認識する性のトイレを使用できるよう義務づけるガイドラインを通達。LGBT(性的少数者)の権利を保護するのが狙いだ。
Alter Egos: Hillary Clinton, Barak Obama, and the Twilight Struggle Over Amarican Power Mark Landler Random House, 2016
南部中西部の保守的な州では反発が起こっているが、オバマ大統領は意に介さない。
大統領の3選はないのでオバマ氏が再選されることはない。従って選挙民の動向を心配する必要もない。米議会共和党とは完全な絶縁状態にある。
「やりたい放題のレイムダック大統領(任期切れ間近の大統領)」と皮肉る共和党幹部もいるくらいだ。
「オバマ大統領の民主党」の次期大統領候補を決める
しかし各州ごとの最高得票数争いでは伏兵バーニー・サンダース上院議員(バーモント州)が19勝23敗2分(5月19日現在)で善戦している。同上院議員は最後まで撤退しないと明言している。
■世論調査は必ずしも選挙結果を見通せず
サンダース善戦の背景についてこんな指摘がある。
「ヒラリーはもともとオバマ政権の国務長官だった人間。民主党系労組や大企業から巨額の政治資金を得ている。ヒラリーが大統領になっても政治が抜本的に変わるとは思えない。民主党の一般党員や支持者がヒラリーに反発しているのはそのためだ」(米大手紙政治記者)
「ヒラリーが一部でなぜ嫌われているかだって?そりゃ、あの高慢ちきな人間性だよ」(ロスアンゼルスのレストラン経営者、白人中年男性)
が、クリントン指名に向けた流れは変わりそうにない。指名決定まであと、90人の代議員数を獲得すればいい。サンダース氏はあと850人必要だ(5月19日現在)。
当然のことながら米国民の関心は、そのヒラリー氏と共和党大統領候補が確実視されてきた不動産王、ドナルド・トランプ氏との一騎打ちに注がれている。
ここ1〜2週間、トランプ氏が僅差でヒラリー氏をリードしているといった世論調査結果も出ている。予備選を振り回してきた世論調査が果たして本当に民意を反映しているのか。疑問視するものも少ない。
「現在実施されている世論調査はすべて電話で行われている。が、米国内では固定電話所有者数は年々減っている。電話をかけてもなかなか受話器を取らない人が増えている。電話回答する層は暇なリタイア組、白人中高年層が多い。世論調査機関の老舗、ギャラップなどは大統領選の世論調査を一切やめているのはそのためだ」(カリフォルニア大学バークレイ校ジャーナリズム大学院教授)
■理想主義者オバマと現実主義者のヒラリー
本選挙までまだ6か月ある。何が起こるか分からない。
少し先走りすぎかもしれないが、「ヒラリー大統領」ってどんな大統領になるのか。オバマ大統領とはどこかどう違うのか。政治理念、政治手法の違いはなにか。いずれ論じられる興味深い命題だ。
本書「Alter Egos: Hillary Clinton, Barack Obama, and The Twilight Struggle over American Power」はそれを予測するうえで貴重な材料を提供している。
著者は、ニューヨーク・タイムズのマーク・ランドラー記者。外交、内政なんでもござれのベテラン・ジャーナリストだ。クリントン国務長官(当時)の国務省を担当、外遊には常に同行、外交の第一線から鋭い記事を送ってきた。その後オバマ大統領のホワイトハウス詰めとして現在に至っている。
本のタイトルは難解だ。著者がこの本で書きたかったすべてがこのタイトルに凝縮されている。
Alter Egoは日本語でも「アルター・エゴ」つまり「分身」だ。リベラリズムを標榜する2人はその意味では「一心同体の友」だ。
「2人ともリベラルな国際主義者だ。ルールに基づく秩序を重んじ、第2次世界大戦後、ハリー・トルーマン第33代大統領とディーン・アチソン国務長官とが築き上げた戦後体制を堅持することでは完全に一致している」(著者)
ところが危機に直面した際の2人の対応は異なる。米国という国家が持つパワーを国際社会でどう行使するか、という外交理念で2人は大きく異なるからだ。
■ムバラクを見捨てたオバマに反発したヒラリー
チュニジアで長期政権を倒したジャスミン革命に触発されて2011年1月から2月にかけてエジプトで起こったエジプト革命。約30年にわたり大統領の座に座り続けてきたホスニー・ムバラク大統領の退陣を迫った大規模なデモは、まさに騒乱だった。
少なくとも850人が死亡、約5500人が負傷した。
オバマ大統領は直ちにデモを支持し、ムバラク退陣に賛同した。しかしヒラリー国務長官は違った。
長年にわたり米国との同盟関係を堅持してきたムバラク大統領の退陣には慎重な姿勢を見せていた。オバマ大統領はこうしたヒラリー氏のスタンスに激怒したと著者は書いている。
「しかしながらオバマとヒラリーの間に生じた意見対立は、それがイラン問題にしろ、シリア、中国問題にしろ、中身に関するものではなく、むしろ戦術面でのものだった。つまり2人ともリベラル派国際主義者という点では同じだった。だからイスラム国(ISIS)を巡る意見対立も実は戦略面というよりも戦術面でのものだった。言い換えると、方向性というより程度の問題に関してだった」
■外交理念の違いは2人の出自にあり
その違いはその出自と育った環境にある、と著者は指摘している。
「オバマは幼児・少年期にシングルマザーとともにインドネシア、ハワイで過ごす。米本土に住む米国人の子供に負けないだけの学力をオバマにつけさせようと母親は孤軍奮闘する。そのために絶えず本を読ませた。オバマはアフリカ人の父と白人の母との間に生まれた混血児だ。人種的偏見や差別を痛いほど経験してきた」
「一方のヒラリーは、中西部シカゴ近郊の保守的な町で育った。父親はゴリゴリの反共主義者だった。熱烈な共和党支持者だった。だからヒラリーは学生時代にはボランティアで共和党候補を応援した」
「ヒラリー自身、かって『私の政治信条は生まれ育った保守主義に根づいている』とまで述べていた。その後民主党に転向、リベラル派弁護士として社会の不正義、女性差別、人種差別に立ち向かう。だがヒラリーのプログレッシブな言動はあくまで保守的な基盤に根差していたと言える」
「オバマは自制的であり、内向的であり、痛いほど自らをがんじがらめにしている制約に敏感だった。一方のヒラリーは、鋭角的であり、プラグチックであり、厚かましくて、オールドファッション(古風な)なところがあった」
「オバマは理想主義者だった。米国が他の国は異なる国家だという考え方には組みしなかった。国家安全保障についてはナイーブなところがあった。一方のヒラリーはリベラル派干渉主義者だった。米国には神から与えられた不正義と戦う任務があると信じていた」
■イラン核合意にいちゃもんつけたヒラリー
2人の考え方の違いは、2008年の大統領選予備選でも露呈した。
公開討論会で司会者から「大統領就任1年目に無条件でイラン、シリア、ベネズエラ、キューバ、北朝鮮の指導者に個別に会うか」と聞かれたオバマ氏はまごうことなくこう答えている。
「私は会う。一定の国の指導者と会って、話をしないという考え方は馬鹿げている」
一方のヒラリー氏は「イランの指導者はイスラエルと米国を完膚なきまでに打ちのめし、抹殺すると言っていることを忘れてはならない」とイラン指導者と無条件で会うことには難色を示した。
おかしなことだが、あれから8年後、当時のオバマ氏と同じようなことを言っているのは今を時めくドナルド・トランプ氏だ。無条件で金正恩委員長と会うと言っている。
国務長官辞任後、ヒラリー氏はオバマ大統領の外交政策について批判がましいことは一切口にしなかった。
ただ大統領選立候補を表明して以降は、そうしたスタンスが微妙に変わってきている。
2015年7月、オバマ大統領はイランとの「包括的共同行動計画」(JCPOA)で合意した。イランは今後10年、核開発が大幅に制限された。オバマ大統領はこの合意を「最強の核拡散防止合意だ」と自画自賛した。
ところがヒラリー氏は「私の外交交渉上の出発点は常に相手の出方を疑うところから始まる」と慎重な言い回しで、この合意にいちゃもんをつけている。
ヒラリー氏は、オバマ大統領が金科玉条にしてきたTPP(環太平洋経済連携協定)についても微妙な言い回しになってきている。むろん、民主党の強力な支援団体の労組の顔色を窺ったポーズだ。
票目当ての選挙時の発言だということを差し引いても「オバマ離れ」が見え隠れしている。
「ヒラリー大統領」がオバマ外交路線をそのまま踏襲すると見るのは甘いかもしれない。「ヒラリーのアメリカ」はリベラル派の看板を掲げながら、その実、「オールドファッションな保守路線」に舵を切るかもしれない。
訪日のたびに元ファーストレディの「特権」を生かして「旧知の皇后陛下」とハグし合う「ヒラリー大統領」は知日派ではあっても「親日派」とは限らない。
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