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EU離脱か残留か、近づく審判の日 〜イギリスはなぜ「自傷行為」に向かうのか?高まる反EU感情の由来
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48655
2016年05月16日(月) 笠原敏彦 現代ビジネス
■ もしイギリスがEUを離脱したら…
イギリスで6月23日に行われる欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票の動向が世界の一大関心事となっている。
国際政治、経済合理性の視点で判断すれば、イギリスがEUを離脱することは「自傷行為」のように思える。それでも、フィナンシャル・タイムズ紙が5月8日時点でまとめた各種世論調査の平均値は残留支持が46%、離脱支持が43%と拮抗している。
オバマ米大統領は4月下旬、残留に政治生命が懸かるキャメロン首相を援護するため訪英し、「今の世界で影響力を発揮するには集団的な行動が必要だ」と離脱派を諫めた。外交では禁じ手の内政干渉であるが、それだけアメリカと国際社会の危機感は強いのだ。
リフキンド元英外相は次のように語っている。
「世界でイギリスのEU離脱を望んでいるのは(欧州の不安定化を図る)プーチン露大統領を除いて他にいないだろう」
離脱の結果が出た場合、フランスやイタリア、オランダなど他のEU加盟国でも国民投票実施のドミノ現象が起きかねない。そうなれば、アメリカのパートナーとして戦後の自由主義体制を支えてきた欧州の国際社会での影響力は一層低下し、世界のパワーバランスは中露などリビジョニスト(現状変革)国家が望む方向へ傾くことになるだろう。
今回の国民投票は、イギリスがEUに残るのか去るのかという次元の問題に止まらず、その結果に懸かる命運はかくも大きいのである。
■そもそも、なぜこんな危険な国民投票を?
ここで一つの疑問が沸くのではないだろうか。
キャメロン首相はそもそも、なぜこの危険な国民投票に打って出る必要があったのかということだ。首相自身は「イギリスは『改革したEU』に留まる方がより強く、安全で、豊かになれる」と語るなど、EU残留を国益だと強く信じている指導者だ。
キャメロン首相を国民投票に向かわせた背景を簡潔に説明するなら、それは、イギリスが良くも悪くも、欧州の「異端国家」だと言うことである。
前回の拙稿「現実味を帯びるイギリスの『EU離脱』という悪夢のシナリオ」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48471)では、タックスヘイブン(租税回避地)の利用実態を暴露したパナマ文書でキャメロン首相の課税逃れ疑惑が浮上したことが離脱派に追い風となっていることを指摘した。国民の政治家不信を増幅させ、残留派の「顔」であるキャメロン首相の信頼を大きく低下させたからである。
イギリスの事情を国際潮流に位置づけるなら、アメリカ大統領選でも顕著な「孤立主義」「脱グローバリズム」「反エリート主義」と通底するものがある。
余談ではあるが、市場主義経済の普及により世界のグローバル化を牽引してきた米英両国、二つの“アングロサクソン国家”で政治・社会潮流が共鳴しているのは興味深い。コントロール不能になったグローバル化の激流が逆流し、その家元である両国の国家基盤を揺さぶっているという構図のように思えてならないからだ。
■イギリス国内で急速に高まる「反EU感情」
キャメロン首相が国民投票を約束したのは2013年1月だった。
当時はユーロ危機と移民急増により、イギリス国内の反大陸欧州感情に火が付いたときだ。与党・保守党の欧州懐疑派はEU離脱の国民投票を求める動議を提出し、EU離脱と反移民を掲げる右翼政党「英国独立党(UKIP)」が党勢を拡大していた。
少々説明が必要なのは、イギリスにとっての移民・難民問題の核心とは、昨年欧州で噴出したシリア難民を中心とした難民危機とは別ものであるということだ。イギリスにとってより深刻なのは、EUが2000年代に入って中東欧へ拡大しことに伴って急増したEU域内からの「欧州移民」なのである。
ポーランドやルーマニアなどEU域内からイギリスへの移民は、2004年〜2015年までの11年間で100万人から300万人へと3倍に増えた。
EUには国境を越えた自由移動の原則があるから、イギリスはこうした欧州移民を制限することができない。そして、欧州移民は自国民と平等に扱う義務がある。だから、移民と雇用や公共住宅の確保などで競合する労働者、低所得者階層を中心に、イギリスでは急速に反EU感情が高まってきたのである。
キャメロン首相は2010年の政権発足時に移民の規模を「年間数万人」に押さえると約束したが、昨年の純移民増は36万人にも及ぶ。桁外れの公約違反である。
欧州移民の急増は、反EU派のイギリス国民にとって、国境管理という主権をEUに移譲したことに伴う「国家の無力さ」「将来への不安」を身近に感じさせる事態なのである。
■イギリスと大陸欧州の断層
とは言っても、これは反EU感情を引き起こしている現象面のエピソードに過ぎない。イギリスの対欧州関係を考える際、より重要なのは、イギリスと大陸欧州を分断する精神的なフォルトライン(断層線)の深さである。
やや誇張すれば、イギリス人にとって大陸欧州とは歴史的に悪いニュースがやってくる震源であり続けてきた。20世紀を振り返るだけでも、二つの世界大戦、全体主義、共産主義という巨大な脅威にさらされ続けた。国民的な「負の記憶」はどこの国でも中々消えないものである。
だから、イギリスと大陸欧州では、欧州統合に向き合う姿勢も必然的に異なる。
欧州統合の本質は、二度と戦争を繰り返さないという不戦の理念から生まれた政治的プロジェクトである。その根幹にあるのは「主権国家は問題の解決に失敗した」という反省だ。
一方で、イギリスにとって二つの大戦は売られた戦争であり、「正しい戦争」に勝利して欧州を救ったことへのプライドはあっても、負い目などない。
1973年にEC(欧州共同体、EUの前身)に途中参加したイギリスにとって、統合は経済的なメリットを得るためのプロジェクトでしかない。
だから、イギリスは、欧州統合の二大偉業とされる単一通貨ユーロにも、国境審査を廃止する「シェンゲン協定」にも参加せず、すでに「特別な地位」を享受しているのである。
■反欧州感情のガス抜き、のはずだったが…
イギリスと大陸欧州の溝はかくも深い。そして、党内に多くの欧州懐疑派を抱える保守党にとってEU問題は、その対応を誤れば党の分裂を呼びかねないアキレス腱であり続けてきた。
実際、サッチャー首相もメージャー首相も欧州問題への対応が引き金となり、首相の座を追われている。
キャメロン首相の国民投票実施の決断には、事態がコントロール不能になる前に反欧州感情のガス抜きを図り、保守党内の欧州懐疑派と国内ポピュリズムの増殖の芽を摘むという狙いがあったのである。
その判断には、EU残留か離脱かという大きな問題は国民投票などで明確に決着を付けなければ、問題が尾を引き続け、イギリスを不安定化させるという強い懸念があったはずだ。
そして、当時の首相には国民投票を無難に乗り切れるという皮算用があった。イギリスは1975年にEC離脱の是非を問う国民投票を実施しているが、この時は残留支持が67%だったという結果も残っている。
しかし、キャメロン首相のシナリオは大きく狂うことになる。その一因は、約100万人ものシリア難民らが欧州に押し寄せた昨年の難民危機と、過激組織「イスラム国(IS)」に関与するホームグローン(欧州生まれ)テロリストによるパリとブリュセルでの大規模なテロである。
これらの出来事は、「開かれた国境」という理想を掲げるEUの危機対処能力、統治能力の低さを白日の下にさらけ出した。その影響で、イギリスを含む欧州各国でポピュリズム政党の伸張に拍車がかかっていることはご承知の通りである。
近年、「民主主義の赤字」という言葉を耳にするが、その最たるものがEUの統治機構である。超国家組織であるEUでは、選挙の洗礼を受けていない官僚が巨大な権限を握り、政策やルールを決めている。イギリスのみならず加盟各国で以前から、非民主的なEUへの反発が強まっていたのが実情である。
現在のEUの混迷は、「民主主義の赤字」に有効な改善策を取ってこなかったことのつけだとも言えるだろう。
■残留派の「弱み」
こうした事情を背景に、キャメロン首相も漠然と国民投票に臨んできた訳ではない。
先に首相の発言を引用したが、首相がイギリスの国益だと主張しているのは、あくまで「改革したEU」に残留することである。首相はこの「改革」に向けて2月にEUと交渉をまとめ、▽統合深化はイギリスに適用されない、▽緊急事態にはEU域内からの移民への社会保障を制限できる、▽規制緩和への努力、などの譲歩案をEUから引き出した。
キャメロン首相はこのEUからの譲歩を御旗に党内結束を図り、国民の支持を得ることを目論んでいたが、思惑通りには進んでいない。
譲歩案への評価は「現実には何も変わらない」などと芳しくなく、世論調査での残留支持に好影響を与えた様子はない。また、保守党の国会議員約330人のうち150人前後が離脱派に回り、その中には閣僚6人が含まれる。当初の予想を越える勢いが離脱派に生まれているのである。
そもそも、キャメロン首相が現在のEUを肯定できず、国民に「改革したEU」をアピールせざるを得ないことが、残留派の「弱み」を示していると言えるだろう。
■問われるのは「戦後70年の欧州の歩み」
国民投票に向けたキャンペーンでは、残留派は主にEU共通市場を失うことの「損失」を強調し、離脱派は主権を取り戻すことで移民問題の解決を図り、巨額のEU拠出金(約85億ポンド=1兆3600億円)を取り戻すことなどをアピールしている。主な主張は次のようなものだ。
オズボーン財務相(残留派):「離脱すれば国民の家計を直撃する。各家庭は毎年4300ポンドの損失を被ることになるだろう」
ジョンソン前ロンドン市長(離脱派):「我々が目撃しているのはEUによる法的植民地化だ」「EUへの拠出金と主権を取り戻す」
世界第5位の経済規模を持ち、欧州最大の軍事力を持つイギリスが実際にEUを離脱した場合の影響については様々な警告がなされている。
経済開発協力機構(OECD)は、イギリスの2020年の国民総生産(GDP)は3.3%減少するという試算を打ち出している。イギリスの大手企業の経営者ら200人は連
名で「離脱はイギリスへの投資を妨げ、雇用を脅かす」と訴えている。国際通貨基金(IMF)は「欧州と世界の経済に深刻なダメージを与える」と警告している。イギリスに進出する日本企業は1000社に上るといい、そこへの影響も必至だろう。
さらに、2014年に独立の是非を問う住民投票を行ったスコットランドで再び独立機運が盛り上がるかもしれない。
EU側からも「イギリスなしではEUはより官僚的になり、欧州の安全保障も不安定になる」(ショイブレ独外相)という不安の声が漏れる。EUの市場経済化を推進してきたイギリスが抜ければ、EUの経済政策はより保守的になるだろう。
国民投票は、戦後70年の欧州の歩みを問うものでもある。
* * *
イギリス政府関係者はこれまで「有権者はEU問題を感情的に考えていても、投票では現実主義的になり残留を選ぶだろう」と異口同音に話していたが、世論調査の結果を見る限り、全く予断を許さない情勢となっている。投票日までに大規模テロや難民危機が再燃すれば、有権者が一気に離脱に傾く可能性も排除されない。
投票日まで後40日ほど。国際社会は、国民投票の行方を固唾を呑んで見守ることになりそうだ。
笠原敏彦(かさはら・としひこ)
1959年福井市生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。京都支局、大阪本社特別報道部などを経て外信部へ。ロンドン特派員 (1997~2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期取材。ワシントン特派員(2005~2008年)としてホワイ トハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領(当時)外遊に同行して20ヵ国を訪問。2009~2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査 委員。著書に『ふしぎなイギリス』がある。
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