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「パナマ文書」で課税逃れ疑惑が浮上したキャメロン首相。その余波はEU離脱問題にまで広がりつつある〔photo〕gettyimages
現実味を帯びるイギリス「EU離脱」という悪夢のシナリオ パナマ文書で風向き激変!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48471
2016年04月20日(水) 笠原敏彦 現代ビジネス
■キャメロン首相の課税逃れ疑惑
イギリスは6月23日、欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票を行う。当初、離脱は否決されるとの見方が強かったが、ここにきて各種世論調査の結果は賛否ともに40%前後と拮抗し、イギリスのEU離脱が現実味を帯びる事態になっている。
風向きを大きく変えたのは、タックスヘイブン(租税回避地)の利用実態を暴露した「パナマ文書」で浮上したキャメロン首相の課税逃れ疑惑だ。とは言っても、非難の矛先が向く利益は300万円ほど。なぜ、この疑惑がEU離脱問題にまで影響を及ぼしかねないのか。
本稿では、国民の怒りの背景にあるイギリス版「政治とカネ」の実情とともに、パナマ文書が浮き彫りにするイギリスの「後ろめたさ」について論じたい。
本題に入る前に、キャメロン首相をめぐる疑惑について振り返っておく。
キャメロン氏は下院議員になる前の1997年、妻サマンサさんとともに、父親(2010年に死亡)がパナマに設立した投資信託に1万2500ポンド(約200万円 現在の1ポンド=約160円で計算)を投資。首相就任前の2010年1月に売却し、1万9000ポンド(約300万円)の利益を得ていた。キャメロン氏の説明によると、この金額はイギリスの課税基準以下だったため、税金は払っていないという。
世論の強い批判を受け、キャメロン氏は10日、過去6年分の納税証明を公表した。この中で、2011年に母親から計20万ポンドの生前贈与を受けていたことが表面化。贈与側(母親)が7年以上生きればこの金額は課税対象とはならないが、父親の投資ファンドからのお金ではないかとの疑いも消えない。
キャメロン氏は、どちらのケースも「まったく違法ではない」と主張している。しかし、世論が問題としているのは、政治家としての「道義的責任」であり、違法でないから問題なしとはならないのである。
■イギリス版「政治とカネ」問題
この疑惑に接したとき、筆者は非常に不可解な印象を持った。
キャメロン氏は、19世紀の国王ウィリアム4世の系譜で、イートン校からオックスフォード大を卒業して政治家になったイギリスの典型的なエリートだ。妻サマンサさん(17世紀の国王チャールズ2世の系譜)とともに200万円を投資し、13年かけて300万円の利益を得たことがどれほど有り難いのだろうかと想像すると、腑に落ちないのである。
しかし、国民感情は全く別の話だ。イギリスでは近年、カネにまつわる醜聞で政治家への信頼が地に落ちている。
イラク戦争でイギリスを泥沼に引きずり込んだブレア元首相は辞任後わずか数年で、コンサルタント業や講演料で1500万ポンド(約24億年)も私腹を肥やしたとされる。“セレブ首相”として国民の高い人気を博したこともあるブレア氏だが、彼は今や大の嫌われ者だ。
そして、国民を唖然とさせたのが、2009年に発覚した国会議員ほぼ総ぐるみの「経費流用スキャンダル」である。
このスキャンダルは、地方選出議員のロンドンでの住宅費補助制度を乱用し、1ポンドの冷凍ピザ代からタンポン代、アダルト映画視聴料、高級家具代までさまざまな用途外の目的に経費を使っていたというものだ。議員3人が逮捕され、閣僚3人が辞任、約400人の元・現職議員が経費返還を余儀なくされるという前代未聞の出来事だった。
イギリスでは元来、国会議員は富裕層が奉仕的に行ってきたという経緯があり、政治家の不正や汚職は少なかった。上院議員には現在も報酬はなく、必要経費が支払われるだけである。それだけに、このスキャンダルがイギリス国民に与えた衝撃は大きかった。その嘆きを端的に示したのは、エコノミスト誌の次の表現だろう。
「過去1世紀、イギリスは多くのものを失った。帝国、軍事力、経済的なリーダーシップ。それでも、我々は世界で最善の議会を持っていると考えていた。だから、スキャンダルは大きなショックだった」
そして当時、国民の怒りを説明するために使われたのが「キットカット効果」という言葉である。庶民は数千万円、数億円という巨額の不正となると別世界のこととして怒りも半ば止まりだが、自分たちが普段買っているささやかなお菓子代まで経費で誤魔化していたと知ると、身近に感じる分だけ許せなくなる、というセオリーである。
キャメロン氏の課税逃れ疑惑は、その金額の多寡とは関係なく、国民の政治家不信に追い打ちをかけるものであり、国民はあきれかえっているのである。
キャメロン氏のタックスヘイブン絡みの金融取引は、違法性はないのだろう。しかし、問題の焦点はもはやそこにはない。キャメロン氏が窮地に陥っているのは、自らの言動のダブルスタンダードによるものだからである。
■厳しくなる庶民の目
2008年のリーマンショック後、各国はタックスヘイブンを通した課税逃れ対策に本腰を入れ始めた。理由は二つある。一つは、各国とも財政難に見舞われたことだ。二つ目は、国民の目が厳しくなったことである。
リーマンショック前は、庶民にとってタックスヘイブンは耳にはしても、別世界のことだったはずだ。しかし、欧米を中心に、ギャンブルのような金融取引で破綻した銀行は税金で救済され、そのツケは、増税と社会福祉削減などで庶民に回わされた。イギリスでは、キャメロン政権が2011年に日本の消費税に当たるVAT(付加価値税)を17・5%から20%に増税していたという経緯もある。
国民の課税逃れへの目が厳しくなり、富裕な政治家、エリート層、大企業にとっては都合の良い面もあったタックスヘイブンを放置できなくなったのである。
キャメロン首相は、先進国において対策強化の旗振り役とも言える存在だった。課税逃れは「道徳的に誤りだ」と明言し、自らが議長を務めた2013年のG8(主要8ヵ国)首脳会議では、ペーパーカンパニーを使った課税逃れを防止するため、企業の実質所有者の登録・公開を国際的に義務づける制度の導入を訴えていたのだ。
しかし、ここでも、キャメロン氏の政治家としての信頼性に疑問を投げ掛ける事実が報道で明るみに出る。
G8の流れを受け、EUはこの登録・公開制度に企業だけでなく、投資信託も含めることを検討した。この動きを水面下で潰したのがキャメロン首相で、2013年11月にEUの関係機関に書簡を送り、「企業と信託の違いを認識することは重要だ。登録制度は全てに適切というわけではない」と反対していたというのである。
父親の信託に投資した自らの記録が表沙汰になるのを防ぐために計画を潰した、と勘ぐられても仕方ない行動だった。
■イギリスが抱える「後ろめたさ」
国民投票とはあまり関係ないが、パナマ文書で露わになったイギリスの「後ろめたさ」についても触れておきたい。
パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」が設立に関わったペーパーカンパニーなどの会社は21万社に上るが、その半数を越える11万社が登録していたのはカリブ海の英海外領土バージン諸島だ。タックスヘイブンとして有名なケイマン諸島やバミューダ島などもイギリスの海外領土である。
海外領土というのは、旧植民地の中で独立を望まず、今もイギリス国王の代理人である「総督」が国家元首を務める地域である。とは言っても、総督の役割は儀礼的なものであり、海外領土は自治を行っている。イギリスは「管理」するという立場だ。
イギリスはまた、マン島やジャージー島などの王族領を持つ。王族領も自治は行うが、外交・防衛はイギリスに依存している。
これら海外領土や王族領の多くがタックスヘイブンなのである。
ロンドンのシティは、米ニューヨークのウォールストリートと並ぶ世界の二大金融センターであり、シティには約250の外国銀行が拠点を構える。シティの国際的地位の高さは、このタックスヘイブンを含む海外金融ネットワーク網と決して無関係ではないだろう。
パナマ文書の報道が始まって8日後の4月11日、キャメロン首相は議会で、バージン諸島やケイマン諸島が、現地で登録された法人の実質所有者に関する情報などを英捜査・税当局に開示することに合意した、と発表した。
これまで、海外領土や王族領の「自治」を理由に拒まれてきたとされる情報開示が、なぜ、急に可能になったのか。イギリスと海外領土、王族領との関係は実に不可解である。
* * *
キャメロン氏の課税逃れ疑惑とEU国民投票への影響に話を戻そう。
国民投票に向けたキャンペーンは15日に正式スタートしたが、このタイミングに合わせるかのようにキャメロン氏の疑惑が浮上したことを受け、国際社会はイギリスのEU離脱という「悪夢のシナリオ」への懸念を強めている。
国際通貨基金(IMF)は12日に発表した世界経済見通しで、イギリスのEU離脱は「欧州と世界に深刻なダメージを与える」と警告している。フランスの有力紙ルモンドは「世界の目にはイギリスの離脱はEUの終わりと映るだろう」とまで書いているという。
EU離脱が現実味を帯びて語られ始めたのは、キャメロン首相が残留派の期待を一身に背負った「切り札」であるからだ。残留派には他に強い発信力を持った政治家が見当たらない。
それなのに、調査会社ユーガブが疑惑発覚後に行った世論調査では、EU離脱の是非をめぐる論議でキャメロン首相を信頼できると回答したのは、前回2月の調査から8ポイントも下がり、21%まで落ち込んでいる。残留派にとってはまさに、憂慮すべき事態なのである。
それでは、キャメロン首相はなぜ、この危険な国民投票を実施せざるを得ないのか。その背景と意味、結果が欧州、世界に与える影響については次稿で取り上げたい。
笠原敏彦(かさはら・としひこ)
1959年福井市生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。京都支局、大阪本社特別報道部などを経て外信部へ。ロンドン特派員 (1997~2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期取材。ワシントン特派員(2005~2008年)としてホワイ トハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領(当時)外遊に同行して20ヵ国を訪問。2009~2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査 委員。著書に『ふしぎなイギリス』がある。
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